聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使いは書を読み思う

 

「……ふむ、やはり足りんな」

 

 宿へ戻る道すがら、カーリーが腕を組みながらそんなことを呟くと、隣を歩いていたエリリーが不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたんですか?」

 

「ダンジョンは深く潜るほど命の危険が増す。しかし、それだけでは経験を積むことにはならぬからな。アスラ殿やグスタフ殿のような強者と、再び相まみえることが出来れば良いのだが」

 

「勘弁してくださいよ。鋼玉狼やグラッジハンド・オーガでさえ、私には過ぎた相手なんですから」

 

 エリリーが心底嫌そうな顔をすると、カーリーは少し考えるように視線を空へ向けた。

 

「なるほど。しかしエリリー殿は強くなりたいとは思わぬのか? 深層へ潜るのであれば、あのような魔物との接敵は避けられんぞ。ウチは無論、全力で守るつもりだが、万が一が絶対に無いとは言えぬ」

 

「……それは、そうですね」

 

 エリリーは僅かに視線を落とした。

 

「強くなりたくない訳じゃありません。ただ、出来ることなら手っ取り早く強くなりたいんですよ」

 

「それは難しいだろうな」

 

 カーリーは苦笑しながら答えたが、その言葉の途中で思考は別の方向へ流れていく。

 

 氷柩龍プルイーナは確かに言っていた。

 

 聖火が本質では無いと、つまり真価には未だ遠くる聖剣は未熟であると言えよう。

 

 そして、その使い手もまた未熟なのだろう。

 

 サクリエル卿に剣を教わっていた頃は、自分なりに満足していた。実際、教えることは無いとまで言われたのだから疑う理由もなかった。

 

 しかし今は違う。

 

 アスラと戦い、グスタフと拳を交え、プルイーナと出会ったことで理解してしまった。

 

 自分は強くなった。

 

 だが、それ以上に世界が広かった、カルフォースは未だ真の力を見せていない。それはつまり、この聖剣が使い手としての自分を完全には認めていないということでもある。

 

「……ふむ」

 

「また何か考え込んでませんか?」

 

「考えておる、ウチももっと強くならねばならぬと思ってな」

 

 その答えに、エリリーは少しだけ目を丸くした。カーリーは元々、強さを求める人間だった。しかしそれは戦いそのものを楽しむ性質によるものだと思っていた。

 

 今の言葉は少し違う。

 

 まるで目標へ追い付こうとしている者の声だった。

 

「カーリーでも、そんなこと考えるんですね」

 

「何だその言い方は」

 

「だって貴女、自分が強くなることより強い相手と戦うことばかり考えているでしょう?」

 

「それは否定出来ぬな」

 

 カーリーは素直に頷いた後、夜空へ視線を向けながら笑う。

 

「だが、面白そうなものが見えてしまったからな」

 

「面白そうなもの?」

 

「うむ。聖剣の先だ。選ばれたからには極めねば」

 

「はぁ……頑張って下さいね」

 

「それはそうとだ、今日はすまんな本の作業が合ったのに食事をしてから直ぐにダンジョンに向かう事になって」

 

「良いですよ、報酬は高かったですし。オーガの方も興味深いですし」

 

「そうか、なら良かった……」

 

 その後、二人は夜風の吹き抜ける石畳の通りを歩きながら宿へと戻った。

 

 迷宮の中では常に張り詰めていた気配も、街へ出てしまえば幾分か穏やかなものへ変わっている。酒場から漏れ聞こえる笑い声や、遅くまで店を開いている露店の呼び込みを耳にしながら歩いているうちに、エリリーの肩からも少しずつ力が抜けていった。

 

 宿へ到着すると、二人はまず湯を借りて旅と戦闘の汚れを洗い流した。熱い湯に浸かっている間だけは、迷宮の異変もグラッジハンド・オーガも遠い出来事のように思えたが、浴場を出て身体を拭いている頃には、再び今日の出来事が脳裏へ浮かび始める。

 

 それでも疲労には勝てなかった。

 

 カーリーは濡れた髪を乱暴に拭きながら欠伸を漏らし、エリリーもまた部屋へ戻るなり古代都市から持ち帰った写本を机へ積み上げたものの、数頁だけ目を通したところで限界を悟る。

 

「明日からにしましょう……」

 

 誰へ言うでもなく呟きながら本を閉じると、机の上の灯を落とした。

 

