聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
地平線を焦がす陽炎の合間から、突如として巨大な「街」がその姿を現した。
それはレンガや石で築かれた都市ではない。数百、数千とも知れぬ風に強い羊毛の幕舎が連なり、幾重もの巨大な幕陣を形成している移動都市。それこそが、砂海を渡る遊牧民連合『ワシュ領分』の現拠点であった。
「ほう! これがワシュの民の集落か! これほどの規模の幕営都市、壮観の一言に尽きるな!」
新調した白銀の飾りが映える騎士衣の裾を風にはためかせ、カーリーが感嘆の声を上げる。
「定住地を持たず、水と風の流動に合わせて都市そのものが移動する……合理的ですが中々見ない都市形態ですね」
エリリーが瞳を輝かせながら観察を行う。その横で、シェンとユーグリは砂漠の砂を気にするように目を細めながら、物珍しそうに周囲の幕舎や行き交う人々を見渡していた。
一行が案内人に率いられて拠点の中心部へと進むと、ひときわ巨大な金糸の刺繍が施された天幕の前に辿り着いた。天幕の前には、二人の兵士が立ち塞がっている。そのうちの一人、身の丈を越すほど長大な槍を手に持ち、静謐な覇気を纏った若い男が、鋭い視線をカーリーたちへ向けた。
男の手に握られた槍は、穂先から柄に至るまで亀裂のような不規則な赤い紋様が走り、周囲の熱気を吸い上げているかのように微かに揺らめいていた。
「何だ? 観光の者か? いや違うようだな……」
「ウチは観光客ではないぞ、ワシュの武人よ。ウチの名はカーリー・ブラッドソード。この者たちと共に、王墓の異変と害ある侵入者を退けるべく赴いた者だ!」
「カーリー・ブラッドソード……グレイラント王国を出奔したという聖剣使いか、その後の活躍も幾つか聞いている」
槍の男は目を細め、静かにカーリーの全身を検分するように見つめた。その眼光は鋭く、一瞬の隙も逃さぬ手練れのそれだ。
「私の名はガルザ。ワシュ家当主が弟にして、『乾裂の槍』の継承者だ」
「ガルザ殿か、良い目、そして素晴らしい槍だ。貴殿のような武人が護る領分ならば、民も安心であろう!」
「……フン、世辞は良い」
ガルザは槍を引き寄せると、前置きなしに天幕の入口を示した。
「入れ。当主がお待ちだ。……墓の中に潜り込んだ侵入者どもの情報も、渡してやる」
天幕の内部は、外の酷暑が嘘のようにひんやりとした空気に満ちていた。羊毛の絨毯が敷き詰められた空間の奥座には、重厚な革鎧を纏った老練な精悍さを持つ男、ワシュ領分の現当主、バハル・ワシュが鎮座していた。
「遠路遥々よくぞ参られた、アンドルネスト学園のエーテルワイズ殿、そして異郷の勇士たちよ」
当主バハルは深く重厚な声でカーリーたちを迎え入れた。エルドラゴンが恭しく一礼し、挨拶を交わす。
「単刀直入に話そう。王墓の異変についてだ」
バハル当主の合図で、傍らに立っていたガルザが一歩前へ出た。
「昨日の夜半、王墓の監視にあたっていた我が方の巡視班が、封印の境界を破って内部へ侵入する二人組を目撃した」
「二人組……?」
エリリーが眉をひそめる。ガルザは深く頷いた。
「そうだ。一人は異様なほど背が高く、漆黒のボロ切れのような外套を纏った大男。背には身の丈ほどの巨大な異形の棺を背負っていたという」
「棺……? なんでそんなものを?」
ユーグリが腕を摩りながら呟く。ガルザはさらに言葉を続けた。
「そしてもう一人は、頭からすっぽりと深紅のフード付きローブを被った小柄な者だ。顔は影になって見えなかったが、その者が手に持っていた杖から放たれた『赤い光』が一瞬で王墓の外郭結界を溶解させ、二人はそのまま内部へと消えた」
「結界を溶解……! 古代の封印術式を力づくではなく、解析して溶解させたというのですか!?」
