聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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雑に倒される聖剣

 暫くして夜更けの荒野は静かになった。

 

 焚き火は既に熾火へ変わっており、赤く燻る炭が時折ぱちりと小さな音を立てるだけで、周囲には風が岩肌を撫でる音と、遠くで鳴く夜鳥の声しか存在しない。

 

 エリリー・エルステラは毛布へ包まりながら、薄く目を開けた。向かい側では、カーリー・ブラッドソードが岩へ背を預けたまま眠っている。聖剣カルフォースは抱えるように膝へ置かれており、眠っている間ですら手放していなかった。

 

「……本当に野生動物みたいね」

 

 小さく呟きながら、エリリーはそっと身を起こした。寝息は深い。少なくとも今は起きる気配が無い。

 

 もっとも、この女の場合、目を閉じたままでもこちらの動きへ反応してきそうで油断ならないのだが。

 

 エリリーは慎重に視線を巡らせ、それから壊れた馬車の残骸へ歩み寄った。昼間の衝突で半壊した荷台は無惨な有様だったが、それでも魔術的に保護していた貴重品のいくつかは無事だった。

 

 彼女は崩れた木板を静かに退かしながら、小型の保存箱を引っ張り出す。箱の表面には淡い青色の術式が走っており、衝撃緩和と内部保存の魔術がまだ生きていた。

 

「良かった……元素石の欠片は無事ね」

 

 安堵の息を漏らしつつ、エリリーは中身を確認する。

 

 淡く脈動する鉱石片、魔物の角、秘匿術式の刻まれた羊皮紙、それから高価な触媒薬の結晶瓶。失えば二度と手に入らないものも少なくない。

 

 カーリーの突撃で全て吹き飛んだと思っていたが、最低限の研究資材は生き残っていたらしい。

 

 エリリーはそれらを素早く布袋へ詰め込むと、次に別の木箱へ手を伸ばした。

 

 カーリーは危険だ。

 

 常識が壊滅しているし、国家級の厄介事を背負っているし、何より本人に危機感が無さすぎる。あの狂犬を連れて旅などすれば、間違いなく面倒へ巻き込まれる未来しか見えなかった。

 

 研究どころではなくなる。

 

「……うん、そうよ。私は魔術師で研究者なんだから」

 

 誰に言い訳するでもなく呟きながら、彼女は追加の保存袋を腰へ括り付けた。夜の冷気が外套の隙間から入り込み、肌を撫でていく。

 

 ここから南東へ進めば、小規模な都市へ辿り着ける筈だった。そこに研究拠点を構える予定で。何よりその都市には帝国の管理下に無い特殊構造物が存在している。カーリーが起きる前に十分距離を取れれば、流石に追っては来ないだろう。

 

「……多分だけど」

 

 呟いた瞬間、自分でも妙に不安になった。

 

 エリリーはちらりと背後を見る。

 

 カーリーはまだ眠っている。

 

 銀髪を無造作に散らし、岩へ寄り掛かった姿は年相応の少女にしか見えない。昼間あれだけ暴れていた人物と同じ存在とは思えないほど静かだった。

 

 一歩、また一歩と距離を取りながら、彼女は足元へ薄く風属性魔術を展開し、砂を踏む音すら夜風へ溶かしていく。岩場の陰まで辿り着けば視界は切れるし、そのまま街道へ出てしまえば追跡も難しくなる筈だった。

 

「……まぁ、頑張って生きなさいよ狂犬」

 

 半ば本気で、半ば投げやりにそう呟くと、エリリーは荷物を括り付けた馬の手綱を引いた。すると馬は、露骨に恨めしそうな目で彼女を見た。

 

「分かってるわよ、夜中に起こされて不機嫌なんでしょ。でも仕方ないじゃない。あの狂犬と同行したら絶対研究どころじゃなくなるもの」

 

 馬は「それはそう」とでも言いたげに鼻を鳴らした。

 エリリーは素早く鞍へ跨り、そのまま街道へ向けて馬を走らせる。夜風が髪を攫い、冷えた空気が頬を刺した。背後の焚き火は徐々に小さくなっていき、やがて岩陰へ隠れて見えなくなる。

 

 街道をしばらく進んだ辺りで、エリリーは小さく眉を寄せた。

 

