聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

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聖剣使い、因縁をつけられる

「もう少しくだるか?」

 

 カルフォースを肩へ担いだまま、カーリーが気楽な調子で振り返る。エリリーは周囲へ感覚探査を広げながら、小さく頷いた。

 

「ええ、今のところ問題ありません。……魔物の反応はどうですか?」

 

「うむ、生命反応は薄いな。声も特には聞こえん」

 

 その返答に、エリリーはふと瞬きをした。

 

「そう言えば以前から気になっていたんですが、魔物や動物の声が分かるのって、聖剣の力なんですか? そういう伝承は聞いたことありませんけど」

 

「ん? いや、ウチはカルフォースを持つ前から分かるぞ」

 

「……え?」

 

 エリリーの足が止まった。

 

「待ってください。つまり、アナタは生まれた時から魔物や動物の言葉を理解できると?」

 

「そうだな」

 

 カーリーは実にあっさり頷いた。

 

 対してエリリーは、数秒ほど真顔のまま沈黙した後、ゆっくりと額を押さえる。

 

「……いや、待ってください。それ普通じゃありませんからね?」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんですよ」

 

 動物との意思疎通。それ自体は不可能ではない。精神系統の魔術や、一部の高位精霊契約者なら似たような真似はできる。

 

 だがそれはあくまで感情や方向性を読む程度だ、言葉として理解するなど、聞いたことがない。

 

「どう聞こえるんです?」

 

「どう、と言われてもな……普通に会話だぞ」

 

「普通とは」

 

「例えば今なら」

 

 カーリーは通路脇の暗闇へ視線を向けた。

 

「赤いのが居るぞ、熱いから嫌だ、あの銀髪また来たぞ、と言っている」

 

「……誰がです?」

 

「岩蜥蜴たちだな」

 

 エリリーは恐る恐る視線を向ける。すると確かに、岩陰から数匹の小型蜥蜴がこちらを窺っていた。だが普通の感覚探査では、ただの低級魔物にしか見えない。

 

「……ちなみに、今のは本当に言葉として?」

 

「うむ」

 

「嘘でしょう……本当にアナタは……」

 

「昔は便利だったぞ。熊に蜂蜜の場所を聞いたりしていた」

 

「サラッと意味不明なこと言わないでください……」

 

「あと狼たちに吹雪の来る方向を教えてもらったな」

 

「その生態系、アナタを何だと思ってたんです?」

 

「さぁ、分からん」

 

「分からんって」

 

「………………」

 

「? どうしましたカーリー」

 

「来る」

 

「はい? 急に何を?」

 

「魔物じゃないなコレは……何だ人か?」

 

「そりゃフルムには人はいるでしょう」

 

「それが……龍種並みの気配を持っている者だったら、どうする?」

 

「馬鹿な……嘘でしょ?」

 

「そしてウチは近づいてくるまでそれを察知できなかった……まずいな、手練れだ」

 

「いや本当に人なんですか?」

 

「ウチは基本、嘘はつかない主義だぞ」

 

 地下迷宮フルムの空気が、ぴたりと止まる。

 

 いや、正確には違う。空気そのものは流れているし、遠くでは地下水の滴る音も続いている。だが生物だけが、一斉に息を潜めたのだ。

 

 岩陰に潜んでいた岩蜥蜴たちが、突然ばたばたと奥へ逃げ込んでいく。通路天井へ張り付いていた虫型魔物すら、まるで何かから隠れるみたいに動かなくなっていた。

 

 カーリーの表情から、僅かに笑みが消える。

 

「……エリリー殿」

 

「分かってます。今までと空気が違う……」

 

 エリリーは杖を握り直しながら、無意識に喉を鳴らした、迷宮そのものが静まり返っている、それは強者の接近によって発生する、生物的本能の沈黙だ。

 

 やがて、通路奥の暗闇から足音が響く。

 

 硬質な靴底が石床を叩く音。その歩調は一定で、警戒も焦りも感じさせない。まるで散歩の途中みたいな気安さすらある。

 

 しかし、その度に空気が重く沈んでいく、エリリーの魔力感覚が警鐘を鳴らしていた。近づいて来る何かは、人型でありながら、人間の枠へ収まっていない。

 

 やがて暗闇の向こうから、一人の男が姿を現した。

 

 長身だった、黒を基調とした。兜からはみ出る銀灰色の長髪は肩口で揺れ、細められた双眸だけが、不気味なほど鮮やかな黄金を帯びていた。

 

 強者特有の威圧感。巨大な海溝の底を見ているみたいに、深く、暗く、底知れない、そして龍種級と評されても納得できるほどの魔力、気迫が研ぎ澄まされている。

 

 男は二人を見ると、僅かに眉を上げた。

 

「……ほう? 俺の接近に気づくか」

 

「エリリー殿、下がれ」

 

「正しいな、そこの魔術師では俺の一撃の余波すら防ぎきれまい……しかし何だお前は、いやそうか、なる程な」

 

「一人で納得するな!! 誰だ貴様は!!」

 

「あ、あ……」

 

