聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「ふむ……古代の大王の墓とな?」
大皿の肉を勢いよく口へ運んでいたカーリーが、身を乗り出してエルドラゴンの手元にある分厚い羊皮紙の束を覗き込んだ。
「イエス。約六千五百年ほど前に滅んだ古の王国。その大王が眠る墳墓さ。この研究書によればね、内部は迷宮のごとき構造で、動き出す石像や不死の守護者、さらには血の泉なる怪現象まで蠢いているらしい」
「なんと! 不死の守護者に迷宮とな!」
「いや待てカーリー! 二、三日は休んで打ち上げと買い出しをする話だったろ!?」
シェンが即座に大声を上げ、ユーグリも頭を抱えて「何で危険そうな場所に目を輝かせてるんですか……」と溜め息を漏らす。だが、エルドラゴンは不敵に微笑みながら人差し指をチチと振った。
「まあそう焦らないで。砂漠を渡るには、古代より地下水脈と星の道を頼りに巡る遊牧民連合『ワシュ領分』の領域を通らなきゃならない。だから許可を貰うための交渉が必要不可欠だし、何より過酷な環境に耐えうる装備と準備が必要だ。出発は数日後、準備をしっかり整えてからさ」
「……なるほど。なら大丈夫そうですね」
それまで遠い目をしていたエリリーが、ゆっくりと視線を戻した。彼女の瞳には、過酷な旅路への危惧以上に、古代王国の遺物や未知の魔術に対する錬金術師としての熱い知的好奇心が灯り始めている。
「よし決まりだ! 今宵は存分に呑み、明日からは王墓への準備とウチらの装備の新調に取りかかるぞ!」
カーリーの豪快な宣言とともにジョッキが勢いよく打ち鳴らされ、酒場の夜は賑やかに更けていった。
翌朝。眩い陽光が注ぐ自治都市バシニウスの大通りを、一行は歩いていた。
昨夜の酒が微かに残るシェンとユーグリを引き連れ、エリリーが先頭を切って向かったのは、街でも評判の高級仕立屋であった。
「さあカーリー、まずはそのボロボロになった服をどうにかしますよ!」
「う、うむ……だがウチはこのような着飾るための店は少々苦手でな……」
昨日の無敵の快進撃が嘘のように、店内に並ぶ色鮮やかな生地や優美な衣装を前にカーリーが肩を縮こまらせる。
「何を言っているんですか。貴女は我がパーティの『顔』であり、最前線に立つ騎士なのです。以前より体型も引き締まり、身長も伸びているのですから、今の貴女の身体に完璧にフィットする戦闘衣を仕立てなければ気が済みません!」
「うーむ、親代わりだったサクリエル卿は男だったからな。余りこういうふうに着飾るのは……いや、反対してるわけではないぞ。身長を測るのか? 相分かった、これで良いのだな?」
店主にテキパキと指示を飛ばすエリリーの気迫に押され、カーリーは採寸台の上で大人しく両腕を広げる羽目となった。メジャーを当てられながら「むぅ」と眉をひそめるカーリーの姿に、シェンとユーグリは思わず吹き出す。
「あの巨獣を押し返したカーリーが、エリリーと仕立屋に完全に包囲されてやがる」
「でも、カーリーさん。こういう風に押されると案外弱いんですね。意外です」
採寸が終わる頃には、動きやすさを重視した上質な革と耐熱・防魔加工が施された布地、そして黄金の聖火に映える白銀の装飾が施された素晴らしい試作衣が用意された。
「ほう……! これは、重さと可動域のバランスが見事だな! 生地もしなやかで動きやすい!」
「当然です、私の監修が入っていますからね。……ふふ、これでどこへ出しても恥ずかしくない我がパーティの聖剣使いの完成です」
その後、一行は手に入れた大金を惜しみなく使い、過酷な砂漠環境に耐えるための保存食や特殊な耐熱外套、さらにはエリリーの実験用試薬類を大量に買い揃えた。
「よし! 服も新調し、資材も整った! ワシュ領分へ向かい、古代の王墓へ挑む準備は万全だな!」
新調した騎士衣の裾を爽やかな風になびかせ、カーリーがバシニウスの賑やかな大通りの中央で聖剣の柄に手をかける。
「ええ。危険な調査になりそうですが……未知の知見と試練が待っているなら、付き合いましょう」
「まったく、準備段階からドタバタだったな……。アタシとしては待ってる間に神造遺構を覗いていこうと思ったら、エルに止められたし」
買い出しの荷物を抱えたメリアンダが肩を竦めてぼやくと、隣のエルドラゴンが苦笑いを浮かべた。
