聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
自治都市バシニウスを発った四人は、大都市より発令された群牛討伐依頼を受けるべく街道を進んでいた。荷馬車や冒険者の一団が同じ方角へ向かっていることからも、今回の依頼の規模が窺える。
空はよく晴れていたが、その道中でエリリーは依頼書を読み返しながら口を開いた。
「ゼレオレフ……通称『群牛』。帝国に住む人なら、子供でも名前くらいは知っていますね」
「そんなに有名なのか?」
カーリーの問いに、エリリーは頷く。
「ええ。個体の強さだけなら飛竜や大型魔物と大差ありません。ですが、あれが厄災と呼ばれる理由は別にあります」
彼女は街道脇の草原へ目を向けながら続けた。
「ゼレオレフは地を駆け、翼で空を飛び、さらに海へ潜ることもできる非常に特異な生態を持っています。そして最大の問題は繁殖力です」
「繁殖力?」
「そうです、群牛は魚類に近い性質を持つらしく、一度の産卵で大量の卵を残します。それも海だけでなく陸地にも産卵するため、生息域が極めて広いんです」
ユーグリは少し驚いたように目を丸くした。
「そんなに卵を産むなら、産まれる前に自然に減ったりはしないの?」
「普通ならそう思いますよね。でもゼレオレフの卵は外殻が非常に硬く、魔物にも野生動物にも捕食されにくいんです。生態系だけでは数を抑え切れない」
「つまり一度孵化すると大量発生すると」
「その通りです」
エリリーは依頼書を閉じる。
「そして約四十年周期で大量孵化が起きます。そのたびに各地で群れが発生し、農地を踏み荒らし、街道を封鎖し、時には都市近郊にまで押し寄せる。だから帝国では厄災の一つとして記録されているんです」
カーリーは腕を組み、静かに頷いた。
「なるほど。故に群牛か。一頭ではなく群れそのものが災害という訳だな」
「ええ、そして勿論のこと群牛の問題はその数です。一匹二匹倒して終わる依頼ではありません。千や万は覚悟した方が良いかと」
「ひぇ~恐ろしいな、そいつは」
「しかしそれってバシニウス周辺は大丈夫なのか?」
「恐らく神造遺構フルムや其処に住まう龍種の気配が群牛の生存本能を刺激して近寄せないのでしょうね」
「うむ、フルムからは龍種含め異様な気配を放っておるからな」
「要はカーリーと同じく野生の勘でしょうね……」
エリリーが呆れ混じりに息を吐くと、街道をゆく空気の質が少しずつ変化し始めていた磯臭さが混じり始め、前方から海風に乗って運ばれてくるのは幾重もの鎧が擦れ合う鈍い金属音と、槍の穂先が放つ冷ややかな反射光。
向かい側からは装備を整えた騎士団の一隊や、巨大な槍を担いだ冒険者たちが、途切れることなく同じ目的地を目指して行進していた。
その人々を眺めながら、カーリーは腰に下げた聖剣カルフォースの柄をぐっと軽く叩く。彼女の金色の瞳が捉えたのは、地平線の先に見え始めた巨大な城壁——バシニウスを凌駕する港湾都市の姿だった。
「では、一匹でも多く討ち、次の四十年で泣く者を減らすとしようではないか」
「言うのは簡単ですけどね……相手は『厄災』の群れですよ」
エリリーは手元に抱えた依頼書を指先で弾きながら、小さく溜め息を吐いた。
「ですが、都市の防衛線を突破されれば、この地域の交易路も農地も完全に機能停止します。それに、この規模の討伐依頼となればギルドから出される報奨金や素材の買取り額も特大です。私たちの深層攻略や研究の資金稼ぎとしては、これ以上の機会はありません」
「ふむ! 飯も腹いっぱい食えるというわけだな!」
