聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
陽が傾き、茜色の光が丘陵と浅瀬を静かに照らし出していた。
地平線を覆い尽くしていた群牛ゼレオレフの残党は、後方から到着した帝国軍によって急速に掃討され、討伐は概ね完了を迎えつつあった。戦場を埋め尽くしていた金属の衝突音や魔物の咆哮も鳴りを潜め、代わって響いているのは傷ついた兵士たちを治療する者たちの声と、ようやく危機を脱したことへの静かな安堵の息遣いだった。
「いやぁ……取り逃した奴らは一時はどうなることかと思ったが、帝国軍の奴らが片付けてくれるようで良かったな」
「ふん。普段はこちらに制限ばかり掛けているのですから、こういう時くらいは役に立って貰わねば困りますよ」
「え、えっと……エリリーさんはカタルシオン帝国のこと、嫌いなの?」
「……嫌いとまでは言いませんが、邪魔、といった感じでしょうか。わざわざ自治都市のバシニウスに来て錬金術の研究をしているのも、そのためですし」
「そりゃほぼ嫌いと同義じゃねぇか?」
シェンが呆れたように笑いながら双剣を鞘へ収め、疲労の残る肩を回す。ユーグリもまた、魔力を酷使した反動による気怠さを抑えるようにゆっくりと息を吐きながら、周囲の安全を確認していた。
「ですが、都市と兵士たちの被害を最小限に抑えられたのは、間違いなくカーリーさんとティムランさんのあの一撃のおかげですよ」
「うむ! どんな厄災であろうと、ウチの聖火と仲間たちの連携があれば、粉砕できぬ道理はないからな!」
カーリーは聖剣カルフォースを腰へ収めると、満足げに胸を張った。その身体には戦いの余熱がまだ残っていたものの、疲労よりも強敵を退けた達成感の方が遥かに勝っているらしく、その表情には清々しい笑みが浮かんでいる。
「さて、戦が終わったとなれば……次はお楽しみの報酬の時間ですよ!」
「エリリー殿としては、こちらが本題だったか? まあ、軍資金の重要性については騎士としてある程度は把握しておる。とはいっても、管理は全く出来んが……」
カーリーの視線の先では、防衛線に設けられた仮設司令部の前で、都市の文官や財政官たちが大量の木箱を並べ、報酬について協議していた。
「予定にはなかったとはいえ、あの巨大生物の討伐までしていただいたのですから、何かしらの報酬は用意せねばなりますまい」
「しかし、一体どの程度の金額なら相応しいのか……」
「そもそも、あの規模の生物を討伐した例など、記録にありませんからな……」
そこへカーリーたちが歩み寄ってくると、文官たちは一斉に顔を上げた。どうやら彼らは、まさにその報酬について頭を悩ませていたらしい。
そんな中、ティムランが岩のような肩を竦めながら重厚な声を挟み込んだ。
「金もありがたいが……あの巨獣『イルラ・カザル』の討伐部位や特殊な素材について、優先取得権を貰うってのはどうだ? 仲間を救うための触媒を探している身としては、金銀財宝よりそっちの方が大助かりなんだがな」
「あのイルラ・カザルの素材ですか! それは良いですね! 金貨も大助かりですが、研究に使えそうな貴重素材が手に入る機会は、是非とも欲しいですよ!」
エリリーが目を輝かせると、カーリーはすぐに仲間たちへ視線を向けた。
「エリリー殿はそうであろうな。ユーグリ殿、シェン殿はどうだ?」
「僕は群牛の分の報酬が貰えるなら別に……それに、エリリーさんには借りがありますし」
「俺としちゃ探索のための資金が欲しいがね。だがまあ、あのデカブツはカーリーとそこの鍛冶師が倒したんだ。そっちが決めたことに俺は従うぜ」
「では決まりだな! エリリー殿、イルラ・カザルの素材については優先取得権を貰おう。だが――」
「はい?」
「素材の有用性が見いだせなければ、売り払う。というのはどうだろうか?」
カーリーの提案に、エリリーは少しも迷うことなく頷いた。
「分かりました。そうしましょう。まあ、私の技術で無駄になるような素材は早々ないと思いますがね」
「良い自信だな。その心持ち、嫌いではない。うむ、では先ほどの話し合いの通り、報酬の分配を頼もうか」
カーリーたちがティムランの提案を受け入れると、それまで報酬の工面に頭を抱えていた文官たちは、あからさまに安堵した表情を浮かべた。
「それで手を打っていただけるのでしたら、こちらとしても大変助かります!」
こうして想定外の大手柄は、相応の金貨と、超巨大生物イルラ・カザルの希少素材という形で彼らの手に収まることとなった。
