聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
約束を交わした一行だったが、喜びに浸る時間は長くは続かなかった。迷宮の深層は浅層とは比較にならない危険地帯であり、目標を同じくしたからといって勢いだけで踏み込める場所ではない。握手を交わした余韻が静かに薄れていく中、現実を見据えたエリリーが表情を引き締め、全員へ視線を向ける。
「しかし今から深層に降りるのは無謀ですよね」
「それは……確かに」
「私はカーリーに引き摺られて来たので物資が足りませんし、何よりシェンさんもユーグリさんも装備を見るに魔物をくぐり抜ける為に荷物を減らして降りてたのでは?」
「そうだな。正直、ユーグリの事で焦ってたからな……深層に安全に降りれる様になるまで鍛える時間も無かった」
シェンは肩に掛けた荷袋へ目を落としながら苦く笑う。袋の中身は最低限の保存食と水、それに応急処置用の道具がある程度で、長期間の探索を前提とした装備とは到底言えなかった。ユーグリも小さく肩を竦める。
深層を目指す探索者であれば予備の武具や寝具、十分な食料に消耗した装備を補うための資材まで揃えるのが常識だが、二人は仲間を救うことだけを考えて危険な魔物を突破するため身軽さを優先してここまで潜ってきた。
その結果、深く進み続けるための備えはほとんど残されておらず、このまま進軍すれば物資が尽きる前に撤退を余儀なくされる可能性が高かった。
「だが、結局ユーグリはどれだけの時間が有るか分からない……」
「そうですね、私の知り合いに半人半霊が居ないので分かりませんが魔力や身体の様子を見ることは出来ます、それと小さいですが元素石も持ってますから……それを加工すれば症状の抑制と延命は出来るかもしれません」
「それって本当?」
「ここで嘘はつけませんよ、それに似たような症例自体は歴史上に幾つか該当例が有りますので」
エリリーの言葉にシェンの表情がわずかに和らぎ、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。確証が得られたわけではない。それでも希望と呼べるものが目の前に示されたことは、絶望だけを抱えてここまで歩き続けてきた二人にとって十分すぎる価値があった。
「……ありがとう。それだけ聞けただけでも十分だ」
シェンは胸の奥に溜め込んでいた息を静かに吐き出し、隣に立つユーグリへ視線を向ける。ユーグリもまた安堵したように微笑んではいたものの、その笑みはどこか儚く、薄く透け始めた指先が彼女の置かれた状況を何より雄弁に物語っていた。
「それではエリリー殿、延命出来るとしたら、どれくらい保ちそうなのだ?」
カーリーの問い掛けに、エリリーはユーグリの手首へそっと触れながら魔力を巡らせる。淡い光が肌を撫でるように流れるとともに、半霊となった身体を循環する魔力の乱れが鮮明に読み取り彼女は慎重にその変化を見極めていく。
「今の状態なら……何もしなければ1年ほどでしょうか。ただ、元素石を触媒にして魔力の循環を調整してユーグリさんの身体におきてる症状を抑えれば、2、3年までは引き延ばせる可能性があります」
「3倍もタイムリミット延ばせるのか……」
その言葉を反芻するようにシェンは小さく呟き、拳を強く握り締める。100に迫る階層を目指すことを考えれば決して長い時間ではないが、深層へ挑むための準備を整える猶予として考えるなら、ようやく未来を見据えられるだけの時間が与えられたとも言えた。
「ですが、それ以上は保証できません」
エリリーは静かに首を横へ振り、期待だけを抱かせるような言葉を避けるように続ける。
「私が出来るのは症状を抑え、魔力が崩壊していく速度を遅らせることだけです。やはり本格的な改善を目指すなら水龍や精霊を深く知る存在を頼る事が重要かと」
やがてカーリーはカルフォースの柄へ手を置き、迷いのない眼差しで仲間たちを見渡す。
「ならば急ぐ必要は有るが、焦る必要は無いということか。万全の備えを整え、確実に深層へ辿り着くとしようではないか。ウチは約束を違えるつもりは無いからな」
「では一度地上へ戻りましょう。宿に置いてある道具でなければ治療は難しいでしょうから」
エリリーの提案に全員が頷くと、一行は深層へ続く通路へ背を向けた。迷宮の奥底から吹き上がる冷たい風はなお彼らを誘うように唸っていたが、その誘惑に抗うことこそ今は必要だった。
無理に進めば約束を果たすどころか命を落としかねないと全員が理解しており、それぞれが未練を胸へ収めながら帰路へ足を向ける。
「帰り道も油断は禁物だな」
カーリーがカルフォースを肩へ担ぐと、シェンは小さく笑みを浮かべた。
「来る時より安心できるさ。前にお前がいるだけでな」
「了解、任された」
短いやり取りを交わしながら歩き始めると、深層へ続く道中で潜んでいた魔物たちが再び姿を現す。しかしカーリーは以前のように単身で飛び込むことはなく、後方の様子を確かめながら歩幅を合わせ、敵の接近を察知すると「右から二体だ」と声を掛ける。
そして襲い掛かってきた獣型の魔物が牙を剥いた瞬間、カーリーの剣閃が斬り伏せる。シェンやエリリーも構えはしていたがやはりこの中でカーリーの戦力は圧倒的だった。
「恐らく、ウチがこんな風に降りれるのも80前後となろう。セレスティナが深層付近にいるとなるならそこから30、40は下らねばならん。その時は頼りにする」
