聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使い、聖剣を振るう

 

 朝日が薄いカーテンの隙間から差し込み、安宿の一室を淡く照らしていた。石造りの壁は夜の冷気をまだ少し残しており、窓の外からは荷車の軋む音や露店商の怒鳴り声が響いてくる。

 

 そんな喧騒をぼんやり聞きながら、エリリー・エルステラは寝台の上で毛布へ包まり、虚ろな目で天井を見上げていた。

 

「……身体が重い……」

 

 地下迷宮フルムでの連戦から帰還した後の記憶は曖昧だった。風呂へ入る気力すら残っておらず、宿へ辿り着いた瞬間、そのまま倒れるように眠った気がする。

 

 全身の筋肉は鈍く軋み、魔力回路の奥には、まだ熱疲労みたいな感覚が微かに燻っていた。

 

 そんな彼女の耳へ、場違いなくらい元気な声が飛び込んでくる。

 

「おはよう、エリリー殿!」

 

 エリリーは死んだ魚みたいな目のまま、ゆっくり視線だけを動かした。

 

 扉の側では、既に身支度を終えたカーリー・ブラッドソードが腕を組みながら立っている。返却されたばかりの聖剣カルフォースを背負い、昨日あれほど暴れ回ったとは思えないほど爽やかな顔をしていた。

 

「……おはようございます……?」

 

 何故疑問形になったのか、自分でも分からない。ただ、あれだけ無茶をしておいて平然としているカーリーを見ると、常識的な挨拶を返す気力がどこかへ消えていくのである。

 

 カーリーはそんな疲労感など気にも留めず、朗らかに頷いた。

 

「先に宿を取っていて正解だったな! 良い寝床であった!」

 

「そうですね……私はもう少し寝ていたかったですが……」

 

「うむ! だがカルフォースも返して貰ったことだし、次を考えねばならん!」

 

 カーリーはそう言いながら窓際へ歩み寄り、朝日に照らされる街並みを見下ろした。その背中をぼんやり眺めつつ、エリリーは重い身体を起こし、寝癖だらけの髪を片手で掻き上げながら小さく息を吐く。

 

「さて、エリリー殿。これからどうする?」

 

「……どうするも何も、私の目的は最初から決まってますよ」

 

「賢者の石、だったか? 便利な道具を作るのだろう?」

 

「便利……まぁ、便利なのは否定しませんけど」

 

 エリリーは苦笑しながら机の上へ散らばった資料へ手を伸ばした。

 

「賢者の石──複数の素材と高度な魔術理論を用いて作る、理論上の最上位魔力媒体です」

 

 

 そこまで説明した辺りで、カーリーの金色の瞳が早くも理解を放棄し始めていることへ気付く。エリリーは頭痛を覚えながら言葉を探し、それから諦めたように肩を落とした。

 

「簡単に言えばですね、普通の魔術師は魔力を使えば減るんです。でも賢者の石を媒介にすれば、消費した魔力を循環させて再生成できる可能性がある」

 

「……つまり?」

 

 カーリーが真顔で首を傾げる。エリリーは数秒ほど考え込んだ後、彼女でも理解できそうな例えを探し当てた。

 

「お腹が空いた瞬間に、勝手に満腹になる道具みたいなものです」

 

「凄いなそれは!!」

 

 カーリーは本気で目を輝かせながら叫んだ。あまりにも勢いのある反応に、エリリーは思わず額を押さえる。

 

「これはあくまで例えで概念的には近いですけど、ちょっと違いますからね、一応言っときますが」

 

「とにかくだ無限に飯が食える様になる代物なのだろう、夢の道具ではないか……」

 

 カーリーは妙に感心した顔で頷いている。エリリーは深々と溜め息を吐きながらも、どこか口元が緩むのを止められなかった。

 

「……まぁ、そうですね。だから私は、それを完成させたいんです」

 

 エリリーが小さく呟くと、カーリーは迷いなく頷いた。

 

「ならば作れば良い!」

 

「簡単に言いますね……」

 