「そこですか……。カーリー、今回は前回の迷宮とは違って平原での大乱戦です。いくら聖火の加減ができると言っても、味方の騎士団や冒険者を巻き込まないように注意してくださいね」
「案ずるなエリリー殿。敵と味方の区別くらいはつく。それに魔物の声を聞きながら対象を選べば間違うようなこともあるまい」
「それはそうかも、知れませんが……やはり心配が残ると言いますか」
二人のやり取りを横で聞いていたユーグリが、少し緊張した面持ちで短剣の柄を握り直した。
「でも、千や万なんて数の魔物が押し寄せてきたら、いくらカーリーさんが強くても陣形が崩されたら一気に飲み込まれちゃうんじゃ……」
「大丈夫だユーグリ。ウチの聖火の城塞はただの魔物が幾ら攻めようと崩れるものではない安心して己の戦いに集中してくれ」
「そうか……分かった。カーリーさんが前で暴れてくれるなら、僕もしっかりサポートしてみせるよ」
「うむ! 頼もしい限りだな!」
「さて、城門もすぐ其処だな……」
「何か緊張してくるね、シェン」
「だな。これから魔物と人との戦いが始まるってんだからな」
城門に近づくにつれ、街道に漂う空気が肌をひりひりと刺すような緊張感へと変わっていく。巨大な荷車には山と積まれた矢筒や備蓄の糧食。あちこちから聞こえるのは、仮設陣営を突貫で設営する槌の重々しい音だった。
巨大な城門をくぐり抜けると、そこには普段の賑わいとは異なる異様な光景が広がっていた。都市全体が、まるで一つの巨大な軍営へと姿を変えている。広場では各地から集められた兵士や冒険者たちが絶え間なく行き交い、商人たちは声の限りを尽くして回復薬や保存食を売り込んでいた。
だが、その喧騒の中に浮かれた色は一切ない。誰もが目前に迫る大厄災の意味を理解しているからこそ、慌ただしく動き回りながらも、不要な雑談を交わす者は一人としていなかった。
四人は人波を縫うようにして進み、依頼書に記された受付所を目指す。やがて視界に入った白い天幕の前へ辿り着くと、威厳を纏った鎧姿の文官が彼らを迎えた。文官は差し出された依頼書に厳しい視線を走らせ、一行の人数を素早く確認すると、静かに頷いた。
「自治都市バシニウス所属の冒険者四名で間違いありませんね。──討伐部隊への参加を受理します」
そう告げると、文官は卓上に置いてある大きな魔術が施された地図を指し示した。そこには細線で描かれた街道や河川のほか、海上の一定領域を塗りつぶす、禍々しい真っ赤な楕円が記されている。
「現在、確認されている『群牛』の数はおよそ二十万頭前後と推定されています。浅瀬で獲物を食い荒らしながら、陸地等で産み落とされた個体と合流し、着々と勢力を増している状況です。勿論、合流前に一定数を駆除してはいますが……最終的な規模は二十五万前後に達すると見込まれています」
──二十五万。
その途方もない数字が叩きつけられた瞬間、周囲にいた冒険者たちから言葉にならない息を呑む音が漏れた。絶望的な圧迫感が天幕の中を満たす。
しかし、カーリーだけは動じなかった。腕を組み、鋭い金色の瞳で地図の赤丸を見つめたまま、低く思索の声を漏らす。
「ふむ……一気呵成に陸地になだれ込み、餌を蹂躙し尽くした上で、次の四十年に後を託す気か」
「ええ」
文官は硬い表情のまま頷き、地図の端を指で示しながら言葉を続けた。
「帝国からの援軍部隊は、主に人手や財力の乏しい周辺の集落へ戦力を割いています。群れをここで叩き潰し、万が一霧散して散らばった場合でも、取り漏らした個体の後処理は引き受けてもらえる手筈です」
「つまり、この都市の前線こそが本陣というわけですね」
