聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
一歩足を踏み入れれば、そこは数千年もの歳月を経たとは思えぬほど、荘厳な神殿を思わせる巨大な石造宮殿であった。
外界から差し込む陽光は入口付近を僅かに照らすばかりで、その先には濃密な闇がどこまでも続いている。一行が石床を踏むたび、カツ、カツ、と乾いた足音だけが墓道の奥へ吸い込まれていった。
陽光の届かぬ広大な墓道には、異様な魔術の残滓が漂っている。
床には砕け散った石像が転がり、壁際には巨大な金属製の機構が無残に引き裂かれていた。かつて王墓を守護していた兵器なのだろう。
エリリーはその一つへ歩み寄ると、しゃがみ込み、崩れた石像の断面へそっと指を這わせる。
「……これは」
先ほどまで浮かんでいた興奮が、僅かに薄れた。
「外郭の結界だけでなく、内部の防衛機構まで破壊されていますね」
「やっぱり、例の二人組がやったのか?」
シェンが周囲を警戒しながら尋ねる。
「恐らくは。ですが……」
エリリーは砕けた石片を一つ拾い上げ、杖の先から淡い光を当てた。
「普通に破壊したわけではありません」
「どういうことだ?」
「見てください」
彼女が指差した先には、石像の内部を走っていた魔導回路が露出している。
「この防衛機構は外部からの衝撃だけで壊されたわけではありません。内部の魔力循環を一度停止させ、そのうえで主要な術式だけを破壊しています」
「つまり?」
「戦う必要すらなかった、ということです」
エリリーの声が僅かに低くなる。
「この防衛機構がどう動くのかを理解した上で、最小限の干渉によって無力化したのでしょう。力任せに破壊したのであれば、もっと大きな損傷が生じるはずです」
「……随分と器用な奴らだな」
シェンが顔をしかめる。
「へっ、けど罠が全部壊れてんなら、俺たちにとっちゃ進みやすくて助かるな」
そう言いながらも、シェンの視線は暗闇から一瞬たりとも離れない。
「このまま楽に最深部まで行けりゃ万々歳だ」
「いや、それは少し楽観的すぎるんじゃないかな」
エルドラゴンが苦笑する。
「罠が機能していないということは、それだけ敵が一直線に目的地へ向かっているということだからね」
「……最深部」
ユーグリが呟いた。
「そう。恐らく彼らが欲しがっているものが、そこにある」
エルドラゴンは墓道の奥へ視線を向ける。
「問題は、それが何なのか……だけどね」
「それを探るのも今回の調査の目的でしょうね」
エリリーは崩れた守護兵器へ再び目を向けた。
「しかし、この守護兵器……ゴーレムにも似ていますが、少し違いますね。魔術的な構造で言えば、内部で自身へ錬成系の術式を永続的に施し続けることで稼働していたようです」
彼女は立ち上がると、崩れた守護兵器を名残惜しそうに見つめた。
「これほど高度な古代術式が残っているんです。可能なら、破壊される前の構造を記録しておきたかったのですが……」
「エリリーさん、今は勘弁してください」
「何故です?」
「目の前の壊れた石像より、もっと怖そうなものがいる気がするんです。……勘ですが」
ユーグリが苦笑する、エリリーは少しだけ考え込むと、渋々頷いた。
「……それもそうですね。研究対象と命の危険なら、命の方を優先しませんと」
「その割には目が完全に石像へ行ってるんだよな、このエリリーさんは……」
シェンが呆れたように呟いた、そんなやり取りを交わしながら、一行はさらに王墓の奥へと進んでいった。
そして中層へ差し掛かった頃だった。
「……あれ?」
最初に異変へ気づいたのは、ユーグリだった、足を止め、周囲を見渡す。
「どうしました?」
「……寒い」
「寒い?」
その直後だった。
ひゅう、と。
どこからともなく冷たい風が吹き抜けた。
「…………!」
全員が一斉に身構える、だが、風が通り過ぎた後も何も起こらない。ただ、空気だけが明らかに変わっていた。
先ほどまで砂漠の地下特有の乾いた熱気が残っていたはずなのに、今は肌へ触れる空気そのものが冷たい。
「……な、なんですか、この寒さは!?」
ユーグリが両腕を抱く。
「砂漠の地下とはいえ、いくら何でも冷え込みすぎです……!」
石壁を見ると、表面に薄い霜が張り付いていた。
しかも、それは自然に生じたものではない。
霜の結晶は通路の形に沿って伸び、まるで何者かが意図的に氷を這わせたかのように、一本の道筋だけを覆っている。