エリリーが驚愕の声を上げる。
「その通りだ。ただの盗掘者や野盗の類ではない。極めて高度な魔術の知識を持った者たちだ。奴らが内部へ侵入してからというもの、王墓から噴き出す赤き魔術の残滓は強まり、赤い光として目撃した民に不安を与えている」
「なるほどねぇ。棺を背負った巨漢と、赤き光の術者か……メリー君、何か思い当たる節はあるかい?」
エルドラゴンが顎に手を当てて尋ねると、フードを目深に被ったメリアンダが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さあな。だがろくでもないものを掘り起こそうとしてる企みだけはプンプン臭うぜ」
「うむ! 理由は何であれ、死者の安らぎを汚し、他者に害を撒き散らす不埒者など放置しておく道理はない!」
カーリーが聖剣の柄を力強く叩いた。その瞳には一切の不透明な迷いはなく、純粋な闘志が燃え盛っている。
「ガルザ殿、バハル殿。その二人組の排除と王墓の調査、このカーリー・ブラッドソードと我が仲間たちが引き受けよう」
バハル当主はカーリーの揺るぎない目を見つめ返し、やがて満足げに深く頷いた。
「頼もしい言葉だ、聖剣使いよ。ワシュの民としても、これ以上の王墓の穢れは見過ごせん。ガルザ、明日のお前たちの案内には我が一族の精鋭も同行させよ。今夜は我が陣営の最高の糧食で彼らを歓待するのだ」
「御意、当主様」
ガルザは短く応えると、カーリーへと向き直った。
「カーリーと言ったな……明日、王墓を進み、鼠どもを排除するのはお前たちだ、くれぐれも油断はするなよ?」
「案ずるなガルザ殿、ウチの聖火は悪しき者に対して容赦は無い!」
「そうか、なら一先ずはその言葉を信じよう。では今夜はゆるり休むと良い」
その夜、ワシュの本陣では盛大な宴が催された。
香辛料を効かせた砂漠の肉料理や、珍しい果実の酒がテーブルに並び、昼間の張り詰めた空気は一変して賑やかな熱気に包まれる。
「うむ! この乾燥肉の煮込み、噛めば噛むほど滋味が溢れて実に美味いぞ!」
新調した服を汚さぬよう注意されつつも、カーリーは大皿の肉を豪快に口へと運んでいた。その隣では、シェンが地元民の奏でる珍しい弦楽器の音色に聞き惚れ、ユーグリは勧められた果実酒を恐る恐る口にして「あ、美味しい……」と目を見開いている。
「エリリー、そう勉学ばかりせずに少しは食べたらどうだ? 明日は過酷なダンジョンアタックになるんだぞ」
メリアンダが酒杯を傾けながら言うと、エリリーは羊皮紙から目を離さずに溜め息をついた。
「食べていますよ。ですが、今回の王墓も侵入者も気になることばかりで……」
「気になるか、まぁ今回は私はエルドラゴンの護衛みたいなものだから。学術的な興味は無いんだが……ワシュの民が言う『鼠』は恐らくタダの侵入者では無いだろうな。かなりの使い手だろう」
宴が夜深くまで続き、やがて星々が砂海の上に静かに瞬き始める頃、一行は各自の幕舎へと引き上げた。
冷え込む砂漠の夜風の中、カーリーは幕舎の外に出て、南の夜空を見上げた。遥か地平線の先──暗闇の向こうで、微かにゆらゆらと不気味な赤い光が明滅しているのが見えた。
「不埒な侵入者か……待っていろよ、古代の大王とやら。ウチらが必ずその眠りを乱す者を倒してやろうではないか」
翌朝。静寂に包まれた砂漠に、早朝の冷たく澄んだ風が吹き抜けていた。
一行は昨日整えた防魔・耐熱の装備に身を包み、新調された騎士衣を纏ったカーリーを先頭に、ワシュの本陣の門前に集結していた。
「全員、準備は良いか!」
カーリーが威風堂々と声を張り上げる。その背後には、双剣の柄に手をかけるシェン、杖を握り締めて集中を高めるユーグリ、そして無数の薬瓶をベルトに装填したエリリーが引き締まった表情で立っていた。