 静寂の中で窓の外から聞こえてくる虫の音だけが微かに響いている。柔らかな寝台へ身体を預けると、重たかった瞼はあっという間に閉じられ、エリリーの意識は深い眠りへと沈んでいった。

 

 一方その頃、隣室のカーリーもまた寝台へ寝転がりながら天井を見上げていた。

 

 今日だけでも多くの出来事があった。グラッジハンド・オーガとの戦い、迷宮龍ラビキリアスとの邂逅、そして深層で蠢く何者かの存在。

 

 どれも興味深かったが、その中でもカーリーの思考を占めていたのはカルフォースのことだった。

 

 聖火は強力だ。だがプルイーナの言葉を思い返せば、それはあくまで一端に過ぎないのだろう。

 

 聖剣は何を求めているのか。

 

 何処へ辿り着けば認められるのか。

 

 そんなことを考えているうちに、カーリーは胸の上で腕を組みながら小さく笑った。

 

「まあ良い。進めば分かるであろう」

 

 そう呟くと同時に意識は自然と薄れていき、やがて彼女もまた眠りへ落ちていった。

 

 そして夜が明ける。

 

 東の空から差し込んだ柔らかな朝日が宿の窓を照らし、鳥達の囀りとともに街がゆっくりと目を覚ましていく。

 

 カーリーが最初に目を開いたのは、まだ通りの人通りも少ない早朝だった。身体を起こしながら大きく伸びをすると、昨日の疲労は既にほとんど残っていない。

 

「うむ。良く眠ったな」

 

 満足そうに呟きながら窓を開けば、朝の冷たい風が頬を撫でていく。

 

 その少し後、別室のエリリーも眩しさに目を細めながら目覚めた。昨日は倒れ込むように眠ったはずだったが、不思議と気分は悪くない。

 

 むしろ頭の中は妙に冴えていた。

 

 古代都市で手に入れた書物の翻訳、グラッジハンド・オーガの呪詛、他にも神造遺構フルムや巨人都市では興味深い題材が次々と思い浮かび、研究者としての好奇心が静かに疼き始める。

 

「……結局、休みにならないんですよね」

 

 苦笑を浮かべながら身支度を整えたエリリーは、窓の外へ視線を向ける。

 

 バシニウスの空は快晴だった、古代都市から帰還した翌朝としては、実に穏やかな始まりである。

 

 エリリー窓から振り注ぐ日光を浴びながら宿の部屋に置いてある机を寄せると、古代都市から持ち帰った写本の山を前に小さく息を吐いた。 

 

 昨夜は疲労に負けて眠ってしまったが、こうして改めて眺めてみると、そのどれもが未知の知識を秘めているように見えて胸が高鳴る。

 

「さて……まずはどれから手を付けましょうかね。っとそうだカーリーにも手伝って貰いますか」

 

 そう呟きながら一冊の本を開き、隣の部屋へと向かった

 

「うむ。この文字は『流転』、『循環』、『変換』か」

 

「相変わらず自然に読めるんですね……」

 

「読めるものは読めるぞ」

 

 呼び出して協力してくれている本人は当然のように言うが、古代文字の解読には本来なら数年単位の研究が必要である。エリリーとしては未だに納得出来ない話だった。

 

 もっとも、読めるからといって全て理解出来る訳ではないらしい。しばらくしてカーリーは眉間へ皺を寄せながら頁をめくり、やがて難しい顔で本を閉じた。

 

「分からん」

 

「早いですね」

 

「文字は読める。しかし内容が分からん」

 

 カーリーは堂々と言い切った。

 

「この本は魔力循環機構における第三変換式がどうとか書いてあるのだが、何を言っているのかさっぱりだ」

 

「それは専門書ですから」

 

「なるほど」

 

 納得したように頷くカーリーを見て、エリリーは思わず苦笑する。言語と知識は別物だ。当たり前の話なのだが、カーリーを見ていると時々忘れそうになる。

 

 その後も何冊か確認していく中で、ふとカーリーが一冊の写本を持ち上げた。

 

「そう言えば、これは不老長命について書かれている本であったな」

 

 その言葉にエリリーの手が止まる。

 

「あぁ『不老長命の書』でしたっけ?」

 

「うむ」

 

 古代文明の秘術であれば興味はある。エリリーも椅子を寄せながら写本を覗き込んだ。しかし内容を追っていくにつれ、彼女の表情は少しずつ微妙なものへ変わっていった。

 

「……何というか」

 

「思っていたのと違ったか?」

 

