聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使い迷宮にて約束する

 

 

 虚龍が完全に沈黙し、リガルが去ると、迷宮にはようやく静寂が戻った。

 

 先ほどまで空間全体を狂おしいほどに震わせていた轟音が嘘のように消え去り、残されたのは砕けた岩壁から断続的に落ちる小石の乾いた音と、四人の荒い呼吸の合唱だけだった。

 

 エリリーは深く、大きく溜まった息を吐きながら杖を下ろした。張り詰めていた周囲の魔力の残滓を見届け、ようやく肩の力を抜く。

 

「……何とか、追い払えましたね」

 

「うむ。倒せたわけではないが、此度の成果としては十分であろう」

 

「十分どころか、俺は生きてるだけで丸儲けだと思ってるぜ」

 

 ユーグリもまた、張り詰めていた緊張から解放されたように、頼りなげな、しかし安堵に満ちた笑みを浮かべる。

 

「本当にそうですね……」

 

 しばらくの間、互いの無事を確かめ合うように顔を見合わせていたが、カーリーはふと思い出したように二人へ視線を巡らせた。

 

「それはそうとだ」

 

「ん?」

 

「再び此処で出会ってしまったな」

 

「本当にな。迷宮は嫌になるほど広いってのに、不思議と縁があるもんだ」

 

 シェンの言葉に、エリリーが感心したように目を丸くする。

 

「お二人とも、もう四十階層まで来ていたんですね」

 

「まぁな。何というか……時間が無くてな」

 

 シェンは頭を掻きながら、どこか誤魔化すように曖昧に笑った。

 

「時間が無い?」

 

 聞き咎めたカーリーが僅かに片眉を上げる、ユーグリはシェンと一度だけ視線を交わすと、小さく苦笑した。

 

「そうですね……前に、次に出会ったら話すと約束しましたからね。今日は、その話をしましょうか」

 

 カーリーは静かに頷き、その真意を待つ。

 

「うむ。以前から少し気になっていた」

 

 シェンはごつごつとした岩壁へ背を預け、深く息を吐き出した。

 

「俺達がどうしてこんな無茶をしてまで迷宮の奥へ潜ってるのか……その理由はな」

 

 シェンが視線で先を促すと、受け取ったユーグリは少し困ったように眉を下げて笑い、やがて意を決したようにカーリーへと向き直った。

 

「僕の身体に水の気配がすると、前にカーリーさんは言っていただろう?」

 

「確かに言ったな。何らかの水精との繋がりを持っているのだと思っていたが」

 

 カーリーが記憶を辿るように素直に頷くと、ユーグリは一度だけ目を伏せ、胸の奥の重荷を吐き出すように息を漏らした。

 

「あの時は……少しだけ嘘をついたんだ。僕は先祖返りなんだよ。ただの人間じゃない。水の精霊の血を受け継いだ──半人半霊なんだ」

 

 その一言には、彼が長く孤独に抱え続けてきた秘密を打ち明けるだけの、確かな覚悟が滲んでいた。

 

「半人半霊……」

 

 エリリーが小さく息を呑む。精霊と人が結ばれて生まれる存在。神話や古い伝承には幾度となく登場し、精霊の強大な力を宿しながら人として生きる希少な存在なのだ。

 

「確か、初代カタルシオン皇帝も半人半霊だったと聞いたことがあります」

 

 エリリーが記憶の糸を紐解くように静かに口にすると、ユーグリは自嘲気味に笑いながら肩をすぼめた。

 

「そう。だからこそ隠してたんだ。皇帝みたいな英雄として祭り上げられるか、それとも人間じゃない化け物として忌み嫌われるか。そのどちらかになりやすいからね」 

 

「なるほど、隠したい理由としては十分理解出来る」

 

 あまりにも自然に、当然のこととして受け入れたカーリーの反応に、今度はユーグリの方が少し目を丸くした。 

 

「……驚かないんですか?」

 

「何故驚く必要がある? 貴殿が人であろうと半人半霊であろうと、ユーグリ殿であることに違いは無い。先程、死線を彷徨う迷宮で背を預け合った事実も、何一つ変わらぬだろう」

 