「今だって頼りにしても良いんですよ? カーリー」
「何、片手間で済むものは片手間で終わらせた方が良かろう」
「そりゃそうだな……まぁ俺はトラップを見つけながら進むとしようかね」
「僕も水が必要なら言ってね」
「うむ皆が出来ることをすれば良かろう」
「あーもう、分かりましたよ。私も迷宮でやれることを増やしますよ」
やがて浅層へ近づくにつれて魔物の気配もまばらになり、石壁の隙間から流れ込む外気が次第に温もりを帯び始める。地上はもう遠くないと感じたその時、ユーグリは足を止め、迷宮の奥深くを静かに振り返った。
「……」
「おい、ユーグリ早く戻るぞ」
「分かってる、僕だって死にたくないからね」
「ま、二人の時よりは死ぬ確率は減っただろ」
「そうだねそれは確実にそうだと思うよ」
そして入り口を目指して向き直る、その中でカーリーは考えていた。
(中層下に風龍バエルスの気配……水龍は更にそれより下、多くの深層の魔物を相手にどれだけウチの聖剣は抗えるか……朝方に強くなったばかりだが。必要が有るなウチは龍とあの四天王のアスラ闘える程度の強さが)
「どうしました?」
「いや、強さとは出来ることの広さだと思ってな」
「……そうかも知れませんね、けど知恵と協力で神代より人類の繁栄圏を拡げたのが人間です、だからその頑張りましょう」
「うむ、エリリー殿の願いも叶えばならんしな」
「そうですよ賢者の石が出来るまで、頼みますからね本当に」
「あぁ承知した……そろそろ地上だな」
「カーリーが急に強くなってて連れ出されて短い時間でしたが色々有りましたね」
「うむ」
やがて最後の曲がり角を抜けると、迷宮の入口から差し込む陽光が石畳を白く照らしていた。長く地下に留まり続けていたせいか、眩しさに目を細めながら外へ踏み出した四人を迎えたのは、何時もの都市の喧騒だった。
ラビキリアスが浅層に姿を現してからは迷宮の状態も正常化したのか神造遺構フルムに潜る冒険者も増えて来ている。
「まずは宿ですね。私の道具があれば応急処置くらいは始められます」
エリリーがそう言うと、シェンは深く頭を下げた。
「本当に助かる。何から何まで世話になりっぱなしだな」
「気にしないでください。研究者として興味があるのも事実ですし、助けられる命なら助けたいだけですよ」
「同意だな、ウチも護れるものは護りたいものよ」
そして宿へ戻った四人は、休む間もなく応急処置へ取り掛かった。
部屋の机一面には魔導具や薬品、細かな刻印具が並べられ、エリリーは荷車から慎重に小型の元素石を取り出す。淡く輝きを放つ結晶を魔法陣の中央へ置き、周囲へ幾重もの補助術式を書き込んでいく。
「ユーグリさん、この術式は魔力の流れを整えるだけです。少し身体が重く感じるかもしれませんが、我慢してください」
「うん、お願い」
静かに目を閉じたユーグリへ魔法陣が展開される。柔らかな蒼光が半透明になり始めていた腕を包み込み、乱れていた魔力が少しずつ規則正しく循環し始めた。
「……なるほど。本当に苦しくなくなってきた」
驚いたように呟くユーグリへ、エリリーは額の汗を拭いながら小さく笑う。
「成功ですね。ただし根本的な治療ではありません。無理をすれば症状はまた悪化しますから、しばらくは安静に」
「十分だ。本当にありがとう」
シェンは深々と頭を下げた。
仲間を救える道が見えたことに、彼の表情から初めて焦燥が薄れていた。
一方カーリーは部屋の隅で腕を組み、術式を食い入るように眺めている。
「魔術というものは見れば見るほど不思議だな」
「あなたの勘や聖剣も十分不思議ですけどね」
エリリーは苦笑しながら器具を片付け始めた。
治療を終えたところで、四人は丸机を囲み今後について話し合う。
「さて、時間は稼げました。ですが次は準備です」
「深層へ挑むには装備も食料も足りん」
「金もな」
シェンの言葉に全員が頷く。
エリリーは羊皮紙へ必要な物資を書き連ねていく。
「保存食、水袋、予備の武器や防具、深層ならこれでも最低限です」
「武器や防具は高いし場所取るんだよなぁ……」
「ある程度、持ち運びを便利にする道具や魔術も有りますし。大丈夫ですよ、お金は……それぞれ稼ぐ方向で……」
「僕も動けるうちは依頼を受けるよ。足手まといにはなりたくないし」
「無理はするな」
カーリーが即座に制すると、ユーグリは肩を竦めて笑う。
「分かってる。倒れたら意味がないからね」
シェンも腕を組みながら頷いた。
「じゃあ一度解散だ。それぞれ稼げる方法で金を集めよう」
「ウチは魔物退治か」
「カーリーはそれが最適解でしょうね」
こうして四人は数日間、それぞれ別行動を取ることとなった。
カーリーは討伐依頼を受け、迷宮浅層や街道の魔物を次々と討ち倒し、エリリーは研究の合間に魔術具の修理や調薬を請け負う。シェンは探索者として迷宮で素材を集め、ユーグリも無理のない範囲で水魔術を活かした護衛依頼を引き受けた。
互いに連絡を取り合いながら数日が過ぎ、装備も資金も少しずつ整い始める。
そして再び四人が揃って集まったのは、それから数日後の事だった。4人は机を囲み一つの依頼書を見つめていた。
「この依頼どうしましょうか」
「大都市から招集だし報酬は悪くないな。一人一人に報酬が払われるらしい」
「ふむ、ゼレオレフ……通称群牛か……」