聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
鋲突竜の群れを退けてからというもの、一行の旅路は驚くほど順調だった。
もっとも、その感想は立場によって大きく異なるだろう。カーリーは終始元気だったが、エリリーとエルドラゴンは強化魔術を維持しながらの山岳地帯や荒野を踏破で疲労を蓄積していた。
一週間と少しの旅路を終えたカーリーは、目の前に広がる景色を見上げながら満足そうに頷いた。
「うむ、ついたな!!」
「元気だな、カーリー君はメリーくんが喜びそうだ」
「誰だ?そのメリーという人物は」
「メリアンダ・レッドフィールド実践魔術の教師ですよ、まあ悪い教師では無いのですが、あの人は実践というか実戦って感じの授業をしますね」
「なる程なエルドラゴン殿より強いのか?」
「強いね。君と同じで、魔術を使うより先に相手を叩き潰せる地力がある。こちらが準備を整えても真正面から打ち破ってくるんだ。学園内で確実に勝てるのは校長くらいじゃないかな」
「ほう、手合わせしてみたいものだ」
そんな雑談を交わしながら歩いていた三人だったが、やがて自然と会話は途切れていった。
視線の先に広がる光景が、それほどまでに圧倒的だったからだ。
三人の眼前には巨大な遺跡都市が横たわっていた。
山脈そのものを削り出して築いたかのような灰白色の城壁は、数千年という歳月を経た今なお崩れ切ることなく大地へ根を張っている。その高さは現代の建築物では到底到達できない規模に達しており、風雨によって欠けた尖塔や崩落した石橋ですら、この都市がかつて持っていた威容の一端を物語っていた。
「うむうむ、ワクワクするな!! これが古代の都市か!」
「それはそうと、古代の意味は分かってます?」
「神代の次だろう?」
「まあ……間違ってはいませんね」
エリリーは苦笑した。
古代とは神代終焉後の長い時代を指す言葉だ。神々が表舞台から去り、人々が自らの文明を築き始めた黎明期。しかし当時の世界には未だ神代の影響が色濃く残っており、神々の遺産や超常の法則が現在より遥かに身近な存在として残されていた。
だからこそ古代遺跡は危険であり、同時に価値がある。
失われた技術も、現代では再現不能な素材も、時には歴史そのものを書き換えかねない知識すら眠っているのだから。
「うーん、浪漫だね。もっとも私は古代そのものにはあまり興味がないんだけどね。錬金術が体系化したのは比較的最近の話だし」
そう言いながらも、エルドラゴンの目は好奇心に輝いていた。学者とはそういう生き物なのだろう、興味がないと言いながら未知を前にすると近付きたくなる。危険だと理解していても確かめたくなる。
「早速乗り込むか」
「そうだね、さて私の用意した地図を確認してから行こうか」
「了解した」
三人はその場へ腰を下ろし、エルドラゴンが広げた地図を囲む。羊皮紙には無数の書き込みが重なっており、元の地図が見えなくなるほどだった。年代の異なる筆跡が入り混じっていることからも、長い年月を掛けて情報が継ぎ足されてきたことが分かる。
「現在地はここだね。そして都市への侵入口として確認されているのが、この西側区画だ」
エルドラゴンが指先で示した場所には、崩落した外壁を意味する印が描かれていた。
「歴代の探索者もそこから入ったのですか?」
「大半はね。ただし中枢へ到達した記録は一つもない」
「原因は?」
「先ずはトラップだね、古代の巨人達にとっては適正サイズかも知れないが私達にとっては過剰だ、しかも機構が未だに生きているフルムほどじゃ無いだろうが、はっきり行ってわざわざこんな辺境まで来てクソデカデストラップに何て挑みたくないんだよ」
「クソデカデストラップ……」
