聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使いは迷宮の異変を探る

 

 

 第11階層、第12階層、そして第15階層と迷宮を下っていく。百を超える階層を抱く神造遺構フルムにおいて、この辺りは未だ浅層と呼ばれる領域であり、新人冒険者であっても足を踏み入れることがある場所だった。

 

 しかし、二人の足取りは決して軽くない。

 

 カーリーは周囲へ意識を巡らせながら歩き、エリリーもまた杖を握る手に力を込めていた。

 

 理由は単純だった、静か過ぎるのだ。

 

 本来のフルムであれば、魔物との遭遇は決して珍しくない。特に今は生態系の混乱によって深層の魔物が上がってきていると聞かされていた以上、警戒すべき敵はむしろ増えているはずだった。

 

 だが実際には違う、通路には戦闘の痕跡こそ残されているものの、生きた魔物の姿がほとんど見当たらなかった。

 

「嫌な感じですね……」

 

「うむ」

 

 珍しくカーリーも同意した。

 

「魔物が少ない」

 

「少ないどころじゃありません。異常です」

 

 エリリーは周囲を見回す。

 

 無限変形ダンジョンであるフルムにおいて、生物の気配がここまで途絶えることなど滅多にない。仮に一帯の魔物を討伐したとしても、時間が経てば別の魔物が流入してくる。

 

 それなのに、この静寂は長く続き過ぎていた。

 

 つまり何かが居るのだ。

 

 現れた魔物を片端から喰らい、縄張りへ近付く存在を容赦なく排除し続ける何かが。カーリーは壁に残された傷跡へ指を這わせた。深く抉れた石壁は、浅層から中層の魔物では到底残せない規模だった。

 

「強いな」

 

「それで済ませないでください」

 

 エリリーは疲れたように溜息を吐く。

 

「私としては強いとか以前に、遭遇したくないんですが」

 

「だが遭遇せねば何者か分からぬぞ?」

 

「それはそうですけど……」

 

 言い掛けたところで、二人は同時に足を止めた。

 

 遥か前方、暗闇の奥から風が吹いてくる。生暖かく、僅かに鉄臭い風だった。

 

 ――ゴリッ。

 

 何かを噛み砕く音が響く、骨を砕くような音だ。迷宮の静寂の中では異様なほど鮮明で、その音だけで巨大な顎と圧倒的な咬合力を連想させる。

 

 エリリーの背筋を冷たいものが走る。

 

「……聞きましたか?」

 

「ああ」

 

 カーリーは笑っていた。

 

 だが先程までの気楽な笑みではない、強敵を前にした戦士の笑みだった。暗闇の向こうでは再び咀嚼音が響く。

 

 何かが食事をしている。そして、その食事の相手は恐らく魔物だ、鋼玉狼すら餌にしてしまう何者かが、この先にいる。

 

 やがて通路の奥から重い足音が一つ響いた。まるで岩塊そのものが歩いているかのような振動が床を伝い、迷宮の空気が僅かに震える。

 

 カーリーはゆっくりとカルフォースの柄へ手を添えた。

 

「エリリー」

 

「何ですか」

 

「どうやら当たりを引いたらしい」

 

 その言葉と同時に、 暗闇の奥で開いた二つの眼は、血を流し込んだかのような赤色に染まっていた。

 

 視線が二人を捉えた瞬間、迷宮の空気が僅かに重くなる。やがて闇の中から現れた巨体を見て、エリリーは思わず息を呑んだ。

 

「オーガ……?」

 

 だが、それは彼女の知るオーガではなかった。

 

 身長は五メートルを優に超え、全身を覆う筋肉は岩盤を削り出して作られたかのように隆起している。灰褐色の皮膚には無数の古傷が刻まれ、その一本一本が激戦を潜り抜けてきた歴史を物語っていた。

 

 そして何より異様だったのは右腕だった。

 

