聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
善は急げということで、一行は早々に出発することとなった。荷物については厳重な封印を施したうえで宿へ預けており、今回の修復作業で得た報酬のおかげで、探索の準備を整えても財布には十分な余裕が残っている。
「本来は最初からこのくらい余裕を持って、賢者の石の研究に取り組むつもりだったんですけどね」
「そうだったのか?」
「そうだったんですよ。……くっ、元はと言えばカーリーが吹っ飛んできたせいですからね。というか、今さらですけど何であの時吹っ飛んでいたんですか?」
「腹が減ってな。何とか人を見つけたから、飯を貰えないかと思ってこうしたのだ」
そう言うとカーリーはカルフォースを抜き、軽く地面へ聖火を叩きつけた。瞬間、反動によって身体がふわりと宙へ浮かび上がる。その様子を見たエリリーは思わず額を押さえた。
「つまり聖剣で人力ミサイルになったと」
「良く分からんが、多分そうだ!」
「しかしミサイルか。なかなか古い言葉を知っているね、エリリーくん」
隣を歩くエルドラゴンが興味深そうに口を挟む。
「確かに結界技術や魔工学による迎撃手段が発達してから急速に廃れましたけど、それでも二百年前の兵器革命を語る上では欠かせない存在ですよ」
「それはそうだね、ただ私としては今も昔も結局は単独戦力が重要な世の中だ。魔王なんて正にその典型だろう? 今代の魔王なんて前線へ出る度に屍山血河を築いているという話だし。大量生産と大量消費を前提にしなければ、その戦力を再現できない兵器など、結局は時代の主役になれなかったのさ」
「魔王ですか。確か今代は吸血鬼でしたよね?」
「そうだね。先代はスライムだったし、先々代は確か人間だったかな。あの魔王は個人として強いだけでなく、数を扱うことにも長けていたそうだ」
「魔王ノブナガですね。魔王軍領に住む魔族をまとめ上げるだけでなく、周辺の亜人種を積極的に取り込み、魔族として再編しながら帝国へ対抗した人物です。最後は配下の裏切りによって討たれましたが」
「……しかし、いつまで続くのだろうね。魔族と人間の争いは」
「難しいでしょうね、そもそもの始まりがカタルシオン帝国第三代皇帝による一部亜人種からの人権剥奪政策ですから。あの法を基盤として帝国は領土を拡大し、現在の大陸最大国家へ発展した。言ってしまえば、帝国の繁栄そのものが魔族問題と深く結び付いているんです。だから帝国そのものが変わるか、あるいは滅びるでもしない限り、この争いは終わらないと思います」
その重い話に水を差すように、カーリーが困惑した顔で二人を見比べた。
「……なぁ、二人とも何の話をしているんだ?」
重い歴史の話題についていけなくなったのか、カーリーが困惑したように二人を見比べる。
「魔族や亜人の歴史ですよ。カーリーも流石に大まかなことくらいは知っているでしょう?」
エリリーがそう尋ねると、カーリーは腕を組みながら真剣な顔で考え込んだ。
「……何となくな」
「何となくですか?」
「ははっ、君らしい答えだね」
エルドラゴンは楽しそうに笑うと、教師らしく指を一本立てた。
「なら確認も兼ねて聞いてみようか。カーリー君は、人類種と亜人、それから魔族の違いをどう認識している?」
「人類種と亜人は種族の違いだろう? 魔族は……そこに色々な事情があって分類された者たち、という感じだ」
少し曖昧ながらも、カーリーなりに考えた答えだった。
「うん、概ねその認識で問題ない。人類種は、一般的に人間とも呼ばれる種族だ。この大陸で最も大きな勢力を築いている存在だね。もっとも、長い歴史の中で様々な種族と交わってきた以上、完全な純血がどれほど残っているのかは私も疑問だけれど」
そう言いながら肩を竦めると、今度は隣の教え子へ視線を向けた。
「さて、亜人については助教授のエリリー君に任せようかな」
「誰が助教授ですか……」
小さく呟きつつも、エリリーは説明を引き継ぐ。
「亜人というのは、人的種族の総称です。人的種族とは、人間社会と意思疎通が可能で、恒久的な共存関係を築ける種族を指します。獣人やエルフなどが代表例ですね。ただ、その基準も絶対ではありません。長い間、魔物だと思われていた種族が、後になって独自の言語や文化を持つ亜人だったと判明した例もあります」
「知れば知るほど曖昧なのだな」
「分類なんて大体そんなものですよ」
