聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「えっと、ティムランさんは魔王軍の幹部と戦ったことがあるんですか?」
ユーグリが驚き混じりに尋ねると、ティムランは苦笑いを浮かべ、豪快に肩を竦めた。
「……まあな。けど俺以外にも三人の仲間がいて、そいつらと一緒だったんだ。だから、一人で威張り散らすような大層なもんでもねぇんだがな」
「誰とやり合ったのか、聞いても良いか?」
「俺……じゃなくて、俺達がぶっ倒したのは剣だよ。魔剣のレメゼラだったかな」
「魔剣のレメゼラですか。正体がよく分かっていない存在ですね……二つ名に魔剣と付けられているくらいですから、魔性の代物から造られた剣であるというのは確かでしょうが」
「そうなんだよ。だから必死になってぶっ叩きながら、手持ちの色んな素材を叩き込んでたら、パタリと動かなくなってな。ありゃ倒したってより、操ってた動線が途切れたって感じだったな」
「なるほど……使い魔のような存在だったのでしょうかね?」
エリリーが納得したように顎に手を当てる横で、カーリーは腕を組みながら首を傾げた。
「ウチには良く分からんが……して、貴殿の仲間はどこにおるのだ? 近くにそれらしき気配は感じられんが」
「それがな……魔王軍幹部を倒した後、調子に乗ってもっとデカい山に挑んじまってな。今はみんなダウンして休業中なのさ。これだからあんまり話したくなかったんだが」
「魔王軍幹部より大きな山? まさか四天王や魔王本人にでも挑んだのですか?」
シェンが目を丸くして尋ねる。
「いや、ちげぇよ。俺たちが挑んだのは、蠱毒龍タルフォネスさ」
「蠱毒龍!?」
思わず声を上げたのはエリリーだった。
「挑んだんですか!? あの神域の魔術師ウィズド・ルミネ・エルスキュラが造り上げた龍に!」
「……なんだ? その神域の魔術師ってのは」
シェンの問いに、エリリーは驚きを隠せないまま説明を重ねる。
「神域の魔術師とは、神代以降で人類史上初めて大陸間航海を成功させた大魔術師へ贈られた称号です。未だに人類は、国家規模の技術を総動員しても大陸間航海を安定して成功させることは出来ていません」
「へえ、そんな凄い奴がいたのか」
「ええ。そしてウィズド・ルミネ・エルスキュラは、数多の魔導技術を生み出した天才です。特に変生生命や龍種の研究は常軌を逸していて……蠱毒龍タルフォネスは、その到達点とも言われています」
エリリーは一度言葉を切り、改めてティムランを見る。
「その龍は、各地の猛毒種や古代龍の因子を幾重にも掛け合わせ、数百年にわたって共食いを繰り返させて完成させた、人が討つことなど想定されていない怪物です。それに挑んだというだけでも前代未聞なのに……」
「討てなかったさ」
ティムランは自嘲気味に笑った。
「命からがら追い返されただけだ。仲間も全員、しばらく動けねぇくらいにな」
その口調は淡々としていたが、その場の四人は誰も笑えなかった。
「……なるほどな。伝説の怪物と渡り合って生きて帰ってきたというわけか、中々の腕前なのだな」
静寂を破ったのはカーリーだった。その金色の瞳には恐怖の色などなく、純粋な武人としての敬意と、未だ見ぬ強者への鋭い好奇心が燃え上がっていた。
「討ち損ねたとはいえ、生き残ったこと自体が誇るべき戦果なんでしょうね」
ユーグリの言葉にエリリーは深くため息を吐き出し、頭痛を抑えるようにこめかみを押さえた。
「誇るどころの話ではありませんよ……。蠱毒龍タルフォネスといえば、数万もの魔物や怪物を狭小な領域に閉じ込め、共食いの果てに生き残った因子の複合体です」
