聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です   作:プーリとベルト

6 / 8
魔術師の知り合い来たる

 

 壊滅的な被害を受けたバシニウスのフルム周辺地区は、まるで戦争の跡地のような有様だった。石造りの建物は半ばから崩れ落ち、街路には砕けた瓦礫が積み上がり、折れた看板や荷車の残骸が無残に転がっている。

 

 巻き込まれた者の数も決して少なくはなかったが、不幸中の幸いと言うべきか、被害区域が迷宮周辺に集中していたため住宅地への直接的な被害は比較的抑えられていた。

 

 それでも失われたものは多い。

 

 探索者向けの宿屋や商店の多くは営業不能となり、迷宮から生計を立てていた人々は途方に暮れていた。瓦礫の撤去作業に追われる者たちの表情には疲労と諦めが滲み、それを眺めるエリリーの胸中にも重いものが沈んでいた。

 

「材料は用意した。後はお前に金を払えば本当に直してくれるんだな?」

 

 恰幅の良い商人が、不安と期待の入り混じった視線を向ける、エリリーは崩壊した建物を見上げながら静かに頷いた。

 

「はい。これでも一流の錬金術師ですので」

 

 そう言って彼女は荷台へ積まれた素材の山へ歩み寄る。高純度石材、鉄材、接着触媒、そして魔力伝導率を高めるための各種鉱石。それらを一つ一つ確認しながら不足がないことを確かめると、小さく息を吐いて杖を掲げた。

 

 足元へ幾何学的な術式が広がる。

 

 青白い光が地面を走り、積み上げられた資材が淡く輝き始めた。次の瞬間、石材がまるで意思を持つかのように宙へ浮かび上がり、崩れた壁面へ吸い寄せられていく。

 

「お、おぉ……!」

 

 周囲から驚きの声が上がった、砕け散っていた石片同士が正確に噛み合い、欠損部分へは新たな素材が流れ込むように形を変えて埋まっていく。普通なら職人が数週間を費やす工程を、エリリーは術式によって強引に再構築していた。

 

 額へ汗が滲む、建築錬成は得意分野ではない。それでも彼女ほどの技量を持つ錬金術師であれば、単純な修復作業程度なら十分に可能だった。

 

「す、凄い……」

 

「黙って見ていてください。まだ終わっていませんから」

 

 術式の出力を更に引き上げると、歪んでいた柱が真っ直ぐに矯正され、亀裂だらけだった外壁が滑らかな石肌を取り戻していく。やがて最後の光が収束するとともに、半壊していた建物は何事もなかったかのような姿を取り戻した。

 

 周囲が静まり返る、そして数秒後、誰かが歓声を上げた。それを皮切りに拍手と歓声が広がり、瓦礫だらけだった街角へ久しぶりの活気が戻る。

 

 エリリーはそんな様子を横目で見ながら、小さく肩を回した。

 

「……よし、一軒目」

 

 まだ先は長い。だが少なくとも今日だけは、迷宮ではなく街のために――そして何より、その見返りとして支払われる報酬のために魔力を使うのも悪くないと、エリリーは少しだけ思っていた。

 

「やぁ、エリリー。卒業ぶりだね」

 

 不意に聞き覚えのある声が背後から掛けられる、エリリーは振り返り、そこに立つ人物を見て首を傾げた。

 

「え? あの……誰です?」

 

「あ、そうだった。帝国管理外地域に出る時は変装しているんだったね」

 

 長い外套を羽織った女性は納得したように頷くと、肩を竦めながら続けた。

 

「ほら、私だよ私。エル先生」

 

「…………」

 

 エリリーは数秒ほど固まった。

 

 そして次の瞬間、目を見開く。

 

「あっ、エルドラゴン先生!?」

 

「正解、アンドルネスト学園錬金術学部教授、エルドラゴン・エーテルワイズ。まぁ今は別名を使っているんだけどね」

 

 そう言いながら顔へ手を伸ばす。

 

「あっ、待ってください」

 

「ん?」

 

「変装を解く前に街の修繕を手伝ってくださいよ」

 

「えぇ~?再会した恩師への第一声がそれ?」

 

「先生が協力してくれたら倍、いや5倍の速さで終わるじゃないですか」

 

「終わるだろうね、けどまあコレは君が私と同程度に優秀だからこそだよ?」

 

