聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「ふむ、しかし……厄災の連鎖というわけか! これに打ち克てば、ますますウチは成長出来る筈だ!!」
豪快に言い放ったカーリーは、聖剣カルフォースを高々と掲げる。それに呼応するように黄金の聖火が奔流となって溢れ出し、彼女を中心に巻き起こった炎の嵐は丘陵の斜面を駆け抜け、逃げ惑う群牛の群れと空から迫る巨影との狭間を眩く照らし出した。
「何より、目の届く者たちは、ウチが守れる限り守らねばならん!!」
その力強い宣言とは裏腹に、防衛線は未曾有の混乱へと呑み込まれていた。突如として動きを止めた群牛の大群が一斉に逃走を始めたことで前線は混乱し、さらに空を悠然と泳ぐ超巨大生物イルラ・カザルの異様な威容を目の当たりにした兵士や冒険者たちは恐怖に足を竦ませる。
このままでは暴走する群牛に踏み潰されるか、あるいは巨獣の捕食へ巻き込まれるか、そのどちらかを待つだけの状況だった。
そんな戦場へ、都市の指揮官による広域拡声魔術が鋭く響き渡る。
「全軍に伝達! 陣形を前進から後退へ移行せよ! 浮遊生物の狙いはあくまで群牛の群れだ! 群牛の動線から離脱し、丘陵の斜面へ退避せよ!」
張り詰めた声は戦場全域へと広がり、恐慌に支配されていた兵士たちの意識を少しずつ現実へと引き戻していく。命令を受けた冒険者たちもまた、決して修羅場を知らぬ者ではなかった。歴戦の経験を頼りに周囲へ声を張り上げながら仲間を誘導し、混乱する部隊を立て直しては退却経路を確保し、あるいは押し寄せる群牛を迎え撃って時間を稼ぐ者も現れ始める。混沌に呑まれていた防衛線は、完全ではないながらも少しずつ統制を取り戻し、人々は再び生き残るために動き始めていた。
「よし……! ひとまず統制は戻り始めたな。」
「うむ、それはそうとエリリー殿、これからどうする?」
「まずは、あのイルラ・カザルの進行ルートを見極めます。あの巨大で無闇に暴れられたら、周辺の防衛ラインどころか都市まで丸ごと潰されかねません! カーリー、聖火の壁で群牛の群れを海側へと誘導できますか!?」
「なあるほど! 餌の方向をズラし、あやつの進路を都市から逸らせというのだな! お易い御用だ!」
カーリーはニィと口元を吊り上げると、全身の魔力を一気に聖剣へと注ぎ込んだ。
「吹き荒れよ、聖火!」
閃光が奔り、丘陵の前方に巨大な炎の帯が幾重にも描かれる。逃げ場を失っていた群牛たちは、熱気と聖火の圧倒的な圧迫感に怯え、火の手の上がっていない海沿いの浅瀬へと一斉に雪崩れ込み始めた。数百、数千の巨体が激しい水しぶきを上げながら逃走していく。
そして、空を泳ぐ巨獣イルラ・カザルはその大群へ向けて、巨体を大きく傾けた。
──ゴオオオオオオオオオッ!
空気を引き裂く重低音とともに、イルラ・カザルが天から海面へと斜めに急降下を開始する。その巨大な顎が、まるで底なしの深淵のように大きく開かれた。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
シェンが地上に身を投げ出し、ユーグリもまた水壁の魔術を展開して身を丸める。
直後、天地を揺るがす大音響が爆発した。
イルラ・カザルの巨顎が、浅瀬に群がる数千頭の群牛を、海水と砂浜ごと一瞬で丸呑みにする。その衝撃波だけで、浅瀬の海流が逆巻き、数十メートルの高波が丘陵の麓まで押し寄せてきた。
「ぐっ……! なんて力だ……!」
水壁を盾に耐えていたユーグリが歯を食いしばる。
だが、真の脅威はそれだけではなかった。空腹を満たそうと数千頭を呑み込んだイルラ・カザルだったが、その巨躯を満たすには到底足りなかったのだ。黒檀の皮膚を持つ巨獣は、黄色く濁った双眼を蠢かせ、浅瀬から再び巨体を浮かせ──防衛線の敷かれた丘陵地帯へ進路を向けた。
「足りねぇってか……! 冗談じゃねぇぞ!」
シェンが双剣を握り直すが、数百メートルに及ぶ質量の塊を前に、鋭利な刃など無力に等しいのは目に見えていた。
「喰らい足りぬか! ならばウチの火を喰らうが良い!」
カルフォースを構え直したカーリーの全身から、先程を上回る密度の黄金色が爆発する。膨れ上がる聖火の圧力が丘陵の空気を激しく揺らし、押し寄せる高波すらも瞬時に蒸発させて白い蒸気を上げた。
そして聖火を外套に纏いながら自身を高く引き上げ、空中に舞い上がる。空中へと駆け上るカーリー、その姿は黄金の彗星と化して一直線にイルラ・カザルの巨大な鼻先へと肉薄した。
「腹が減っているなら、この聖火で胃袋を満たしてみせよ!」
一閃。聖剣カルフォースから放たれた極大の聖火が、イルラ・カザルの黒檀の皮膚を激しく焼き打つ。
──グオオオオオオオンッ!!
