聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
「と、とりあえず外に出ますか?」
ユーグリが不安げに周囲を見回しながら口を開いた。
先ほどまで激しい戦闘が繰り広げられていた王墓の内部には、未だ濃密な魔力の残滓が漂っている。崩れた石床には無数の亀裂が走り、砕けた術式がそこかしこに散らばり、焼け焦げた壁面からは微かな煙が立ち上っていた。
「待ちたまえ、ユーグリくん。今から急いだところで、間に合うものではないだろう。だが、兎にも角にも奴らがここで何をしたのかを知る必要がある。それに、あの二人がどこへ転移したのかも分からない以上、闇雲に追いかけるのも得策ではないだろう」
エルドラゴンが静かに制すると、シェンも崩れた石床を眺めながら腕を組んだ。
「じゃあ、どうする? 全員で戻るより、何人かに分かれて行った方が早いんじゃないか?」
「そうだな。ここに残る者は王墓内部の状況を確認して。魔王軍が調べていたであろう術式や、利用した経路も調査する必要があるだろう」
「うむ。では、何名かは地上へ向かうとしようか」
足元へ視線を落とす。そこにはセグナが利用した赤い術式の残骸が残っており、複雑に絡み合った魔力の線が未だ弱々しく明滅していた。
「特にセグナが利用していた魔力経路だ。転移術式を再構築するために、この王墓の術式構造を利用していたのなら、何らかの痕跡が残っている可能性が高い」
「……分かりました。そうしましょう」
ユーグリが頷く。
その隣で、エリリーはじっと床を見つめていた。
「……転移術式の痕跡」
小さく呟いた彼女の目が、僅かに輝く。
古代の王墓に残された、現代では失われた魔術構造。そして、その構造を利用して強引に再構築された転移術式。セグナが持ち去ったのは、単なる魔術書の記述だけではない。この遺跡そのものが、彼女や魔術師たちにとって一つの巨大な魔術資料だったのだ。
「エリリー殿、どうした?」
「いえ、何でもありません」
そう答えながらも、エリリーの視線は床に残された赤い光の跡から離れない。
「……何でもない顔じゃないぞ」
シェンが呆れたように言うと、エリリーは僅かに顔を上げた。
「いえ、だって古代の転移術式ですよ? しかも現代では失われている術式構造を、この王墓に残された魔力経路を使って一時的に再構築したんです。どこをどう繋いで、どこを省略して、どうやって術式として成立させたのか……確認しない方が勿体ないでしょう」
「やっぱりそれか」
「エリリー君らしいねー」
シェンとエルドラゴンが揃って苦笑すると、カーリーが肩へカルフォースを担ぎながら口を開いた。
「では、誰が残るか決めるとしよう。先ずウチは外に出て、魔王軍の奴らを追いかけ──」
「待ってくれ、カーリーくん。迅速な古代文字の調査に君は必須だ。とにかく君がいれば効率は段違いになるのは間違いない。だから……メリー君、頼めるかな?」
「了解した。近くに来ているであろうワシュ領分の者達に、現状と把握している情報を伝えておく」
メリアンダが頷き、腰に手を当てながら周囲を見回した。
「それに、こいつら二人も連れていけばいいんだろう?」
「うん、それで良い。ユーグリくんとシェンくん。君達は戦闘で消耗しているだろう? 戻った方が良い」
「それは……そうだが」
シェンが自分の腕を見下ろす。
王墓へ入ってからバルダンスプの冷気をまともに受けたことで、身体には僅かな痺れが残っていた。双剣を握る手にも、先ほどまでの鋭さはない。
「確かにそうですね。援護でも僕の魔術と、あの冷気は少し相性が悪かったみたいで……それに、ここから先でまた戦闘になったら、足手まといになる可能性もあります」
「よし、決まりだ。メリー君、この二人を頼んだよ」
「任せろ」
メリアンダがエルドラゴンの言葉に頷くと、ユーグリとシェンへ視線を向けた。
「ほら、二人とも。立てるなら今のうちに行くぞ。外に出ればワシュ領分の連中とも合流できるはずだ」
「はい」
「分かった。……ただ、カーリーは本当に残るのか?」
シェンが振り返る。
