聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣、質に取られる

 「ついでに言えば、必要以上には農家から貰わなかったからな。なので再び文無しだ」

 

 カーリーは実に誇らしげな顔で言い切った、エリリーは思わず片手で額を覆う。

 

「そこは誇るところじゃないです……」

 

「む? だが困っている者から奪い過ぎるのは騎士道に反するぞ」

 

「それは立派ですけど、最低限の旅費まで消えるのは駄目なんですよ」

 

 エリリーが呆れ混じりに言うと、カーリーは「なるほど」と妙に真面目な顔で頷いた。

 

「もしエリリー殿が来るのが遅ければ、その辺で依頼を受けるか、迷宮へ潜ろうかとも考えていた」

 

「アナタなら本当にそれで稼げそうなのが怖いですね……」

 

 げんなりした声を漏らしながら、エリリーは改めて周囲へ視線を巡らせた。自治都市バシニウスは昼前の活気に満ち始めていた。

 

 石畳の大通りには武装した探索者達が行き交い、巨大な荷車には魔物素材らしき黒い外皮や牙が山積みになっている。怒鳴るように客を呼び込む露店商、怪しげな薬品を並べる錬金術師、酒臭い傭兵達。

 

 帝国都市のような整然さは無い。

 

 だが、その代わりに剥き出しの欲望と活力があった、この都市は神造遺構フルムを中心に成り立っている。

 

 都市中央部から少し外れた先、巨大な岩盤地帯の中腹には、ぽっかりと口を開いた巨大地下迷宮の入口が存在していた。

 

神造遺構フルム──神代文明の残骸とも、世界の傷痕とも呼ばれる超巨大地下遺構。

 

 迷宮内部は絶えず構造変化を起こしており、昨日まで存在した通路が今日には消え、未発見領域が突然出現することすらある。深層では巨大な貴重鉱石や古代遺物が発見される一方、探索隊が丸ごと消息を絶つことも珍しくない。

 

 賢者の石研究に必要な高純度元素素材を得るなら、ここ以上の場所は存在しなかった。

 

 だからこそエリリーは、この危険地帯へ来たのだ。

 

 ……本来なら、一人で。

 

「その評価は光栄だが……ふむ」

 

 不意にカーリーが小さく唸った。

 

「何です?」

 

 エリリーが視線を向けると、カーリーはフルムの方向をじっと見つめていた。金色の瞳が僅かに細められている。

 

「多かったり細かいのは流石に遠過ぎて分からん。だが、ウチの勘だと中層以降は厳しいな」

 

「……え?」

 

 エリリーの表情が止まった。

 

 エンドレス・ラビリンス――神造遺構フルムは、深層へ近付くほど危険度が増すことで知られている。だが通常、中層は熟練探索者や高位傭兵団の活動域だ。危険ではあるが、国家級戦力ですら近寄れないような領域ではない。

 

「……何が居るんです?」

 

 自然と声が低くなる。カーリーは少しだけ考える素振りを見せ、それから実にあっさりと言った。

 

「龍種が居るな」

 

 エリリーは数秒ほど沈黙した。

 

「…………はい?」

 

「生命反応が伝わってくる。眠っているような奴も居るし、縄張りを巡回している個体も居る。時々、中層辺りへ上がって来ているな」

 

 さらりと告げられた内容に、エリリーの背筋へ冷たいものが走る。

 

 龍種。

 

 それは単なる大型魔物ではない、自然災害そのもの。

 

 一体で国を滅ぼし、三体集えば神に匹敵する――そんな神代伝承すら残る存在だ。正面から対抗できるのは、帝国の龍狩り部隊や魔王軍領を治める歴代魔王達、千年級の大魔術師くらいしか存在しない。

 

 

「……ちょっと待ってください」

 

 エリリーは引き攣った顔でカーリーを見る。

 

「何でそんなの分かるんです?」

 

「強い生き物は分かりやすいぞ。カルフォースの力もあるがな」

 

