聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使い、都市に帰り迷宮へ

 

 古代都市での冒険という名の、狂騒と知的好奇心に満ちた十日間。氷柩龍の住まう静寂の遺跡を背に、一行はついに文明の灯火が揺れる街、バシニウスへと辿り着いた。

 

 帝国の喧騒を背に、馬車の荷台から大量の梱包材を運び終えた一行は、街外れの広場で足を止める。エルドラゴンは、ずっしりと重い写本が詰まった革鞄を肩に掛け、夕陽に染まる街並みを見渡した。

 

「さて、ここでお別れだね」

 

 彼女の言葉に、カーリーは不思議そうに眉を寄せた。

 

「エルドラゴン殿は、この街で調査の続きをするのではないのか?」

 

「残念だけどね。この写本は一刻も早くアンドルネスト学園へ持ち込まないとね。他の先生達の協力の元で色々やろうかと思ってね」

 

 エルドラゴンは少しだけ寂しげに笑うと、カーリーとエリリー、それぞれの瞳をじっと見つめた。

 

「カーリー君。君のその常識外れの眼のおかげで、数年かかることを、たった十日で終わらせられた。本当に礼を言うよ」

 

「うむ! ウチも楽しかったぞ。本を読むのも、あのような巨大なゴーレムと殴り合うのもな!」

 

「……戦闘については、もう二度と御免です」

 

 エリリーがげんなりとした様子で溜息を吐くと、エルドラゴンは堪らず噴き出した。

 

「ははは。まあ、そう言わずに。君の錬金術や魔工学の腕も、この数日間で随分と磨かれただろう?」

 

「磨かれましたが、精神的な寿命は縮まりました……」

 

「それが研究者の宿命だよ、エリリー」

 

 エルドラゴンはエリリーの肩をポンと叩くと、そっと耳打ちする。

 

「カーリーくんのお陰で、エリリーくんの分の本の翻訳が早く終わったら辞書でも作ってくれよ」

 

「まあ、そうですね。その辞書を売るのに協力してくれるなら」

 

「はは、それやなら構わないとも」

 

 ルドラゴンは満足そうに頷きながら笑うと息を吐き。荷物を見た古代都市で得た成果はあまりにも大きく、彼女一人で抱え込めるものではない。だからこそ学園へ持ち帰り、多くの研究者達と共有しなければならなかった。

 

 「それじゃあ、本当にここでお別れだ」

 

  そう言って彼女は一歩後ろへ下がると、改めて二人へ向けて軽く頭を下げた。

 

 「二人とも、ありがとう。君達が居なければ私はあの書庫へ辿り着けなかっただろうし、辿り着けたとしても成果は十分の一にも満たなかったはずだ」

 

 「うむ!」

 

  カーリーは迷いなく胸を張り、エリリーも少し照れたように微笑む。

 

 「こちらこそ、お世話になりました。気をつけて」

 

  夕陽が街並みを赤く染める中、エルドラゴンは馬車へ向かって歩き出した。しかし数歩進んだところで何かを思い出したように立ち止まると、振り返って大きく手を振る。

 

 「カーリー君!」

 

 「何だ?」

 

 「古代文字のこと、絶対に他人へ軽々しく言わない方が良いからね!」

 

 「何故だ?」

 

 「君を世界中の、血気盛んな歴史学者や研究者が攫いに来るかもしれないからさ!」

 

  冗談とも本気ともつかない言葉だったが、去り際のエルドラゴンの表情は妙に真剣だった。

 

  カーリーは少し考えた後、不思議そうに首を傾げる。

 

 「よく分からぬが、ウチを力ずくで連れ去る者がいるなら、全員返り討ちにするだけだ!」

 

 そのズレた返答を聞いたエリリーは、額を押さえながら深い溜息を吐いた。「そっちの心配じゃないんですけれど……」という彼女の呟きは馬車の車輪の音にかき消される。

 

 そんな二人の様子を見ていたエルドラゴンは、最後に楽しそうな笑みを浮かべると、そのまま馬車へと乗り込み、夕暮れの街道の先へと消えていった。

 

 そこから少ししてエルドラゴンを見送ったカーリーとエリリーは、旅の泥を落とす間も惜しんで、まずは数週間ぶりとなるバシニウスの食事処へと足を運んだ。

 

 古代都市での食事の節制から解放され、ようやくまともな温かい飯にありつける──そう期待して暖簾をくぐった二人だったが、店内に満ちる空気は奇妙に重かった。

 

 かつての賑やかでどこか気呑みな活気は鳴りを潜め、そこにいたのは、誰もが神経をピリピリと尖らせ、一様に疲弊しきった冒険者たちの姿だった。

 

 壁際、食事処に併設された臨時の掲示板の前に歩み寄ったエリリーは、そこに張り出された依頼書の一群を見て息を呑む。どの依頼にも、これでもかとばかりに真っ赤な「警告」の捺印が施されていた。

 

「……カーリー。どうやら大変なことになってるみたいですよ」

 

