聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「後は当てれば良いだけッスね、当たればなっ!!」
リガルが操縦桿を鋭く捻ると、虚龍は踏み込んだ勢いをそのまま利用して巨体を横へ滑らせた。これほどの質量を持つ存在とは思えぬ機動にカーリーの斬撃は僅かに軌道を外れ、黄金の刃は肩口を掠めながら火花だけを散らす。その間隙を逃さず、鋼の尾が唸りを上げて横薙ぎに振り抜かれた。
「カーリー!」
エリリーの叫びが響くと同時に、足元へ展開されていた錬成陣が眩く輝き、石床から幾重もの岩壁が競り上がる。鋼鉄の尾はその障壁を一枚、二枚と容易く砕きながら迫ったものの、その僅かな減速だけで十分だった。カーリーは黄金の聖火を脚へ集中させて跳躍し、頭上を通過した尾が轟音とともに背後の岩壁を粉々に打ち砕いていく。
「良い援護だ!」
空中で身体を翻したカーリーは、その勢いを乗せて虚龍の背へ斬り掛かる。しかし、リガルは待っていたと言わんばかりに口元を歪めた。
「読んでるッスよ!」
虚龍の背中に埋め込まれた装甲板が一斉に開き、その隙間から赤黒い光弾が無数に噴き出した。まるで豪雨のように降り注ぐ魔力弾がカーリーを包囲し、逃げ場を奪おうと迫る。
「させません!」
エリリーが杖を振り上げると、幾何学模様を描く結界が空中へ幾重にも展開され、光弾は障壁へ衝突するたび鈍い爆音を響かせて砕け散る。それでも数発は結界を貫いてカーリーへ襲い掛かったが、その身体を覆う黄金の聖火が静かに揺らぐだけで魔力を飲み込み、爆ぜることなく掻き消していった。
「本当に便利な炎ッスねぇ!」
「守るための力だからな!」
カーリーは笑みを浮かべると虚龍の頭上へ降り立ち、カルフォースを大きく振り上げる。しかし、その一撃が振り下ろされる寸前、鋼の顎が凄まじい速度で跳ね上がり、刃と牙が真正面から激突した。甲高い金属音が迷宮中へ響き渡り、互いの力が拮抗したまま火花が滝のように降り注ぐ。
「力じゃ負ける気はしないッス!」
「奇遇だな、ウチも同じだ!」
押し合う両者の足元で石床が砕け、迷宮そのものが震え続ける。その光景を食い入るように見つめていたシェンは、虚龍の肩口が再び僅かに開く瞬間を捉えると、迷うことなく叫んだ。
「カーリー! 今だ、そのまま押し込め! 左肩が開いてる!」
その声へ応えるように、カーリーの瞳が鋭く細められ、黄金の聖火はさらに強く燃え上がった。
「吼えよ! カルフォース!! 偽物の龍より高らかに!!」
裂帛の叫びとともにカルフォースが眩く輝き、黄金の聖火は刀身から奔流となって溢れ出す。その輝きは荒れ狂う炎ではなく、揺るぎない意志そのものを形にしたような静かな焔でありながら、押し寄せる圧力は虚龍の巨体すら僅かに後退させた。
「何ッ……!」
リガルが目を見開く間にも、カーリーは踏み込む。先ほどまで力比べを演じていた剣は、まるで別物のように軽やかだった。一歩、一歩と前へ進むたび、黄金の聖火が足元へ円を描くように広がり、その内側へいる仲間達を柔らかな光が包み込んでいく。
「押してる……!」
エリリーは思わず息を呑んだ。虚龍の顎と拮抗していたカルフォースは、少しずつ、しかし確実に鋼鉄の牙を押し返していく。
「まだまだァッ!」
リガルが操縦桿を限界まで押し込むと、赤黒い魔術回路が激しく脈動し、虚龍の全身から耳障りな駆動音が轟く。四肢が岩盤へ深く食い込み、その質量をもってカーリーを押し潰そうと迫るが、それでも黄金の刃は止まらない。
「偽物だろうが何だろうが、力は力ッスよ!」
「そうだ。だからこそ分かる!」
カーリーは真っ直ぐリガルを見据え、迷いなく言い放つ。
「貴殿の龍は力強い! だが、その雄叫びは何のために吼えている!」
その問いに、リガルの表情が僅かに歪む。
「何のためぇ!?理由なんざ俺達に逆らう奴らをブッ殺す以外にあると思ってるんスか?!」
「なるほど!では後はウチの意志と貴殿の殺意を比べるとしよう!!」
カーリーはカルフォースを弾くように振り抜き、虚龍の顎を跳ね上げる。その勢いのまま身を低く沈めると、黄金の残光を引きながら巨体の懐へ滑り込んだ。
「皆!」
短く響いたその声へ、三人は即座に応える。
「結界、最大展開!」
エリリーの魔術陣が黄金の聖火と重なり、カーリーを包む光がさらに強まる。
「水流、左脚を狙う!」
ユーグリの放った奔流が虚龍の脚部へ叩きつけられ、巨体の重心を僅かに揺らす。
「今だカーリー! 肩が開いた!」
シェンの鋭い叫びが迷宮へ響く。
その一瞬だけ現れた継ぎ目を、カーリーは見逃さなかった。
「そこだァァァッ!」
カルフォースが唸りを上げる。黄金の聖火は刀身へ凝縮され、眩い一条の光となって虚龍の左肩へ吸い込まれるように突き進んだ。
鋼と聖剣が激突した瞬間、迷宮全体を揺るがす轟音が響き渡る。
今まで一度として傷付かなかった銀灰色の装甲へ、一本の細い亀裂が静かに走った。