 カーリーは背負った聖剣の柄を軽く叩いた。

 

「なるほど、想像以上に危険な場所だということは理解しました……」

 

「だろう? なので、とりあえず腹ごしらえからすべきだ」

 

「でもお金無いんですよね?」

 

「そうだな。困っている」

 

 真顔だった、エリリーは深々と溜め息を吐く。

 

「……ちなみにアナタ、所持金ゼロで今後どうするつもりだったんです?」

 

「魔物を狩る」

 

「えぇ」

 

「素材を売る」

 

「はい」

 

「その金で肉を食う」

 

「まぁそうなりますよね」

 

 だが、そこでエリリーはふと嫌な予感を覚えた。

 

「……待ってください。アナタ、魔物素材の相場とか分かるんです?」

 

「分からん!」

 

 カーリーは実に良い笑顔で言った。

 

 エリリーは頭を抱えた。

 

「絶対ぼったくられるじゃないですか……」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんですよ」

 

 カーリーは衝撃を受けたように目を見開いた。

 

「以前もな、巨大熊を狩った時に『銀貨十枚は価値がある』と言われたので売ったことがある」

 

「どのくらいの大きさです?」

 

「家くらいだな」

 

 エリリーは無言になった。

 

「完全に買い叩かれてますね……」

 

「そうか……そうだったのか……」

 

 本気でショックを受けている辺り、今まで全く気付いていなかったらしい。

 

 エリリーはじわじわと胃痛を覚え始めていた。この狂犬、強さだけで生き延びている、寝床は木の上、食料は狩猟、危険は全部返り討ち。

 

 単独生存能力だけなら化物級だ。

 だが、その代わり社会性が壊滅していた。

 

「……アナタ、よく今まで生きてこれましたね」

 

「強いからな!」

 

「納得できてしまうのが悔しいですねぇ……」

 

 カーリーは何故か誇らしげだった。

 

 エリリーは再び溜め息を吐きながら周囲を見る。

 

 探索者達が忙しなく行き交い、酒場からは昼間だというのに騒ぎ声が漏れている。

 

 そして、その喧騒の中でもカーリーの存在感は異様に浮いていた。

 

 銀髪に長身の女性。そして腰に提げた聖剣カルフォースから漏れる濃密な神秘の気配。

 

本人は平然としているが、通行人達が露骨に距離を取っている辺り、周囲も本能的に「危険物」だと察しているのだろう。このまま放置すれば、間違いなく何か問題を起こす。

 

「……はぁ」

 

 エリリーは諦めたように肩を落とした。

 

「とりあえず、アナタの分も宿を取ります」

 

「おぉ!」

 

 カーリーの顔がぱっと明るくなる。

 

「ただし条件があります」

 

 その瞬間、カーリーは僅かに表情を引き締めた。

 

「条件?」

 

「勝手に暴れない。正義感で他人を燃やさない。街中で聖剣を振り回さない。知らない人に付いて行かない。あと素材は私が売ります」

 

「むぅ……最後のは信用されていない気がする」

 

「実際してないので」

 

 エリリーは即答した。

 

 カーリーは少し傷付いたような顔をしたが、すぐ真顔へ戻る。

 

「だが、世話になる以上は従おう。騎士として恩義は返す」

 

「そういう律儀な所だけは本当に騎士なんですよね」

 

 エリリーは疲れた顔で空を仰いだ、賢者の石研究の為に来た筈だった。静かな研究拠点を構え、フルムを調査し、元素石を集め、理論を完成させる――そんな計画だったのである。

 

 なのに気付けば、国家級危険人物である聖剣持ちの狂犬を保護する流れになっていた。

 

 どうしてこうなった。

 

 そんなエリリーの心情など露知らず、カーリーは通り沿いの屋台から漂ってくる焼肉の匂いへ顔を向ける。そして、実に真剣な声で呟いた。

 

「……腹が減ったな」

 

「知ってますよ。宿を取ったら食事にしましょう。私もお腹空いてますし」

 