「……ん?」

 

 生き物の気配がする。

 

 カーリーでは無いだろう。というより人間の気配では無かった。数は────

 

 エリリーは手綱を軽く引きながら、周囲へ感覚探査の魔術を展開する。青白い魔力の波紋が薄く夜気へ溶けた瞬間、探査へ複数の反応が引っ掛かった。

 

 しかも移動速度が速い。

 

「……多いですね」

 

 エリリーは呆れ混じりに小さく吐き捨てる。

 

 次の瞬間、街道脇の岩陰から黒い影が音も無く躍り出た。

 

 それはヨクイドリと呼ばれる魔物だった。

 

 荒野や峡谷地帯を群れで徘徊する中位魔物であり、夜陰へ紛れる漆黒の外皮と、大きく裂けた飛膜翼を持つ肉食種だ。馬ほどの体躯を持ちながら骨格は異様に軽く、腐肉臭を撒き散らしながら滑空する姿から、死肉漁りの夜鳥とも呼ばれている。

 

 

 二体、三体、五体と次々に闇の中から現れ、巨大な翼を羽撃かせながら街道上空を旋回している。赤黒い唾液を垂らした裂けた口からは低い唸り声が漏れ、金属を引っ掻くような不快音が夜へ滲んだ。

 

 馬が怯えたように鼻を鳴らす。

 

「はぁ、大丈夫ですよ、怯える必要は無いわ」

 

 エリリーは軽く馬の首筋を撫でながら、片手で杖を振るった。

 

 瞬間、街道の地面が隆起し、鋭利な土石の槍が魔物達の真下から突き上がる。先頭を飛んでいた二体のヨクイドリは回避する暇も無く胴体を貫かれ、そのまま悲鳴を上げながら地面へ叩き落とされた。

 

 残る三体は即座に高度を取ろうと翼を広げる。

 

 

 だが次の瞬間、周囲の空気が粘つくように重く変質した、飛躍する軌道場の空気の性質を変化させて逃げ道を塞ぐ、エリリーは動くことが出来ずに藻掻く魔物達を見上げながら、淡々と空中へ魔術式を刻んでいく。

 

「先生達なら、もうちょっとスマートだったかな?」

 

 次の瞬間、変化した空間の内部で火属性魔術が炸裂した。

 

 赤熱した炎が性質変化した空気の助けもあり一気に膨れ上がり、拘束されたヨクイドリ達を包み込む。焼け焦げた翼が爆ぜ、肉の焼ける臭いと耳障りな断末魔が夜へ響いたが、それも長くは続かなかった。

 

 やがて炎が収まった頃には、街道へ黒い炭の塊だけが転がっていた。

 

「ヒヒン……」

 

「怖かった? けど、もう大丈夫よ」

 

 馬を軽く宥めて、エリリーは再び街道を走り始める。

 

 途中で一度だけ休憩を挟み、水と最低限の餌を与えつつ馬の脚を休ませたが、それ以外はほとんど止まらなかった。風属性魔術で疲労を軽減しながら走り続けた結果、半日と少し経つ頃には、荒野の先へ石造りの外壁が見え始める。

 

 農地と交易路を中心として発展した自治都市、バシニウスだった。

 

 帝国管理外地域に存在するこの都市は、周辺国家や傭兵団、流浪の商人達によって半ば独立的に維持されており、違法ではないが合法とも言い切れない品々が大量に流通していることで知られている。

 

 エリリーにとっては都合が良かった。

 

 研究資材を集めやすく、帝国の監査官も居ない。そして何より、特大の元素石を採取出来るエンドレス・ラビリンス、無限に変形を繰り返すダンジョン、神造遺構フルムがある。

 

 賢者の石研究の拠点としては申し分無い場所だった。

 

「……はぁ、無駄に消耗し過ぎたし早く休みたいですね」

 

 高い城壁を見上げながら、エリリーはようやく安堵の息を吐いた。

 

 カーリーも居ない。追っ手も居ない。研究資材も最低限残っている。

 

 

 問題は、ここから先だった。

 

 バシニウスの外壁前には既に長い入市列が形成されており、荷馬車を引いた商人や武装した傭兵、それから怪しげな外套姿の旅人達が順番待ちをしている。

 

 