「エリリー殿? どうした」

 

「あ、アスラ・エル・アヴァターリア……魔王軍四天王の一角、『修羅』の二つ名を持つ魔族です!!」

 

「……ほう、知らんな!!」

 

「本当に知らないんですか!?」

 

「いや、うーん…………うーん……」

 

「ふ、俺の名前を知らないか」

 

「すまん、知らん。だがウチも名乗ろう!! 我は元王国騎士 カーリー・ブラッドソード!!」

 

「聖剣カルフォースを繰る五代目の者の名前がそんな名前だったな……確か」

 

「貴様はウチをよく知っているな」

 

「カーリーは逆に知らない事が多すぎますよ?」

 

 

「あぁ、だがこれは何の巡り合わせか…………カーリー・ブラッドソード。一つ問いたい」

 

「良いぞ」

 

「貴様の父と母は如何なる人物か?」

 

「知らん、どちらも物心つく頃には側に居なかった」

 

「……分かった、そして口をもう二度と開かなくな」

 

 

 アスラが最後の言葉を吐き捨てた瞬間だった、迷宮内部の空気が爆ぜる。

 

 カーリーの踏み込みが石床を砕き、赤銀の聖剣カルフォースが横薙ぎに奔った。迷いのない一閃。普通の探索者なら視認すらできぬ速度だったが、アスラは避けなかった。

 

 黒い籠手が、真正面から聖剣を受け止める。

 

 衝突した瞬間、衝撃だけで周囲の岩壁がひび割れ、エリリーの髪が暴風みたいに後方へ吹き流された。

 

「なっ……!?」

 

 カルフォースは聖剣だ。それを素手で止めるなど、本来なら有り得ない。だがアスラは微動だにしていなかった。

 

「軽いな」

 

 低く呟くと同時に、魔力が籠手から噴き上がる。次の瞬間、カーリーの身体が弾き飛ばされた。

 

「ぐっ!」

 

 銀髪の騎士が壁面へ叩き付けられ、迷宮全体が震動する。砕けた岩片が雨みたいに降り注ぐ中、それでもカーリーは即座に着地し、口元を獰猛に歪めた。

 

「強いな貴様!!」

 

「当然だ、4000年も生きたのだ貴様と違ってな」

 

「だから、さっきから一方的に理解するな!! 分かるようにキチンと話せ!!」

 

「黙れ」

 

 空間そのものが沈み込むみたいだった、エリリーは息を呑む。魔力ではない。純粋な格が違う。この男は、今まで遭遇したどんな強者とも別次元だった。

 

 カーリーが再び突撃する、今度は聖火が爆発的に膨れ上がり、赤金色の焔が通路を埋め尽くした。悪を焼く浄化の炎。その熱量だけで周囲の魔物たちが断末魔も上げず炭化していく。

 

 だがアスラは正面から突っ込んだ。

 

 研がれた魔力が焔を押し裂き、そのまま拳がカーリーの腹部へめり込む。

 

「──ッ!!」

 

 鈍い衝撃音。

 

 カーリーの身体が宙へ浮き、数十メートル先まで吹き飛ばされる。石柱を三本連続で粉砕しながら転がったカーリーは、それでも剣を支えに立ち上がった。

 

 口元から血が垂れている、押されている、あのカーリーが、真正面から力負けしていた。

 

「カーリー!!」

 

「問題ない!」

 

 叫び返した瞬間、アスラの姿が掻き消え、カーリーの眼前へ現れていた。蹴り、ただそれだけで空気が断裂した。

 

 カーリーが防御ごと吹き飛ぶ。カルフォースを盾にしたにもかかわらず、彼女の両足が石床を削りながら後退した。

 

「まだ未熟か。血も技も足りん」

 

「ははっ! 面白いではないか!!」

 

 普通なら絶望する場面で、カーリーはむしろ笑っていた、だがアスラの黄金の瞳は冷え切ったままだ。

 

 そして彼が再び拳を構えた、その瞬間だった。

 

「……む」

 

 不意にアスラの動きが止まる、彼は何かを思い出したみたいに僅かに天井を見上げ、それから深々と溜め息を吐いた。

 

「しまったな」

 

「何だ?」

 

「魔王さまからの任務を思い出した、魔物を連れて帰らねばならん」

 

「戦闘中だぞ? 何故急にそんな話を」

 

「だから何だ、黒鉄すら使う必要のない戦闘等、蹂躙と変わらぬ」

 

 アスラは真顔だった、カーリーですら一瞬呆気にとられる。そして魔王軍四天王は、何事もなかったみたいに踵を返した。

 

「待て!」

 

「断る。今は貴様を殺している暇がない」

 

 そのまま数歩進み、アスラは僅かに横目だけを向ける。

 

「カーリー・ブラッドソード。次会う時は全力で貴様を潰す、精々俺の一息程度で死なぬようにしておけ」

 

 低い声だけを残し、彼の姿は闇の奥へ溶けるように消えていった、後に残されたのは、崩壊した迷宮通路と、呆然と立ち尽くすエリリー、そして──。

 