 そこに書かれていたのは賢者の石の製法でも、不老不死の霊薬でもなかった。

 

 長命種の生態記録だった。

 

 森妖精族の寿命と成長速度、龍人族の老化傾向、海棲亜人の肉体変化、さらには高位精霊種との混血がもたらす影響まで、延々と解説が続いている。

 

「種族図鑑みたいなものですね、これ」

 

「うむ。長命な者達を調べてまとめた書の様だな」

 

 カーリー方は少し楽しそうに内容を吟味しているがエリリーは興味を失ったらしく、不老長命の書を脇へ避けると、錬金術に関係がありそうな書物を引き寄せる。

 

「こっちの方が面白そうです」

 

「ほう、何が書いてあるのだ?」

 

「まだ分かりません。だから今から読むんです」

 

 そう言いながら頁を開くエリリーの瞳は、既に研究者の色へ変わっていた。カーリーもまた翻訳役として隣へ腰を寄せる。こうして二人は朝から机に向かいながら、古代都市が遺した知識の海へ再び潜り始めた。

 

 暫くして、エリリーが書から得た知識を我慢出来ず、翻訳から錬金術の実験へと移っているとカーリーはエリリーが脇に避けた『不老長命の書』の続きを読んでいた。そして彼女は目にする。

 

 先程まで種族ごとの寿命や成長速度について記されていた書物であったが、この頁だけは明らかに筆致が異なっている。まるで後世の研究者が、確証の薄い伝承を慎重に書き留めたかのようであった。

 

 そこには、こう記されていた。

 

『神代の昔、諸神いまだ天上のみに在らずして、しばしば地へ降り、人の子らと語らい、これを導き、ともに歩みたり。故に神と人との交わりより生まれし者あり。これをデーヴァリングと称す。

 

 その者らは生まれながらにして万邦の言を解し、異郷異国の語といえども聞けばその意を知り、また歳月を経るといえども容貌衰えず、老いの理より遠ざかるという。これ偏に神の恩寵をその身に宿すが故なり。

 

 しかれども、その稀有なる性質は古より多くの王侯および時代の支配者らに重んぜられ、ときに利用されること少なからず。長き時を生きて諸国の変遷を見届け、また数多の知を積むがゆえに、その知見を求める者は絶えざりしという。

 

 されど不老なる体質を有するが故か、その血を後世へ伝うることは容易ならず。男女ともに子を成すこと稀にして、一族の数は常に少なし。ゆえに代を重ねるごとにその姿は世より失われ、今となりては伝承のうちにのみ名を留むるものなり。

 

 しかるに神代終わりし後においても、極めて稀なる例として、神みずから人の姿を借りて地上へ降り、その化身として人と交わることあり。その折に生まれし子がまたデーヴァリングなりと伝えらるれど、かかる事例はあまりに少なく、これを実見せし者も乏しければ、真なるや偽なるや、今に至るまで定かならざるものなり』

 

「……ほう」

 

 読み終えたカーリーは小さく声を漏らした。内容自体は長命種に関する記録の一つでしかない。しかし、どこか引っ掛かるものがあった。

 

 万の言葉を解し、老いぬ者。

 まるで夢物語の様な種族だが

 

 万の言葉を解す、それはまるで――。

 

 カーリーは無意識に自らの胸元へ手を当てる。

 

「どうしました?」

 

 実験器具を弄っていたエリリーが顔を上げた。

 

「いや、少し気になる記述を見つけてな」

 

「また珍しい種族ですか?」

 

「うむ。デーヴァリングというらしい」

 

 そう答えながらカーリーは再び頁へ視線を落とした。古びた羊皮紙には、まるで追記のように小さな文字が添えられている。

 

『なお、神の血濃き者ほど言霊との親和高く、獣・魔物・精霊・龍種に至るまで、その意思を解することありと伝う』

 

 その一文を見たカーリーは数度瞬きをした。

 

「ふむ?」

 

「何です?」

 

「いや、何でもない」

 

 首を傾げながら本を閉じるカーリーであったが、その表情には珍しく困惑が浮かんでいた。そして部屋の隅では、何も知らぬエリリーが実験結果を書き留めながら呟く。

 

「まあ、古代の伝承なんて大抵は誇張ですからね」

 

「そうかもしれぬな」

 

 カーリーはそう答えたものの、何故かその一文だけは妙に頭から離れなかった。まるで遠い昔から知っていたことを、今になって思い出しかけているかのように。

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