エリリーが壁へ手を近づける。
「これは……」
「触らない方がいいんじゃないか?」
シェンが制止する。
「大丈夫です。少なくとも、この程度なら──」
指先が霜へ触れた。
その瞬間、エリリーの眉が僅かに動く。
「……これは魔術……いえ、単なる氷の魔術ではありませんね」
声が険しくなる。
「冷気そのものに、何か別の魔力が混じっている」
「別の魔力?」
「ええ……これは──」
エリリーが言葉を止めた。
鼻腔を僅かに刺激する、鉄錆にも似た臭い。そして、その奥に混じる腐敗した何かの臭い。
「……死臭、死霊系の魔術です」
その言葉が落ちた瞬間だった。
ギィ……ギィ、ギィィィ……。
前方の暗闇から、不快な音が響いた。
「……何だ?」
シェンが双剣を抜く。
ユーグリも杖を構え、カーリーはゆっくりと聖剣の柄へ手を添えた。
音は徐々に近づいてくる、石と石が擦れる音、何かを引きずる音。そして、複数の足音。暗闇の奥から、最初の影が姿を現した。それは人間だった。
否。かつて人間だったもの、と呼ぶべきだろう。
古代の王墓を守護していた兵士なのか、全身を朽ちかけた鎧で覆い、手には錆びた槍を握っている。
だが、その身体は青白い氷に覆われていた。
顔には生気がなく、眼窩の奥では濁った赤い光だけが不気味に揺らめいている。一体、二体、三体、次々と姿を現し、その背後からはさらに数え切れないほどの守衛たちが姿を現した。
しかしその様子は一行を襲いに来たと言うより巡回を行なっていると言う感じでありこちらに狙いを定めている様子は今の所は無かった。
「……おいおい」
シェンが乾いた笑みを浮かべる。
「石像じゃなくて、本物の死体まで出てきやがったぞ」
「いや……あれは死体というだけでもないようです」
エリリーが目を細める。
「氷の魔力で肉体を覆い、その上から死霊系の術式によって身体を動かしているようですね……」
「面倒そうだな」
メリアンダが肩を回す。
「まあ、全部ぶっ飛ばせばいいだけか。……ふっ、アタシがやろうか? すぐに片付けよう」
「メリアンダ殿、随分と簡単に言うのだな!」
カーリーが目を輝かせる。
「実際、簡単だろ?」
「確かに、それもそうだな……」
「納得するなよ!」
シェンの叫びが王墓の中へ響き渡った。
その一方で。死者の一体へ刻まれた術式が淡く輝いた。遠く離れた王墓の中枢区画。壁面に刻まれた古代文字へ杖の光を当てていた小柄な女が、ふと顔を上げる。
「……どうやら、ワシュ領分の連中がもう動き出したようね」
フードの奥で瞳が細められる。
「この先は、私が目的としている転移魔術の核心的な記述が残る中枢区画……。邪魔をされるのは好ましくないわ」
その横で、異様な長躯を誇る大男が氷の仮面を軋ませた。
「クハッ……我らの調査を、あの羽虫程度の弱者どもに遮らせはせん」
大男は背負った巨大な棺へ手を添える。
「ちょうどいい暇潰しだ。俺が出向こう」
「あまり手荒に扱って、この貴重な遺跡の壁画や魔導書を壊さないで頂戴ね」
「分かっている」
大男の口元が歪む。
「壊すのはあいつらの肉体と心だけで十分だ。……じわじわと痛めつけ、極上の肉体を回収してこようじゃないか」
大男は不快かつ獰猛な笑みを浮かべると、背中の巨大な棺を鳴らしながら闇の中へ歩み出した。
「我が霊棺に刻みし術式より命ず──」
冷たい声が暗闇へ響き渡る。
「遠慮は要らん。己の身体を気にせず襲え、死者ども」
その命令に呼応するように、凍りついた守衛たちの身体が一斉に動き出した。
まるで見えない糸に吊られた人形のように首を持ち上げ、凍った眼窩をカーリーたちへ向ける。
次の瞬間。
死者の軍勢が一斉に地面を蹴った。
「来ます!」
「全員、構えろ!」
シェンが双剣を交差させる。ユーグリも剣を構え、エリリーは腰の杖へ手を伸ばした。
「ハハハ! 動く死体に極寒の死界か!」
恐怖どころか、その瞳には爛々とした闘志が宿っている。
「面白い! これぞ探索の醍醐味というもの!」
「だから何で嬉しそうなんですか、あなたは!」
「決まっているだろう!」
カーリーは腰の聖剣カルフォースを一気に抜き放った。
「未知なる敵との戦いだからだ!」
瞬間、墓道を黄金の光が満たした。冷え切っていた空気が震え、周囲を覆っていた氷がぱきぱきと音を立てて崩れ始める。
「来るがいい、死者ども!」
聖剣から溢れ出した黄金の炎が、生き物のように刀身へ絡みつく。
「ウチらの道を阻む者に、容赦はせん!」
