聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「エリリー殿!!」
「うぇ、あっ、はい!? 何ですか、そんな大声で」
写本へ視線を落としていたエリリーは肩を跳ねさせながら振り返ると、勢いよく部屋へ入ってきたカーリーを見て目を丸くした。
「迷宮に行かぬか!!」
「迷宮ですか?」
あまりにも唐突な誘いに、エリリーは思わず瞬きを繰り返す。
「かなり急ですね。それに朝方、一人で考え事をすると街の外へ出て行かれましたよね。あの悩みはどうなったんですか?」
「うむ、些事であった。もう解決したぞ」
カーリーは胸を張って答える。その表情には朝まで残っていた迷いの色はどこにもなく、むしろ新しい玩具を見つけた子供のような晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「それは良かったですが……」
エリリーは安堵しつつも、その変わりようがあまりに急だったため、どこか引っ掛かるものを覚える。
「本当に大丈夫なんですよね?」
「勿論だ。むしろ今まで以上に調子が良いぞ」
「その『調子が良い』が少し怖いんですよ」
エリリーは苦笑しながら額へ手を当てる。
「それで、今日は何をしに迷宮へ行くんです?」
「鍛錬だ」
「鍛錬ですか」
「うむ。ただ魔物を倒すだけではない。もっと色々と試してみたいことが出来た」
カルフォースへ軽く手を添えながら語るカーリーの横顔には、静かな自信が宿っていた。その様子を見たエリリーは問い掛けようとしたものの、その瞳の奥に宿る確かな決意を見て言葉を飲み込む。
「……何があったのかは聞きませんけど、良い答えを見つけられたみたいですね」
「うむ」
カーリーは迷いなく頷いた。
「ウチはウチで良かった。それだけ分かれば十分だ」
短い言葉だったが、その声音には揺るぎがない。
エリリーはその一言だけで、朝までカーリーを縛っていた迷いが本当に晴れたのだと理解した。
「分かりました。それじゃあ私も準備します。ただし調子良いからって無茶は無しですからね」
「善処しよう」
「それ、全然信用できない返事なんですが」
「安心せよ。ウチは前より強くなった」
「そういう問題じゃないんですよ……」
エリリーは苦笑を漏らしながら旅支度を整え始め、カーリーもまた静かにカルフォースを腰へ納める。その動作は以前と変わらぬようでいて、どこか一つ一つに確かな芯が通っていた。
宿を出た二人は、そのまま迷宮へと足を運んだ。先日までなら異変を警戒して慎重に進んでいた道も、今日はカーリーの足取りに一切の迷いはない。受付で簡単な手続きを済ませると、迷宮へ続く石階段を軽やかに下り、冷えた空気が頬を撫で始めたところで、カーリーは静かにカルフォースの柄へ手を添えた。
「では、試すとしよう」
穏やかな声とともに刀身が鞘から姿を現し、赤銀色の刃から黄金の聖火が静かに溢れ始める。その焔は以前のように刃だけを包むのではなく、カーリーの全身を巡りながら黄金の鎧を形作り、肩や胸、腕を覆ったかと思えば、その輝きは隣へ立つエリリーへも柔らかく広がり、淡い光の膜となって彼女の身体を包み込んだ。
「えっ……これ、私まで?」
「うむ。試してみたら出来そうであった」
「試してみたらって、そんな軽い話じゃ──」
言葉を言い終えるよりも早く、カーリーは楽しげに口元を緩めながら地面を踏み込む。その一歩に合わせて黄金の焔が脚部から噴き上がると、身体は矢よりも速く前方へ弾け飛び、狭い通路を一直線に駆け抜けていく。
周囲の景色は一瞬で流れる線となり、風圧が轟音となって耳元を吹き抜けたものの、エリリーは聖火の膜に守られているおかげで不思議と身体へ負担を感じることはなく、驚きに目を見開いたままカーリーへ引かれて進んでいた。
「速っ……速過ぎます! 前までと聖火の扱い方が全然違うじゃないですか!」
「ハハハッ! 実に気分が良いぞ!」
カーリーは高らかに笑いながら迷宮を駆け続け、曲がり角へ差しかかっても減速することなく壁を軽く蹴って身体を滑らせるように方向を変える。
「強くなったのは本当だったみたいですけど……どうしてこう、試運転が毎回全力なんですか!」
