聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
ヘキサムの浮遊する布地が先導し、一行は王墓のさらに奥深くへと進んでいった。
奥へ進むにつれて、周囲の建造物は次第にその様相を変えていく。
先ほどまでの崩落した無機質な石造りの通路とは異なり、壁面には青金色の古代金属がびっしりと埋め込まれ、その内部を走る幾重もの術式が、まるで脈動するかのように淡い青銀の燐光を放っていた。
空間そのものが、息を呑むほど高密度の魔力で満たされている。
肌を優しく撫でるように流れていく魔力の奔流は、まるで自分たちが巨大な生命の体内、その心臓部へと足を踏み入れたかのような錯覚すら覚えさせた。
「想像以上に深いな。この階層の魔力密度、地上とはまるで桁が違う」
エルドラゴンが周囲を見渡しながら呟く。
「うむ。迷宮フルムに勝るとも劣らぬ威容よ。空気そのものが魔力で重たく感じるほどだ」
「無限変形迷宮についても、いつか解明したいものですよ。まぁ、今は目の前にある、この王墓の謎のほうが優先ですが」
エリリーは瞳を輝かせながら、壁面を走る複雑な回路を追っていた。
そんな彼女を横目に、ふとカーリーが聖剣の柄へ手を置き、素朴な疑問を口にする。
「しかしだ。ウチらは先ほどから王墓、王墓と呼んでいるが……肝心の大王とやらの名前は何なのだ?」
「え?」
エリリーが足を止め、信じられないものを見るような目で振り返った。
「ん? まさかカーリーくん、知らないのかい?」
「知らん。そもそも、ウチが昔仕えていた王国の祖王の名すら、実のところよく覚えていないからな!」
「それはそれで騎士としてどうなんですか……」
エリリーは心底呆れたように肩を落としたが、それでも教師のような口調で説明を始めた。
「炎雄王フェル・ゼルですよ。精霊帝ウィルグリム・クリスト・アルバトロンと共にカタルシオン大陸を平定し、覇王としてカタルシオン帝国の一角であるグレイラントに封ぜられた、歴史に名を刻む英雄にして王です。そして何より、カーリーが持つカルフォースの使い手の一人でもあります」
「そうだった、そうだった! いやあ、うっかりしていたな。忘れないようにせねば!」
「そこは一番覚えておいてくださいよ……」
あまりにもあっさりした返事に、エリリーは大きな溜め息を吐き、額を押さえた。
「まぁ、ここに眠る王は、そのフェル・ゼル王の時代や千國時代よりもさらに古い。神代の末期に、この熱砂の地を支配していた王様だ。年代で言えば、以前我々が足を踏み入れた古代巨人都市国家が築かれた時代に近いね」
「ふむ。それで、その偉大なる王の名は?」
『──大王の名は、アテル・メネス』
その問いに答えたのは、一行の先頭をゆらりと漂っていたヘキサムだった。
浮遊する包帯状の布地が静かに振り返る。その表面に刻まれた古代文字が、意思に呼応するように淡く輝いた。
『かつて広大な熱砂の全てを束ね、世界中の数多の知識と秘宝を蒐集し、後世へ残そうとした絶対なる王。その名こそ、アテル・メネスである』
「アテル・メネス……」
カーリーは、その厳かな名を口の中で何度も反芻した。
「聞き覚えはありませんか?」
「無いなぁ。サクリエル卿に聞かされた童話にも出てこん名だ」
「当時は間違いなく、この地方最大級の勢力を誇る王だったのですよ? 数千年間生き続けた巨人の王、ダンダラ・ゴゼフ王の勢力が衰え始めた時期とはいえ……神代の巨人王と、その巨兵軍団と対等以上に渡り合った戦力を有していたそうです」
「ほう! それは聞くだけでも人外魔境だな! もし時代が合えば、ウチも一度その軍勢と刃を交えてみたかったが」
カーリーが豪快に笑うと、ヘキサムの布地が小さく波打った。
『聖剣使いと言えど、単騎で軍勢の相手を語るか。剛毅な者よ』
「なに、相手が強大であればあるほど、打ち倒す甲斐があるというものだ!」
『……なるほど。勝敗よりも、剣を交えることそのものに価値を見出すか』
ヘキサムの布地が、感心したようにゆるやかに揺れる。
そのやり取りを横に、エルドラゴンは記憶の片隅に残る記録を思い返していた。
「アテル・メネス王の軍勢は、単に数や武力に優れていたわけではない。多種多様な種族を取り込み、それぞれの特性を生かした軍団を編成していたと伝えられている。巨人族の巨兵に対抗するための大型兵器や、強大な魔力を持つ術者たちも揃えていたそうだ」
「形としては、聖典省の勢力に近いのだな」
「確かにね。まぁ、神殿守護たちと違って、積極的に侵略を行っていた記録も残っているけど」
エルドラゴンの言葉に、カーリーは少し考え込むようにヘキサムを見た。
『では、ヘキサムよ。貴殿から見た、貴殿の王とはどのような御方だったのだ?』
『王への印象、か。そうだな。王は戦の勝利のみを求める者ではなかった。力ある者を集め、知恵ある者を招き、時には敵であった者の知識さえも取り入れた。全ては国を強くし、民を富ませ、より多くの叡智を集めるためである』