「私の苦労を減らせると思って手伝って下さいよ」

 

「……まぁ良いけどさ。君はもう生徒じゃないんだから、その代わり報酬として何か頼み事をするよ?」

 

 その言葉にエリリーは一瞬だけ警戒した。学生時代の経験上、エルドラゴンの頼み事は大抵ろくでもない、本人は善意のつもりなのだが、何故か毎回法律や倫理や常識のどれかが犠牲になるのである。

 

「……今回の修理報酬を持っていかれないなら、それで良いです」

 

「なるほど。金欠なんだね、エリリーくん」

 

「はは……まぁ、そうですね」

 

 乾いた笑みしか出なかった、賢者の石の研究は金が掛かる、迷宮探索も金が掛かる、装備も触媒も素材も許可証も、全部金だ。エルドラゴンはそんな教え子を見つめると、不意に何かを思い出したように指を鳴らした。

 

「あぁ、それなら丁度良かった」

 

「何がです?」

 

「ちょっと面白い案件があるんだ」

 

「先生が面白いって言う案件は大体危険なんですよ」

 

「失礼だなぁ」

 

「違うんですか?」

 

「まぁ半分くらいは危険かな」

 

「半分で済むんです?」

 

「今回はかなり安全な部類だよ」

 

 そう言いながらエルドラゴンは懐から古びた紙を取り出した、その端には見覚えのない紋章が刻まれている。

 

「古代都市探索の依頼なんだけどね」

 

「帰ります」

 

「待ちなさい」

 

 即答だった、エルドラゴンは紙を引っ込めながら呆れたように笑う。

 

「最後まで聞きなよ。報酬はかなり良い」

 

「先生」

 

「うん?」

 

「その台詞で人生何回問題を起こしたんです?」

 

「数えてないなぁ、でも他を巻き込んだ時より個人でやらかした方が多いかな……うん」

 

 全く反省の色がなかった。エリリーは思わず額を押さえる、久しぶりに会った恩師は、どうやら相変わらずだった。

 

 「とにかく、話をはぐらかさないで。修理を手伝うか手伝わないのかどっち何ですか?」

 

 「まあ、仕方無い。アンドルネスト学園開校してきっての鬼才の頼み手伝って上げようじゃないか」

 

 エルドラゴンがそう言うと同時に、彼女の足元へ淡い金色の術式が広がっていく。その構成を目にした瞬間、エリリーは思わず目を細めた。

 

「……相変わらず綺麗ですね」

 

「君の術式も十分綺麗だと思うけど?」

 

「方向性の話です」

 

 エリリーの術式は効率と再現性を重視した実用型だった。一方でエルドラゴンの術式は、複雑な理論を幾重にも重ねながら、それらを一つの完成形として纏め上げている。

 

 無駄がないのは同じだが、その完成度はまるで芸術作品を眺めているかのようだった。瓦礫の山が音もなく浮き上がる、本来なら石材ごとに強度や組成を確認し、再利用可能な部分と廃棄部分を選別しなければならない。

 

 しかしエルドラゴンの術式は、その工程そのものを一瞬で終わらせていた。無数の石材が宙で回転しながら自動的に分類され、ひび割れた部分だけが削り取られるとともに、不純物が細かな砂となって地面へ落ちていく。

 

「先生、それはどうやってるんです?」

 

「研究の成果かな」

 

「私も錬金術についてはかなり研究しているのですが……どうしてこの様な形に落ち着いたんです?」

 

「何、君なら気付くだろう?」

 

 そう言いながら彼女は指先を動かし、術式の流れを僅かに変化させた。

 

「私も昔は同じところで引っ掛かっていた。結局のところ、理論そのものは大して変わらないんだ。ただ十数年も使い続けていると、どこを削れば良いか自然と分かるようになる」

 

 その言葉に、エリリーは宙を舞う石材の動きを目で追った。確かに未知の理論ではない。構成そのものは理解できる。だが細部に積み重ねられた工夫の数が違った。

 

「それなら、どうやってここまで一つ一つの工程を効率化してるんですか?」

 

「経験かな。失敗の数とも言う、まあ日々の努力だよ」

 

「なら、その経験を踏み台にさせてもらいますよ」

 

「それでこそ私の教え子だ」

 

 