 ユーグリは一瞬だけ呆気に取られたように目を瞬かせ、それから、身体からすっと毒気が抜けたように笑った。

 

「……凄い人だなぁ、カーリーさんは」

 

「そうか?」

 

「うん。僕はずっと、この話を他人にしたら、少しくらいは見る目が変わるんじゃないかって怯えてた。でも、そんな心配をするだけ無駄だったみたいだ」 

 

「おいおい、俺はどうなんだよ」

 

 不貞腐れたように口を挟むシェンに、ユーグリは即座に返した。

 

「シェンは別」

 

「へいへい、悪かったな」

 

 二人の軽妙なやり取りを微笑ましげに見守っていたエリリーが、ふと表情を引き締めて問いかける。

 

「それで……半人半霊であることと、この迷宮を急いで潜っていることには、どんな関係があるんですか?」

 

 ユーグリは笑みを収めると、自らの掌を静かに見つめた。

 

「僕は先祖返りなんだけど、家系をどれだけ遡っても精霊と結ばれた先祖なんて見つからないくらい、大昔の血筋なんだ。だからなのかは分からないけれど……僕の身体は、この強すぎる力をまだ受け入れ切れていない」

 

 彼が意識を集中させると、その掌の上へ淡く澄んだ水の魔力が浮かび上がり、透き通る雫となってゆっくりと揺らめいた。

 

 しかし、その水球は僅かに震え、不安定に形を歪めると、パチンと弾けるように静かに霧散してしまう。

 

「水の魔術は確かに得意だよ。普通の魔術師よりずっと強く、深く扱える。でも、それは身体がその負荷に耐えられているっていう意味じゃないんだ」

 

 ユーグリは掌を握り締め、ぽつりと溢した。

 

「例えるなら、大人が使う大剣を、子供の身体で無理やり振り回しているようなものかな。力を使うたびに、器である身体の方が悲鳴を上げてしまう」

 

 その説明を引き取るように、壁に寄りかかっていたシェンが腕を組みながら口を開いた。

 

「要するに、今のままだと先祖から受け継いだ精霊の力に、自分の肉体が耐え切れねぇってことだ。器と中身の容量が、根本的に一致してねぇんだよ」

 

「つまり、魔力の暴走というよりは……」

 

 エリリーが痛ましげに言葉を紡ぐ。

 

「身体そのものが、精霊の力に内側から削られている、と?」

 

「そうだ。前に迷宮を出る時、ユーグリの奴がふらついてただろ? あれも症状の一つだ。魔力切れじゃねぇ。使うたびに寿命を削ってやがる」

 

「それは……戦うたびに命を燃やしているようなものじゃないですか」

 

 エリリーの悲痛な声に、ユーグリは静かに首を振った。

 

「今はまだ何とか抑えられているから、数回程度じゃ別段大きな影響はないんだ。でも年々、僕の中の精霊としての力が強くなっているのを感じる。このまま何もしなければ、いつか器の、僕の方が先に壊れてしまう」

 

 迷宮の通路に、重苦しい沈黙が流れた。カーリーは腕を組み、静かに目を閉じてしばらく考え込むように唸っていたが、やがてゆっくりと金色の瞳を開き、ユーグリを見つめた。

 

「つまり、この迷宮にはその力を制御する術があるのだな」

 

「うん」

 

 ユーグリは確かな光を宿した目で頷く。

 

「この迷宮には三体の龍がいる。迷宮龍ラビキリアス、風龍バエルス、そして水龍セレスティナ。水龍は水を司り、多くの水の精霊を従える存在だ。もし僕の身体と精霊の力を調和させる方法があるとするなら……水龍なら、知っているかもしれないって思ったんだ」

 

 ユーグリの瞳には希望が宿っていたが、それ以上に、長い年月を費やしてようやく辿り着いた最後の可能性へ縋るような、切実な祈りが滲んでいた。

 

「だから、俺達は潜ってる」

 

 シェンが短く言葉を継ぎ、苦く笑う。

 

「水龍に会えたところで、話を聞いてくれる保証なんざどこにもねぇ。そもそも辿り着く前に、この深層の化け物どもに殺される可能性の方が遥かに高い。それでも、他に手がねぇなら進むしかねぇんだよ」

