聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
王墓を出た一行が、砂漠の風を受けながら帰路を進んでいくと、やがて岩場の陰に待機していた人影が見えてきた。
先行してユーグリとシェンを連れ出していたメリアンダをはじめ、ワシュ領分の兵士たちが一行の帰還を待っていたのだ。周囲には負傷者の手当てに使われた道具や、戦闘の後始末に用いた荷物がまとめられており、彼らもまた、ここで起きた戦いの余波を受けていたことがうかがえた。
「お、戻ってきた! お前たち、無事だったか!」
こちらに気づいたシェンが声を上げ、ユーグリもほっとしたように表情を緩めた。
「エリリーさん、カーリーさん。お怪我はありませんか?」
「うむ! ウチらはこの通り、元気そのものだ! 」
そうして、メリアンダは彼女たちの様子を確かめると、すぐにエルドラゴンへと視線を向けた。
「よし情報を共有しよう。こちらは先ほど、ワシュ領分の方々と情報を整理していた。アタシからは、王墓の内部で魔王軍幹部二名と交戦したこと、そして転移魔術に関する知識を敵が持ち去った可能性について、すでに報告を済ませてあるわ」
「そうか。こちらも、得られた情報を共有しよう。だが、その前に……」
エルドラゴンは一度周囲を見渡し、集まった者たちの顔を確かめた。
「今回の戦いについて、ワシュ領分の方々からも話を聞いておきたい。どうやら外に出た魔王軍幹部のセグナとバルダンスプと交戦したようだしね」
その名が出ると、ワシュ領分の兵士たちの間にわずかな緊張が走った。彼らは互いに目配せを交わした後、その場にいた一人が代表するように前へ進み出た。
「万骨のセグナについては、王墓から逃げ延びたことが確認されています。しかし、もう一人の魔王軍幹部、霊棺のバルダンスプについては……ガルサ様が率いる騎兵隊との戦闘の末、討ち取られたものと判断されています」
「おおっ! そうか、あの霊棺の大男を討ったのか!」
カーリーが思わず声を上げた。彼女もまた王墓で魔王軍幹部の力を目の当たりにしている。敵の強さを知っているからこそ、その一人が倒されたという報告には驚きを隠せなかった。
「一人は討てた、というわけか。うむ、それは良い報せだ!」
拳を握り、満足そうに頷いた。魔王軍幹部を二人とも取り逃がしたわけではない。その事実は、今回の戦いにおいて得られた数少ない戦果の一つだった。
ただし、喜びに浸っていられる状況ではないことも、彼女は理解していた。
「だが、セグナは逃げ延びたのだな。しかも、王墓にあった転移魔術の知識を持ち帰った可能性がある……だったか?エリリー」
「ええ。私たちが確認できた範囲では、彼女は転移魔術を成立させるための情報を、かなりの量持ち出したようです。完全な術式をそのまま持ち帰ったのか、それとも再構築に必要な理論や構造を得たのかまでは、まだ断定できませんが」
エリリーが説明すると、周囲の空気が引き締まった。
バルダンスプを討ち取れたことは大きな成果だ。しかし、セグナが持ち帰った知識の価値は、それを単純に埋め合わせられるほど小さくはない。古代の転移魔術が魔王軍の手で再現されれば、戦場における距離や地形の意味が大きく変わってしまうからだ。
「うーん。そうか敵の幹部を一人討ち取ったとしても、残った者がそれ以上の成果を持ち帰ったのであれば、素直に勝利とは言い切れないよな」
横でシェンは腕を組んで難しい顔で唸る。
「ま、そういうことだね。だからこそ、我々が王墓で何を確認したのか、どこまでの情報を持ち帰れたのかが重要になる」
エルドラゴンが応じると、メリアンダが待っていたとばかりに一歩前へ出た。
「それで、エル。王墓の奥で見つけた転移魔術の術式は、どのようなものだった? アタシが内部で見た限りでは、セグナは単に古代の魔術を発動させただけではなかった。王墓の魔力網を利用して、何かを強引に成立させたように見えたが」
「ああ、その認識で間違いないだろう。エリリー君たちと確認した記録によれば、あの王墓には転移魔術の仕組みを維持するための大規模な魔力回路が存在していて、それで──」
エルドラゴンは説明しながら、エリリーへと目を向けた。
「詳しい術式構造や、セグナが持ち去った可能性のある情報については、エリリー君が記録を取っている。私から概要を説明することはできるが、細部については彼女の解析を交えて話したほうが正確だろう」