亀裂は細く浅いものでしかなかったが、それでも確かに鋼の装甲を断ち割っていた。甲高い軋みが虚龍の全身へ連鎖するように響き渡り、赤黒く脈動していた魔術回路が一瞬だけ不規則に明滅する。巨体は均衡を崩すほどではないものの僅かによろめき、岩盤へ踏み込んだ前脚が深く沈み込むと、砕けた石片が激しく飛び散った。
その様子を見届けたシェンは思わず口笛を吹き、ユーグリも信じられないものを見るように目を見開く。一方でエリリーは安堵の息を漏らしながらも表情を引き締め、まだ終わっていないと自らへ言い聞かせるように杖を握り直した。
対するカーリーは追撃へ移ろうとはせず、カルフォースを静かに構え直しながら、目の前の敵がこの程度で倒れる相手ではないことを確信していた。
「あーあ、また壊れちゃったッスか……これで何回目になるッスかねぇ」
リガルは困ったように頭を掻きながらも、その声音には焦りどころか悔しさすら滲んでいなかった。まるで使い慣れた道具へ傷が付いたことを惜しむ程度の気軽さで肩を竦める姿に、カーリーは僅かに眉を上げる。
「貴殿の龍は、幾度となく壊れてきたというのか?」
「当たり前ッスよ」
リガルは笑みを浮かべたまま、虚龍の装甲を軽く叩く。
「誰に仕え、誰を師としてると思ってるンスか。魔王様もアスラ様も、俺なんかじゃ到底届かない化け物ッス。虚龍なんざ、その二人とやり合えば壊れて当然ッスよ。ぶっ壊されちゃ直して、直しちゃ改良して、その繰り返しッス」
その言葉にカーリーは目を細める。壊れたことを恥じるどころか、それを当然と語るリガルの姿勢には奇妙な潔さがあった。
「なるほど。それ故に貴殿の龍は、これほどまで研ぎ澄まされているのだな」
「そういうことッス」
リガルは得意げに笑うと、操縦桿へ両手を添えながらゆっくりと前へ倒した。
「俺は天才じゃないッス。百回壊して届かなきゃ千回壊す。千回でも駄目なら一万回ッス。止まったら、一生あの二人の背中なんか見えないッスからね。」
赤黒い魔術回路が再び強く脈動し始める。肩口へ走った亀裂の周囲では細かな歯車が唸りを上げ、内部から新たな装甲板がせり出すように噛み合い始めていた。
「だから一回壊した程度で勝った気になるのは早いッスよ、カーリー・ブラッドソード」
リガルは鋭く笑みを吊り上げ、その翡翠色の瞳をぎらりと輝かせる。
「その傷も、俺にとっちゃ次を強くするための設計図でしかないッスからね。」
そう言い切ったリガルの表情には、敗北を恐れる者の焦燥は微塵もなかった。虚龍へ刻まれた傷さえも次なる完成形へ至るための過程として受け入れ、その果てにより強い一体を生み出すことを疑っていない。
その価値観は、ひたすら己を鍛え続ける武人にもどこか通じるものがあった。しかし同時に、目の前の機体へ執着する様子も見られない。まるで目的は虚龍そのものではなく、その先にいる誰かへ追い付くことなのだと、カーリーは静かに悟った。
「まっ、それじゃあ、今日はこの辺でさよならッスよ」
軽く手を振るような気安さで告げると、リガルは操縦席の縁を蹴って高く跳び上がった。その小さな身体は虚龍の頭上を越えるどころか、鋼の巨体を置き去りにする勢いで一直線にカーリーへ迫る。
「なっ……!」
誰もが虚龍を警戒していたため、その小柄な影への反応が一瞬遅れる。カーリーだけは咄嗟にカルフォースを引き戻そうとしたものの、リガルはその懐へ潜り込むように身を滑らせ、小さく握った拳を真っ直ぐ突き出した。
拳は胸ではなく、寸前で割り込ませたカーリーの左腕へ深くめり込む。乾いた衝撃音とともに黄金の聖火が大きく揺らぎ、その細い腕からは想像もつかない重さが全身を貫いた。カーリーの身体は数歩後方まで押し戻され、石床へ靴跡を刻みながらようやく踏み止まる。
「じゃあ、また遊ぶッス!」
リガルは振り返ることもなく迷宮の通路を駆け抜け、その姿は風を切る残像だけを残して瞬く間に上層へ消えていく。主を失った虚龍は赤い魔術回路の輝きを徐々に失うと、巨体を支えていた力が抜けるように膝を折り、轟音とともにその場へ崩れ落ちた。
「……速ぇな」
シェンは思わず口笛を吹きながら、リガルが消えた通路を見つめる。
「流石はチルディアってところか」
「豊富な魔力と高い筋力を併せ持つ小人種の亜人、でしたよね」
エリリーも感心したように頷くが、カーリーは静かに首を横へ振った。
「それだけではない」
カルフォースを鞘へ納めながら、拳を受けた左腕をゆっくり握り開く。その動作だけで鈍い痛みが骨まで響き、筋肉が細かく震えていることを自覚した。
「急所へ届く前に腕で受けた。されど、腕の痺れが未だ残っている」
カーリーは拳を見つめ、小さく笑う。
「チルディアだから強いのではない。リガル殿だから強い。そして何より、アスラ殿の弟子だからこそ、あれほどの技と力を身に付けているのだろう」
その言葉を聞いたエリリー達も自然と表情を引き締めた。虚龍だけでも十分に脅威だったというのに、その操縦者本人もまた、一瞬の交錯だけでカーリーへ確かな傷跡を残してみせたのである。
迷宮へ再び静寂が戻る中、カーリーはリガルが去った暗い通路を静かに見据えた。
「面白い、次は負けぬ」
その声音には再び相手を取り逃した悔しさではなく、いずれ再び剣を交える日への期待が静かに滲んでいた。