カーリーの率直な感想に、エリリーは苦笑した、するとエルドラゴンが再び話を引き取る。
「そして最後が魔族だ」
先ほどまでの軽い調子を少しだけ引っ込めながら、彼女は静かに続けた。
「魔族という言葉は、実のところ種族名ではない。もっと政治的で、歴史的な分類なんだ」
「政治的?」
「そう。簡単に言えば、帝国から人権を認められていない者たちの総称だよ。だから魔族の中には人間も居るし、亜人も居る。血筋や身体的特徴で決まるわけではないんだ」
「つまり魔族とは種族ではなく立場の名前ということか?」
「その理解が一番近いね。もちろん今では独自の文化や共同体も形成されているけれど、始まりを辿れば魔族とは血ではなく歴史によって作られた呼称なんだよ」
「うーむ、難しいな!!」
「コレは理解できてませんね」
「確かにウチは完全に理解してないかもしれない、だがウチはこの話を考え続ける事は大事だと思ったぞ」
「そうだね、その認識は確かに大事だ。さて長話は置いといて少しお客さんみたいだどうする?」
「ええ魔物ですか、賊ですか?」
「コレは魔物だな、数は10ほどだが大きいな!! 強そうだぞ!!」
「凄いなこんな一瞬で把握を?」
「一応聖剣の力らしいですよ、勘も混じってそうですが」
「私でもまだ輪郭しか掴めない距離なんだけどね」
「えっ」
思わずエリリーが振り返る、つまり今の段階でカーリーは、自分よりも先に敵を把握しているだけでなく、エルドラゴンよりも詳細な情報を得ていることになる。
少ししてから遠方より重い風切り音が響きはじめる。最初は風かと思った。だが違う。それは生き物の羽ばたきだった。
「来るぞ」
カーリーが空を見上げた、上空の雲間を突き破るように巨大な影が現れる。
それは飛竜だった。
全長は十数メートルを超え、灰褐色の鱗に覆われた身体は岩肌にも似た重厚さを持っている。しかし何より目を引くのは、その全身から無数に突き出した鋲のような棘だった。
首筋から尾の先まで、まるで巨大な鉄球を無理やり生き物の形へ変えたかのような異様な姿。
そして、その後ろからさらに二匹、三匹と続いて現れる。
「鋲突竜……!」
エリリーが顔を強張らせた。
大型飛竜種の中でも特に危険視される魔物だ。
鋭利な突起に覆われた肉体は生半可な刃を受け付けず、突進によって獲物を岩壁や大木へ押し付けながら削り潰し、そのまま肉ごと喰らう習性を持つ。
「11匹だったな!」
「そんな嬉しそうに報告しないでください!」
空を埋める鋲突竜たちは既に獲物を見つけたらしく、一斉に翼を傾けながら降下を開始している。
巨大な身体が空気を押し潰し、轟音とともに地面へ影を落とした。
先頭の一匹が口を開く、鋸のように並んだ牙の奥から唸り声が響いた。
「腹を空かせているな」
「言葉が分かるなら交渉できません?」
「無理だ!」
「即答ですか!?」
「今のはな、『肉だ』『喰うぞ』『先に見つけたのは俺だ』しか言っておらん!」
「魔物の言葉が分かるのかい君は?」
「そうだな、言ってなかった!!」
エルドラゴンが次の返しの言葉を発そうとした次の瞬間、先頭の鋲突竜が翼を畳みながら急降下し、その巨体を凶器そのものへ変える。
鋲に覆われた身体が陽光を反射しながら迫る光景は、まるで山そのものが落下してくるかのようだった。
「うむ、ここは任せろ!!」
カーリーは嬉々として叫ぶと同時にカルフォースを抜き放つ。赤銀の刀身から溢れた聖火が風を裂きながら揺らめき、迫り来る鋲突竜の群れを真っ向から見据える。
彼女は地面を蹴った。踏み込みだけで土が爆ぜ、聖火の後押しも合わせ銀髪の騎士は砲弾のような速度で空へ飛び上がる。
先頭の鋲突竜が咆哮しながら突進する。しかしカーリーは恐れもせず、その額へ向けて一直線に飛び込んだ。
カルフォースが閃くとともに赤金色の焔が弧を描き、巨大な竜の首筋へ深々と食い込む。硬質な鱗が砕け散り、飛竜は断末魔を上げながら地上へ墜落した。
だが一匹倒した程度で群れは止まらない。残る飛竜たちは獲物を奪われた怒りからか、一斉にカーリーへ向けて牙を剥く。
「ほう! 良いぞ!」
むしろ彼女は楽しそうだった。
上空で六匹もの鋲突竜が旋回しながら包囲を形成し、そのまま異なる角度から突撃を開始する。しかしカーリーは空中で聖火を爆発させ、その反動によって軌道を強引に変えた。常識では有り得ない挙動に飛竜たちの反応が僅かに遅れてしまった。
その隙へカルフォースが再び振るわれる。赤銀の軌跡が走る度に血飛沫が舞い、鋲に覆われた肉体へ深い裂傷が刻まれていった。