天を突く悲鳴のような咆哮が響き渡った。数千頭の群牛を一瞬で丸呑みにした巨獣が、痛みにその巨躯を大きく捩る。衝撃波が空気を揺らし、跳びかかったカーリー自身もその圧倒的な質量の反動で後方へと弾き飛ばされた。
「カーリー!」
地上で水壁の盾を維持していたユーグリが叫び、すかさず滑らかな水の帯を空中に展開する。勢いよく吹き飛んだカーリーはその水流に着地し、勢いを殺しながら地上へと滑り降りた。
「ふははっ! 手応えはあるが、やはりデカいな! まるで山を斬っている気分だ!」
「笑っている場合ですか! 完全にこちらへ敵意を向けましたよ!」
エリリーの指摘通り、聖火の激痛に怒りを爆発させたイルラ・カザルは、浅瀬から完全に離れ、その巨大な胸鰭を煽りながら丘陵の上空へと浮上してきた。巨体が日光を遮り、防衛線全体が深い影に包まれる。その影は、逃げ惑う兵士たちの恐怖を倍増させていた。
「おいおい……マジで山が飛んでるようなもんだぞ。俺の剣じゃ皮一枚傷つけられねぇ……!」
シェンが苦い顔で双剣を握り直す。普通の刃物や並の魔術では、数百メートルに及ぶ厚い肉体と外皮の前には無力に等しい。
「いや、皮が厚いなら、内部から叩けばいいだけの話だ」
重厚な声とともに一歩前へ出たのは、ガンロック族の鍛冶師ティムランだった。その彼の手に持つ金槌が熱を帯び、鈍い赤色に発光し激しい火花が散っていた。
「カーリー、お前の聖火で奴の口を抉開けろ。俺がその隙に、内側へ打ち込みを入れてやる」
「ほう! 言うではないか、ティムラン殿、ではユーグリ殿、シェン殿は周囲の兵士を下がらせるように周り者の誘導を頼む!駄目そうならば出来る限り前に出さないように立ち回ってくれ! この規模の激突、余波だけで半端な防衛線は吹き飛ぶぞ!」
「わかった! ユーグリ、行くぞ!」
シェンとユーグリが即座に駆け出し、動けなくなっている前線の冒険者や兵士たちを丘陵の後方へと誘導し始める。元より撤退を誘導する指揮官の拡声魔術もあり、最前線から急速に人が引き引いていく。
残されたのは、黄金の聖火を身に纏うカーリーと、赤熱する金槌を持った鍛冶師ティムラン。そして、頭上から大口を開けて迫る超巨大生物。
「さあ……お楽しみの時間の始まりだ!」
イルラ・カザルが再び地上を呑み込もうと、深淵のような大口を開けて突進してくる。その口腔内からは、数千の群牛を一気に消化するための強い酸と、異臭を放つ風が吹き荒れた。
「貴殿に後を託すのだぬかるなよ、ティムラン殿!」
「誰に物を言っている!」
再び飛び上がったカーリーはイルラ・カザルの前に聖火の城塞を顕現させ、その口の間にねじ込み膨張させる。そしてその城塞の中心に人が通れる大きさの城門を創り出した。
「今だ、ティムラン!!」
「応っ!!」
ティムランが跳んだ。岩の巨躯とは思えぬ力強い踏み込みで地裂を生み出し、空開いた巨獣の口腔目掛けて一直線に飛び込む。
「魔王軍幹部だって殴り抜いた俺の槌……その臓腑に刻んでやる!!」
ティムランの渾身の一撃が巨獣の口腔深くへと叩き込まれると、赤熱した金槌から放たれた衝撃は柔らかな内壁を突き抜け、骨格と臓腑を震わせながら全身へと伝播していく。イルラ・カザルは苦悶に身をよじり、喉の奥から大気そのものを震わせるような咆哮を吐き出す。
その暴威に耐え切れず、口内を支えていた聖火の城塞には無数の亀裂が走り始めるが、カーリーは聖剣を握る手にさらに力を込め、炎を絶やすことなく巨獣の顎を押し広げ続けた。
「まだだ……まだ閉じさせん!」
聖火は唸りを上げながら燃え盛り、その輝きはまるで巨大な太陽が地上へ降り立ったかのように戦場を黄金色へ染め上げていく。しかし、内臓を打ち砕かれた怒りからか、イルラ・カザルは力任せに顎を閉じようと暴れ始め、その質量だけで空間が軋み、丘陵全体が激しく揺れ動いた。