エリリーは腕を組み、冷徹な分析眼で地図をなぞった。
「二十五万という数の暴力に対し、広域防護陣形と火力をどこまで維持できるかが勝負の分かれ目になります。散開されたら後方の被害は免れませんから」
「その通りだ」
文官は重々しく頷いた。
「幸いにも、敵の主勢力は平野部をまっすぐ港湾方面へ向かって侵攻中だ。我ら防衛軍は街道沿いの丘陵地帯に最終防衛線を敷き、押し寄せる群れを正面から迎え撃つ」
文官は四人に視線を戻し、羊皮紙の羊頭章が捺された木札を差し出した。
「君たちバシニウスの冒険者には、中央前線の右翼を担当してもらいたい……受けてもらえるか?」
「任された、我が剣にかけて数多の敵を討ち取ろうではないか」
カーリーは差し出された木札を丁寧に受けると。その瞳には恐れなど微塵もなく、むしろ解き放たれるのを待つ肉食獣のような爛々とした光が宿っている。
「二十五万の肉の山か、骨が折れそうだが……ウチの聖火を浴びせるには打って付けの舞台ではないか。エリリー、指示は任せたぞ」
「言われなくても、無駄のないよう効率的に叩き潰す陣形を組み立てますよ」
エリリーは不敵に微笑み、隣で緊張に固まるユーグリの肩をポンと叩いた。
「ユーグリ、シェン。敵の数がどれほど多くとも、私たちが互いの背中を守り合えば崩れることはありません。準備を整えて出陣しますよ」
「……うん! 僕、絶対に足引っ張らないから!」
「おうよ、腹を括ったぜ」
天幕をあとにした四人の前に広がっていたのは、大海原から吹き付ける湿った海風と、幾万もの兵士たちが放つ鉄と熱気の熱風だった。
遠くの水平線が、黒々とした巨大な影となって蠢き始めている。翼を持つ無数の異形の牛たちが放つ、耳を穿つような羽ばたき。そして大地を揺るがす蹄の音が少しずつ迫ってきた。
そんな戦乱の前兆の中、一つの鋭い視点がじっとカーリーを見つめていた。いや、正確には彼女の腰に差された聖剣にその眼光を注いでいた。
「先程からウチのカルフォースに視線を向けているのは誰だ?」
「おっと、すまねえ。別に怪しい者じゃないんだが……ついな、職業柄か良い品を見ると見惚れちまうんだよ」
そこに佇んでいたのは、まるで精巧に彫り込まれた石像のような、岩の身体を持つ男であった。
「俺はティムラン。ガルトル・ティムラン……鍛冶師だ」
彼の皮膚はゴツゴツとした鉱物そのものであり、帝国において強靭な肉体と突出した金属加工技術で確固たる地位を築く亜人種——ガンロックの男だった。
「ほう、鍛冶師か! 金属の眼力を持つ者に褒められるのは悪い気がせんな!」
カーリーが豪快に笑いながらカルフォースの柄を叩くと、ティムランは岩の眉根を寄せ、その鋭い眼光をさらに深めた。
「ただの業物じゃねえな……その熱量。俺たちガンロックの皮膚でなきゃ、柄を握るだけで焼き尽くされそうな至極の一刀だ。……二十五万の群れを前に、そんな凄まじい相棒を拝めるとは運が良い」
「ふふ、お目が高いですね」
エリリーが歩み寄り笑みを浮かべながらティムランの全身を視線でなぞる。
「腕の立つガンロックの職人が前線にいるとなれば心強いですね。万が一、戦いの途中で武具の調整が必要になった際は、頼ませてもらっても?」
「おう、もちろんだ。俺の金槌は魔物や魔王軍幹部を叩き潰すためだけじゃなく、最高の武具を戦場へ送り出すためにあるからな」
ティムランは太い岩の腕を組み、ニィと口元を歪めた。
「魔王軍幹部?」
ティムランは頬を指先で掻き、わずかに視線を逸らした。
「しまった、つい良い武器を見て口が滑っちまった……」