 

 エリリーは小さく息を吐きながら、ユーグリの横顔を静かに見つめた。

 

「だから……時間が無い、と仰っていたんですね」

 

「うん」

 

 穏やかに頷くユーグリの笑顔は、どこかガラス細工のように儚かった。

 

「今すぐ命が尽きるわけじゃない。でも身体は少しずつ悲鳴を上げ続けていて、先延ばしにしても良くなることはない。だから、動けるうちに、何としてでも水龍へ辿り着きたいんだ」

 

 再び沈黙が訪れた。誰もがその覚悟の重さに、すぐには言葉を返せなかった。それでもカーリーは、ユーグリを真っ直ぐに見つめ、一歩前に踏み出した。

 

「事情は理解した。ならばウチは貴殿らを応援しよう。己の命を救うため、未来を掴むために戦うことは、何一つ恥じることではない。むしろ、最後まで足掻こうとする者を騎士として笑うことなど、ウチには出来ぬ」

 

 カーリーの凛とした言葉を聞いたユーグリは、驚いたように目を瞬かせ、それから胸の奥につかえていた呪縛が溶けるように、心からの笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。そう言ってもらえただけで、話して良かったって思えるよ」

 

 その様子を見ていたシェンも、小さく鼻で笑いながら肩を竦める。

 

「全く、大した騎士様だぜ。普通なら、そんな得体の知れない秘密を聞いたらもっと身構えるもんだと思ってたが……安心したよ」

 

 それを聞いたカーリーは、不思議そうに首を傾げた。

 

「共に戦い、互いの命を預け合った仲であろう? その事実より重い肩書きなど、ウチには思い付かぬがなぁ……それでだが、応援の一つとして、もしウチとエリリー殿がさらに深層に潜る時が来たら──その時は、共に行かないか?」

 

 当然の帰結であるかのように告げられたその提案に、ユーグリとシェンは思わず顔を見合わせた。

 

「……いいのか?」

 

 シェンがどこか慎重な響きを帯びた声で問い返す。

 

「俺達の目的はあくまで水龍だ。それに、お前達に報酬として渡せるような大層なもんは何もねぇぞ」

 

「問題無い。ウチは騎士として、守りたい者を守る。困っている者がいれば手を貸す。そこに報酬の有無など関係ないからな」

 

「……本当に、真っ直ぐな人だね」

 

「ウチはそういう性分だからな」

 

「もう勝手に決めちゃいましたか」

 

「む……駄目であったか、エリリー殿?」

 

「いえ。カーリーならそう言うと思っていました」

 

 エリリーは優しく微笑むと、ユーグリへと向き直る。

 

「私も賛成です。深層に用があるのは皆同じですし、一緒に行動した方が戦力も安全性も格段に上がりますから」

 

 シェンは腕を組んだまま数秒ほど考え込み、やがて天井を仰いで小さく息を吐いた

 。

「……正直、願ってもねぇ話だ」 

 

「シェン?」

 

「俺達二人きりじゃ、この先は運任せになる場面が増えると思ってた。だが、お前らが一緒なら、その壁を突破できる可能性は一気に跳ね上がる」

 

 そう言うと、シェンは壁から背を離し、カーリーへと右手を差し出した。

 

「改めて頼む。水龍に会うまで──いや、その先まで、共闘ってことでいいか?」

 

「うむ、無論だ」

 

 カーリーはその手を力強く握り返した。

 

 迷宮の薄暗い底で、固い握手が交わされる。それを見届けたユーグリも、心底救われたような笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。本当に心強いよ」

 

「礼は不要だ。共に深層を目指し、共に生きて帰る。それだけの話であろう?」

 

 その一言に、四人の顔に自然と迷いのない笑みが浮かんだ。迷宮の奥底には、なお数え切れぬ未知の脅威が待ち受けている。元素石の眠る場所も、水龍が待つ最深部も、決して容易く辿り着ける場所ではない。

 

 だが今、その険しい道を歩む者は二人ではなく、四人となった。それぞれが異なる理由を胸に抱き、目指すべき迷宮の深淵へと向かう約束をしたのだ。

 

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