一方その頃、カーリーを囲むのには参加しなかった四匹の鋲突竜は獲物を変更したらしい、轟音とともに降下してきた巨体を前に、エリリーは素早く杖を構える。
「来ます!」
足元へ展開された術式が輝き、地面そのものが隆起した。分厚い岩壁が瞬時に形成され、先頭の鋲突竜と激突する。しかし衝撃だけで岩壁は半ばまで粉砕され、その向こうから巨大な顎が姿を現した。
「流石に力任せですね……!」
エリリーが舌打ちしながら術式を切り替えると、砕けた岩片が逆に飛竜へ向かって射出される。鋭い石槍となった破片は鱗の隙間へ次々と突き刺さり、鋲突竜は苦悶の咆哮を上げた。
だがその直後、横合いから別の一匹が襲い掛かる。
「やれやれ」
エルドラゴンが小さく息を吐いた。
彼女が指先を軽く振ると、空中へ幾重もの金色の術式が展開される。複雑に絡み合う光の輪はまるで生き物のように回転しながら飛竜を包み込み、そのまま強烈な圧力を掛け始めた。
鋲突竜の身体が軋む。
翼が折れ、骨が砕け、巨大な肉体が悲鳴のような音を立てながら地面へ押し潰されていく。
「先生、それ何ですか」
「空気固形化の応用かな」
「後で教えて下さいね!」
「良いけど、難しいよ?」
「望むところです!」
会話している間にも術式は止まらない。押し潰された飛竜の身体がさらに圧縮され、最後には巨大な肉塊へ変わって沈黙した。
残る二匹は明らかに警戒していた。
本能的に理解したのだろう。この二人も決して容易い獲物ではないと、しかし逃げるには遅すぎた。
エリリーが展開した拘束術式によって足元が絡め取られ、僅かに動きを止めた瞬間、エルドラゴンの術式が上空から降り注ぐ。金色の光線が正確に首筋を貫き、二匹の鋲突竜は抵抗する暇もなく崩れ落ちた。
静寂が戻る、地上へ転がる飛竜の死体を見下ろしながらエリリーが肩を回した、その直後である。
上空から何か巨大なものが落下してきた。轟音と巻き上がる土煙、そして現れる地面へ突き刺ささった鋲突竜達。
合計七匹。
土煙の向こうでカーリーがカルフォースを肩へ担ぎながら満足そうに頷く。
「終わったぞ!」
「終わったぞ、じゃありませんよ。何で全部こっちへ落とすんですか」
「集めた方が解体しやすいと思ってな!」
「妙なところだけ気が利きますね……」
「うん、護衛としては実に優秀だね、だけど研究対象としても多少は興味が有るのだけど」
「何だ?」
「魔物と喋れるそうだけど、カーリー君の種族って何?」
「知らん!! だが、他にも動物とかとも喋れるぞ」
「そっか、なる程……いや、良いや専門でも無いしね、バックローグやイトニンや龍人の同僚がいるのだし今更ね」
その瞳の奥には学者特有の好奇心が微かに揺れていた。もっとも、それ以上深く追及する様子はなく、彼女は足元へ転がる鋲突竜の死体へ視線を移す。
「それにしても大漁だね」
「そうですね……これ、素材だけでかなりの額になりますね」
そう呟いた瞬間、彼女の目の色が変わった、カーリーとエルドラゴンは同時に嫌な予感を覚える。
「カーリー、その角は折らないでください。鱗も傷付けないように剥がします。内臓も魔力器官が残っている可能性がありますから丁寧に取り出しましょう」
「分かった!!」
先ほどまで歴史や政治について語っていた研究者は既に居なかった。そこにいたのは金貨へ変換可能な素材を前にした錬金術師である。
「安心したよ」
「何がです?」
「どれだけ成長しても、根本的なところは学生時代と変わっていないなって」
「当然です。研究者が未知と資金を求めるのは自然の摂理でしょう」
「うん、完全に変わってないね」
「ここはコレで良いか?」
「そうですね、そこは───」
十数分が経過してカーリーが解体した鋲突竜の素材は予想以上の量だった。鱗、骨、魔力器官、飛膜。そのどれもが高値で取引される上質な素材であり、エリリーの表情は見る見るうちに明るくなっていく。
「ふふ……これだけあれば当面の研究資金は確保できますね」
「良かったな!」
「ええ、本当に良かったです」
「その資金が全部研究に消える未来まで見えるよ」
「当然でしょう?」
即答だった。エルドラゴンは苦笑し、カーリーは満足そうに頷く。
こうして研究資金と大量の素材を手に入れた一行は、改めて古代都市への道を進み始める。
未知の知識を求める錬金術師、謎多き聖剣使い、そして好奇心旺盛な天才教授。
彼らはまだ知らない。その遺跡にて意外な邂逅を数度果たす事になろうとは。