「神代の残り香が強かったせいか、今の巨人の末裔のギカンテッドより更に大きいからね一つ一つが100m単位で襲い来る」
「それは……確かに挑みたくありませんね」
エリリーは思わず顔を引き攣らせた。百メートル級の構造物が罠として襲い掛かるというだけで常識外れだが、さらに恐ろしいのは、それらが数千年を経た今なお機能しているという事実だった。
「だから歴代の探索者たちも外縁部で引き返すことが多かったんだよ。死んだ者も少なくないし、生還しても都市の一割も調査できなかったという記録ばかりだ」
エルドラゴンは地図の中心部を軽く叩いた。
「それでも情報が残っているということは、少しずつ前進した人達が居たんですね」
「そういうことだね。私たちは先人達の成果に乗っかるだけさ」
「なる程な。皆で道を切り開いてきたのだな」
「学問も探索も大体そんなものだよ。そして何かがきっかけで突破出来たりする」
エルドラゴンはそう言いながら羊皮紙を丸めると、ゆっくり立ち上がった。
同時に三人は再び遺跡都市へ視線を向ける。
近くで見る城壁はさらに巨大だった。崩落しているとはいえ、その裂け目だけで現代の城門より遥かに大きい。人間など蟻にも等しいのだろうと錯覚するほどの規模だった。
風が吹き抜ける。
崩れた尖塔の間から唸るような音が響き、まるで都市そのものが眠りながら呼吸しているように感じられた。
「うむ!この迫力!ますます面白そうではないか!」
「そういう感想が先に出る辺り、本当に君は大物だね」
「私は普通ですよ?普通の人は古代都市を見て胸を躍らせたりしません」
エリリーは即座に否定したが、その声にはあまり説得力がなかった。なぜなら彼女自身もまた、高鳴る鼓動を抑え切れていなかったからだ。
未知の知識が眠る都市。失われた技術の痕跡。そして誰も辿り着けなかった中枢、研究者として、その誘惑に抗えるはずがない。
「では行こうか」
エルドラゴンの言葉を合図に、一行は崩れた外壁の裂け目へ向かって歩き始めた。数千年の時を越えて残り続けた古代都市は、静かに彼らを迎え入れた。
カチッ
「「「あ」」」
数歩、進んだだけだ。誰が踏んだのかすら分からない、しかもこんな小さなサイズの人間にもしっかりと作動している。
しかし後悔は時既に遅し、侵入者達へ洗礼として明らかに異常なサイズの矢が放たれた。
矢は一本一本が丸太に匹敵する太さを持ち、その長さに至っては十数メートルにも達している。巨人たちにとっては弩砲の矢程度だったのかもしれないが、人間からすれば城壁を貫く攻城兵器そのものだった。
轟音とともに石壁の内部から飛び出した巨大な矢が空気を裂きながら迫る。エリリーは反射的に防御術式を展開したが、直後に自らの判断が無意味であることを悟った。
「無理です!!」
あまりにも質量が違う。術式で受け止めるより回避した方が早いと判断し、彼女は地面を蹴った。同時にエルドラゴンも外套を翻しながら後方へ跳び退く。
しかしカーリーだけは違った。
「ほう!」
何故か感心したような声を漏らしながら、彼女は真正面から飛来する巨大矢へ向かって駆け出したのである。
「何で前へ出るんですか!?」
「面白そうだからだ!さて力比べと行こうか!!」
返ってきた答えにエリリーは頭痛を覚えた。カルフォースが抜き放たれる。赤銀の刀身から噴き上がった聖火が奔流となって渦巻き、カーリーは全身の力を乗せて斬り上げた。
激突、爆発にも似た衝撃音が遺跡内部へ響き渡る。
本来なら建物ごと吹き飛ばしかねない巨大矢は、聖剣の一撃によって真っ二つに裂かれ、そのまま左右へ逸れて石畳へ突き刺さった。
「巨大であったな!!しかし本質は矢か」
「感想がおかしいんですよ!!」
叫んだ直後、再び地面が震えた。
