聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使いは再び龍と出会う

「だから、何が来るのか説明してくれよ!」

 

 シェン・イーが苛立ったように声を上げると、エリリーは杖を握り直しながら慎重に周囲へ視線を巡らせた。

 

「カーリーの勘は妙に当たることが多いんです。恐らく敵ではないと思いますが……念のため警戒はしておきましょう」

 

 その返答にシェン・イーは微妙そうな顔を浮かべる。

 

「それ、ブラッドソードさんを信頼してるのかしてないのか分からないな」

 

「半々……いえ、信頼三割、不安三割、理解の外が四割でしょうか」

 

「なぁエリリー殿、それは酷いことを言っておらぬか?」

 

 カーリーが心外そうに眉を下げると、エリリーはじっと彼女を見つめた。

 

「古代都市で魔王軍幹部と拳で殴り合った人が何を言ってるんですか」

 

「うむ、楽しかったぞ」

 

「ほら理解の外です」

 

「納得した」

 

 シェン・イーが即座に頷き、ユーグリまで苦笑しながら同意する。

 

「ちょっと分かるかもしれません……」

 

「何故だ!?」

 

 カーリーが抗議の声を上げた、その時だった。

 

 迷宮の奥から流れてくる空気が変わる。

 

 先程まで漂っていた血と瘴気の匂いが薄れ、代わりに澄んだ気配がゆっくりと通路を満たしていく。それは氷柩龍プルイーナのような絶対的な冷たさではない。しかし、どこか荘厳で、長い年月を生きた存在だけが纏う重みを感じさせた。

 

 ユーグリが小さく身を震わせる。

 

「な、何だろう……」

 

「気配が近付いて来てるな」

 

 シェン・イーも剣の柄へ手を添える。

 

 やがて通路の奥に淡い光が灯った、最初は魔術灯かと思われたそれは、徐々に形を伴いながら近付いてくる。光は複数あり、それぞれが規則正しく揺れていた。

 

 エリリーが目を凝らした次の瞬間、思わず息を呑んだ。

 

「あれは……」

 

 岩壁の如き鱗、それは一つ一つの兵器の様であり。また角は迷宮を押し広げる様に存在している、事実、その通路と不釣り合いの体躯ながら彼の周りの迷宮はサイズを合わせる様に変形しているのだから。そして眼は古木の様な生命力と深みを感じさせた。

 

 シェン・イーは思わず一歩後退し、ユーグリも息を呑んだまま言葉を失う。

 

「りゅ、龍……?」

 

 震える声で呟いたユーグリに答える者はいない。

 

 やがて龍は四人の前で足を止めると、老木の年輪を思わせる瞳を静かに巡らせた。その視線がグラッジハンド・オーガの亡骸を通り過ぎ、カーリーの手に握られたカルフォースへ向けられる。

 

 そして龍は口を開いた。

 

『なるほど。はみ出した者達の幾つかは貴様が倒したか』

 

 低く響く声は雷鳴にも似ていたが、不思議と耳障りではなかった、カーリーは自然と背筋を伸ばす。

 

『うむ、そうだが。汝は迷宮の守護者か?』

 

『ほう。我が言葉を解するか』

 

『ああウチも良く分かってないがな』

 

『そうか、良く分からず我と話すか。面白き存在よ』

 

 龍は喉の奥で低く笑った。

 

 一方でエリリー達には何も聞こえていない。ただカーリーが突然会話を始めたようにしか見えず、三人は困惑した表情で顔を見合わせる。

 

「カーリーの奴は何を話しているんだ?」

 

「うむ、この龍殿と挨拶をしている」

 

「龍殿!?」

 

 シェン・イーが思わず叫ぶ。

 

 しかし龍は彼らへ興味を向けることなく、再びカーリーへ視線を戻した。

 

『我が名はラビキリアス。この迷宮に住まい均衡を保つ者なり』

 

『なる程。それで此度の騒ぎを見に来たのか』

 

『そうだ、そして貴様と同じ様に幾つかの命を迷宮に還した』

 

 ラビキリアスはゆっくりと首を巡らせながら周囲を見渡した。

 

『近頃、貴様と同じく旧き気配持つものが現れてから地上に近き地の均衡が崩れている。深くに住まう者たちが上へとはみ出した……』

 

『ウチと同じ気配?』

 

『そうだ、風龍の奴は彼奴と話し。深層へと通したが失策であったな……』

 

『ほう、どんな奴だったのか?』

 

『さてな我とは対面せなんだ、上手く避けよった』

 

『それは惜しいな』

 

『我の巡回路と噛み合って居れば喰らってやったものをな、その者はバエルスに聞けば通した方が面白くなるからと言う話だ』

 