「……つまり、この王墓はアテル・メネス王、そのものの集大成でもあるということか」
『然り』
ヘキサムの布地が静かに揺れる。
『大王は、知識が失われることを何よりも惜しまれた。ゆえに、此処にあるものを全て知ろうとするならば、相応の時を要するであろう』
「ふむ! ならば、時間をかけてじっくり見て回るとしよう!」
カーリーの快活な声が、青銀の燐光に満ちた通路へと響き渡る。
「まぁ、外にメリー君たちを待たせているから、今はそんなに時間を取れないけどね。とりあえず、転移魔術についての記録と、セグナやバルダンスプが集めた知識を把握したら、上へ戻るとしようか」
「そんな、エル先生……」
エリリーが名残惜しそうに声を漏らす。
「エリリー君、仕方無いだろう。魔王軍幹部が得た知識によっては、軍略や対策魔術の見直しが必要になる案件なんだ。事態は急を要する」
「うぐっ……。確かに、そうですね。先生のおっしゃる通りです。名残惜しいですが、今回は魔王軍の目的と、セグナたちが持ち帰ろうとした情報の全貌を把握することが最優先です……ね」
そう言って大きく息を吸い込み、自らの気持ちを落ち着かせるように頭を振る。
だが、その瞳から好奇心の光が消えたわけではない。
彼女はすぐさま手帳を取り出すと、青銀の燐光を放つ壁面へ視線を向け、複雑に絡み合った術式構造を素早くスケッチし始めた。
「……エリリー殿は新たな知識に、いつも心を奪われておるな」
「当然でしょう!」
カーリーの呟きに、エリリーが即座に顔を上げる。
「こんなものを目の前にして、研究者が平静でいられるほうがおかしいですよ!」
「エリリー君、今は調査が目的だからね。持ち帰る資料を選別することも忘れないように」
「分かっています!」
そう答えながらも、エリリーの手は止まらない、その様子を見て、カーリーは愉快そうに笑った。
「ははは! まぁエリリー殿が楽しそうで何よりだ。けど、節度は大事だぞ?」
「カーリーにだけは言われたくありません!」
一行の声が静かな回廊に響き、やがて再び歩みが始まった、ヘキサムの導きによって辿り着いた巨大な扉の前で、一行は足を止める。扉には円環状に無数の古代文字が刻まれていた。ヘキサムが漂う布地を揺らしながら告げる。
『此処があの者共が欲し、手に入れた記録は、この扉の奥に納められている場所だ』
「つまり、アレのある場所なのだな!」
「ここが、魔王軍の狙いだった転移魔術の眠る場所……」
エリリーは手帳を一度閉じ、目の前にある巨大な術式盤を見上げて息を呑んだ。
「うむ、では開けよう。中に何が入っていようと、魔王軍にだけ勝手させるわけにはいかんからな。エリリー殿、エルドラゴン殿、良いな?」
「はい、お願いします」
カーリーが扉の表面に触れると、古代文字が連鎖するように一斉に輝きを増した。
重苦しい機械音のような駆動音が響き渡る。
──ゴゴゴゴ……ッ!!
ゆっくりと、しかし確実に巨大な扉が左右へスライドし、その内部の全貌が姿を現した。
扉の奥に広がっていたのは、広大な円形の魔術工房のような空間だった。
中央には宙に浮く青金色の球体が静かに回転しており、その周囲を取り囲むように、無数の光の書簡や石板が整然と並んでいる。
空間全体が、まるで星図のように美しく、そして厳かな光を放っていた。
「これは……美しい……」
エリリーは圧倒されながらも、研究者の血を騒がせて一歩前に踏み出す。
「見えますか、エルドラゴン先生。あの中心にある球体に……!」
「ああ、間違いない。セグナやバルダンスプが欲した『古代の転移魔術』の真髄、そしてアテル・メネス王が残した叡智の一つだ」
エルドラゴンは険しい表情を緩めながらも、慎重に足を踏み入れる。
「しかし、ただの書庫ではないな。周囲の魔力回路が未だに正常に機能している。不用意に触れれば、どのような罠が発動するか分からん。慎重にいこう」
『案ずるな。此処は知識を蓄える場所であって、害する場所ではない。だが……』
ヘキサムがわずかに浮遊の高さを変えた。
『あの者共が荒らしていった痕跡や、外部から持ち込まれた魔力の歪みが、この空間の一部に干渉している可能性はある。十分に注意するが良い』
「なるほど。セグナが強引に転移魔術を奪った余波が、この内部のシステムにも影響しているかもしれないということか」
エリリーは早速手帳と魔導筆を構え、中央の青金色の球体から放たれる光の記録を解析し始めた。
その瞳に浮かぶのは、未知なる知識を前にした研究者としての純粋な興奮だった。
だが──。
王墓の奥でアテル・メネスの叡智に触れようとしている彼女たちとは別に、すでに一つの影が砂海を抜けようとしていた。
視点は、王墓から遠く離れた場所へと移る。
そこにいるのは、ガルサ・ワシュから逃げ延びた万骨のセグナ。そして彼女が抱えているのは、ただ一つ。アテル・メネスが遺した古代の転移魔術、その核心へ至るための知識だった。