 シリアスな声音で呟いたエリリーに対し、隣の戦闘狂はといえば、すでにメニュー表を凝視しながら暢気に首を傾げていた。

 

「ん? どうした、エリリー。食べたい料理がメニューから無くなっていたか?」

 

「違いますよ!!」

 

 あまりの緊張感のなさに、エリリーは思わず声を裏返らせてツッコミを入れる。

 

「ダンジョンの依頼が、全部凍結されるか推奨ランクが跳ね上がってるんです。私たちが古代都市に行っている間に、フルムの様子がおかしくなったみたいで……」

 

「おう、お前ら帰ってたのか」

 

 カウンターの奥から、店主が重い足取りで声をかけてきた。差し出されたのはいつもの笑顔ではなく、心労の滲む渋面だ。

 

「……ああ、その依頼書か。一ヶ月前のアスラの騒動の後始末だよ。あいつが引き連れてきた魔物の群れが、フルムの生態系をめちゃくちゃにしちまったのさ。そのせいで、地下深くの深層にいたはずの化け物どもがパニックを起こしてな、上の階層まで一気に上がってきやがったんだ。おかげで浅層は今、文字通りの地獄絵図さ」

 

 店主の言葉に、エリリーは顔を青くした。深層の化け物が、新米冒険者も立ち入る上層にまで溢れ出している。それが意味する大惨事を理解したからだ。

 

 しかし、その隣で。先ほどまでメニューを眺めていたカーリーの目が輝いた。

 

「ほう」

 

 カーリーは依頼書の山へ視線を向けたまま、ゆっくりと口元を吊り上げた。その反応を見た瞬間、エリリーは嫌な予感を覚える。

 

「カーリー、その顔やめてください」

 

「何故だ?」

 

「絶対ろくでもないことを考えてますよね」

 

「失礼だな。ウチはただ、深層の魔物が上がって来ているのなら、普段は会えぬ強敵と戦えるのではないかと思っただけだ」

 

「やっぱりろくでもないです!」

 

 エリリーが頭を抱える一方で、店主は苦々しい顔のまま肩を竦めた。

 

「まあ、そう考える冒険者も少なくねぇよ。だが現実はそんなに甘くない。既に何組も腕利きが返って来てねぇし、生きて戻った連中も口を揃えて言ってる。今のフルムは異常だってな」

 

 その言葉を聞いてもなお、カーリーの興味は薄れなかった。それどころか、未知の強敵の存在を知ったことで瞳の輝きは増しているように見える。

 

 やがて彼女は一枚の依頼書を手に取ると、そこへ記された赤文字を眺めながら楽しげに笑った。

 

「うむ。ならば見に行くしかあるまい」

 

「見に行くだけで済む訳ないでしょう!」

 

 即座に飛んだツッコミに、周囲の冒険者達が思わず振り返る。しかしカーリーは全く気にした様子もなく、まるで新しい遊び場を見つけた子供のような顔をして依頼書へ視線を落としたまま、推奨ランクや討伐対象の名前を楽しそうに追っている。

 

 そんな彼女の様子に店主は呆れ半分の笑みを浮かべたが、その表情はすぐに曇った。

 

「忠告だけはしておくぞ。最近のフルムじゃ、今まで確認されたこともねぇ魔物が目撃されてる。深層の連中が縄張り争いを始めたせいで、生態系そのものが崩れてるんだ」

 

「縄張り争いか。それは中々に面白そうだな」

 

「面白くねぇよ。街じゃ既に何人も死んでる」

 

 店主が低い声で言うと、カーリーも流石に笑みを引っ込めた。戦いを好むとはいえ、人の死を喜ぶような性格ではない。

 

「そうであったな。すまぬ」

 

 素直に頭を下げる姿に、周囲の冒険者達も少しだけ表情を緩める。だが重苦しい空気は完全には消えなかった。その時、隣の席で酒を飲んでいた壮年の冒険者が不意に口を開いた。

 

「もし潜るなら気を付けろ。昨日、第十二階層で鋼玉狼の群れが確認された」

 

 その言葉に店内がざわつく。本来なら十階層より下で活動する危険種だ。そんな魔物が上層へ現れること自体が異常だった。

 

「鋼玉狼まで上がって来てるんですか……」

 

 エリリーは思わず顔を引き攣らせた。新人冒険者が遭遇すればまず助からない相手である。

 

 しかしカーリーは違った。

 

「ほう、強そうだな」

 

「そんな軽い反応する相手じゃ無いんですよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんです!」

 

 再び響いたツッコミに、何人かの冒険者が思わず吹き出した。重苦しかった空気が僅かに和らぎ、店主も肩を震わせながら笑う。

 

「ははっ、確かにお前さん達なら少しは希望があるかもしれねぇな」

 

 その言葉を聞いたカーリーは依頼書を掲げながら力強く頷いた。

 

「うむ。ならば決まりだな」

 

「何が決まりなんですか……」

 

「飯を食ったらフルムへ行く」

 