「うむ、ウチは此処の調査に必要らしいからな。要請通り協力するさ」
「そうか。なら、俺たちは先に外へ向かう」
「エルドラゴンさん、エリリーさん、カーリーさん。気をつけてください」
「君もな、ユーグリくん。無理はせず、地上へ戻ったらまず身体を休めるんだ」
「はい」
ユーグリが頷く。
メリアンダを先頭に、ユーグリとシェンが王墓の出口へ向かって歩き始める。三人の足音が崩れた石造りの通路へ響き、やがて暗闇の向こうへと遠ざかっていった。
その音が聞こえなくなると、エリリーは改めて床へしゃがみ込んだ。
「さて……」
彼女は砕けた術式の一部へ手を伸ばしたが、触れる寸前で指を止める。
「エリリー殿、どうした?」
「いえ、下手に魔力を流したら、残っている術式が再起動する可能性がありますから。もう少し様子を見ようかと」
「なるほど、慎重になったね、エリリー君」
「失礼ですね。私はいつだって慎重ですよ」
そう言いながらも、エリリーの目は完全に研究者のそれになっていた。
その時だった。
シュル……シュルシュル……。
王墓の奥から、何かを擦るような音が聞こえてきた。
エリリーが顔を上げ、カーリーとエルドラゴンも同時にそちらへ視線を向ける。
「……何だ?」
「足音……いや、違うな」
エルドラゴンが耳を澄ます、音は一定の間隔で続いていた。石床を踏む音ではない。乾いた布が地面を這い、擦れ合っているような音だった。
「シュル……シュルシュル……」
「────」
カーリーがカルフォースへ手を添えた。
「どうしました、カーリー?」
「いや、声がしたんだ」
「声?」
「あぁ。向こうからだ。誰かいる」
カーリーはそう言うと、エリリーの制止を待たずに暗闇へ歩き出した。
「え、ちょっと、勝手に行かないでください!」
エリリーも慌てて後を追い、エルドラゴンも警戒しながら二人に続く。
やがて、崩れた柱の陰から再び音が聞こえた。
シュル……シュルシュル……
「────」
「そこかっ!」
カーリーが踏み込み、カルフォースを抜き明かりを灯した。黄金の聖火が暗闇を照らす、そこにいたのは人間でも魔獣でもなかった。
「……布?」
エリリーが目を見開く。
そこには、長い一枚の布、包帯の様な物であった。
古びた人型をした布地は床を擦るように動き、その裏面には無数の術式がびっしりと刻み込まれている。長い年月の中で繊維が解けた部分からは、布の向こう側ではなく、まるで空間そのものが抜け落ちたかのような虚空が覗いていた。
それは風もないのにゆっくりと揺れ、まるでこちらを観察するかのように動いていた。
「生物……では、ない? バルダンスプのものとは違う動くミイラか?」
エルドラゴンが目を細める。
「いや、コイツ喋った。しかし何だ」
その言葉に反応したかのように、布へ刻まれた術式が一斉に淡く輝いた。
解けた繊維の向こう側から、何かがこちらを覗き込む。
「────」
『中身が無いのに何故、意志があるかのように喋るのだ貴殿は』
布が大きく波打った。
「えっとカーリー今、目の前のミイラ? はなんて?」
「我が王の墓に何用だと」
「つまり、このミイラは数千年前の」
「あぁそうか……とりあえずカーリーくん。会話を試みてくれ」
「了解した『貴殿の名は?』」
『ヘキサム、鬼子にして大王の忠臣、その残影なり』
『鬼子、残影、つまり本人ではないと』
『肉はとうに朽ち果てた、なれど我が意志はこの布地に転写され蠢く事が出来る』
『意志を転写?』
カーリーが首を傾げた。
その様子を見て、エリリーが思わず口を挟む。
「どうしました、カーリー? 何か理解しかねている顔をしていますが」
「うむ。確かにそうだ。今聞いたことを話す」
カーリーは布を指差しながら、聞き取った内容をエリリーとエルドラゴンへ伝えた。
「ヘキサムという名前で、鬼子……これは種族名、元は鬼種であったのでしょう。そして大王の忠臣を名乗っている。それにこの布は自分は本人ではなく、残影だと」
「意志を布へ転写して、永久に生きる守衛を創り上げた訳だ……いや、面白い試みだが。良く自壊してないな人の精神という不安定なものを転写する以上、途中で耐えきれなくなって自壊してもおかしくないのに」