「複合体……ですか?」
おそるおそる尋ねるユーグリに、エリリーは神妙な面持ちでうなずく。
「ええ。あの龍の恐ろしいところは、肉体のあらゆるパーツが独立した個の能力を持っている点にあります。鱗の一枚、牙の一本、目玉の一つ、尾の棘の一本に至るまでが、それぞれ異なる属性と耐性を備え、さらに戦闘中にも変幻自在にその属性を変化させるのです。物理攻撃を仕掛けようにも、打撃の瞬間に鱗が剛鉄以上の硬度へと変質し、魔術を叩き込もうとすればその属性を完璧に相殺する耐性を即座に獲得する……まさに千変万化の人造龍」
「へっ、物理も魔法も通じねぇどころか、一撃ごとに耐性が変わるなんて無敵じゃないか」
シェンが引きつった笑いを浮かべると、ティムランは硬い顔で腕を組み、ゴツゴツとした岩の皮膚を鳴らした。
「まったく、その通りだよ。俺の金槌で一撃叩き込んだが、次の瞬間には打撃の衝撃を全部逃がす軟体状の皮膚に変質されちまった。そればかりか、切断された尾の棘が空中で毒液の弾丸へと化けて降り注いできやがった。仲間の一人がその劇毒を食らってな……間一髪で撤退したものの、その毒の後遺症と呪いを解くために、今は治療に奔走しているってわけだ」
「なるほど……そのために資金や、特別な触媒が必要というわけですね?」
エリリーが相手の事情を察しながら質問を飛ばすと、ティムランは少し驚いたように目を丸くし、やがて苦笑いを深めた。
「目敏いな、お嬢ちゃん。……ああ、そうだ。今回の群牛討伐に参加したのも、この特大の依頼でガッポリ稼いで、仲間の治療に必要な特級の薬品と触媒を手に入れるためだ。ガンロックの誇りにかけて、仲間を見捨てるわけにはいかねぇからな」
「ふむ! 義理堅い男は嫌いではないぞ! なら話は早いではないか! 目の前に押し寄せている二十五万の厄災の尽くを共に討伐し素材を持ち帰れば、金などいくらでも手に入る!」
「おいおい、二十五万の群れを前にして尽くなんて表現を使う奴があるかよ……だが、頼もしいのは確かだな」
ティムランは鼻で笑うと、背中に背負っていた巨大な金槌の柄を叩いた。
「よし! 俺の仲間を救うためにも、この都市を破滅させるわけにはいかねぇ。お互い無事で生き残って、美味い酒でも飲もうぜ」
「うむ! 約束だな!」
鍛冶師との頼もしい邂逅を果たした四人は、防衛陣地が構築されている中央前線の最右翼へと足を進めた。
丘陵地帯の上に到達すると、そこからの景色は絶景にして地獄の渦中であった。地平線の果て、かつては青々としていた平野と海原が、黒と赤のうごめく蠢動によって埋め尽くされている。数万、十数万という数の翼生む『群牛』ゼレオレフが、大地を覆い尽くさんばかりの密度で押し寄せていた。
空を圧迫する巨翼の羽ばたきは重低音の嵐となって大気を震わせ、地を踏み鳴らす蹄の音はまるで果てしない地鳴りのようだ。
「うわ……近くで見ると、想像以上の数だね……」
ユーグリが顔を青くしながら短剣を構える。
「日和ってんじゃねぇぞユーグリ! 前に来た奴から片っ端から切って捨てるんだ!」
シェンが双剣を引き抜き、前傾姿勢をとる。
「エリリー殿、ウチら四人の指揮を頼む。ウチは思う存分前を切り拓かせて貰うぞ」
カーリーが腰の聖剣カルフォースに手をかけ、一歩踏み出す。その全身から溢れ出るのは、眩いばかりの聖火と、凄まじい威圧感だ。
エリリーは冷静に周囲の地形と味方の配置、そして押し寄せる群牛の密度を脳内で計算し、鋭く指示を飛ばした。