 本来の腕よりも二回りは巨大なその腕は、不自然なまでに肥大化しながら黒ずんだ赤色へ変色しており、血管のような亀裂が表面を走っている。その指先には剣のように鋭い鉤爪が伸び、床へ触れる度に石材が紙のように削り取られていた。

 

 オーガは口元から血を滴らせながら、今しがた食事を終えたばかりの獣のように唸る。

 

 その時だった、通路の奥。崩れた柱の陰から、何かが僅かに動く。

 

 人影、だが次の瞬間には息を潜めるように身を縮め、その存在感を消した、エリリーは気付かなかった。

 

 カーリーだけが一瞬だけ視線を向ける、生存者か、あるいは別の探索者か。だがそんな、疑問は一度閉まう、怪物の赤い瞳がこちらを見ているのだから。

 

 その足元には巨大な魔物の死骸が転がっていた、鋼玉狼だ。しかも一頭ではない。三頭分の死骸が無惨に引き裂かれ、骨ごと喰い散らかされている。

 

 エリリーは顔を引き攣らせた。

 

「まさか……全部この魔物が?」

 

「そうらしいな」

 

 オーガの身体から発せられる圧力は明らかに異常だった。

 

 本来なら十五階層程度に現れる魔物ではない。

 

 そもそも普通のオーガであれば鋼玉狼の群れを相手に勝利することすら難しい。しかし目の前の個体は違う。

 

 捕食している、狩る側として君臨している。

 

 それだけで異常性は十分だった、するとオーガがゆっくりと首を傾けた赤黒い瞳がカーリーを見つめる。

 

 まるで品定めでもするかのような視線だった。

 

「……グルルルル」

 

 低い唸り声とともに、その巨大な右腕が持ち上がる。直後、轟音とともに石床が爆散する。

 

「速っ!?」

 

 エリリーが思わず叫ぶ。

 

 巨体からは想像もできない速度だった、オーガは一瞬で数十メートルの距離を踏み潰しながら接近すると、その異形の右腕をカーリーへ叩き付ける。

 

 しかしカーリーは咄嗟にカルフォースを抜き放ち、黄金の刃で迎撃した。爆発にも似た衝撃波が通路を駆け抜ける、そして彼女は剣を構えたまま数歩だけ後退しながら笑みを浮かべる。

 

「なる程、これは中々に強いな」

 

 対するオーガもまた驚いているようだった。

 

 今まで遭遇した魔物達は、その一撃で肉塊へ変わってきたのだろう。しかし目の前の獲物は違う、受け止めた。

 

 しかも笑っている。

 

 その事実に反応するように、オーガの口元がゆっくりと吊り上がった。この怪物もまた、目の前の相手を強敵と認識したのだ。

 

「グラァァァァァァァッ!!」

 

 迷宮を揺るがす咆哮が轟く。

 

 その声を聞いた瞬間、エリリーは背筋に冷たいものが走った。先程まで感じていた異変の正体を理解したからだ。

 

 深層から這い上がり、15階層一帯を己の縄張りへ変えてしまった捕食者。

 

 その名を、エリリーは魔物図鑑から思い出していた。

 

「まさか……グラッジハンド・オーガ……!?」

 

 その呟きとともに、怪物は再び床を踏み砕きながらカーリーへ襲い掛かった。

 

「何だ、そのグラ何とかオーガとは!」

 

 カーリーが聖剣を構えながら叫ぶと、エリリーは迫り来る巨体から目を離さぬまま声を張り上げた。

 

「グラッジハンド・オーガです!! その腕に気を付けてください!! あの腕には強力な呪詛が宿っていて、掠っただけでも身体機能を蝕まれる危険があります!!」

 

「なる程!」

 

 カーリーは力強く頷くと、ゆっくりとカルフォースを持ち上げた。

 

「ならば聖火の出番ということだな!」

 

 次の瞬間、赤銀色の刀身から黄金の炎が噴き上がる。迷宮を満たしていた淀んだ空気を押し退けるように広がっていく。

 

 黄金の光が壁面を照らし出し、床へ滲んでいた瘴気が音もなく蒸発する。

 