 そう返しながら、エリリーは再び大きく溜め息を吐く、その横でカーリーは嬉しそうに笑っていた。

 

 そして二時間後。

 

「いや、まさかだな。エリリー殿も、ウチに並ぶほどの大食漢だったとは」

 

 感心したように腕を組むカーリー・ブラッドソードの前には、既に積み上がった空皿の山が存在していた。肉料理の骨、香草煮込みの鍋、揚げ芋の籠、空になったスープ皿に加え、追加注文した巨大パンまで綺麗に消滅しており、周囲の探索者達が途中から若干引いた目を向けていたほどである。

 

 対するエリリー・エルステラは、椅子へぐったりともたれ掛かりながら苦々しい顔を浮かべていた。

 

「くっ……今回ばかりは反論できませんね……。で、でも今回はかなりお腹空いてましたし」

 

「ウチも数時間走っていたぞ。途中で魔物とも戦ったしな」

 

「それは……まぁ……同条件ですね……」

 

 完全に言い返せなかった。

 

 昨夜からほぼ休み無しで移動し続けていた以上、エリリー自身も相当に消耗していたのである。魔術を行使すればするほど魔力消費に比例して体力も削られていくし、荒野での強行軍まで重なれば空腹は当然激しくなる。結果として、気付けばカーリーと同じ勢いで料理を平らげてしまっていた。

 

 そして当然ながら、その代償は重かった。

 

「まぁ、聖剣を置いていけば雑用ではなく、依頼を受けてダンジョンへ潜る許可を貰えただけ寛大な処置だろう」

 

 カーリーは全く気にした様子もなく言う。

 

 エリリーは思わず頭を抱えた。

 

 食事代が予想を遥かに超過した結果、当然ながら所持金が足りなくなったのである。そして店主は「なら働け」と実に分かりやすい対応をしてきた。

 

 本来なら数日単位で皿洗いや荷運びをやらされても文句は言えなかっただろう。だが、そこでカーリーが「では剣を置いていこう」と言い出したことで空気が変わった。

 

 店主は最初こそ鼻で笑っていたものの、実際にカルフォースを目にした瞬間、露骨に顔色を変えたのである。

 

 結果として、店へ聖剣を預ける代わりに、短期の討伐依頼を受けて返済するという妙な形で決着したのだった。

 

「何でアナタはそんな簡単に聖剣を質草みたいに扱えるんですか……」

 

 エリリーが呻くように言うと、カーリーは不思議そうに首を傾げた。

 

「ウチ以外ではそもそも抜けんしな。仮に抜けても、聖火も出ないただの硬い剣だ。そこまで価値は無いだろう?」

 

「聖剣は聖剣使いが居てこそ、って理屈ですか……。いや普通は国宝級なんですよ!?」

 

「今回は飯代以下だったようだがな」

 

「……そうですね。ハァ……」

 

 エリリーはぐったりしながら水を飲む。

 

 実際、料理そのものは非常に美味しかった。農業都市だけあって野菜の鮮度が良く、香辛料も効いているし、迷宮近辺という土地柄のせいか、未知の獣肉を使った料理まで並んでいた。長期間保存食ばかり食べていた旅の後では余計に胃へ染みる味だったのである。

 

 問題は値段だけだった。

 

「まぁ良いではないか。金は稼げば良い」

 

 カーリーはあっけらかんと言い切る。

 

「食後の腹ごなしに魔物と戦うだけだ」

 

 その爽やかな笑顔に、エリリーは机へ突っ伏したくなる衝動を必死で堪えた。

 

「その感覚、本当にどうかしてますよ……」

 

「そうか? 騎士団でも食後訓練くらい普通にあったぞ」

 

「それは訓練であって実戦じゃないんですよ」

 

「だが魔物は鍛錬になる」

 

「アナタの基準で世の中を語らないでください」

 

 深々と溜め息を吐きながら、エリリーは改めて食堂内部を見回した。

 