「はい。まだ完全に解読できたわけではありませんが、転移先の座標を固定する理論と、接続を維持するための魔力経路については、ある程度の記録を確保できました。それから、強制的に接続を成立させた場合に生じる魔力の歪みについても、重要な記述が見つかっています」
エリリーは手帳を開き、書き込んだ内容を確かめながら続けた。
「ただし、セグナが持ち帰った情報と、私たちが王墓で確認した記録が完全に一致するとは限りません。彼女がどこまで理解し、何を持ち帰ったのかによって、魔王軍が転移魔術を再現できるまでの時間も変わってくると思います」
「つまり、敵がすぐに転移魔術を使えると決まったわけではないが、使えないとも言い切れない、ということね」
「その通りです、メリアンダさん」
エリリーが頷くと、メリアンダは腕を組んだまま考え込んだ。
「分かった。ならば、術式の詳細と、実用化するうえでの問題点を優先して聞かせて。魔王軍がどの程度の技術を手に入れたのかを判断できなければ、こちらも対策を立てられないもの」
「もちろんだ。私も、今回の件は早急に整理しておく必要があると考えている」
エルドラゴンは落ち着いた口調で答えたが、その表情は険しかった。
転移魔術がもたらす戦術的な脅威は、決して軽視できない。敵が遠く離れた地点へ兵力を送り込めるようになれば、これまでの防衛線や要塞の配置だけでは対応できなくなる恐れがある。しかも、セグナが手にした知識が古代の技術を再現するためのものならば、現代の魔術師たちが想定している転移魔術とは、根本的に異なる仕組みが用いられる可能性もあった。
エリリーは手帳を閉じると、改めて周囲の仲間たちを見渡した。
「ここで得た情報を整理し、魔王軍が転移魔術を再現するために何を必要としているのかを考えましょう。セグナがどれほどの知識を持ち帰ったのかは分かりませんが、少なくとも、私たちには王墓で確認した記録があります。それを手掛かりにすれば、敵が次に何をしようとしているのか、予測できるかもしれません」
「まずは分かっていることと、まだ分からないことを分けるべきだろうな。推測だけで動くわけにはいかないし帝国魔術師団に報告にするにしても根拠と説得力がいる」
メリアンダが同意し、エルドラゴンも頷いた。
話し合いがひと段落すると、周りのワシュ領分の兵士たちも張り詰めていた表情をわずかに緩めた。彼らにとっても、王墓での戦闘は決して軽い出来事ではなかったのだろう。負傷者の手当てを続ける者もいれば、使い終えた道具を荷車へ積み直す者もおり、それぞれが帰還に向けて動き始めていた。
「皆さんも大変だったようですね。負傷された方々の容態はどうですか?」
エリリーが尋ねると、兵士は少し驚いたように顔を上げ、それから丁寧に頭を下げた。
「お気遣いありがとうございます。幸い、命に関わる傷を負った者はおりません。ガルサ様が敵を引き受けてくださったおかげで大した被害は……」
「そうか。ならば、まずは無事に帰ることが大切だな! 戦いに勝ったとしても、帰れなければ意味がないからな!」
カーリーが胸を張って言うと、兵士たちの間から小さな笑い声が漏れた。
「聖剣使い殿にそう言っていただけるとは、心強い限りです。王墓での戦いについても、我々の力が及ばぬ相手を食い止めてくださったと聞いております」
「いやいや、ウチだけの力ではないぞ。エリリー殿もエルドラゴン殿も、メリー殿たちも、それぞれが力を尽くしたからこそだ!」
あまりに迷いのない返答に、兵士は一瞬目を丸くした後、今度は先ほどよりも自然な笑みを浮かべた。
「なるほど。仲間を大切にされているのですね」
「当然だ! 仲間がいるからこそ、ウチも存分に剣を振るえるのだからな!」
その言葉に、エリリーは少し照れくさそうに視線を逸らし、シェンは肩をすくめた。
「カーリーは、こういうときだけは本当に格好いいんだよな」
「こういうときだけとは何だ、シェン!」
再び笑いが起こり、周囲に漂っていた重苦しさが少しずつ薄れていく。
やがて兵士たちは、帰還の準備が整ったことをメリアンダへ報告した。彼女は一行を見渡してから、軽く手を叩く。
「よし、それじゃあ出発しよう。まだ報告も残っているし、ここでいつまでも立ち話をしているわけにもいかないからね」
「承知しました。皆、出発の準備を!」