 やがて太陽が少し傾き始めた頃には、通り一帯の修復作業が目に見えて進んでいた。歓声を上げる住民たちを眺めながら、エルドラゴンは満足そうに頷く。

 

「うんうん。困っている人が助かるのは良いことだ」

 

「珍しく真っ当なことを言いますね」

 

「失礼だなぁ。私は基本的に善人だよ?」

 

「え?」

 

「何で其処で疑問に持つんだい?」

 

「いや、別に私も帝国法の縛りが嫌で逃げてきた身なので細かくは言いませんが……」

 

「そうそう、おあいこさ。それでさっきの話続きだけどね」

 

 エルドラゴンは楽しそうに笑うと、懐から先程の紙を再び取り出した。

 

「さて、恩も売ったことだし、そろそろ話を聞いてくれるかな?」

 

 エリリーは露骨に嫌そうな顔をした、だが同時に、胸の奥で研究者としての好奇心が微かに疼いていることも自覚していた。

 

 古代都市、その単語だけで危険を連想する一方、失われた技術や未知の素材、あるいは神代に関する記録が残されている可能性もある。

 

 そして何より――

 

「報酬は?」

 

「価値で言えば金貨2千枚かな」

 

「詳しく聞きましょう」

 

「古代の巨人種による都市国家って知ってるかい?」

 

「……神代期に封印され、古代初期に目覚め三千年を生きたとされる砕山王ダンダラ・ゴゼフが築いた都市国家ですか?」

 

「やっぱり君は優秀だね。私は最近まで知らなかったよ」

 

「先生、興味なかったんですか?」

 

「専門外だからね。書庫の情報を掴んでから慌てて調べ始めたんだ……この都市国家の中枢に紙を不朽加工して製本された本達の書庫が有るとされる資料が見つかったんだよ気にならないかい?」

 

「気にならない訳がないでしょう……」

 

 思わず漏れた声に、エルドラゴンは満足そうに口角を上げた。

 

「だろう?」

 

「ですが先生、古代巨人種の書庫ですよ? 本当に存在するなら、帝国や王国、それこそ各地の大研究機関が血眼になって探している筈です」

 

「だからこそ面白いんじゃないか」

 

「その理屈で人生を送れる人間がどれだけ居ると思ってるんですか」

 

 エリリーが呆れたように言うと、エルドラゴンは悪びれもせず肩を竦めた。

 

「少なくとも私はそうやって生きてきたよ」

 

「知ってます」

 

 それが問題なのだ。

 

 学生時代、彼女は何度も見てきた。危険だから近付くなと言われた遺跡へ真っ先に踏み込み、禁書指定寸前の論文を笑顔で読み漁り、挙げ句の果てには失われた神代術式の再現実験まで実施した。

 

 そして大抵の場合、成功してしまう。だから余計に質が悪かった、エリリーは差し出された紙を受け取ると視線を落とす。

 

 それは古びた地図だった。

 

 しかし普通の地図ではない、羊皮紙には幾重もの補足書き込みが存在しており、異なる年代の筆跡が何人分も重なっている。何百年という時間を掛けて継ぎ足された記録だということが一目で分かった。

 

「これは……」

 

「372年前の探検家の日誌から始まってね。その後も断続的に情報が集められていたらしい、都市そのものは発見されている。問題は中枢へ辿り着いた者が一人も居ないことだ」

 

「理由は?」

 

「分からない」

 

「嫌な予感しかしませんね」

 

「私もそう思う」

 

「そこで同意しないでください」

 

 エルドラゴンは楽しそうに笑った。

 

 だが地図を読み進めるエリリーの表情は次第に真剣なものへ変わっていく、記録の中には、神代様式の建築物や未知の合金、現代では再現不可能な魔力伝導構造についての記述まで残されていた。

 

 もし本当なら、本当にそれらが現存しているなら、賢者の石の研究に必要な情報が眠っている可能性すらある。

 

 未知の知識、失われた技術。そして誰も到達できなかった場所、危険だと理解していても、その誘惑はあまりにも強かった。

 

「……参加者は?」

 

「私と君は確定だね」

 

「確定なんですか」

 

「今の顔を見れば分かる」

 

「否定できないのが悔しいです」

 

 エルドラゴンはくすりと笑った後、ふっと表情を引き締めながら指先で地図を軽く叩いた。

 

「あと護衛を一人頼もうかなと思っているんだ」

 