「カーリー!」
エリリーの叫びが響く中、カーリーは暴れる顎の隙間へ聖火を絡ませながら、炎を一本の帯へと変えてティムランの身体へ伸ばす。燃え盛る炎は彼を傷付けることなく腰へ巻き付き、そのまま力強く引き寄せた。
「退け、鍛冶師殿!」
「分かった!!」
ティムランの返事とともにカーリーは炎の帯を一気に引き戻し、彼の巨体ごと空へと引き抜いた。
巨獣の顎が轟音とともに閉じられるが、その牙がティムランへ届くことはなかった。炎に包まれたまま宙へ放り出された彼は豪快に笑い声を上げ、空中で身体を捻りながら丘陵へ着地する。
「ははっ! 助かったぜ、聖剣の嬢ちゃん!」
「何、大したことではない」
短く言葉を交わした二人だったが、安堵する暇は与えられなかった。
内側から破壊されたイルラ・カザルの身体が大きく傾き、その数百メートルもの巨体が丘陵へと落下し始めたのである。もしこのまま落ちれば、衝撃で防衛線、それどころか都市にすら被害が及ぶ可能性がある。
「拙い……!」
エリリーが息を呑み、シェンも思わず歯を食いしばる。しかしカーリーだけは静かに息を整え、カルフォースを両手で握り直した。
「倒れる場所くらいは、選んでもらうぞ」
全身を巡る聖火がさらに膨れ上がり、その輝きは空を覆う雲さえ黄金へ染める。カーリーは高く跳び上がると、落下してくる巨体の側面へ回り込み、渾身の力を込めて聖剣を振り抜いた。
巨大な炎の奔流は一筋の光となってイルラ・カザルへ叩き付けられ、その莫大な質量を押し返しながら進路を僅かずつ海へと逸らしていく。巨獣は苦悶の唸りを漏らしつつ回転し、そのまま丘陵を掠めることなく沖合へ流されていった。
やがて海面へ落着した巨体は、とてつもない水柱を巻き上げながら大海原を揺らし、押し寄せた津波はカーリーの聖火とエリリーの防壁によって勢いを削がれ、防衛線へ届く頃には人々を押し流すほどの脅威ではなくなっていた。
それを見届けた瞬間、張り詰めていた戦場の空気がようやく解け、防衛線の各所から歓声が上がる。都市を飲み込もうとしていた最大の脅威は去った。しかし戦いそのものが終わったわけではない。統率を取り戻した兵士や冒険者たちは再び武器を握り直し、残された群牛を討つべく前線へと駆け出していく。
カーリーたちもまた、その流れへ加わり剣を振るい続けた。
それから数時間。
地平線を埋め尽くしていた群牛の群れは次第に数を減らし、やがて帝国軍による掃討作戦が開始されたとの報せが戦場を駆け巡る。
ようやく一息ついたティムランは、巨大な金槌を肩へ担ぐと豪快に笑い、隣に立つカーリーの背中を力強く叩いた。
「いやぁ、とんでもねぇ嬢ちゃんだ。おまけに後始末まできっちりやってくれて助かったぜ」
「ウチ一人では届かぬ一撃だった。貴殿の槌があったからこその勝利だ」
飾ることなくそう言い切るカーリーに、ティムランは照れ臭そうに鼻を鳴らす。
「鍛冶師冥利に尽きるってもんだ」
そのやり取りを見ていたエリリーは、小さく肩を落としながらも穏やかに微笑んだ。
「まったく……あなたは本当に、どこへ行っても規格外ですね」
「はは、まだまだ強くならねばならん。世界は広く、今日もまた知らぬ強敵がおった」
カーリーは遥かな水平線へ視線を向ける。その瞳に宿るのは勝利の余韻ではなく、まだ見ぬ強敵への期待と、自らの未熟さを楽しむような輝きだった。
群牛ゼレオレフの大発生。そして外洋の巨大生物の一種イルラ・カザルの襲来。
二つの厄災を乗り越えたことで都市は守られ、多くの命は明日へと繋がれた。しかし、それは世界の広さを知るための、ほんの一頁に過ぎないのだから。