「加減しては分からぬからな!」
「そこは分かってから加減してくださいよ!」
「まぁ良いでは無いか、まだ余裕が有るどんどん進むぞ!!」
「止まる気は無いんですね〜〜!!」
エリリーが半ば呆れたように叫ぶと、カーリーは振り返って豪快に笑った。
「止まる理由が無いからな!」
軽快な足取りのまま階層を下り続ける二人は黄金の軌跡だけを残しながら迷宮を駆け抜ける。現れた魔物は剣を振るわれたことにすら気付かぬまま聖火へ包まれて消えていった。
気付けば二人は三十階層へ到達していた。
「ハハッ軽いな!! まだイケる!!」
「何時も通りですが、めちゃくちゃですよカーリー」
そのまま二人は四十階へ中層間近に辿り着く。そこは金属が打ち合わされる乾いた音と魔物の咆哮が通路へ響き渡っていた。
「誰か戦っています!」
エリリーが声の方角へ駆け出すと、開けた空間では十数体の魔物を相手に二人の冒険者が激しく剣を交えていた。
「くっ、数が多い!」
「ユーグリ、後ろ!」
聞き覚えのある声にカーリーは思わず目を細める。
「おお、シェン殿にユーグリ殿ではないか」
「その声は……ブラッドソードさん!?」
「おっ、ちょっと助けてくれねぇか!」
シェン・イーが驚いて振り向く一方で、シェンは少し焦ったような声を出す。戦っていた魔物達は新たな獲物を見つけたように一斉に向きを変え、低い唸り声を上げながらカーリー達へ飛び掛かった。
カーリーは穏やかな笑みを浮かべたままカルフォースを構え、その全身を覆う黄金の焔がさらに大きく燃え上がる。
「丁度良い。多対一で新たな剣を試して見るか」
魔物達が唸り声を上げながら四人を取り囲むと、天井付近では赤黒く妖しく輝く巨大な蛾が何匹も羽ばたき始め、その羽ばたきとともに細かな鱗粉が霧のように降り注いでいく。
「気を付けてください! あれはスコヴィガモスです!」
エリリーが慌てて叫ぶと、シェン・イーは鼻を押さえながら顔をしかめた。
「これが噂の刺激物か!」
「吸い込まないでください! 目に入っても危険ですよ!」
忠告が終わるより早く、数匹のスコヴィガモスが一斉に急降下し、赤黒い体液を飛沫のように撒き散らした。しかしカーリーは一歩前へ出ると黄金の焔を大きく広げ、その光は壁のように仲間達を包み込む。体液も鱗粉も聖火へ触れた途端に燃え尽き、刺激臭だけを残して消えていった。
「便利過ぎませんか、その力!」
「うむ。守るには実に都合が良い!」
笑いながらカルフォースを一閃すると、黄金の軌跡が空中を薙ぎ払い、数匹のスコヴィガモスは断末魔を上げる間もなく浄化される。
その時だった、迷宮全体が低く唸るように震え、遥か奥から岩盤を砕く轟音が幾重にも響き渡る。
「何だ、この揺れ!」
シェン・イーが身構えると、通路の壁が内側から盛り上がり、巨大な爪が岩を紙のように切り裂いた。砕け散る岩石の向こうから現れたのは、分厚い灰褐色の鱗を纏う巨大な竜であった。
短く逞しい四肢は岩盤へ深く食い込み、前方へ伸びた三本の角は巻き貝のように捻れながら、それぞれが独立して低い音を立てて回転している。さらに節くれだった尾は甲殻に覆われ、ゆっくりと揺れるだけで岩壁へ無数の亀裂を刻んでいた。
「……ホラアナドラゴン! こんな浅い階層で?! 龍種よりは遥かに劣りますが強力な魔物です」
ホラアナドラゴンは四人を見据え、大きく息を吸い込んだ。喉の奥から赤熱した光が漏れ出し、周囲の空気が一瞬で灼ける。
「ブレスが来ますよ!」
叫びとともに灼熱の奔流が通路を埋め尽くしたが、聖火の巨大な壁は轟く業火を真正面から受け止めながらも揺らぐことはなかった、激しい炎が晴れた先で、カーリーは静かに笑みを浮かべる。
「成る程。火力勝負するか。さて、何処まで耐える?」
カーリーは静かに呟きながらカルフォースを握り直す。その声音には焦りも気負いも無い。
ホラアナドラゴンは低く唸り、さらに二頭、三頭と奥の通路から姿を現した。重厚な足音が迷宮を震わせ、三本角は唸りを上げながら回転し、灼熱の吐息が周囲の岩肌を赤く染めていく。
「うわ、ぞろぞろ出てきたぞ!」
シェン・イーが思わず声を上げると、ユーグリは青ざめた表情で剣を構えた。
「四頭……いや、五頭いる」