兵士たちが一斉に動き出す中、カーリーは彼らへ向かって大きく手を振った。
「皆、帰り道も気を抜くなよ! 無事に帰り着くまでが戦いだからな!」
「もちろんです、聖剣使い殿」
返ってきた力強い声を聞き、カーリーは満足そうに頷く。
帰還の列が整い、荷車がゆっくりと動き始めた。砂漠の風は相変わらず乾いていたが、王墓を出たときに感じていた緊張は、仲間たちの声とともに少しずつ和らいでいた。
「……」
「どうしたんだい、メリー君?」
黙って考え込んでいたメリアンダに、エルドラゴンが声をかけた。
「いや、これからのことを考えていてな。まずはアンドルネストに戻り、今回の件を帝国へ報告するつもりだが、その前に校長へ連絡しておく必要がある。校長を通せば聖典省にも話が届くだろうし、神殿守護たちにも対策を伝えられるはずだ」
「まあ、その前に転移術式を乱したり、妨害したりする術式を用意するのが急務だろうけどね。おそらく、転移術式を復元するよりも、こちらの方がずっと早く済むはずだし」
「だろうな。相手がどこまで知識を持ち帰ったのか分からない以上、悠長に構えているわけにもいかない。転移術式を完全に復元される前に、少なくとも自由に使わせない手段は確保しておきたいところだ」
メリアンダの言葉に、エルドラゴンも頷いた。王墓に残されていた記録を写し取ることはできたが、それだけで古代の転移術式を完全に理解できたわけではない。セグナが持ち去った知識も、どこまでが復元に必要なものなのか、現時点では推測するしかなかった。
「ただ、妨害するにしても、相手の術式がどんな構造をしているのか分からないとね。下手に干渉して、こちらの術式まで巻き込まれたら目も当てられない」
エルドラゴンは荷車の揺れに合わせて体勢を直しながら、そう付け加えた。
「転移術式は、単純に遠くへ移動するための魔術じゃない。空間の接続先を定め、座標を固定し、そこへ通路を成立させる。古代のものとなれば、私たちが普段使っている転移魔術とは根本から違う可能性もある。術式の一部を崩せば止まるのか、それとも別の経路を使って補正されるのか……そこも調べる必要があるわ」
「つまり、妨害するためにも研究が必要ということか」
「そういうこと。まあ、幸いにも王墓の記録は持ち帰れたし、何もないところから始めるよりは、ずっとマシだよ」
エルドラゴンが荷車の前方へ視線を向けると、そこには帰路を進むカーリーたちの姿があった。
「まあ、あの子たちにはあまり関係のない話さ。冒険者として活動しているうえに、拠点も帝国の管轄外にあるバシニウスだからね」
「だが、数か月前には魔王軍の四天王が現れたと聞いたが?」
メリアンダが指摘すると、エルドラゴンは小さく首を振った。
「逆だよ。四天王がそう何度も、侵略する価値の低い土地にまで足を運ぶ可能性は低い。仮に来たとしても、幹部以下ならカーリーくんの敵じゃないだろう?今回みたいに二人も来たら分からないけどね」
その口調には、カーリーに対する確かな信頼が滲んでいた。
「……相変わらず、あの子の評価は高いな」
「実際、あの聖剣使いは規格外だからね。もちろん、相手が四天王ともなれば話は別だろうけど、少なくとも並の魔族に遅れを取るような子じゃないさ。後なんだかんだエリリー君も伸びてるし、シェンくんやユーグリくんも弱くは無いしね」
エルドラゴンはそう答えながら、前方を歩くカーリー達の背中を眺めた。
王墓での戦いを経て、彼女が何を考え、何を決意したのか。傍目にはいつもと変わらない足取りでも、その胸の内には確かな変化が生まれているのかもしれない。
「それに、あの子たちにはあの子たちなりの事情がある。帝国や聖典省が対処すべき問題まで背負わせる必要はないだろうさ」
「そうだな。もっとも、向こうから厄介事が転がり込んでくる可能性までは否定できんが」
「ははっ、それは否定できないね」
メリアンダの言葉に、エルドラゴンは苦笑した。けれど、彼女はまだ知らない。バシニウスへと戻ったカーリーが、いったいどのような行動に出るのか。そして、その行動がやがて帝国と魔王軍領の双方を震撼させる事態へと発展することを。
それは、聖剣使いの少女が己の力と向き合い、さらなる高みを目指して踏み出した一歩にすぎなかった。
しかし、その一歩が引き起こす波紋は、彼女たちの想像を遥かに超えて広がっていくことになる。