迫り来る死者たちを睨み、カーリーは大きく聖剣を振り抜いた。
「──火を散らせ、カルフォース!!」
黄金の聖火が王墓の暗闇を一気に駆け抜けた。
凍てついた墓道を覆っていた冷気を押し退け、無数の死者たちを呑み込むほどの炎が、数千年ぶりとなる戦火を古代の王墓へ刻み込む。
「さて、アタシも出るか」
メリアンダが拳を握る。
「あの火は当たっても大丈夫な奴か? エリリー」
「あ、はい。燃やすべき悪意や邪気だけを燃やす……という話をカーリーから聞いています」
「なら、行くか」
メリアンダが一歩踏み出す。
「……そう言えば、メリアンダさんの武器って何なんだ?」
シェンが双剣を振るい、迫る死者を弾き飛ばしながら問いかけた。
「ああ、そう言えば言い忘れてたね」
エルドラゴンが楽しげに笑う。
「メリー君の武装はね―─」
メリアンダが一歩前へ出る。
その手には武器らしきものは何もない。
「素手と爪だよ。装備なんてものは、服くらいしか身につけない」
「……は?」
言葉を理解するより早く。
メリアンダの姿が消えた、次の瞬間には、死者の群れの只中へと飛び込んでいる。
爆発的な踏み込み、空気を裂く一閃。彼女の手刀が、氷を纏った古代守衛の甲冑を容易く切り裂いた。
強化魔術ではなく単純な魔力によって強化された爪が氷と骨と鉄をまとめて引き裂き、死者たちが次々と砕け散っていく。
「な、素手……!? 素手で敵を鎧ごと!?」
「流石はアンドルネストの実戦魔術教官だな!」
カーリーが黄金の聖火を打ち上げながら歓声を上げる。
「見事な格闘術と魔力制御だ、メリアンダ殿!」
「ハッ!」
メリアンダが鼻で笑う。
「口を動かす暇があるなら手を動かしな」
彼女の手が再び空を切った。
凍てついた死者の軍勢が次々と砕け散っていく。
カーリーの放つ黄金の聖火が墓道を灼熱で包み込み、群がる氷漬けの守衛たちを瞬く間に灰へと変えていった。
だが──。
安堵の息を漏らす暇すら与えられなかった。
打ち払われた死体たちの残骸を押し破るようにして、墓道の奥から濃密な黒い冷気が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
石床に張り付いた氷が一瞬で厚みを増す。
吐き出した息すら凍りつきそうなほどの冷気が肌を刺し、一行の身体を激しく苛んだ。
そして、地鳴りのような足音が響いた、暗闇の帳を割り、一人の男が姿を現す。
あまりにも異様な長躯。過酷な極寒の地に生きるザルガ族特有の、長身と細長い四肢、氷のように滑らかで青白く光る肌、表情を一切覗かせない氷の仮面。
そして、その背には自身の身の丈ほどもある、重厚で禍々しい異形の棺が鎮座していた。
「……弱者どもが群れて騒いでいると思えば」
仮面の奥から、氷の楔を打ち込むような刺々しく低い声が響く。
「まさか、俺の霊棺の呪印で動かした兵卒どもを、こうも容易く散らすとはな」
男は背中の巨大な棺へ手をかける。
そして、ドンッ!!
地響きとともに、鎖で繋がれた棺を石床へ叩きつけた。
「俺はバルダンスプ。魔王軍幹部──『血蝕の魁星』の一角、霊棺のバルダンスプ!!」
その名と同時に放たれた魔力と殺気に、ユーグリが息を呑む。シェンも双剣を握り直し、警戒を最大まで引き上げた。
「魔王軍幹部……! 侵入者の正体は魔王軍であったか!」
黄金の瞳がバルダンスプを真っ直ぐに射抜く。
「ウチはカーリー・ブラッドソード! 古の墓を穢し、死者を弄ぶ不埒者よ!」
聖剣の切っ先を向ける。
「その目的は何だ!?」
「目的、だと?」
バルダンスプは鼻で笑った。仮面の奥から覗く瞳には、冷酷な蔑みしかない。
「貴様らのような羽虫に語る言葉などない、暇潰しとして、貴様らの命を絶つ。それだけの話だ」
棺の表面に刻まれた赤黒い紋様が、青白い魔力を帯びて発光する。
「貴様らの屍も悪くない、特にその聖剣使いと、素手で兵卒共を砕く女、棺に納め、最高の人形にしてやろう。じわじわと凍え、絶望の中で死んでいくといい。
「誰が貴様みたいなボロ切れ男の箱に入ってやるかよ!」
メリアンダの魔力を滾らせた爪が閃き、残った死者の群れを再び薙ぎ払う。
「ウチが絶望だと? 魔王軍幹部バルダンスプよ!」その冷気ごと、ウチの炎で悪しき願いを打ち砕いてくれよう!」
黄金の炎と、バルダンスプが解き放った不吉な氷の冷気が正面から激突した。灼熱と極寒、二つの異なる力がぶつかり合い、王墓の中層全体を揺るがすほどの衝撃波が吹き荒れた。