嫌な予感がして三人が前方を見ると、通路の奥で巨大な歯車群が軋みながら回転を始めていた。数千年の時を経てもなお生き続ける古代機構が、侵入者を排除するため本格的に目覚め始めたのである。
「言っただろう? クソデカデストラップだって」
その言葉を証明するかのように、遠方の壁面そのものがゆっくりと持ち上がり始める、どう見ても扉ではない。 小さな山が動いているようにしか見えなかった。
「……あれ、壁ですよね?」
エリリーの声が僅かに引き攣る。だが誰も即答できなかった。持ち上がっているそれは確かに壁だった。しかし同時に、壁というにはあまりにも巨大だったのである。
石造りの壁面が地鳴りとともにゆっくりと傾きながら持ち上がり、その裏側から暗い影が姿を現していく。最初は巨大な門か何かだと思われた。だが露出した部分には規則正しく刻まれた関節構造が存在しており、それが完全に視界へ収まった瞬間、エルドラゴンが乾いた笑みを浮かべた。
「なるほど。壁じゃない」
「では何です?」
「ゴーレムだね、巨人サイズだけど」
「うぅん言葉は発して無いな生き物ではないか」
「ホムンクルスと違ってゴーレムは魔工兵器に分類される、ただコレは科学技術は余り取り入れて無いかな」
地鳴りは止まらなかった。
むしろゴーレムの全容が露わになるにつれて、その振動はさらに大きくなっていく。数百メートルはあろうかという石造の巨体がゆっくりと身を起こし、そのたびに周囲の建造物から砂塵が舞い落ちた。頭部らしき場所には淡い青光が灯っており、数千年の眠りから覚めたにもかかわらず、機構そのものは未だ健在らしい。
エリリーは思わず息を呑んだ。
「待ってください。あれを作った人達、正気だったんですか?」
「古代の巨人達に聞いてみないと分からないね」
エルドラゴンはそう答えながらも視線を逸らさない。学者としての好奇心と生存本能が激しく喧嘩しているような表情だった。
その時、不意にゴーレムの頭部がこちらを向いた。
青白い光が一瞬だけ強く明滅し、次の瞬間、巨体が動く。
ただ腕を持ち上げただけだった。
しかしその動作だけで周囲の空気が押し潰されるような轟音が響き、握り締められた拳が山崩れのような勢いで振り下ろされる。
「来るぞ!!」
カーリーが叫ぶと同時に三人は散開した。
直後、拳が着弾する。
爆発にも似た衝撃が走り、石畳が吹き飛んだ。土煙が空高く舞い上がり、衝撃波だけで周囲の建物が崩落していく。
エリリーは転がるように回避しながら悲鳴を上げた。
「こんなの攻略対象じゃなくて災害でしょう!?」
「同感だね!」
珍しくエルドラゴンも即座に賛同した。
だがその隣で、カーリーだけは楽しそうに笑っている。
「はははっ! 良いではないか! ようやく古代都市らしくなってきたぞ!!」
「最初から十分古代都市でしたよ!」
エリリーが叫び返した直後、カーリーはカルフォースを構えながら前へ踏み出した。赤金色の聖火が刀身を包み込み、その輝きが巨大なゴーレムの身体を照らし出す。
百メートル級の魔工兵器と、一人の聖剣使い、普通に考えれば勝負にもならない光景だった。しかしカーリーは一切怯まない。
むしろ目の前の存在を見上げながら、子供のように目を輝かせていた。
「まずは斬ってみるか!!」
カーリーはカルフォースを両手で握り直すと、大きく息を吸い込んだ。赤銀の刀身から溢れ出る聖火が爆発的に膨れ上がる。これまで焚き火ほどだった炎は瞬く間に激流と化し、轟々と唸りながら刀身へ絡み付いた。
周囲の空気が熱に歪む。石畳が焼け、足元の砂が赤熱し始めるほどの熱量だった。しかし不自然なことにエリリーやエルドラゴンは熱を感じ無い、恐らく所有者のカーリーにとってもそうだろう
「うむ、コレならば斬れるな!!覚悟せよゴーレム!!」