 昼時を少し過ぎた店内は依然として騒がしく、探索者や傭兵達が酒と肉を片手に大声で笑っている。壁際には依頼掲示板まで設置されており、護衛依頼や討伐依頼、それからフルム関連の探索募集が雑多に貼られていた。

 

「……ちなみに確認なんですが」

 

「なんだ?」

 

「ダンジョン内で勝手に壁とか壊さないでくださいね?」

 

「必要なら壊す」

 

「必要って?」

 

「道が無い時だな!」

 

「迷宮側が泣きますよ……」

 

「む? 何か言ったか?」

 

「いいえ。何も……無いです」

 

 エリリーは疲れ切った顔で返した、するとカーリーは「安心しろ、ウチが居る!」と何故か誇らしげに胸を張る。

 

「確かに戦闘面では安心要素ではありますけどね……」

 

 その時、食堂の奥から恰幅の良い店主がどすどすと歩いてきた。

 

「おう、飯代踏み倒し予備軍共」

 

「あの言い方……」

 

「実際足りてねぇだろうが」

 

 ぐうの音も出なかった。店主は腕を組みながら二人を見下ろし、それから預けられたカルフォースへちらりと視線を向ける。

 

「あの剣、本当に抜けねぇんだな……」

 

「当然だ」

 

 カーリーは実に誇らしげだった。

 

「選定を通過した者以外には扱えん」

 

「はぁ……聖剣使いってのは本当に居るんだな」

 

 店主は呆れたように頭を掻くと、一枚の羊皮紙を机へ置いた。

 

「短期で返済したいなら丁度いい依頼がある」

 

 エリリーは自然と姿勢を正した。

 羊皮紙には簡易地図と依頼内容が記されている。

 

 【討伐依頼∶フルム浅層にて発生した異常繁殖型魔物群の討伐。】

 

「この依頼を受けて貰う。死んだら聖剣は貰うが、代金については問わん」

 

「了解した」

 

 カーリーは即答した。

 

 エリリーも小さく息を吐き、それから頷く。

 

「……仕方ありませんね。お受けします」

 

 食堂を出た頃には、既に陽は西へ傾き始めていた。

 

 バシニウスの喧騒を抜けながら、二人はフルムの一層目へと続く石畳の街道を進んでいく。周囲には同じく探索へ向かう武装集団の姿も多く、荷車を引く商人や、素材回収帰りらしい血塗れの傭兵達が忙しなく行き交っていた。

 

 そんな中、カーリーだけは妙に目立っていた。

 

 聖剣カルフォースを店へ預けている為、現在のカーリーは完全に丸腰なのである。にもかかわらず本人は全く気にした様子もなく、むしろ肩を軽く回しながら機嫌良さそうに歩いていた。

 

「……不安なんですが」

 

「安心しろ。素手でも熊くらいなら倒せる」

 

「熊を基準にしないでください」

 

「あぁ、セシル卿と鍛えた徒手空拳だ」

 

「それはサリクエル卿とは別の王国騎士ですか?」

 

「そうだな。剣無しなら勝てるか分からん。あ、だが普通の剣でも有れば8分ってところだぞ」

 

「周囲も化け物だらけなんですね……」

 

 エリリーはげんなりした顔で呟きながら、地下へ続く巨大な石階段を見下ろした。神造遺構フルム――それは大地そのものへ穿たれた超巨大地下迷宮だった。

 

 二人が足を踏み入れると、空気が変わる。湿った冷気が肌へ絡み付き、地中深くから低い唸り声のような振動が微かに伝わってきた。壁面には古代文字に似た紋様が刻まれており、時折、岩肌そのものが呼吸するみたいに僅かに収縮している。

 

 通路は広大でありながら妙に歪んで見え、遠近感すら狂わされるようだった。探索者達の足音や怒号が遠くから響いているにもかかわらず、距離感が掴めない

 

 

 エリリーは突入と同時に同時に周囲へ感覚探査を薄く展開していた。その時、不意にカーリーが足を止める。

 