 城壁そのものは帝国都市ほど巨大では無いが、それでも荒野の自治都市としては十分以上の規模を誇っており、灰色の石材で組まれた外壁には幾つもの見張り櫓が並んでいた。

 

 エリリーは馬をゆっくり歩かせながら列の最後尾へ並び、軽く目を細める。

 

「……思ったより人が多いですね」

 

 周囲から漂ってくる匂いも雑多だった。乾燥肉と汗、家畜の臭気、香辛料、それから火薬に近い刺激臭まで混ざっている。帝国都市の整然とした空気とは違い、ここには荒野の欲望そのものが集まっていた。

 

 その雑多な喧騒を聞いている内に、エリリーは逆に少し安心していた。

 

 これだけ人が居れば紛れ込める。

 

 カーリーみたいな目立つ狂犬でもない限り、多少怪しい程度の魔術師など埋もれる筈だった。

 

 列は思っていたより早く進み、やがてエリリーの番が回ってくる。門前には革鎧姿の門兵が数人立っており、その内の一人が眠たげな目をこちらへ向けてきた。

 

「所属と目的は?」

 

「流れの魔術師です。研究拠点を探してまして」

 

「研究、ねぇ」

 

 門兵は露骨に胡散臭そうな顔をしたが、この都市では珍しくもない話なのだろう。それ以上深くは追及せず、代わりに荷物へ視線を向ける。

 

「積み荷確認するぞ。違法呪具や危険な触媒は持ってねぇな?」

 

「合法範囲内ですよ、多分ですが」

 

「まぁわざわざ自治都市に来てる時点でそんなもんか……」

 

 半眼でぼやきながら、門兵は荷袋を軽く改め始めた。エリリーは平静を装っていたが、内心では少しだけ緊張していた。

 

 元素石の欠片自体は厳重封印してある。問題は研究資料だった。賢者の石に関する理論式や魔力循環構造の試算は、帝国圏なら没収されてもおかしくない内容である。

 

 だが幸いにも、門兵は羊皮紙の束を見ても「難しそうだな」で済ませただけだった。

 

「……まぁ良いだろ。滞在税払って通れ」

 

「助かります」

 

 硬貨を数枚渡しながら、エリリーは心の底から安堵した。

 

 もしここで足止めされていたら厄介だったし、何より今は風呂と寝床が欲しい。流石に一睡もせず荒野を走り続けたせいで、魔力以上に精神が削れていた。

 

 門を潜った瞬間、都市内部の熱気と喧騒が一気に押し寄せてくる。

 

 石畳の通りには露店が並び、露骨に怪しい薬品や魔物素材、用途不明の金属塊まで雑多に売られていた。獣人の商人が怒鳴るように客引きをしているかと思えば、隣では神官服姿の女が胡散臭い護符を売っている。

 

 帝国都市なら即座に衛兵が飛んできそうな光景だった。

 

「……良いですね」

 

 エリリーは思わず小さく笑ってしまう。

 

 混沌としている。秩序が緩い。だがだからこそ、ここには帝国に無い自由があった。

 

 通りを進みながら周囲を観察していると、不意に視界の奥へ巨大な塔のような建築物が見えた。

 

 都市中央から僅かに外れた位置へ建造された黒灰色の構造物であり、その周囲だけ空気が妙に重い。古代文字に似た紋様が刻まれており、遠目に見ているだけでも魔力がざわつく感覚が伝わってきた。

 

 神造遺構フルム。

 

 無限変形迷宮エンドレス・ラビリンスへ繋がる遺構にして、巨大な元素石が深層にて発見された場所。

 

 エリリーは思わず息を呑んだ。

 

「……あれが」

 

 資料では何度も見ていた。だが実物は遥かに異様だった。

 

 何かが落ちて出来たであろう巨大な傷痕が空間そのものへ楔を打ち込むみたいに存在しており、周囲の魔力の流動まで歪めている。あの内部には未知の環境と古代遺物、それから膨大な危険が眠っているのだろう。

 

 だが同時に、賢者の石へ至る為の素材もある。

 

 エリリーの胸が高鳴る。

 

「……絶対に手に入れてみせる」

 

 疲労も忘れ、小さく拳を握り締めたその時だった。

 

「おぉ!! 居たぞエリリー!!」

 