『風龍のことか?』

 

『左様、彼奴はこの迷宮の中ほどの門番の様なもの。だが酷く身勝手な奴でな、しかし風を読む事に長けている遥か先の風までもな』

 

『良く分からんが、ラビキリアス殿とバエルス殿は仲が良いのか?』

 

『違う』

 

『違ったか』

 

『仲が良い訳ではない。あれは風のままに生き、我は我のやる事をやる。ただそれだけだ』

 

 ラビキリアスは静かに答えながら鼻を鳴らした。その仕草には呆れにも似た感情が滲んでいたが、同時に長い付き合いの中で培われた諦観のようなものも感じられる。

 

『だが彼奴の読む風は侮れぬ。未来を見ている訳ではないが、流れを読むことに関しては我より遥かに優れている。故に我も完全には否定せぬ』

 

『なる程。ならば此度の異変も、その風の先にある何かへ繋がっているのかもしれぬな』

 

 カーリーが興味深そうに頷くと、ラビキリアスはしばし沈黙した。

 

 その巨大な瞳がカーリーの奥を見つめる。聖剣使いを見ているようでいて、もっと別の何かを見定めているような視線だった。

 

『貴様は妙な奴よな、龍と対面しても怯えぬ』

 

『何、既にプルイーナ殿に会ったからな』

 

『氷柩の龍か』

 

『うむ。少し怒られた』

 

『少しか?』

 

『少しだ』

 

 ラビキリアスは数秒だけ黙り込んだ後、低く笑った。

 

『恐らく貴様の尺度と我らの尺度は違うのだろうな』

 

『そうかもしれぬ』

 

 互いに納得したように頷く二人を見て、事情を知らぬエリリー達はますます困惑していた。

 

「何で会話が成立してるんですか……」

 

「しかも何か盛り上がってないか?」

 

「僕にはブラッドソードさんが普通に龍と世間話してるように見えるんだけど……でも内容が分からないから実は高尚な話しをしてたりとか?」

 

「いやぁ、カーリーに限ってそれは……」

 

 三人が小声で話していると、ラビキリアスはようやく彼らへ視線を向けた。それだけで空気が僅かに張り詰める。

 

 しかし龍は敵意を見せなかった。

 

『そちらの者達も悪くない。少なくとも迷宮を荒らすだけの愚者ではあるまい』

 

『うむ。良いもの達だぞ。二人は先程会ったばかりだがな』

 

『そうか』

 

 ラビキリアスは再びカーリーへ向き直る。

 

『ならば一つ忠告を与えよう』

 

 先程までの穏やかな声音が少しだけ低くなった。

 

『深くへ行くのであれば気を付けよ。今の迷宮は騒がしい』

 

『鋼玉狼やグラッジハンド・オーガのような者が他にも居るのか?』

 

『あれ程度ならまだ良い』

 

 その返答にカーリーの表情が変わる。

 

 楽しそうな笑みではなく、純粋な驚きだった。

 

『あれでまだ良い方なのか』

 

『今、深層には落とし物が居る……しかも我らの形を模した不思議な絡繰りを手繰っておった』

 

『面白そうだな』

 

『楽観的だな、貴様は』

 

 ラビキリアスは呆れたように息を吐きながらも、どこか愉快そうに目を細めた。

 

『ならば好きに進め。陽光の如き剣に導かれるまま』

 

『心得た。ラビキリアス殿も達者でな』

 

 その言葉に龍は答えず、代わりにゆっくりと身を翻した。

 

 すると不思議なことに、その巨体が進むたび迷宮の壁面が生き物のように動き、龍のためだけに道を広げていく。

 

 やがてラビキリアスの姿は奥の闇へと溶け込み、その気配も徐々に遠ざかっていった。

 

「行ってしまったな」

 

「いや、そこじゃねぇだろ!!」

 

「うんうん」

 

「お前、龍と話せるのか?!」

 

「動物や魔物とも話せるぞ」

 

「もしかしてブラッドソードさんって滅茶苦茶凄い人何じゃ無いだろうか」

 

「まさか、ウチは単なる元王国騎士に過ぎん。今はエリリー殿の剣だ」

 

「なぁどうやって手懐けたんだ?アンタ」

 

「特に特別な事は……してませんけど」

 

「そっかあ……ハハッ何か驚いて、ちょっとフラフラしてきたかも」

 

「おいっユーグリ、大丈夫か!?」

 

 ユーグリの身体がふらりと揺れた瞬間、シェン・イーが慌てて肩を支えた。本人は大丈夫だと言おうとしていたが、その声には明らかな力が無く、額には脂汗が滲んでいる。エリリーもすぐに傍へ膝をつきながら脈や瞳の様子を確かめると、小さく眉を寄せた。