「そういえば、ティムラン殿。イルラ・カザルの素材を使えば、仲間の治療に役立つ可能性はあるのか?」
報酬の話が一段落したところで、カーリーが尋ねる。
ティムランはしばらく海の方を眺めていたが、やがて小さく頷いた。
「分からねぇ。だが、試す価値はある。あれほど特殊な生物だ。俺が探している触媒と同じ性質を持つ素材が見つかる可能性は十分にあるからな」
「ならば、尚更無駄には出来んな!」
「おう。だからこそ、絶対に持ち帰る」
数百メートルにも及ぶ巨獣の身体は、すでに帝国軍と都市の作業員たちによって解体の準備が進められていた。これほど巨大な生物を処理するだけでも相当な時間が必要になるだろう。それでも、その肉体の一片に至るまで希少な素材となる可能性がある以上、誰も手を抜くことはなかった。
「……それにしても、本当に凄まじい一日でしたね」
ユーグリがぽつりと呟く。
朝には、ただ大量発生した群牛を討伐するだけの依頼だったはずだ。それが終わってみれば、魔王軍幹部と戦った男と出会い、外洋から現れた超巨大生物と戦い、そして都市を守るために数多の兵士や冒険者たちと肩を並べることになった。
「うむ!」
そんな一日を振り返りながら、カーリーは満足そうに笑った。
「今日もまた、良い戦いであった!」
「……そこに感想を持っていくんですか、あなたは」
「もちろんだ!」
呆れたようなエリリーの言葉にも、カーリーは一切迷わず答える。
そのやり取りにシェンとユーグリは思わず顔を見合わせ、ティムランもまた堪えきれないように豪快な笑い声を上げた。
「そんじゃ、俺はこれにてお暇させてもらうぜ。解体された素材の目利きと、治療に使える触媒探しに取り掛からなきゃならんからな」
「うむ。短い間であったが、胸の躍る共闘であったぞ、ティムラン殿」
カーリーが満足げに頷くと、ティムランは不敵な笑みを浮かべながら握り拳を突き出した。
「おう。魔剣を叩き折った俺の槌に、これほど合わせた戦い手もそういねぇ。仲間が無事に治ったら、今度はゆっくり酒でも酌み交わそうぜ」
「約束だな! その時は、ウチらの飛躍ぶりを存分に語って進ぜよう!」
シェンやユーグリ、エリリーもそれぞれ感謝と健闘を祈る言葉を交わした。
ティムランは最後に大きく手を振ると、イルラ・カザルから回収された素材を積んだ大車を引きながら歩き出す。その力強い背中は、茜色の夕日を受けて岩肌まで赤く輝いていた。
「……さて、厄災を糧に、ウチらはまた一歩強くなったな」
「資金も増えましたね。それはもう、ガッポリと」
「カーリーさんがたくさん燃やしてくれたおかげですね」
「だな。それで、どうする? 俺たちもバシニウスに戻るか?」
「そうですね。戻りましょうか、構いませんよね、カーリー」
「そうだな。特にここらに用はあるまい。帰ればすぐにでもフルムへ――」
「嫌です」
「僕も流石に……」
「俺もやだよ。疲れたんだ、二、三日は休みつつ買い出しとかしてようぜ」
「むむむ……最悪、ウチ一人で潜るか?」
「カーリー、折角、大量のお金が手に入ったんですから、買い物くらい手伝って下さいよ。服とかも新調しませんと」
「……買い出し、服の新調とな……?」
「カーリーの着ている服は、あちこち煤けて裾も破れています。それに、その服を直すにしても貴女の今の体型に合わせる必要がありますし。何より、一応私たちの中で一番目立つ貴女が、普段着から騎士服までそんなボロボロでは、私たちの気が休まりませんよ」
「ぐ、ぐぬぬ……論理的攻撃……!」
「いいじゃねぇか、カーリー。バシニウスの街にはうめぇ酒も美味い飯も集まってる。懐が暖まってんだし、パッと一回か二回は打ち上げといこうぜ」
シェンがニカッと笑い、ユーグリも深く頷いた。
「そうですよ。たまには羽を伸ばしましょう。フルムの迷宮への探索は、準備を万全にしてからでも遅くはありません」
仲間たちの総意に挟まれたカーリーは、腕を組んだまま「むぅ」と唸った。しかし、しばらく悩んだ末に、諦めたような、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うむ……まあ、良いだろう! 分かった、暫くウチも歩みを緩め、休養としよう!」
そうして一行は、茜色から群青へと移ろいゆく空の下、戦火の冷めやらぬ丘陵を後にした。
バシニウスへ向かう道中、エリリーは手に入れたイルラ・カザルの希少部位の一覧を確認しながら、早くもどの錬金術実験へ回すべきか思案して目を輝かせている。その隣では、シェンとユーグリが久々に手にしたまとまった報酬の使い道について楽しそうに言い争い、その賑やかな声が夜の街道へ響いていた。