 聞き覚えのあり過ぎる声が、通りの向こうから元気いっぱいに響き渡った。

 

 エリリーの笑顔が凍る。

 

 ゆっくり振り返ると、人混みの向こう側で銀髪の女が大きく手を振っていた。

 

 返り血こそ洗い流しているものの、ぼろぼろの外套と高い背丈、背負った聖剣の存在感は隠し切れていない。周囲の通行人達が露骨に距離を取っている辺り、相変わらず危険物扱いされているらしかった。

 

 カーリー・ブラッドソードは、犬が飼い主を見付けた時みたいな笑顔で叫ぶ。

 

「追いついたぞ!!」

 

「何で追いついてるんですかこの狂犬!!?」

 

「走ってきた! エリリー殿は随分遠回りをしたのではないか? ウチは数時間前に検問を抜けたが……」

 

 カーリーは悪びれもせずそう言いながら、通りの真ん中でぶんぶんと手を振っていた。周囲の通行人達が「なんだあの聖剣持ち……」みたいな顔で距離を取っている辺り、相変わらず存在感が強過ぎる。

 

 対するエリリーは、額を押さえながら呻くように言った。

 

「え、ちょっと待ってください……もしかしてアナタ、街道を使わず森とか川とか直線で突っ切って移動しました?」

 

「うむ?」

 

 何故そんな当然のことを聞かれたのだと言わんばかりに、カーリーはきょとんとした顔になる。

 

「よほどの悪路や悪天候でなければ、騎士として当然のことだと思うが。今回は一人駆けだったし、騎獣も馬も居なかったからな!」

 

「当然じゃないのよ……」

 

 エリリーは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

 普通、人間は街道を使う。森には魔物が出るし、峡谷や河川地帯は地形そのものが危険だからだ。だからこそ道があり、関所があり、交易路という文明が成立している。

 

 だが目の前の狂犬は、その文明的な前提を全部踏み越えて最短距離だけを走って来たらしい。

 

 しかも恐らく、途中の魔物や野盗を全部蹴散らしながら。

 

「……いや、でもそれなら何で私の位置が分かったんです? バシニウスは広いですよ?」

 

「あぁ、それはこの剣だ」

 

 カーリーはそう言って、背負っていた模造神剣カルフォースの柄を軽く叩いた。

 

 赤銀の刀身が鞘の中で微かに震え、周囲の空気へ熱に似た魔力を滲ませる。

 

「この剣はな、敵の位置を焔で感知できる。便利だぞ」

 

「便利で済ませて良い性能じゃないんですよねぇ……」

 

 エリリーは半眼になった。

 

 聖剣級武装なのだから、索敵能力くらいあっても不思議ではない。問題は、それを使って都市一つ分の距離を平然と追跡してきたことである。

 

 めちゃくちゃだった。

 

 だが同時に、二国規模の追撃を突破し、天然の国境地帯を越えてきた女だ。今さら多少の異常能力が増えたところで驚くべきなのかも怪しい。

 

 しかし、まだ疑問が残っている。

 

「そもそもアナタ、地図も無しにどうやって最短距離で来たんですか?」

 

「道行きに困った時はな、聖剣に聞く」

 

「……はい?」

 

 カーリーは何故か少し誇らしげな顔になると、腰のカルフォースを抜きかけ、それを両手で真っ直ぐ持った。

 

「こうしてな」

 

 そして。

 

 そのまま、ぱたん、と前へ倒した。

 

 剣先が石畳を指す。

 

「倒れた方向へ真っ直ぐ進むのだ」

 

「それただの野生動物の勘じゃないです?」

 

「違うぞ! 聖剣の導きだ!」

 

「焔で感知するとか、そういう機能なんですよね?」

 

「さぁ、どうであろうな?」

 

 カーリーは実に良い笑顔で言った。

 

 エリリーは無言になった。

 

 なんというか、理屈が存在しているのか直感で動いているのか分からない。だが恐ろしいことに、この狂犬はそれで本当に辿り着いている。

 

 しかも結果だけ見るなら最短に近い。

 

「……アナタ、本当に方向音痴じゃないのが奇跡ですね」

 

「サリクエル卿にもよく褒められた!」

 