「難しいのか?」

 

「難しいですよ。ですが完成させてみせます、みせますので……えーまだ説明してないことは……」

 

 彼女は小さく咳払いすると、机の上へ置いていた元素石の欠片を摘み上げた。半透明の鉱石内部では色彩の異なる魔力がゆっくり循環しており、見ているだけで周囲の魔素が微かに引き寄せられていく。

 

「基本的に元素石は、極限環境が均衡した場所でしか生成されません。超高熱地帯、自然魔力溜まり、神代級汚染域……そういう普通の人間が生きられない環境ですね」

 

「ふむ」

 

 カーリーは素直に頷いているが、理解しているかは怪しかった。エリリーは苦笑しつつ続ける。

 

「だから、人間が安全圏で採取できる元素石は小粒なんです。品質も低い。賢者の石の素材に使えるほどの大型高純度元素石となると、それこそカタルシオン大陸でも数えるほどしか存在しないフルムの様な構造物から採取するしかない」

 

 そう言いながら、彼女は真っ直ぐカーリーを見た。

 

「つまり私は──フルム深層まで潜りたいんです」

 

 熟練探索者ですら中層以降を恐れ、国家直属の調査隊ですら壊滅することがある領域。しかも昨日、カーリー自身が龍種の気配を感知している。だが────

 

「承知した」

 

 あまりにも当然みたいな口調だった。エリリーはしばらく黙り込み、それから困ったように眉を下げる。

 

「……本当に良いんですか?」

 

「何がだ?」

 

「死ぬかもしれないんですよ」

 

 その言葉に、カーリーは少しだけ目を細めた。窓から差し込む朝日が銀髪へ落ち、横顔へ静かな光を作る。

 

「死、か……」

 

 カーリーは小さく呟いた後、淡々と続ける。

 

「騎士として生きる以上、それは常に隣人であり続けるものだ。恐れる理由にはならんよ」

 

 その声音には、不思議なほど迷いが無かった。覚悟を誇示している訳でも虚勢を張っている訳でもない。ただ、本当に当たり前のものとして受け入れている声だった。

 

 エリリーは小さく息を呑む。

 

 この女は時々、本当に分からなくなる。

 

 普段は野生動物みたいだし、社会性は壊滅しているし、金銭感覚も終わっている。聖剣を飯代の担保へ置いていくような狂犬だ。

 

 なのに今こうしていると、まるで古い騎士譚から抜け出してきたみたいに、真っ直ぐで揺るがない。

 

「それに」

 

 カーリーは己の胸へ軽く手を当てた。

 

「誓った筈だ。私は汝の剣である、と」

 

「……アナタ、変な所だけ律儀ですよね」

 

 エリリーが呆れたように言うと、カーリーは不思議そうに首を傾げる。

 

「誓いとは守るものだろう?」

 

 エリリーは視線を逸らし、小さく頬を掻いた。

 

 困る。こういう真っ直ぐな言葉は、あまり得意ではない。

 

 研究者という生き物は基本的に理屈臭く、打算的で、疑い深い。少なくともエリリー自身はそうだ。だからこそ、カーリーみたいな存在は調子が狂う。

 

 無茶苦茶で、危険で、脳筋で、常識外れ。それなのに、不思議と嘘だけは感じない。エリリーは小さく溜め息を吐くと、机の資料をまとめ始めた。

 

「……まぁ、戦力としては非常に頼もしいので助かります」

 

「うむ!」

 

「ただし、深層へ行くなら最低限の準備は必要です。装備や地図だけでなく、保存食や探索許可証も揃えなければなりませんし、フルム内部の最新情報も集める必要があります。中層以降は地形変化の周期すら不安定らしいので、補給地点の確認もしないと危険ですからね」

 

「となると今足りないのは、金か」

 

「…………はい、そうですね。そうなんですよね」

 

 宿を出た頃には、バシニウスの空はすっかり青く晴れ渡っていた。迷宮へ向かう探索者達の姿は朝から絶えることがない。

 