「良いか、エリリー殿」

 

「……えぇ、分かってます」

 

 エリリーも既に気付いていた。

 

 周囲の魔力反応が妙に散っているのである。

 

 しかも小さい、草陰、岩場、倒木の裏。そこかしこに微弱な反応が潜んでおり、じわじわと包囲するように動いていた。

 

 直後、草叢の中から黒い線が射出される、それは矢そのものみたいな速度で空中を走り、一直線にエリリーの首筋へ迫った。

 

「っ!」

 

 だが次の瞬間、空中で軌道が僅かにぶれる。

 

 風魔術による空気偏向だった、高速飛翔していた影は進路を逸らされ、そのまま地面へ突き刺さる。細長い胴体を持つ蛇。

 

 そして鏃みたいに鋭利な頭部。

 

「ヤジリ蛇ですか」

 

 エリリーが呟いた瞬間、周囲の草叢から更に数匹が飛び出した。

 

 通常の蛇とは全く違う。

 

 全身を極限まで収縮させ、筋肉の反発力だけで矢のように射出される吸血魔物であり、命中すればそのまま頭部を肉へ突き込んで血液を啜り尽くす厄介な生物だ。低級探索者なら数秒で命を落とす。

 

「遅いな」

 

「え?」

 

 エリリーの目が点になる。

 

 カーリーはまるで虫でも捕まえるみたいな気軽さで蛇を握り潰し、そのまま残りへ視線を向けた、そのまま地面を砕きながら前方へ跳躍、草叢の中へ突っ込んだ。直後、ばきばきと植物がへし折れる音と共に、鈍い破裂音が連続する。

 

 数秒後、カーリーは潰れた蛇を片手に戻ってきた。

 

「終わったぞ」

 

「……素手で?」

 

「牙が刺さる前に潰せば問題無い」

 

「理屈はそうでしょうけど」

 

 エリリーは軽く引いていた。

 

 ヤジリ蛇は初見殺し系の魔物として有名だ。それをこの狂犬、全部反応速度だけで捻じ伏せている。

 

「……まぁ熟練の冒険者達ならそのくらい出来るのですかね、多分」

 

「む?」

 

「あっ!カーリー!! 上です!!」

 

 反射的に叫ぶ。街道脇の倒木の陰から巨大な影が落下した。

 

 カゲトケグモ。

 

 二メートル級の大型毒蜘蛛であり、全身を暗緑色の毛で覆った待ち伏せ型魔物だ。死角へ潜み、不意打ちだけを狙う極めて陰湿な習性を持つ。

 

 しかも狡猾だった、ヤジリ蛇を囮に使い、その混乱へ紛れて奇襲を仕掛けてきたのである。

 

 巨大な牙がカーリーの首筋へ迫る。

 

「ほう、奇襲が上手いのだな」

 

 カーリーは振り向きながら、普通に蜘蛛の頭を掴んだ、めきりと鈍い音が響く。カゲトケグモの頭殻が、握力だけで陥没した。

 

「…………」

 

 蜘蛛は即座に逃走しようと脚を暴れさせる。だがカーリーは逃がさなかった。

 

「む、待て」

 

 待つ訳がない。

 

 カーリーはそのまま蜘蛛の脚を掴み、信じられない勢いで地面へ叩き付けた。

 

 石混じりの土が爆ぜ、衝撃で周囲の草木が揺れる。二度、三度と叩き付けられた頃には、カゲトケグモは完全に動かなくなっていた。

 

 静寂、カーリーは死骸を適当に道端へ放り投げながら、何事も無かったみたいに口を開く。

 

「それで店主殿の言っていた魔物群は何処だ?」

 

「切り替えが早過ぎますよアナタ……」

 

 エリリーは疲れ切った顔で地図を広げ、それからフルム外縁部へ続く巨大石階段へ視線を向けた。

 

「地下二層から三層辺りに出るそうです。最近になって異常繁殖したとか……」

 