『改めて問う、汝らの要件は何ぞや』
『この王墓の調査だな』
『なるほど、前に来た二人と同じか。ならば良い。それと此処の破損は何れ戻る、だから気にしておらん』
『ほう、了解した。ではヘキサム殿。貴殿の役割は何なのだ?』
『情報の保管と王墓の守護』
『……なるほど、して何故我々に声をかけたのだ?』
『争いを察知し様子を探っていた、王墓が大破するようなことは無いと予測していたから間に入ることはしなかった、そして汝らが残ることを理解し、真意を確かめることにした汝の聖剣は警戒に値するものでもあるのでな』
『カルフォースが?』
『その様な名か長い刻の中で必要な記憶以外は肉と共に喪われた、そうそのカルフォースという剣は更に火が強まれば修復が不可能になりかねない』
『更にか、更にか、今は無理だぞ』
『確かにな、あの棺の男に冷気に抗する程度の火力では足りんだろう』
『……少し気にしているところをつくな』
『肉があった頃の癖やも知れん。では私は去るとしよう』
『ちょっと待て去る前に今の情報を再び、この二人に共有させてくれ』
『……では、待とう』
カーリーは一息つくと、ヘキサムから聞いた内容をエルドラゴンとエリリーに一つ残さず伝えた。
「なるほど、つまりは警告の為に現れたんですね」
「しかし、不思議な存在だし化け物じみた精神力だな。それともこの術式の完成度が高いのか……それに遺跡自体に自己修復の術式と魔力経路が存在するのか!」
エリリーは目を開き、崩れた床や壁をまじまじと見つめた。
「だからセグナは、失われた転移術式を咄嗟に起動させることができたんですね。 彼女は遺跡の『自己修復機能』の魔力経路と遺っていた転移術式を乗っ取り、転移に必要なエネルギーと構造に変換したんですよ!」
「素晴らしい洞察だね、エリリー君」
エルドラゴンが感心したように頷き、浮遊する布地ヘキサムへと一歩歩み出た。
「ヘキサムに質問したいんだがカーリーくん良いかな?」
「あぁ構わないぞ」
『この王墓に有るものを説明してくれないか』
ヘキサムの身体を形作る布が、風もないのに大きく揺れた。
『有るもの、か。では、何から話すべきか……』
淡々とした声が王墓の奥へ響いていく。
『この王墓には、大王が生前に集めた知識が眠っている。武具、魔術、薬、異種族の記録、そして王墓そのものを維持するための術式だ。だが、それらは全てが同じ場所に保管されているわけではない』
『知識そのものが、王墓の各所に分散している?』
『そうだ。大王は一つの場所へ全てを集めることを嫌った。王が死んでも、王の知識まで一つの棺に閉じ込められるべきではない、と』
『「なるほどな』エルドラゴン殿、少し説明するぞ」
「つまり、この王墓そのものが大国の知識を遺す為の保管庫というわけか」
「そういうことなら、話は簡単ですね」
エリリーが立ち上がった。
先ほどまで疲労を滲ませていた顔には、既に隠しきれない好奇心が浮かんでいる。彼女は崩れた通路の奥へ視線を向けると、散らばった術式の一つを避けながら歩き出した。
「せっかく現代では失われた魔術構造が残っているんです。しかも、自己修復機能まで生きている。だったら、調べない理由なんてありませんよ」
「随分と元気になったな、エリリー殿」
「研究対象を目の前にして疲れている場合ではありませんから」
カーリーが呆れたように笑う一方で、エルドラゴンは小さく息を吐きながら二人の後を追った。
『では、ヘキサム殿。案内を頼めるかな?』
『無論だ。王墓を知ることを望むなら、我が知る限りを語ろう。しかし、だ。不埒な輩を追い払う仕掛けも此処にはある。気をつけることだろうな』
布の身体がふわりと浮かび上がり、王墓の奥へ向かってゆっくりと進み始める。
その後をカーリーが歩き、エルドラゴンとエリリーも続いていく。黄金の聖火が暗い通路を照らすたび、崩れた壁の奥から古びた文字や術式が姿を現し、長い年月の中で眠り続けていた王墓の秘密が、少しずつその姿を覗かせていった。
そして四人は、古代の王が残した知識が眠り、魔王軍幹部達も踏み込み得た叡智を求め、さらに深い場所へと足を踏み入れていった。