「カルフォースの聖火! 未だ真髄には至らずとも、その力を脅威と知るが良い!!」

 

 カーリーが踏み込むと同時にグラッジハンド・オーガも咆哮を上げた。

 

 巨大な腕が振り上げられ、黒紫色の呪詛が渦を巻きながら空間を侵食していく。その軌跡に触れた石壁は瞬く間に変色し、まるで数十年の風化を受けたかのように崩れ落ちた。

 

「カーリー!! 正面から受けないでください!!」

 

「心得た!!」

 

 叫びながらカーリーは身体を捻り、紙一重で呪われた拳を回避する。だが完全には避け切れず、カーリーの外套の裾が、異形の腕へ僅かに触れる。その腕に触れた布地が黒ずみ、乾いた音を立てながら崩れ落ちる。

 

 まるで何十年も風雨へ晒されたかのように。

 

「なる程!これは確かに受けたくないな!!」

 

 

 返礼としてカーリーは聖剣を横薙ぎに振るう、黄金の炎が弧を描く。しかしオーガは反射的に呪われた腕を盾のように突き出し、その斬撃を受け止めた。

 

 金属が軋むような音が響く、本来なら聖剣の刃を阻めるはずのない肉体だったが、濃密な呪詛が鎧のように腕を覆い、その切断を阻害していた。

 

「これは……中々に頑丈ではないか!!」

 

 そう叫ぶカーリーが力を込めれば刃へ絡み付いていた黒紫色の呪詛が、黄金の炎へ触れた途端に激しく燃え始める。

 

 まるで油へ火を投げ込んだかのようだった。オーガの腕を覆っていた呪いが悲鳴を上げるように揺らぎながら燃焼し、黒煙となって消えていく。

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

 初めて苦痛を示した咆哮が迷宮を震わせた。

 

「効いています!!」

 

 エリリーが叫ぶ。

 

「きっと聖火は浄化属性が極めて強いんです!! 呪詛とは相性が最悪なんですよ!!」

 

「なる程!! ならばもっと燃やそう!!」

 

 カーリーは楽しそうに笑うと、一気に間合いを詰めた。

 

 振り下ろされた二撃目の拳を剣の腹で逸らしながら懐へ潜り込み、そのまま炎を纏った斬撃を連続で叩き込む。

 

 黄金の軌跡が闇を切り裂くたびに呪詛が焼き払われ、オーガの肉体へ深い傷が刻まれていく。

 

 だが相手もただの魔物ではない。傷付いた身体を顧みることなく巨腕を振り回し、呪詛を撒き散らしながら暴風のような反撃を放つ。

 

 カーリーはそれを躱し、受け流し、ときには飛び越えながら斬撃を重ねていった。

 

 

 呪詛と聖火、二つの力が激突するたびに周囲の空気が震え、迷宮の壁面が軋みを上げる。やがてオーガの右腕を覆っていた呪詛が完全に燃え尽きた。

 

 その瞬間をカーリーは見逃さない。

 

「これで終わりだ!!」

 

 聖火が一際大きく燃え上がる。黄金の炎が刀身を包み込み、まるで一筋の太陽となったかのような輝きを放った。

 

 そして振り抜かれた一撃がオーガの胸元を深々と切り裂く。呪詛ごと断ち切られた巨体が数歩よろめき、迷宮の通路の端から端まで届く轟音とともに地面へ崩れ落ちた。

 

 燃え残った黒い瘴気が炎に呑まれながら消えていき、静寂が戻る。カーリーは聖剣を肩へ担ぐと、倒れ伏した巨体を見下ろしながら満足そうに頷いた。

 

「うむ。確かに強かったな」

 

「いや、普通は苦戦する相手なんですけどね……」

 

「あ、そうだ。それで、其処の者達よ。もう出てきても良いぞ」

 

 戦闘前の記憶を思い出したカーリーが言葉を出す、エリリーは首を傾げた。

 

「はい?」

 

「居るだろう?」

 