「だって、行って2、3日で戻って来なかったら私が困るじゃないか。メリー君は夢中になると時間を忘れるからね」
「まあいい。それにしてもカーリー・ブラッドソード、その新しい格好、なかなか様になっているな」
メリアンダの称賛に、カーリーは誇らしげに胸を叩いた。
「うむ、お褒め言葉感謝するメリアンダ殿、仲間たちの見立てに狂いはなかったということだな!」
「さて、買い出しも終わりましたし、先ずはワシュ領分へ向かいますか」
「へいへい……行きますかねっと、ユーグリ体調は大丈夫そうか?」
「あぁうん、エリリーさんから調整を受けてからは前よりずっと調子が良いよ、それにカーリーさん達との旅は賑やかで楽しいから。砂漠の旅、気をつけて行きましょう!」
幾重もの厄災を乗り越え、装いも新たに歩み出した一行。熱気と活気に満ちた自治都市バシニウスの門を後にし、彼らの視線は遥か南、熱砂の風が吹き荒れる未踏の地へと向けられていた。
「そう言えばワシュ領分って何なんだ? えっと……俺も先生って付けた方が良いか?」
暫くして砂漠へと連なる街道を進みながら、肩に荷物を担ぎ直したシェンがふと思いついたように問いを投げかけた。
「エルドラゴンでもエーテルワイズでも構わないよ」
前を歩くエルドラゴンが振り返り、気さくにひらひらと手を振る。
「アタシはメリアンダで良い」
その隣で、旅用の外套のフードを目深に被ったメリアンダが短く応じた。
「では、エルドラゴン殿。そのワシュ領分について教えてもらおうか。砂漠の住まう民ということは聞いておるが」
新調した白銀の飾りが映える騎士衣の裾を風になびかせ、カーリーが興味津々に目を輝かせる。
「そうだね。ワシュ領分というのはね、かつて砂漠を統べた古の王国が滅んだ後、その広大な熱砂の地を支配するようになった遊牧民たちの連合領のことさ」
エルドラゴンは歩調を緩めることなく、人差し指を立てて語り始めた。
「彼らには明確な城壁も、地図に記されるような決まった国境も存在しない、流動的な領界を定めて砂漠を渡り歩いてるんだ。だから、表向きは国という体を成していないけれど──商人も旅人も、彼らに通行税を支払わなければ、生きて砂漠を渡ることすら叶わないのさ」
「……地図にない道を渡る民ですよ。錬金術的な観点からも興味深い方々てます。独自の観測技術や古伝が残っているとか」
「ああ、だが生半可な連中じゃないぞ。領主たるワシュ家は、古より伝わる神器『乾裂の槍』を継承している。噂じゃ、その一槍で猛烈な砂嵐すら自在に巻き起こし、鎮めることすらできるらしい」
「なんと、砂嵐を操る神器とな! ワシュ領主……間違いなく凄まじい手練れに違いあるまい」
「おいおい、戦いに行くわけじゃねぇんだからな? 通行の許可を貰う交渉をしに行くんだぞ」
シェンが呆れ顔で小突き、ユーグリも苦笑いを浮かべる。
「でも、それほどの力を持つ一族なら、砂漠の過酷な環境や古代王墓の伝承についても詳しく知っているかもしれませんね」
「その通りだよ、ユーグリくん。だからこそ、まずは彼らの信任を得ることが、この旅の最初の試練というわけさ」
エルドラゴンの言葉と同時に、街道の先──見渡す限りの地平線を焦がす熱気が、揺らめく陽炎となって一行の視界を覆い始めた。バシニウスの緑豊かな丘陵はすでに遠のき、肌を刺す肌を刺す乾いた風が吹き抜ける。
街道の先に広がる砂漠は、まるで巨大な海のようだった。どこまでも続く砂丘が陽光を反射し、遠くの景色を歪ませながら揺らめいている。乾いた風が頬を撫でるたび、カーリーは新調した外套の襟を押さえ、興味深そうに目を細めた。
「これが砂漠か! なるほど、見渡す限り何もないな!」
「何もないように見えるだけですよ」
エリリーが荷物から地図を取り出し、砂に足を取られながらも先頭へ追いつく。
「砂丘の形や風向き、地下水脈の位置まで把握しなければ、簡単に道を失い、水も食料も尽きて餓死します。ワシュ領分の民が砂漠を渡れるのは、そうした知識を何世代にもわたって蓄積しているからでしょうね」
「つまり、砂漠そのものが巨大な迷宮の様なものということか!」
「……カーリーさん、どうしてそこで嬉しそうになるんですか」
「だが、しかし未知の大地、未知の危険と聞いて胸が躍らぬ者がいるか?」
「ここにいますよ」