やがて自治都市バシニウスの門を潜ると、そこには厄災を退けた報せを受けて安堵と活気を取り戻した街の明かりが広がっていた。大通りの酒場からは賑やかな音楽と出来立ての料理の匂いが漂い、一行の空腹を激しく刺激する。
その匂いを嗅いだカーリーが、たまらず店先へ足を踏み入れた。
「よし! 今宵は祝杯だ! 店にある一番の酒と肉を運ばせよ!」
「はいはい、少し待ってくれ。すぐ用意するからな」
酒場の店主は苦笑しながらも手際よく大ジョッキを並べていく。
「うむ! ウチらの絆と勝利に乾杯だ!」
「あっ、カーリー君。私たちの分も用意してくれないかい?」
「ムッ? だ――いや、貴殿はエルドラゴン殿!?」
思わぬ人物から声を掛けられ、カーリーが目を丸くして振り返る。
そこには、どこか飄々とした笑みを浮かべた元教師、エルドラゴンの姿があった。
「え? エル先生! どうしてまたここに!?」
エリリーが目を見開いて叫ぶと、エルドラゴンは胸を張り、片手を高々と掲げた。
「イエス、アイ・アム・プロフェッサー・エルドラゴン!」
「あと、私だ……久しぶりだな、エリリー。おい、この程度の酒じゃ足りんぞ。これじゃ酔えん! もっと持ってこい!」
エルドラゴンの隣では、すでに空になったジョッキをテーブルへ叩きつけている女性がいた。豪快に酒を要求する彼女の姿を見て、エリリーの顔が引きつる。
「うわ、メリー先生まで……いる」
「『うわ』とは何だ、『うわ』とは。元教師を見た時の反応か、それは」
不満げに眉をひそめるメリアンダに、エリリーは肩を竦めながら小さく頭を下げる。
「あー……すみません、メリアンダ先生……」
「まあ、謝れたから良し。……しかし」
メリアンダはグラスを傾けながら、じっとカーリーへ視線を向けた。その目には、酒に酔った者の気楽さとは異なる、鋭い観察者の光が宿っている。
「いや、強いな、カーリーという聖剣使い。素手同士だとしても私と同等……武器ありなら負けるかもしれん。とんでもない奴だ」
「おお、評価が良いじゃないか、メリー君」
「まあ、正確に測ったわけではない。実践魔術教師としての勘に過ぎんがな。だが、大してズレてはいないはずだ」
メリアンダは静かに酒を煽りながら、豪快に笑うカーリーへ一目置くような視線を向けていた。
「それで、何の用なんですか? アンドルネスト学園の教師が二人もサボりですか?」
エリリーは呆れ顔で腕を組み、元教官である二人を交互に見やる。
「なわけ、あるか。ちゃんとした長期休暇期間だよ、休暇。私もエルの方もな」
メリアンダが面倒そうに手をひらひらと振ると、隣でエルドラゴンが人差し指を立て、楽しげに話を引き継いだ。
「そ、そ、それでね。今回は前回より戦力が必要そうな調査に行きたいなってことで、知り合いの強者に声を掛けているところなのさ。ペネくんとツジちゃんも誘いたかったんだけどねぇ」
「あの二人は大陸を駆け回っているらしいですからねぇ。というか、いや、先生方で話を勝手に進めないでくれます?」
エリリーが額を押さえて溜め息をつく。
しかしエルドラゴンは悪びれる様子もなく、不敵な笑みを浮かべながら身を乗り出した。
「ふふっ。けど、気になるだろ?とある大王の、砂漠の王墓の調査とやら」
「「「砂漠の王墓……?」」」
思わぬ単語にカーリー、シェン、ユーグリの三人が顔を見合わせ、揃って首を傾げる。
ただ一人、エリリーだけは違った
エルドラゴンからのワードで想像される古代文明の遺物や未知の魔導技術、さらには墓所に眠る可能性のある錬金術的資料の数々を脳裏に思い浮かべた瞬間、彼女の瞳には隠しきれない知的好奇心が浮かび上がった。
同時に、それらを調査することになれば、どれほどの苦労が待ち受けているのかも、これまでの経験から容易に想像できてしまう。
「…………」
エリリーは黙ったまま、遠い目をした。
その隣では、カーリーが早くも興味を示して身を乗り出している。
「大王の墓か! それは一体、どれほどの強者が眠っているのだ!?」
「いや、カーリー。墓だから強者が眠っているとは限らないでしょう……」
「そういう問題ではないと思うんだがなぁ……」
シェンとユーグリがそれぞれ呆れた声を漏らす中、エルドラゴンとメリアンダは顔を見合わせ、どこか楽しそうに笑った。
こうして彼らの休息は、始まる前から早くも怪しい雲行きを見せ始めていた。