「……凄く強かったな!」

 

 何故か少し嬉しそうなカーリーだった。

 

 エリリーはしばらく言葉を失っていた。

 

 崩れた通路。砕けた石柱。未だ壁面へ残る黒い拳痕。そして何より、ほんの数分前までこの場へ存在していた怪物の余韻。

 

 魔王軍四天王。

 

 その名は知識として知っていた。だが本来なら国家上層部や軍団長級しか接触しない存在だ。迷宮探索中に偶然遭遇して良い相手ではない。

 

「……生きている……」

 

 エリリーは震える声で呟いた。

 

「うむ!」

 

 対してカーリーは妙に晴れやかな顔で頷いている。腹部へ受けた一撃のせいで鎧は砕け、口元にはまだ血が残っているというのに、本人は実に元気そうだった。

 

「いや、うむ! じゃないんですよ!! 何ですかあの化け物!? 聖剣を素手で止めましたよ!?」

 

「強かったな!」

 

「感想が雑!!」

 

 エリリーは半泣きだった、カーリーはカルフォースを軽く振るい、刀身へ付着した血を払う。

 

「だが、不思議な奴だった」

 

「不思議……?」

 

「うむ。あの男、途中から本気で殺そうとしていなかった」

 

「……は?」

 

 エリリーが目を瞬かせる、カーリーは顎へ手を当て、少し考えるように唸った。

 

「最初は怒りがあった。だが途中から妙に迷い始めたな」

 

「…………」

 

 あのアスラという魔族は、カーリーを見た瞬間から何かを確信しているようだった。まるで正体を知っているみたいに。

 

「……カーリー」

 

「なんだ?」

 

「アナタ、自分の出生について本当に何も知らないんですか?」

 

「知っていたら普通にアイツに話したぞ」

 

「何でそこだけそんなにカラッとしてるんですか……」

 

「過去より今だぞ!」

 

「脳筋理論過ぎる……」

 

 だが、そこでカーリーはふと迷宮奥を見据えた。

 

 金色の瞳が細まる。

 

「……それにしても」

 

「?」

 

「アイツ、魔物を連れて帰ると言っていたな」

 

 その次の瞬間──フルム深層側から、地鳴りのような咆哮が響いた、迷宮全体が震える、エリリーの顔色が青褪めた。

 

「深層の魔物も混じってるな退避せねば死ぬぞ、逃げるか、さぁ進行方向から外れるのはコッチだ」

 

「……死にたくはないので着いて行きますよって引っ張る力が強いですカーリー!!」

 

 カーリーはエリリーの腕を半ば引きずる勢いで駆け出した。地下迷宮フルムの通路を、銀髪の騎士が疾風みたいな速度で突き進む。背後では断続的に地鳴りが響き、時折、遠方から聞こえる咆哮だけで空気が震えていた。

 

「ちょっ、速っ──!? 本当に引っ張る力が強いですって!!」

 

「すまん! だが急がねばならん!」

 

 先程までの戦闘狂みたいな笑みは消え、金色の瞳が迷宮内部を鋭く見渡している。

 

「左だ!」

 

 直後、二人が居た通路へ巨大な黒影が突っ込んだ、岩壁ごと通路が崩壊する。エリリーは悲鳴を呑み込んだ、今のは浅層魔物ではない。咄嗟に漏れた魔力反応だけで分かる。

 

 深層の魔物だ。

 

「な、何なんですか今の!?」

 

「恐らく暴走した地竜系統だな! だが視界が悪い、戦う必要はない!」

 

「初めてまともな判断してますね!?」

 

「ウチを何だと思っている!」

 

「戦闘民族です!!」

 

 否定はなかった、カーリーはそのまま分岐路へ飛び込み、迷わず細道を選択する。エリリーは息を切らしながら目を見開いた。

 

「な、何で道が分かるんです!?」

 

「直感と生き物の声だ!」

 

「またそれですか!?」

 

「この先は崩落気味だが出口へ近い! 逆側は強いのが多い!」

 

「本当に正しいんですか、それ?!」

 

 だが実際、カーリーの選ぶ道は異様なほど正確だった。

 

 大型魔物の気配を避け、崩落寸前の通路すら最短距離で駆け抜けていく。時折現れる魔物も、カーリーがカルフォースを一閃するだけで消し飛んだ、そして数分後。

 

 前方から冷たい外気が流れ込む。

 

「出口だ!」

 

 カーリーが最後の加速を踏み込んだ直後、二人は崩れた石階段を飛び越え、そのままフルム外縁部へ転がり出た。

 

 

【バシニウス日報・号外】

 神造遺構フルム内部の魔物群が大規模移動を開始。浅層から中層にかけて多数の魔物が確認され、迷宮出口付近の探索者街区は壊滅的被害を受けた。

 

 バシニウスギルドの調査団は「何者かによる統率行動の可能性」を示唆している。一部生存者は、魔王軍四天王『修羅』アスラ・エル・アヴァターリアの姿を目撃したと証言。深層の魔物を連れていたとの情報もあり、魔王軍による戦力徴発説が急浮上している。

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