踏み込みだけで大地が陥没し、銀髪の騎士が赤金色の流星となって空へ駆け上がる。その速度は常人の目では追えない。巨大なゴーレムが反応するよりも早く、カーリーは振り下ろされる腕へ到達していた。
「せいっ!!」
カルフォースが閃く。
圧縮された聖火が斬撃とともに解き放たれ、赤金色の光刃となって石造の腕を切り裂いた。轟音が響き渡り、数十メートルはあろうかという岩塊が宙を舞う。切断された腕が地面へ落下すると、その衝撃だけで周囲の建物が吹き飛び、巨大な土煙が空へ立ち昇った。
「やった!?」
エリリーが思わず声を上げる。
しかし土煙の向こうで青白い光は消えていなかった。
むしろゴーレムは何事もなかったかのように残された腕を持ち上げると、失われた断面から砕けた石材が周囲から引き寄せられ、崩れた腕を再構築するように集まり始めたのである。
「うわぁ……最悪ですね」
「なる程! 再生するのか!」
その声には驚きより感心が混じっていた。対するエルドラゴンはゴーレムの胴体や関節部へ視線を走らせながら、研究者らしい冷静さで呟く。
「いや、再生というより自己修復だね。ならどこかに修復を指示する核のような制御中枢がある筈だ。ただ相手は巨体だよ」
「つまり、もっと深く斬れば良いのだな!!」
カーリーは実に楽しそうに笑うと、再び大地を蹴った。爆発するように噴き上がった聖火が彼女の身体を押し上げ、銀髪の騎士は一直線にゴーレムの胸部へと迫る。
「判断が早いな!彼女は!!」
巨大ゴーレムも迎撃を試みる。残された腕が唸りを上げながら振り抜かれ、周囲の建造物ごと薙ぎ払おうとする。
しかしカーリーは空中で聖火を炸裂させて軌道を変え、その一撃を掠るように回避すると、そのままカルフォースを全力で振り下ろした。
赤金色の斬撃が胸部へ深々と食い込み、石と金属が砕け散る轟音が都市全体へ響き渡る。裂け目の奥から青白い輝きが露出し、まるで心臓のように脈動する巨大な魔力核が姿を現した。
「見つけたぞ!!」
追撃は一瞬だった。
カルフォースが核を真っ二つに断ち割ると、青白い光が激しく明滅し、次の瞬間には巨体全体から力が抜けるように動きが止まった。数百メートルの身体がゆっくりと傾きながら崩れ落ち、その衝撃で大地が大きく震える。
舞い上がる砂塵の中、エリリーは安堵の息を吐いた。
「終わりましたか……?」
「いや」
しかし答えたのはエルドラゴンだった。彼女は倒れたゴーレムの残骸を観察しながら眉をひそめる。
「よく見てごらん」
その言葉に視線を向けると、砕け散った核の破片が微かに発光していた。周囲へ散乱していた石材や金属片も同様であり、それらは磁石に引かれる砂鉄のように少しずつ中心へ集まり始めている。
「……嘘でしょう?」
「残念ながら本当らしいね。数千年以上稼働し続けている遺跡だ。自己修復機構も規格外なんだろう、恐らく核すらもその範囲に入ってるようだ恐ろしいね」
遠くでは既に砕けた腕が再構築を始めていた。カーリーは感心したように何度も頷く。
「うむ! しぶといな!!」
「感心している場合ではありません!」
「倒すこと自体は可能だろうけど、付き合う意味は無いね。どうせ時間を掛ければ復活する。それに、この規模の兵器が一体だけとは限らないからね」
「なる程。なら先へ進むか!」
「同意します!無駄な消耗は避けましょう」
「まぁ流石にカーリー君の体力も無限じゃないだろうしね」
三人は再び歩き出した。背後では崩壊したゴーレムが少しずつ形を取り戻しつつあったが、今はまだ追ってくる様子はない。
こうして一行は巨大ゴーレムを後にしながら、さらに都市の奥深くへと足を踏み入れる。数千年の時を越えてなお機能し続ける古代都市は、どうやら彼らが想像していた以上に厄介で恐ろしい場所であったようだ。