 カーリーはそう言いながら、通路脇の崩れた石壁へ視線を向ける。

 

 数秒の沈黙が流れた後、物陰の奥から恐る恐る人影が姿を現した。

 

 最初に出てきたのは痩せ型の青年だった。煤と埃に塗れた外套を纏い、腰には短剣と幾つもの工具を提げている。その背後から続くように現れたのは中性的な顔立ちの人物で、こちらは剣士らしい軽装を身に着けていた

 

二人とも顔色は悪い。

 

 特に巨大なオーガの死骸を見た瞬間、信じられないものを見るように目を見開いていた。

 

「……本当に倒したのか……?」

 

「うむ、倒したぞ」

 

「隠れてやり過ごそうと思っていた相手だったんだけどね、ハハ……凄いな、そこの剣士さんは」

 

「ウチはカーリー・ブラッドソード。元王国騎士だよろしくな」

 

「あ、はい……僕はユーグリ・コルロナです」

 

「俺はシェン・イーだ」

 

ユーグリと名乗った人物は緊張した様子で頭を下げながらも、倒れ伏したグラッジハンド・オーガへ何度も視線を向けていた。まるで目の前の光景が未だ信じられないと言わんばかりである。一方シェン・イーは言葉を続ける。

 

「助かったよ。本当に。あいつが現れてから、この辺り一帯は地獄だったんだ」

 

「うむ。強かったぞ」

 

「感想が軽いですね……」

 

 エリリーが呆れたように肩を落とすと、シェン・イーは苦笑しながら頷いた。

 

「いや、実際に戦った者しか分からないだろうが、あの化物は洒落にならない。俺達も調査依頼で潜っていたんだが、遭遇した瞬間に戦闘を諦めた」

 

「賢明な判断です。正面から戦う相手じゃありません。」

 

「だろう?」

 

「ふむ、それはそうと……そっちのユーグリと言ったか? 何やら水の気配がするな」

 

「え……分かるんですか?」

 

「何となくだがな」

 

「すごいな……」

 

ユーグリは苦笑した。

 

「実は昔からよく言われるんです。身体から水精の気配がするとか何とか」

 

「水精か」

 

「ええ。だから魔術師達にも色々調べられたんですが……結局よく分からなくて」

 

 そう言いながら胸元へ手を当てる。まるで身体の奥に何か不安を抱えているかのように。

 

「まあ、とにかく今は助かりました。本当に」

 

 ユーグリは話を切り上げるように頭を下げた。ユーグリの不自然さを気に留める様子もなく、カーリーはふとあることを思い出し首を傾げる。

 

「しかし……エリリー殿。先程、狼を倒した時に聞こえた咆哮は何だったのだろうな。あのオーガの声とは違ったであろう?」

 

「え?」

 

 エリリーが問い返そうとした、その時だった。

 

 遥か迷宮の奥から、重く巨大な気配がゆっくりと近付いてくるのをカーリーは聖剣カルフォースから感じ取る。

 

 グラッジハンド・オーガとは明らかに違う。それは暴力的な圧迫感ではなく、ただ存在しているだけで周囲を支配するような威圧感だった。

 

 カーリーは僅かに目を細める。

 

 かつて相対したアスラとも違う。

 

 どちらかと言えば、その気配は氷柩龍プルイーナに近かった。悠然としていて、揺るがない。まるで自らの領域を巡回する王のような気配だった。

 

「なる程」

 

 カーリーは近付いてくる存在を感じながら口元を緩めた。

 

「迷宮の異変を気にする者がおるらしいな」

 

「えっと……何がですか?」

 

 エリリーは周囲を見回したが、何も感じ取れない。シェン・イーも困惑したように眉をひそめる。

 

「おいおい、何の話だ?」

 

「ぼ、僕にも分かりません……」

 

 ユーグリも戸惑った様子で首を振る、だがカーリーだけは通路の奥を見据えていた。

 

「来るぞ、しかも随分と堂々とした奴だ」

 

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