  地下二層へ降りた辺りから、空気の臭いが変わり始めていた。

 湿った土と腐肉臭に混じり、どこか酸っぱい刺激臭が漂っている。エリリーが眉を顰めながら壁面へ触れると、指先へぬるりとした感触が絡み付いた。

 

「……これ、粘液ですね」

 

「うむ。しかも新しい」

 

 カーリーは周囲を見回しながら低く唸る。直後、天井付近から、ギヒヒヒッという耳障りな鳴き声が反響した。

 

 次の瞬間、黒灰色の影が群れになって飛び出す。

 

 ギヒ鳥だった。

 

 羽毛は所々が禿げ落ち、蝙蝠みたいな薄膜翼と、人間の腕ほどもある異様に長い嘴を持つ鳥型魔物である。腐った魚みたいな臭気を撒き散らしながら旋回したかと思えば、一斉に口を開いた。

 

「来ます!」

 

 エリリーが叫ぶと同時に、白濁した粘着液が豪雨みたいに降り注いだ。

 

 石床へ落ちた液体が糸を引きながら広がり、触れた小石や骨片を瞬く間に貼り付けていく。まともに浴びれば身動きなど取れなくなるだろう。

 

 だがカーリーは避けなかった。

 

「ふっ!」

 

 踏み込みと同時に地面が砕け、彼女の身体が弾丸みたいに跳ね上がる。空中へ飛び込んだカーリーは、最前列のギヒ鳥を素手で掴み、そのまま別個体へ叩き付けた。

 

 鈍い破裂音。

 

 二体まとめて壁へ激突し、羽根と粘液を撒き散らしながら崩れ落ちる。

 

「普通、素手で飛行魔物を落とします!?」

 

「掴めば落ちるぞ!」

 

「理屈としては、そうですが!!」

 

 エリリーは半ば叫びながら杖を振るい、風刃を連続展開した。圧縮空気の刃が旋回するギヒ鳥の群れを切り裂き、切断された翼が湿った音を立てて床へ転がる。

 

 しかし異常繁殖しているだけあり数が多い。

 

 通路奥の闇から、更に十数体が這い出るように現れた。腐臭と羽音が地下迷宮いっぱいに広がる。

 

 それを見たカーリーは、何故か少し嬉しそうに笑った。

 

「おぉ、まだ居たか!」

 

 それから暫くの間、地下迷宮には絶え間なく悲鳴と破砕音が響き続けた。

 

 ギヒ鳥の群れは異常繁殖という言葉通り尋常ではない数だった。通路を埋め尽くすみたいに天井や壁へ張り付き、死角から粘液を吐き掛けてくる。しかも仲間が倒されるほど興奮する習性でもあるのか、血臭が広がるにつれて更に奥から集まり始めていた。

 

 エリリーは風魔術で粘液弾の軌道を逸らしつつ、狭い通路へ火炎を流し込み、時には壁面そのものを隆起させて群れの動きを遮断していく。爆ぜる火球と焼け焦げた羽根の臭いが地下へ充満し、魔力消費と集中の連続で頭がじわじわ痛み始めていた。

 

 一方でカーリーは相変わらずだった。

 

 飛び掛かってきたギヒ鳥を掴み、叩き潰し、投げ飛ばし、時には壁へ直接めり込ませながら進んでいる。武器すら無いというのに、やっていることは大型魔物の蹂躙そのものだった。

 

 エリリーが半泣きで愚痴る頃には、既に地下通路のあちこちへギヒ鳥の死骸が積み上がっていた。

 

 そして30分程度の連戦が続き最後の一体がカーリーに顔面から床へ叩き付けられ、ぐしゃりと潰れた辺りで、ようやく地下迷宮へ静寂が戻る。

 

「終わったぞ!」

 

 実に爽やかな声だった。対してエリリーは、壁へ背中を預けたままずるずると座り込み、完全にぐったりしていた。

 

「……む、エリリー殿?」

 

「……疲れました……帰って寝ます……」バタリ

 

「エリリー殿!?」

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