聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
それから数日をかけて一行は無事に自治都市バシニウスへと帰還した。
ワシュ領分での戦いに続き、古代の知識が眠る王墓の探索まで終えた一行は、ようやく慣れ親しんだ拠点へと戻ってきた。負傷の手当てや装備の点検、持ち帰った情報の整理など、それぞれに片付けるべきことは山積みだったが、ひとまず大きな危機を乗り越えたと言っていい。誰もが多少なりとも休息を必要としていた。
もっとも、全員がすぐに休めたわけではなかった。
帰還して間もなく、カーリーは次の行動を決めていた。その目的を聞かされた仲間たちは、揃って困惑を隠せずにいた。
「あの、カーリー。本当に向かうんですか?」
「ああ、行く。戦う必要がある」
「いや、無いだろ」
「そうです。自殺行為ですよ」
シェンとユーグリが口々に反対する。錬金術に加えて転移魔術の研究にも着手したいエリリーも、強く反対こそしなかったものの、できればもう少し待ってほしいという顔をしていた。
彼らの反応はもっともだった。これから向かおうとしている場所は、腕試しや気晴らしに訪れるような場所ではない。
神造遺構フルム。その中層深部にあたる五十五層から六十層にかけては、強大な一体の龍種が棲みつく領域だった。
迷宮に根を下ろした龍種は三体。迷宮龍ラビキリアス、水龍セレスティナ、そして風龍バエルスである。いずれも並の魔物とは比較にならない力を持ち、広大な迷宮の中で、それぞれが絶対的な存在として君臨していた。
その中でも、今回カーリーが目指しているのは風龍バエルスの縄張りだった。
「だがな、今まで以上の相手を打ち倒すには、ウチはもっともっと強くなりたいんだ」
カーリーは腰に携えた聖剣へ手を添え、仲間たちを見回した。
「だから──ウチは龍を落とす!」
あまりにも堂々とした宣言に、エリリーはまたとんでもないことを言い出したと呟き、シェンは頭を抱え、ユーグリは困ったように目を伏せた。
もちろん、ただ強敵と戦いたいというだけではない。王墓での戦いを経て、カーリーは己の力に足りないものがあると自覚していた。
聖剣に宿る黄金の聖火は、これまで幾度となく彼女を助けてきた。敵を焼き払い、邪悪を退け、どれほど不利な状況でも道を切り開いてくれた力だ。今のカーリーにとって、それは疑いようもなく頼れる力だった。
しかし、聖火の城の目覚め。古き存在たちが語った言葉で垣間見えた聖剣の真価。それらを思い返すたび、カーリーの中では一つの結論が出来始めていた。
今まで以上の敵と渡り合い、仲間を守り抜くためには、自分自身がさらに強くならなければならない。そのために彼女が選んだのが、龍種との戦いだった。
そして現在、一行は神造遺構フルムの中層、五十五層から六十層へと続く領域に足を踏み入れていた。
迷宮の奥へ進むにつれて、周囲の様子は少しずつ変わっていった。通路を行き交う魔物の姿は減り、代わりに壁や床の至るところに、強大な存在が通った痕跡が残されている。岩盤には鋭く抉られた傷が走り、天井の一部は大きく崩れ落ちていた。
それでも、道中で襲い来る魔物たちは、もはやカーリーの聖火の敵ではなかった。
魔物が姿を現すたび、赤銀色の聖剣が黄金の輝きを放つ。刀身から溢れ出した炎は、獲物に食らいつくように魔物の身体を包み込み、その力を瞬く間に焼き尽くしていった。抵抗する間もなく灰へと変わった魔物たちの残骸が、迷宮の床に積み重なっていく。
その戦いぶりは圧倒的だった。同行する仲間たちも、今さらカーリーの戦闘能力に驚くことはない。彼女が先陣を切ってくれるおかげで、道中の危険が大きく減っていることも確かだった。
しかし、当の本人は浮かない顔をしていた。
「…………」
聖剣を握る手に力を込め、カーリーは燃え盛る炎を見つめる。
確かに強い。魔物を焼き払い、邪悪なものを退ける聖火の力は申し分ない。けれど、どうにも物足りなかった。
敵を倒すことに不満があるわけではない。むしろ、あまりにも容易く片付いてしまうことが問題だった。今の自分がどれほどの力を持っているのか、これだけでは測ることすらできない。まして、聖剣の奥に眠る何かへ手を伸ばすには、まだ足りないのだろう。
「カーリー、どうしたんだ?」
少し離れた場所から、シェンが声をかけた。
「ん? いや、何でもないぞ」
「そうか? さっきから妙に炎を気にしているように見えるが」
「気のせいだろう。それより先へ進むぞ」
カーリーはいつもの調子で答え、聖剣を鞘へと収めた。
今はまだ、違和感の正体を言葉にすることはできない。けれど、確かなことが一つある。彼女が求めているのは、ただ魔物を焼き払うための炎ではない。聖剣に宿る力の、そのさらに先にあるものだった。
やがて一行は、風龍バエルスの縄張りへと足を踏み入れた。
そこは、これまで通ってきた階層とは明らかに異なる光景が広がる場所だった。
広大な空洞の中央には、底の見えない深い谷が口を開けている。その上空では絶え間なく風が吹き荒れ、壁面から突き出した巨大な岩柱の間を、大小さまざまな岩塊が浮遊していた。吹き抜ける風は一定の方向を持たず、複雑に絡み合いながら空洞全体を巡っている。
まるで迷宮の一角だけが、外界の大空を切り取ったかのような場所だった。