 そんな喧騒の中を歩きながら、カーリー・ブラッドソードが何気ない調子で口を開いた。

 

「今日はどうする? 三階より下るか?」

 

 その言葉に、エリリー・エルステラは露骨にげんなりした顔を浮かべる。

 

「はぁ……結局世の中金ですよね。昨日、気絶さえしなければ魔物素材を回収して売れたんですが、暫くダンジョンに籠る生活が続きそう……」

 

 肩を落としながら、彼女は深々と溜め息を吐いた。

 

「ギヒ鳥は粘液袋も嘴も素材価値がありましたし、カゲトケグモの毒腺だって普通に高額です。あれ全部放置して帰ってきたんですよ、私達」

 

「うむ」

 

「何で気絶しちゃったんだ私……」

 

 本気で悔しそうだった。

 

 探索者として見れば、昨日の成果はかなり優秀だ。異常繁殖群をほぼ壊滅させ、しかも死傷無しで帰還している。

 

 だが錬金術師として見るなら、あの量の素材を取り逃したのは普通に痛い。特にバシニウスでは、迷宮産素材はそのまま金になるのである。

 

「安心しろ、エリリー殿は悪くない、それに昨日より魔物を倒すのは楽勝だぞ? なんたってカルフォースがあるからな!!」

 

 そう言いながら、腰へ提げた赤銀の聖剣を軽く叩く。鞘の奥で刀身が微かに震え、熱というより灯火に近い魔力が周囲へ静かに滲んだ。

 

 エリリーはそこで、ふと瞬きをした。

 

「……そう言えば」

 

「む?」

 

「聖剣を使った戦闘を見るの、初めてですね」

 

 これまでのカーリーは、素手で暴れていた、ヤジリ蛇は握り潰し、蜘蛛は叩き潰し、飛行魔物は投げ落とす。聖剣使いというより野生生物と言ったところだ。

 

「確かにそうだな!」

 

 そして彼女は、ごく自然な動作でカルフォースの柄へ手を掛ける。

 

「折角だし、強く焼きながら進もうか」

 

「やめてください」

 

 エリリーは即答した。

 

 カーリーがきょとんとする。

 

「何故だ?」

 

「素材を売ることも考えてくださいね?」

 

「あ」

 

 カーリーは真顔になった。

 

 数秒ほど考え込み、それから非常に真面目な顔で頷く。

 

「うむ、そうだな。そうだった。気を付けねば」

 

「本当に大丈夫ですかね、この人……」

 

 地下迷宮へ続く石階段を下りながら、エリリーはちらりと隣を見る。カーリーは周囲を警戒しつつも、どこか機嫌が良さそうだった。

 

「……そんなに聖剣使うの楽しみなんです?」

 

「うむ!」

 

 隠しもしなかった。

 

「一日振りだからな!」

 

「それなら何で担保にしたんですか、アナタは……」

 

 

 三階層それは、全121階層にも及ぶ超巨大迷宮の中では、ここですら準入口域に過ぎず、普通の地下迷宮とは比較にならないほど危険だ。

 

 だがカーリー・ブラッドソードがカルフォースを抜いてからは、その進行速度が露骨に変わって行ったのである。

 

 赤銀の刀身が薄闇へ露出した瞬間、聖剣から淡い焔が静かに立ち昇った。それは篝火みたいに穏やかな光だったが、周囲の魔物達は本能的に危険を察しているのか、遠巻きに唸りながら距離を取っていく。

 

 だがカーリーは、そこで止まるような人間ではなかった。

 

「そこだ!」

 

 踏み込みと同時に石床が砕け、銀髪の騎士が一瞬で間合いを潰す。カルフォースの斬撃は驚くほど滑らかで、巨大な甲殻を持つ甲虫型魔物すら抵抗する暇もなく真っ二つに裂かれていた。

 

 しかも、その聖火は妙に器用だった。

 

 肉や素材として価値のある部位までは無闇に焼き尽くさず、魔力核や致命部位だけを正確に焼いていくのである。焦げるのは必要最低限で、外皮や牙は比較的綺麗な状態のまま残されていた。