「カーリーは予定通り前線に新たな防衛線として聖火の城塞を展開し、群れの突進力を削ぎ落としてください。シェンとユーグリはカーリーの左右の死角をカバーし、溢れた小型個体を確実に仕留めてください。私は後方から広域支援魔術で敵の足を止めます!」
「応ッ!」
カーリーの咆哮とともに、聖剣カルフォースが鞘から解き放たれた。
瞬間、天を衝くほどの黄金の火柱が丘陵の最前線にそびえ立つ。ただの火炎ではない。灼熱の熱気と神聖な威圧を孕んだ聖火の壁が、押し寄せるゼレオレフの奔流を正面から受け止めた。
「ガアアアアッ!?」
先頭を走っていた巨大な群牛たちが、聖火に接触した瞬間に甲高いいななきを上げ、硬質な外殻ごと一瞬で灰燼へと帰していく。幾千もの勢殺しが壁に衝突し、ドスン、ドスンと重い肉塊の弾ける音が丘陵に響き渡った。
「すげぇ……一気に数百匹丸焼きにしやがった!」
シェンが目を見張りながらも、左右に跳躍する。聖火の壁を避けて両脇から回り込もうとする小柄な個体、それでも牛ほどの巨体を持つゼレオレフが、牙を剥いて飛びかかってきた。
「させるかよっ!」
シェンの双剣が閃光となって閃き、擦れ違いざまに魔物の首筋を一閃する。緑色の粘液を撒き散らしながら崩れ落ちる巨体。
「僕だって……!」
ユーグリもまた、低く身を沈めると、聖火の隙間から滑り込んできた個体の脚の関節を短剣で的確に穿った。体勢を崩した魔物へ、すかさずエリリーの錬金術で造られたの鎖が襲いかかり、大地へ縫い付けられていく。
「よし、出だしは順調です! ですが気を抜かないでください、本番はここからです!」
後方からエリリーの凛とした声が飛び交う。聖火の城塞の向こう側──黒煙と炎の隙間から、なおも地平線を埋め尽くす空を覆い、大海を埋め尽くす大群が、止まることのない津波となって押し寄せてきていた。
「ハハハハッ! 良いぞ、もっと来い! ウチの剣の炎を出し尽くさせて見せよ!」
絶望的な数の圧迫感を前に、カーリーは歓喜の笑みを浮かべ、さらに聖剣の輝きを強めていく。幾千、幾万の厄災と、一筋の聖火を掲げる一行との熾烈を極める防衛戦が、ついに本格的な火蓋を切ったのだった。
聖火の城塞が燃え盛るたび、丘陵一帯が昼のように照らし出される。しかし、その黄金の光を飲み込まんとするように、地平線の果てからは新たな群れが際限なく押し寄せてきた。
「まだ来るのかよ……!」
シェンが舌打ちしながら双剣を振るう。切り裂いたばかりの屍を踏み越え、次のゼレオレフが牙を剥き、さらにその後方から無数の影が続く。
「右側、飛行型十五!」
エリリーの声が戦場へ鋭く響いた。
次の瞬間、空を覆っていた群れの一部が一斉に急降下を始める。翼を持つ個体は聖火の壁を避け、上空から防衛線を突破しようとしていた。
「ユーグリさん!」
「任せて!」
ユーグリが両手を掲げると、水色の魔法陣が幾重にも展開される。
「──流水槍」
無数の水槍が空へ放たれ、飛来する群牛を次々と貫いた。翼を失った巨体が雨のように降り注ぐが、それでも全ては撃ち落とせない。
一頭がエリリーへ向かって一直線に突っ込む。
「させません!」
錬成された石柱が地面から突き上がり、魔物の腹部へ激突する。しかし衝撃を受けても勢いは止まらず、そのまま石柱を砕きながら迫ってきた。
「っ!」
エリリーが防御魔術を展開しようとした、その瞬間だった。
「そこだッ!」
金槌が轟音と共に振り下ろされ、ゼレオレフの頭部が大地へ叩きつけられる。骨も外殻もまとめて砕かれた巨体は、そのまま動かなくなった。
「ティムランさん!」
「よそ見は禁物だ、お嬢ちゃん!」