「準備は万全ですよ。王墓の調査、そして侵入者達を絶対に懲らしめてやりましょう」
「おう、トラップとかの対処は任せろ」
「とりあえず水が欲しくなったら相談をお願いします!」
エルドラゴンとメリアンダも旅装を整え、不敵な笑みを浮かべている。
そこへ、大型の巨駱駝に跨がり、身の丈越えの槍を携えたガルザが率いるワシュの精鋭隊が歩み寄ってきた。
「待たせたな、異郷の者たちよ。これより古の大王が眠る『王墓』へ向けて出発する」
ガルザが『乾裂の槍』を高く掲げると、先端から放たれた微かな熱波が周囲の冷気を追い払った。
「王墓へは半日の道のり。……中に待ち受けているのが動く石像か、恐ろしき呪いか、邪悪な術者かは知らんが、生きて帰る覚悟だけは持っておけ」
「ハハハ! 望むところだガルザ殿! ウチらの新たな一歩、この灼熱の砂海にて刻むとしよう!」
カーリーが眩い朝日を背に受けて力強く宣言すると、一行は一斉に歩み出す。朝日に照らされた砂丘を越え、目指すは不気味な赤き光を放つ古の大王の墳墓である。
乾燥した風が唸りを上げる熱砂の地平に、突如として禍々しく聳え立つ巨大な建造物──それこそが、古の大王が眠る『王墓』であった。幾重にも張られていたはずの古代封印結界は、何者かの手によって無惨に溶解・破壊されていた。
「ほう……! ここが王墓か! 風化に耐え忍ぶ重厚な石組み、何とも男心をくすぐる佇まいではないか!」
「カーリー、感心している場合ではありませんよ。見てください、この溶解した結界の断面を……あまりに精密で力づくの解呪です、断面が安定しているのが何よりの証拠。ワシュの民が言っていた『鼠』の腕前は本物です」
エリリーが鋭い眼差しで破られた結界の痕跡を観察し、薬瓶の配置を確かめる。シェンとユーグリもそれぞれ武器を構え、過酷なダンジョンアタックに向けて集中力を高めていた。
「よし、ウチらの目的は古代の調査と、この安らぎを脅かす不埒者の排除だ! いざ、突入するぞ!」
カーリーの威勢の良い声を合図に、一行は緊張感を漂わせながら暗い王墓の内部へと足を踏み入れる。
一方その頃──王墓の深い暗闇に包まれた中層区域。
カツン、カツンと、乾いた杖の音が石床に響いていた。深紅のフードを被った小柄な影が、手に持った杖から淡い光を放ち、壁面に刻まれた古代の魔導文字や魔術的に保存されている書物を熱心に解析している。
「現代では安全性や効率の欠如から完全に廃れた『転移魔術』だけど……この時代には多用されてたみたいね、それでも大国とされたこの国でも使い手は両の手程度だったみたいだけど……まぁ欲しいのは理論、私の身体に利用出来たり、父様が使用出来る様になれば我々の役に立てられる」
「チッ……無駄話と読書はそれくらいにしろ。墓荒らしに付き合わされるこちらの身にもなってみろ」
振り返れば、そこには異様な高身長と細長い四肢を持つ大男が立っていた。顔面に装着された氷の仮面の奥から、刺々しい視線を向けながら背中の巨大な棺を揺らし、不快そうに爪を鳴らす。
「ガンヴァデイン様の言いつけでなければ、こんな砂の墓場など丸ごと凍らせて叩き壊しているところだ。欲しい魔術書とやらがあるなら疾く回収しろ、ワシュの民はとっくに侵入者に気づき始めているだろう」
「分かっているわよ。けど、私達の目的は実用的な失伝した魔術の獲得でしょ、急いで価値ある情報を損なっては意味がない。……それに、追っ手なら好都合じゃない? 貴方のその霊棺に、新しい動く死体を補充する良い機会でしょう?」
「まぁそうだな帝国庇護下にいる弱者共に絶望を味わわせるなら歓迎だ。だが、あまり俺を待たせるなよ万骨」
大男が冷酷な笑みを漏らし、白い女は再び壁面の文字へ視線を戻す。一行がまだ知る由もない二人組は、秘められた古代の知識を狙い、王墓の最深部へと着実に歩みを進めていた。