 あまりにも当然のように告げられた宣言に、エリリーは数秒だけ天井を見上げた後、諦めたように肩を落とした。

 

 どうせ止めても行くのだろう。ならばせめて準備だけは万全に整えようと決意しつつ、彼女は店主へ向き直る。

 

「はぁ〜わかりましたよ!! とりあえず、今からダンジョン潜るので温かいご飯をください店主さん」

 

「おう、そいつは任せろ」

 

 そうして久方ぶりのまともな食事が運ばれて来る頃には、二人の次なる目的地は既に決まっていた。

 

 

 

 ───神造遺構フルム十階層

 

 かつては新米冒険者の登竜門であり、どこか牧歌的ですらあった薄暗い石造りの迷宮は、今や完全に「戦場」のそれへと変貌を遂げていた。

 

 空気は鉄錆と獣の血の臭いで満ち、壁のあちこちには生々しい爪痕や、魔術によって爆砕した跡が刻まれている。時折、遥か階下の奥底から響いてくる地鳴りのような咆哮が、迷宮全体を不気味に震わせていた。

 

「……予想以上、ですね」

 

 通路の曲がり角で、エリリーは魔導銃を構えながら苦渋に満ちた声を漏らした。その視線の先には、本来ならここにいるはずのない凶悪な魔物の死骸が転がっている。

 

「うむ。だが、これは退屈しそうにないぞ!」

 

 一方で、カーリーは弾むような足取りで進んでいた。その手には聖剣カルフォースではなく、あえて古代都市の戦いでグスタフから得た戦闘の余韻を確かめるかのように、拳を固めている。もちろん、有事の際にはいつでも剣を抜ける構えだ。

 

 二人がさらに奥へと進み、十一階層へと続く巨大な階段の前に差し掛かったその時だった。

 

 ──グルルル……。

 

 闇の奥から、複数の低い唸り声が響く。

 

 直後、ぬうっと姿を現したのは、並の狼の倍はあろうかという巨体を持つ獣たち。その毛並みは鈍い金属光沢を放ち、剥き出しにされた牙は結晶化した宝石のように鋭く尖っている。

 

「出た……鋼玉狼……! しかも群れです!」

 

 エリリーが息を呑む。食事処の冒険者が言っていた通り、本来はもっと下の階層に根城を持つ危険な魔物だ。

 

 それが五頭、統率された動きでこちらを包囲するようにじりじりと距離を詰めてくる。リーダー格と思しき一頭が、獲物を値踏みするような獰猛な片目をぎらつかせた。

 

「ほう、皮膚が鉱石のようなのか。グスタフ殿の様だな、悪くない」

 

 不敵に笑うカーリーは、臆するどころか一歩前に踏み出す。

 

「エリリー、ウチが前を抑える。援護を頼めるか?」

 

「言われなくても、背中は預かります! ……ただし、無茶だけはしないでくださいよ!」

 

 ──グルオオオォン! 

 

 鋼玉狼の咆哮と共に群れが一斉に駆け出した。鉱石の如き四肢が石床を砕きながら迫り、その速度は新人冒険者なら反応すら許されないものだったが、カーリーの目には酷く遅く映っていた。

 

「うむ、速いな」

 

 そう口にしながらも、その声音には緊張感が無い。

 

 先頭の一頭が大口を開いて飛び掛かる。しかしカーリーは半歩だけ身をずらし、すれ違いざまにカルフォースを抜き放った。黄金の軌跡が闇を裂くとともに鋼玉狼の首が宙を舞い、その巨体が勢いのまま壁へ激突する。

 

 だが群れは怯まない。左右から二頭が挟み込むように牙を剥き、さらに後方の個体が跳躍して頭上から襲い掛かった。

 

「囲むつもりか」

 

 カーリーは軽く笑う。

 

 もし深層でこの3倍か4倍という群れに囲まれるのであれば厄介だっただろう。だが上層に漏れ出てきた五頭程度ならば話は別だった。グスタフの拳は剣で受けても骨が軋み、斬り裂いても笑いながら再生していた。それに比べれば目の前の魔物達は技も無く、硬さも足りない。

 

 振るわれた爪を聖剣で受け流しながら身を回転させると、返す刃が二頭をまとめて両断する。飛び散った血が石床を濡らす中、最後の一頭が怒り狂ったように突進してきたが、カーリーは真正面から踏み込み、その額へ拳を叩き込んだ。

 

 轟音と共に鋼玉狼の頭部が砕け、巨体が後方へ吹き飛ぶ。

 

 静寂が戻る。

 

 カーリーは周囲を見回した後、小さく首を傾げた。

 

「思ったより普通であったな」

 

「普通じゃありません!」

 

 即座に飛んできたエリリーの叫びに、カーリーは不思議そうな顔をした。

 

だが、そんな時だった階下。

 

 迷宮の数階下から響き渡る咆哮が、二人の鼓膜を激しく震わせた。その声は獣のものとも、魔物のものとも違う。地そのものが唸ったかのような重低音、その咆哮を聞き本当の異変は、ここからだと二人は理解したのだった。

 

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