即答したエリリーに、シェンとユーグリが思わず笑いを漏らす。
しかし、その軽いやり取りも長くは続かなかった。やがて街道の脇に立てられた一本の石柱が見えてくると、エルドラゴンが足を止めた。柱には見慣れない文字と、三本の槍を交差させたような紋章が刻まれている。
「ここから先がワシュ領分だ」
「……これが国境か?」
シェンが周囲を見渡すが、城壁も門もなければ兵士の姿すらない。ただ一本の柱が砂の上に立っているだけだった。
「違うよ。これは『ここから先はワシュの民の領域である』と示す標だ。ここを越えて勝手に進めば、侵入者と見なされる可能性がある」
エルドラゴンが説明していると、砂丘の向こうから乾いた鈴の音が聞こえてきた。音は一つではなく、いくつもの鈴が風に揺れるように重なりながら、次第にこちらへ近づいてくる。
やがて砂丘の頂から、数頭の大型駱駝に似た魔物が姿を現した。その背には長槍を携えた人々が跨っており、砂色の外套を身に纏った彼らは、こちらを警戒するようにじっと見下ろしている。
「おお、あれがワシュの民か!」
カーリーが思わず一歩前へ出ると、先頭にいた男が槍を横たえた。
「止まれ。ここより先はワシュ領分。許可なき者の通行は認めない」
「うむ、承知している。我々は古代王墓の調査を目的として訪れた者たちだ。エルドラゴン殿、頼めるか?」
「もちろん」
エルドラゴンが一歩進み出て、懐から封蝋の施された書状を取り出した。
「アンドルネスト学園、エーテルワイズ・エルドラゴン。ワシュ家への正式な調査申請書だ。同行者も全員、身元を保証する」
男は書状を受け取ると、封蝋を確認しながら目を細めた。しかし、その視線はすぐにカーリーへと移る。
「……聖剣か」
「うむ、ウチの名はカーリー・ブラッドソード。聖剣使いにして今回は王墓の調査に協力するため参上した者だ!」
「最近、南方の防衛線で巨大生物を討った聖剣使いというのは、お前か」
「ほう、知っておるのか」
「砂漠にいても、噂は風に乗って届く」
男はそう呟きながら書状をエルドラゴンへ返した。
「許可を出す。ただし、王墓へ向かうなら我らの案内を受けてもらう。あの場所は砂漠の民でさえ、勝手に踏み込むことを許されぬ場所だ」
「……それは、剣呑な言い方というか、よく許可が下りたものですね」
エリリーが警戒を強めると、男は王墓のある方角へ視線を向けた。
「六千五百年前に滅びた王国。その王墓は、今も死んではいない」
乾いた風が吹き抜け、砂が彼らの足元を撫でていく。
「砂の下で何かが動いている。近頃は夜になると、王墓の方角から赤い光まで見えるようになった。領主様は、不埒な侵入者が現れたやもしれんとおっしゃっている」
「つまり、侵入者の確認と排除を引き受けるのと引き換えに、調査の許可を下さるということですね」
エリリーが素早く意図を察して問いかけると、案内人の男は無言で深く頷いた。
「話が早くて助かる。我らワシュの民にとって、王墓は不可侵の安らぎの地。何者かがそこを暴き、異変を引き起こしているとあれば見過ごすわけにはいかん。だが、我ら民にとって王墓は恐ろしく、そして侵し難い場所なのだ」
「なるほど! 害なす侵入者を払い、ついでに目的の調査も果たす……まさしく一石二鳥ではないか!」
「話は聞いてたけど、単なる盗掘者か、それとも何らかの企みを持つ組織か……。メリー君、心当たりはあるかい?」
エルドラゴンが顎に手を当てて尋ねると、フードを目深に被ったメリアンダが鼻で笑った。
「さあな。だが、わざわざ砂漠の奥の古代遺跡でコソコソ動き回る奴らだ。ロクな連中じゃないことだけは確かだろう」
「まあ、理由が何であれ王墓の調査をするんですよね。行く途中で話を聞いて少し楽しみ何ですよ中に入るの」
ユーグリが落ち着いた声で静かに水袋の口を縛り直し、シェンもまた背中の双剣の感触を確かめるように肩を回した。
「まあ、話がまとまったならさっさと行こうぜ。この砂漠の熱気、長居したくなるような場所じゃねぇからな」
「聞きしに勝る胆力だな、異郷の勇士たちよ。これより我らの集落、ワシュの本陣へと案内する。領主様への挨拶と、王墓への道筋を整えるのはそれからだ」
鈴の音を響かせながら、巨駱駝の群れがゆっくりと歩みを進め出す。カーリーたちはその後に続き、ゆらゆらと立ち上る陽炎の先へと踏み出していった。