そして五頭のホラアナドラゴンは示し合わせたように大きく息を吸い込み、その喉奥で赤熱した光が膨れ上がる。迷宮内の空気は灼け付き、岩壁には熱だけで細かな亀裂が走り始めていた。
「来ます!」
轟音とともに五条の業火が一直線に放たれた。
それぞれが家一つ瞬く間に灰に出来るほどの熱量を秘めた炎であり、束となった灼熱は通路そのものを溶かしながら迫る。
カーリーは一歩だけ前へ出ると、静かにカルフォースを掲げた。
「ならば──」
黄金の聖火が刀身から穏やかに溢れ出す。爆ぜることも暴れ狂うこともない。そしてそれが互いに衝突したホラアナドラゴンの炎は壁や天井を赤く溶かし、岩盤を崩しながら暴れ続けているにもかかわらず、カーリーの黄金の聖火は床も壁も焦がさない。ただ炎だけを受け止め、その熱と力だけを静かに押し返していた。
「地面が……焼けてない?」
エリリーは思わず目を見開く。
「そんな、あのブレスに拮抗するだけの火力なのに!?」
ユーグリが声を上げながら立ち尽くす中で、カーリーは静かにカルフォースを振り下ろした。黄金の聖火は壁のように広がったまま五条の業火を包み込み相殺する。
そのまま聖火は一本の大河のように前方へ流れ始め、ホラアナドラゴン達が放ち続ける灼熱を飲み込みながら巨体へ迫っていった。己のブレスが逆流してくる光景に魔物達は低く唸り、慌てて炎を止めて散開しようとする。
「逃げるか、しかし駄目だぞ」
カーリーは穏やかに呟くと床を軽く蹴り、その身体は黄金の残光だけを残して一頭目の眼前へ躍り出る。振るわれたカルフォースは無駄のない軌跡で三本角ごと首を断ち切り、返す刃は身を翻した勢いのまま二頭目の胸を深く裂いた。
さらに着地することなく空中で身体を捻ると、黄金の焔が大きく弧を描きながら三頭目と四頭目をまとめて薙ぎ払い、最後に残った一頭が怒りの咆哮を上げて突進してくる。
それでもカーリーは避けようとせず、静かに踏み込みながら剣を突き出した。赤銀色の刀身は分厚い胸板を何の抵抗もなく貫き、その内部で黄金の聖火が穏やかに広がると、ホラアナドラゴンは断末魔を上げることもなく静かに崩れ落ち、巨体は灰となって迷宮の風へ溶けるように消えていった。
周囲へ訪れた静寂の中で、カーリーはゆっくりとカルフォースを鞘へ納めると満足そうに微笑み、「うむ。実に良い鍛錬であった」と晴れやかな声で呟いた。
その穏やかな空気は、あまりにも唐突に断ち切られる。
そうカーリーはラビキリアスからの話を今、このひととき忘れていた。アスラが迷宮に落として言ったモノの存在を。
迷宮の奥から鋭い風切り音が響き渡る
その瞬間、銀色の閃光が一直線にカーリーへ襲い掛かった。咄嗟にカルフォースを抜き放ち、その一撃を真正面から受け止める。
だが刃が噛み合った瞬間に伝わってきた衝撃は尋常ではなく、カーリーは黄金の聖火を脚部から逆噴射して踏み止まりながらも、なお数歩後方へ押し込まれ、石床へ深い溝を刻んでいく。
「……ッ!」
腕へ残る重みがようやく消え去ると、舞い上がっていた土煙がゆっくりと晴れ始める。その向こうから姿を現したものを見て、その場にいた全員が息を呑んだ。
それは鉄で編まれた一筋の大蛇──否。
全身を銀灰色の装甲で覆われた巨大な機械龍だった。
流麗な龍の骨格を思わせるその巨体は、氷柩龍プルイーナや迷宮龍ラビキリアスには及ばぬものの、確かに龍種へ迫る威容を宿している。節ごとに組み上げられた鋼の躯体は生き物のように滑らかにうねり、その隙間を走る赤く輝く無数の魔術回路が、まるで血管のように全身を巡っていた。
巨大な顎が僅かに開くだけで金属同士が擦れ合う低い唸りが迷宮へ響き、四肢の爪は岩盤へ深々と食い込みながら周囲へ細かな亀裂を走らせている。
そして、その額の中央コックピットらしき部分で人間の手のひらほどしかない小さな人影が腕を組み、カーリーを見下ろしていた。
「あれ?」
小さな人影は不思議そうに首を傾げると、拍子抜けしたような声を漏らす。
「冒険者見つけたんで、轢き殺そうと思ったんスけど……受け止められちゃったッスね」
翡翠色の瞳がカーリーをじっと見据え、小さく瞬きを繰り返した。
「……おかしいッスねぇ。グスタフ並みに硬い奴が、こんな所にいるなんて」