ティムランは笑う間もなく、次の一撃を叩き込む。岩肌のような腕が振るわれるたび、大地が震え、数頭まとめて吹き飛んでいく。
「ガンロック族は伊達じゃねぇ!」
豪快な叫びに応えるように、周囲で戦っていた冒険者たちの士気も上がる。
「押し返せ!」
「今なら行ける!」
各所で魔術と剣閃が交差し、防衛線全体が活気を取り戻していく。
だが、その時だった。
──ブオオオォォォォン。
戦場全体を揺るがす重低音の咆哮が、海の彼方から響き渡った。その瞬間、猛烈な勢いで押し寄せていた二十五万もの群牛たちが、まるで時が止まったかのように一斉に動きを止めた。
「……何だ?」
不穏な静寂のなか、カーリーが聖剣カルフォースを構え直す。次の瞬間、ひしめき合っていた群牛の大群が、恐慌に駆られたように左右へ割れ始めた。
「これは……拙いかもしれません。凄まじい気配が海から近づいてきます!」
「うむ……何かが来ておるな……」
ユーグリとカーリーが互いに何かの気配を察知する中でエリリーは状況を分析する。
「『群牛』の大量発生……捕食者からすれば、硬くて食べられなかった卵が、一転して大量の餌へと変わったわけです。それを喰らいに現れたのでしょう……人類という集団が未だ到達できていない、あの未到の大海から!」
群牛たちが何か恐ろしいものから逃げ惑う中、はるか沖合の海面が山のように大きく盛り上がった。やがて、海水を引き裂いて巨大な黒い影がゆっくりと姿を現す。
全長は数百メートル。龍種の威容をも凌駕せんとするその巨躯は、大量の水飛沫を撒き散らしながら、あろうことか大空へと浮遊し始めた。
「大きさだけなら、龍を超えておるのではないか!? 強さまで並ぶとは言い切れんが……エリリー殿、あやつは何者だ?」
「漁に出られる大陸近海ではなく、さらにその遥か外洋に生息する超巨大生物……! 確かエルスキュラの書いた生物図鑑に載っていました。名前は『イルラ・カザル』」
全長およそ六百メートル。黒檀のように滑らかな質感の皮膚と、空を泳ぐための巨大な前鰭を持った、超巨大な鯨とエイを混ぜ合わせたかのような異形の怪物。
「名前は分かったけど、なんであんなデカいのが空中に浮いてんだよ!?」
シェンが叫び声を上げる。
「そもそも龍種などもそうですが、物理的に考えればあの程度の翼や鰭で飛行などできるはずがありません。彼らは複雑な魔術式こそ使いませんが、本能的に体内の魔力を行使しているのです。それで浮力を生み出したり、自身の重量を軽減させているんですよ」
「ふむ、難しい理屈は良いエリリー殿。あやつは群牛を食い荒らせば、大人しく海へ帰ると思うか?」
「いいえ……元々はそうした生物の大量発生期に合わせて目覚め、捕食する生態のはずですが、遠海の超巨大生物が近海——人類の生存圏にまで接近すること自体が極めて稀です。つまり、あいつは極限まで飢えています!」
「やはり、そうか。群牛たちの動揺に混ざり、腹を空かせた狂暴な声が響いておるからな」
「あ? どういうことだ、聖剣の嬢ちゃん!?」
背後で巨大な金槌を握り直したティムランが眉をひそめる。
「なに、気にするなティムラン殿。ウチの勘のようなものだ」
「勘、ねぇ……」
ティムランは半ば呆れたように笑ったが、その直後には巨大な金槌を肩へ担ぎ直し、迫り来る空の怪物を真っ直ぐ見据えた。
「だったら、その勘を信じるしかねぇな」
丘陵に立つ誰もが息を呑み、ゆっくりと近づく超巨大生物を見上げる。
眼前にはなお二十五万を超える群牛、そしてその向こうには、人類の歴史ですらほとんど記録を持たない外洋の捕食者、厄災が厄災を喰らう戦場の幕が、静かに上がろうとしていた。