「……すごい風ですね。立っているだけでも大変です」
ユーグリが髪を押さえながら呟く。足元に踏ん張りを利かせなければ、身体ごと吹き飛ばされてしまいそうだった。シェンも周囲を警戒しながら風の流れを探ろうとしたが、複雑に入り乱れる気流は、彼の感覚を容易く惑わせていた。
「魔力の流れがめちゃくちゃに見えるのに、一定……いえ、というより綺麗に整っています。間違いありませんね。ここは龍の領域です。風龍の意思によって、この空間の大気そのものが操られているんですよ」
エリリーは周囲を見渡しながら、流れる魔力の様子を確かめていた。
この場所では、風そのものが生き物のように動いている。しかも、それは自然に吹いているだけではない。風は空洞の隅々まで行き渡り、そこにあるものの位置や動きを捉えているかのようだった。侵入者の存在を知り、逃げ道を塞ぐための領域。風龍の縄張りとは、単に彼が棲みついている場所というだけではないのだ。
そのとき、頭上から声が響いた。
『ほう。人間がわざわざ私の領域に足を踏み入れるとは、随分と酔狂なことだ』
声とともに風が渦巻いた。
空洞の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。青白い鱗を纏い、鋭く伸びた角と大きな翼を持つ龍。その巨体が空中を滑るように進むだけで、周囲の風が唸りを上げた。
風龍バエルス。
その鱗は刃のように風を切り裂き、翼は嵐を呼び、自在に空を駆ける。彼の縄張りにおいて、風は単なる自然現象ではない。視界の外で動くものを捉え、侵入者の位置を知らせ、逃げ道さえも奪う領域そのものだった。
『我が領域に踏み入った無礼者どもよ。己の愚かさを理解する時間くらいは与えてやろう』
「ほう、貴殿が風龍バエルスか! 踏み入ったことを詫びるつもりは無いが、ウチは愚かな行為をしたつもりもないぞ!』
カーリーが一歩前に出て声を張る。彼女の言葉に、バエルスは細めた瞳を向けた。
『……言葉が通じるのか。いや、違うな。神の血か、宙に返りし者たちの接ぎ木か』
「ウチはカーリー・ブラッドソード! 今日は風龍バエルス、貴殿と戦いに来たのだ!」
『戦い? この私と?』
バエルスは喉の奥で低く笑った。その声に呼応するように、周囲の風が一段と強さを増していく。
『随分と大きく出たものだ。己の力量も測れぬ小娘が、龍を相手に何を成せるというのか。せめて、我が風に吹き飛ばされる前に、その威勢だけでも楽しませてもらおう』
「っ! そんなことは分かっている! だが、無茶をせねば掴めぬものもあると、ウチの直感が言っているのだ!」
カーリーは聖剣を抜き放った。赤銀の刀身が光を受けて輝き、その刃から黄金の聖火が噴き上がる。
直後、バエルスの翼が大きく広がった。
『では、まずは立っていられるか試してやろう』
轟音とともに暴風が吹き荒れた。
風は地面を削り、岩塊を巻き上げ、空洞のあらゆるものを呑み込むように吹き抜けていく。シェンたちは即座に身を低くし、岩場の陰を利用して風圧に耐えた。ユーグリも身体を支えながら、仲間たちの位置を確かめる。
一方、カーリーは聖剣を構えたまま、真正面から風を受け止めていた。
「ぐっ……!」
足元の岩盤が砕け、身体が後方へ押し流される。踏みしめた地面に亀裂が走り、靴底が岩を削った。それでも彼女は倒れなかった。聖剣を握る腕に力を込め、黄金の炎を全身へと纏わせる。
吹き荒れる風の中で、聖火が揺らめいた。
『ほう。多少は耐えるか。だが──』
バエルスの姿が掻き消えた。
風の流れが変わる。そう気づいたときには、すでに頭上から鋭い風の斬撃が降り注いでいた。
「っ!」
カーリーは聖剣を振り上げてそれを受け流す。黄金の炎が風を裂き、斬撃の軌道を逸らした。だが、間髪入れずに横合いから強烈な風圧が襲い、彼女の身体を弾き飛ばす。
「カーリー!」
エリリーの声が響く。
しかし、カーリーは空中で身を捻り、壁面から突き出した岩柱を蹴って体勢を立て直した。勢いを殺しきれずに岩肌を削りながらも、再びバエルスへと向き直る。
『ははっ! いいではないか! 龍はやはりこれほどの存在か!』
カーリーは口元を吊り上げ、聖剣を握り直した。
その一方で、バエルスは愉快そうに笑う彼女とは対照的に、周囲の風をさらに強く渦巻かせていた。
『笑っている場合か、愚か者め』
バエルスの周囲に幾重もの風の渦が生まれる。その一つ一つがカーリーへと狙いを定め、逃げ道を塞ぐように旋回し始めた。風は彼の翼や爪の動きに合わせて形を変え、時には刃となり、時には巨大な圧力となって侵入者を襲う。
正面から受け止めるだけでは、いずれ押し潰される。シェンはそう判断したが、風の流れを読み切れない以上、迂闊に援護へ出ることもできなかった。
『さあ、聖剣使いよ。己が掲げる炎が、この風の中でどこまで通用するのか見せてみよ』
カーリーは聖剣を握り直した。
ようやく、求めていた相手に出会えたのだ。
今までの敵とは違う。こちらの力を試すように、余裕を持って立ちはだかる龍。その風は圧倒的で、聖火をもってしても突破できる存在ではないと騎士として聖剣使いとして感じていた。
だからこそ、ここで退くつもりはなかった。
「いいぞ、バエルス! ウチの炎がどこまで届くか、存分に見せてやる!」
カーリーの黄金の炎が、風の轟音に負けじと勢いを増していった。