「護衛ですか?」

 

 エリリーが首を傾げると、エルドラゴンはどこか面白がるように目を細める。

 

「君の連れの聖剣使いだよ」

 

「……先生、本気ですか?」

 

 

「本気も何も、私は結構興味があるんだよ。街で『若い錬金術師が聖剣使いを連れている』なんて噂を耳にしていたけれど、まさかそれが君だとは思わなかったからね」

 

 そう言いながらエルドラゴンは肩を竦め、それから悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

「というわけで、まずは馴れ初めから聞いても構わないかな?」

 

「何で、そうなるんですか!?そもそもあの野人、狂人、蛮人相手にそんなモノは有りません!!」

 

「そうなのかい?つい先日手を繋いでダンジョンから出たとか聞いたよ?」

 

「あの時はは緊急事態だったんです!!四天王が率いる魔物群れが迫ってたんですよ!?」

 

エリリーは本気で頭を抱えたくなった。あの状況を見ていた人間が、どうしてそんな方向へ話を発展させられるのか理解できない。

 

「というか先生、どこからそんな噂を拾ってくるんですか?」

 

「情報収集は研究者の基本だからね」

 

「それらの情報は集める必要無かったでしょう……」

 

「それにね、君が誰かと長期間同行している時点で私としては結構驚きなんだよ。まさか君に合わせられるタイプの人種が居るとはね研究と成果第一主義過ぎて孤立気味だったじゃないか」

 

「今も研究が最優先です」

 

「ふむ。では聖剣使いは?」

 

「護衛です」

 

「即答だね」

 

「事実ですから」

 

 エリリーが言い切ると、エルドラゴンは肩を揺らして笑った、その時だった。

 

「おーい、エリリー殿!」

 

 聞き慣れた声が通りの向こうから響く。

 

 振り返ると、カーリーが大きく手を振りながら歩いて来ていた。両肩には何故か巨大な魔物肉が担がれており、背中にはカルフォースが収まっている。

 

 周囲の住民たちは慣れた様子で道を空けていた。

 

「……何を持ってるんですか?」

 

「肉だ!」

 

「見れば分かります、何処で手に入れたのですか!?」

 

「街の壁が壊れていただろう、治るまで守護を引き受けて居たのだが其処で暇だったから魔物を狩っていたのだ」

 

「肝心の護りの方はどうしたんですか?」

 

「無論、魔物が来れば対応した」

 

「そうですか……後で苦情が来なければ良いですけど」

 

 カーリーは首を傾げた、どうやら自覚はないらしい、そんな二人のやり取りを見ていたエルドラゴンが、ふっと目を細める。

 

 そして。

 

「なるほどね」

 

「何がです?」

 

「いや、別に?」

 

 そう言いつつも、その黄金色の瞳は興味深そうにカーリーを観察していた、カーリーもようやくエルドラゴンへ気付いたらしく、真っ直ぐ歩み寄る。

 

「初めましてだな、ウチはカーリー・ブラッドソード!貴殿の雰囲気、中々の賢者とお見受けするが」

 

「おや、分かるのかい?私はエルドラゴン・エーテルワイズだ。話は聞いているよ、聖剣使い殿」

(……これはまた、とんでもないね)

 

 表面上は笑顔を保ちながらも、彼女の内心には驚きが走っていた、膨大な知識と観察眼を持つエルドラゴンだからこそ分かる。

 

 目の前の少女は異常だった、血筋がどうこうという話ではない。存在そのものが、まるで神代から取り残された欠片みたいな違和感を放っている。歴史科の教授が見ればさぞ驚く……かもしれない

 

「さて、カーリー君。一つ相談があるんだけどね」

 

「何だ?」

 

「古代都市へ行かないかい?」

 

「面白そうだな!行こうか!!」

 

「即答ですか!?」

 

「エリリー殿も行くのだろう?」

 

「うっ……」

 

 エリリーは言葉に詰まった。図星だったからだ。そんな彼女を見てカーリーは満足そうに頷き、エルドラゴンも愉快そうに笑う。

 

「なら決まりだね」

 

「決まってしまいましたね……」

 

 深々と溜め息を吐くエリリーだったが、その目は既に地図へ向いていた。結局のところ、未知の遺跡と失われた知識を前にして、彼女が断れる筈もなかったのである。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。