 

 エリリーは思わず感心したように呟く。

 

「……随分器用なんですね、その聖火」

 

「うむ。燃やしたくない物を意識すれば加減できるぞ!」

 

「便利過ぎません?」

 

「便利だ!」

 

 そんな調子で数匹目の魔物を切り裂き4階、6階、8階と進んで行く、その時だった。不意に、周囲の空気がぬるりと粘つくように重くなる。

 

「……カーリー」

 

「分かっている」

 

 カーリーは既に剣を下げ、敵を見据えていた。

 

 通路の奥、壁際、そして二人の背後。いつの間にか、床へ落ちた影が不自然に揺れていた。直後、黒い液体みたいな影が地面から跳ね上がる。

 

「っ!」

 

 エリリーが咄嗟に風障壁を展開する。影の槍は障壁表面へ突き刺さり、びりびりと嫌な振動を撒き散らした。

 

 次の瞬間、闇の中から巨大な蛇体が滑り出る。

 

 シャドウナーガ。

 

 生命体の影へ干渉し、その輪郭を無理矢理引き延ばすことで攻撃してくる浅層の中でも厄介な魔物だった。しかも厄介なことに、光源が強いほど影は濃く、大きくなる。

 

 つまり普通なら、松明や火炎魔術を使う探索者ほど不利になる。

 

「ほう」

 

 カーリーはむしろ楽しそうに笑った。カルフォースの聖火が、その瞬間だけ強く揺らめく。

 

 赤金色の光が周囲へ広がった途端、床一帯へ伸びていた影が膨張し、巨大な蛇の輪郭を露骨に浮かび上がらせた。三匹のシャドウナーガは、自らの能力によって逆に存在位置を晒した形になる。

 

「まさか、わざと光量を……!?」

 

 迫り来る影の牙が彼女の足元へ噛み付こうとするが、カルフォースの焔がその軌道へ触れた瞬間、黒い影そのものが弾かれるように揺らぐ。

 

 聖火は持ち主の思う悪を敵に取り巻き燃やす、影に火は付かずとも弾く位は不可能では無かった。

 

 赤銀の刃が横薙ぎに振り抜かれ、空気ごと裂いた聖火が巨大蛇の胴体を深々と切り裂いた。断末魔とともに黒い血が飛び散り、壁面へ叩き付けられた蛇体が激しく痙攣する。

 

 だが残る二匹は即座に影の中へ潜り込み、通路全体の暗がりを利用して回り込もうとした。

 

 その瞬間、エリリーが杖を振るう。

 

「なら、逃げ場を潰します」

 

 火属性術式が通路両脇へ展開され、連続した灯火が壁面沿いへ浮かび上がった。

 

 通常なら愚策だ、影を増やすだけで終わる。

 

 しかし今は違う、無数の灯火によって迷宮内部の影が複雑に交差し、逆にシャドウナーガ自身の位置を浮き彫りにしていく。

 

「そこか!!」

 

 カーリーの踏み込みが爆ぜた。

 

 聖火を纏った斬撃が暗がりごと蛇体を断ち切り、返す刃が最後の一匹の頭部を正面から両断する。

 

 赤金の焔が揺れ、断ち切られた影がゆっくり霧散していった、静寂が戻る。

 

 カーリーは軽く息を吐きながらカルフォースを肩へ担ぎ、それから満足そうに笑った。

 

「面白い魔物だったな!」

 

 

 普通の探索者なら、かなり危険な相手だった。光源を使えば不利になり、暗闇へ逃げ込めば影から殺される。相性次第では、熟練探索者ですら壊滅しかねない。

 

 だがこの狂犬、相性問題そのものを真正面から踏み潰していた、しかも楽しそうに。

 

 カーリーはそんなエリリーへ振り返り、少し得意げにカルフォースを掲げる。

 

「どうだ? 聖剣は強かろう!」

 

「……えぇ、まぁ。アナタ自身が一番怖い気もしますけどね」

 

 

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