「多分それ褒める以外の言葉が見付からなかったんですよ」

 

 深々と溜め息を吐きながら、エリリーは改めてカーリーを見上げた。

 

 都市へ入る前に最低限身なりを整えたのだろう。顔や髪に付いていた血は洗い流されているし、ぼろぼろだった外套も多少は繕われている。

 

 だが、それでも隠し切れない。

 

 腰に提げた聖剣から漏れる濃密な神聖魔力と、常人離れした肉体の圧力が、周囲へ薄く威圧感を撒き散らしていた。

 

 通行人達が妙に避けて歩いているのも、そのせいだろう。

 

「……ちなみに、どうやって検問通ったんです?」

 

「普通に通ったぞ」

 

「絶対嘘でしょう」

 

「本当だ。門兵が『名前は?』と聞くので、『カーリー・ブラッドソードだ!』と答えた」

 

「何で正直に名乗ったんですか!?」

 

「嘘は騎士道に反するからな!」

 

 カーリーは胸を張った。

 

 エリリーはその場にしゃがみ込みたくなった。

 

「いや待って、指名手配されてるんですよね!? 追放されたんですよね!?」

 

「うむ!」

 

「じゃあ何で通れてるんですか!?」

 

「『カーリー・ブラッドソードってもっと怖い奴だと思ってた』と言われたが普通に通されたぞ」

 

「まぁ私の違法な品物も普通に通されましたし、そう言うものなのかもしれませんが……検問に払うお金はどうしたんです?」

 

 エリリーが半ば呆れ顔で尋ねると、カーリーは「あぁ、それか」と軽く頷いた。

 

「道中でな、魔物に襲われている農家が居たので助けたのだ。そこでバシニウスへ向かうと話したら、『せめて何とか税の足しにしてくれ』と持たされた、親切な御仁達であったな!」

 

「そうですか……ハハ……」

 

 エリリーは乾いた笑いを漏らした。

 

 話を聞く限り、恐らくカーリーは本当に善意で助けたのだろう。そして助けられた側も、本気で感謝したに違いない。

 

 問題は、その光景を容易に想像できてしまうことだった。

 

 夜道で魔物に襲われる農家。

 そこへ突然、血塗れの聖剣持ちが飛び込んできて魔物を両断する。農家からすれば救世主だろう。

 

 だが同時に、見た目だけなら災厄そのものでもある。

 

「……アナタ、絶対その内どこかで英雄扱いされますよ」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。本人が自覚してないのが一番厄介なタイプの」

 

 カーリーは首を傾げていたが、エリリーとしては割と本気だった。

 

 この狂犬、社会性と政治感覚が壊滅しているだけで、行動原理そのものは妙に騎士的なのだ。困っている人間が居れば助けるし、悪人と判断すれば斬る。

 

 ただ、その判断と行動が国家単位で危険なだけである。

 

 カーリーはそんなエリリーの内心など知らず、少しだけ目を細めた。

 

「しかし、エリリー殿も無事で良かった」

 

「……まぁ、そこそこ腕は立ちますからね」

 

「うむ。気配から察するに、かなり強いだろうとは思っていた。心配はしていなかった」

 

「えぇそうですね……」

 

 適当に返しつつ、エリリーは僅かに視線を逸らした。

 

 気配から察する。

 

 さらっと言っているが、それは達人や高位魔術師が行う感覚技能に近い。しかもカーリーの場合、魔力感知というより野生動物めいた直感で行っている気配があるのが怖かった。

 

 というか、この女は本当に人を見る目だけは妙に正確なのだ。

 

 実際、エリリーは魔術学校時代でも上位成績だったし、辺境を単独で旅できる程度には戦闘経験も積んでいる。先程のヨクイドリ程度なら危なげなく処理できる程度には。

 

 だが、だからこそ余計に分かる。

 

 目の前の狂犬は、その比ではない。

 

 カーリーは本気で「エリリーなら死なないだろう」と判断していたのだろうし、その感覚も恐らく正しい。問題は、その基準が他者からは理解出来ない視点にあることだった。

 

 エリリーがそんなことを考えていると、カーリーはふと周囲を見回した。

 

「ところでエリリー殿」

 

「何です?」

 

「腹が減った」

 

「ホント、色々台無しですねアナタは!!!」

 

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