 

「無理です。今日はもう引き返しましょう。この状態で先へ進むのは危険です」

 

「ごめん……少し休めば平気だと思ったんだけど」

 

「お前なあ。全然、平気そうじゃ無いだろ」

 

 シェン・イーは呆れたように言いながらも、その声音には心配が滲んでいた。カーリーもユーグリの顔を覗き込むと、じっと数秒見つめた後に腕を組む。

 

「うむ。確かに水の流れが随分と乱れておるな」

 

「…………」

 

「水の流れとかは良く分かりませんが。とにかく地上へ戻りましょう。幸い、この辺りまでなら帰路も確保されていますし」

 

 そうして四人は来た道を引き返し始めた。

 

 異変によって荒れ果てた迷宮は依然として不気味な静けさに包まれていたが、不思議なことに帰路では魔物と遭遇することは一度も無かった。まるで先程の迷宮龍との邂逅によって周囲の何かが遠ざかったかのようである。

 

 やがて階層を上り切り、薄暗かった迷宮の出口から月の光が差し込んできた時、ユーグリはようやく大きく息を吐いた。

 

「はぁ……助かった」

 

「地上に出ただけですよ」

 

「それでも生きて帰れた実感があるんだ」

 

「それは俺も同感だな。正直、あのオーガと鉢合わせた時は終わったと思った」

 

「うむ。楽しかったぞ」

 

「だから感想が軽いんだよなぁ……」

 

 呆れながらもシェン・イーは笑い、ユーグリもつられるように小さく笑った。

 

 迷宮から吹き上がる冷たい風が頬を撫でる中、エリリーは改めてユーグリの様子を観察する。顔色はまだ優れないものの、先程よりは幾分か落ち着いていた。

 

「今日は宿で休んでくださいよ。今日会った人でも明日には冷たくなって対面はしたく有りませんから」

 

「うん、そうさせてもらうよ」

 

 そう答えたユーグリだったが、その手は無意識に胸元へ添えられていた。まるで身体の奥底で何かがざわついているのを抑え込むように。

 

 その様子を見たカーリーだけが僅かに目を細める。

 

 先程から感じている水精の気配は、単なる加護や才能とは思えなかった。それはもっと古く、もっと深い何かのように感じられる。

 

 「それじゃあ、世話になったな」

 

 シェン・イーはそう言うと、未だ顔色の優れないユーグリへ肩を貸しながら歩き出そうとする。

 

「うむ。もし次に会うことがあれば、その時はユーグリ殿の口から事情を聞かせてくれ」

 

 カーリーの言葉に、ユーグリは一瞬だけ目を丸くした後、困ったように笑った。

 

「……ハハッ、分かりました。次に会うことになれば、その時はちゃんと話します」

 

「良いのか?」

 

 シェン・イーが横から尋ねると、ユーグリは肩を竦める。

 

「何だか隠していても無駄そうだからね」

 

「それもそうか」

 

 シェン・イーは苦笑しながら頷くと、改めてカーリーとエリリーへ視線を向けた。

 

「じゃあ二人とも、またフルムのどこかで会えることを祈ってるよ」

 

「うむ。縁があればな」

 

 カーリーは気負うことなく答える。

 

 しかしその隣では、エリリーが露骨に顔をしかめていた。

 

「私はあまり面倒事を背負い込みたくないんですけどね……」

 

 エリリーはそう二人に聞こえないように呟きながら見送る。やがて二人は夜の街路へと消えていった。

 

「さて、ウチらも宿に行くか」

 

「ですね、持ち帰った本の解読もしたいですし。暫くダンジョンは御免です」

 

「そうか?」

 

軽く首を傾げるカーリーに対し、エリリーはじっとした目を向けた。

 

「そうです。そうなんです。普通の人は巨大なオーガと戦ったり、龍と会話したりしたら数日は休みたくなるものなんですよ」

 

「だが今日は面白いことが沢山あったぞ」

 

「その感想が出てくるのはカーリーだけなんですよ」

 

 エリリーは深々と溜息を吐きながら夜空を見上げた。古代都市から戻ったその日に異変の起きたフルムへ潜り、危険種を討伐した挙句、迷宮龍と遭遇するなど誰が予想できただろうか。

 

 

「まあ、とりあえず今日は休みましょう。話はそれからです」

 

「うむ。まずは風呂だな」

 

「それは同意します」

 

 二人は顔を見合わせると小さく笑い、そのまま宿へ向かって歩き出した。

 

 しかし二人はまだ知らない。

 

 迷宮龍ラビキリアスが口にした『落とし物』と呼ばれる存在が、既にフルムの深層から徐々に階層を昇り始めている事に。

 

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