聖剣使いを拾いましたけど、蛮族な狂犬でしたが私は元気です 作:プーリとベルト
巨大ゴーレムを振り切った後も、一行の進軍は決して平穏ではなかった。
クソデカ火炎放射器が通路ごと焼き払おうと炎を吐き出し、建物ほどもある石塊が天井から降り注ぎ、気付けば足元の石畳が崩落して奈落のような落とし穴が口を開ける。
古代巨人たちの都市は、数千年という時を経た今なお侵入者を拒み続けていた。
もっとも、それらの脅威はカーリーの存在によって大幅に意味を失っていた。
落下する巨石は聖剣で叩き割られ、火炎放射は強引に突破され、落とし穴へ落ちそうになったエリリーは何度もカーリーに引っ張り上げられている。
問題は別にあった。奥へ進めば進むほど、周囲の気温が下がり続けているのである。
当初は遺跡特有の冷気だろうと考えていた。しかし進行に伴って寒気は明らかに強まり、今では吐く息が白く染まるだけでなく、石壁の表面には薄く霜が張り付き始めている。
数千年もの間、動き続けてきたはずの巨大都市の内部とは思えないほど冷え込みは厳しく、その乾いた空気さえ凍り付きそうな寒気が辺り一帯を満たしていた。
「………寒い」
外套の襟を引き寄せながらエリリーが呟く。
「確かに冷えるね」
「冷えてるのか、温めるか?」
一方でカーリーだけは平然としていた
「……頼めますかね」
「了解した」
カーリーがカルフォースへ手を掛けた瞬間、エルドラゴンが慌てたように声を掛ける。
「ああ、待ってくれ。温めるなら私達だけにしてほしい」
「どういうことだ?」
不思議そうに首を傾げるカーリーへ、エルドラゴンは壁際を指差した。
「見てごらん。本来なら侵入者を串刺しにするはずの機構が凍り付いている。つまり今の環境は、この都市の防衛機構にまで影響を与えているということだ」
壁面から飛び出した巨大な槍の発射機構が半ば凍り付いていた。 本来ならば侵入者へ向けて放たれるはずの機構が、霜と氷によって動きを鈍らせている。
「なる程、ではそうしよう」
「……トラップが起動が鈍るほどの温度の低下が?」
どれだけ冷え込めば巨人サイズの都市の防衛機構が凍結するのか。そちらの方が遥かに恐ろしい、エルドラゴンも同じことを考えていたのだろう、彼女は周囲へ視線を巡らせながら静かに呟く。
「この規模の施設を凍結させるほどだ。恐らく何らかの異常が介入している。強力な魔物かもしれないし、特殊な現象かもしれないが、少なくとも自然に発生した低温環境とは考えにくいね」
「うむ、龍種が居るからな。恐らく原因はそいつだろう」
「ん?」
「え?」
「どうしたのだ?」
「カーリー」
「うむ」
「どうして先に言わないんですか!?」
エリリーの叫びが遺跡の通路へ響き渡る。しかし当のカーリーは心底不思議そうな顔をしていた。
「何故と言われてもな。進行方向には居らぬぞ?」
「居ないなら良いという話じゃありません!」
「そうなのか?」
「そうなんです!」
エリリーは思わず頭を抱えた。龍種などという単語は、普通なら最優先で共有されるべき情報である。少なくとも「寒いですね」という雑談の流れで初めて判明する類の話ではない。
その隣ではエルドラゴンが額へ手を当てながら乾いた笑みを浮かべていた。
「ちなみに聞くけれど、その龍種はどの辺りに居るんだい?」
「多分この都市の中央付近だな。かなり大きいぞ」
「大きいとは?」
「うむ」
カーリーは少し考えるように顎へ手を当てると、周囲の巨大な建造物へ視線を向けた。
「この都市の建物一つよりは少し小さいくらいだ」
エリリーはゆっくりと視線を上げ、周囲にそびえる巨人用の建築物を見渡す。その一つ一つが現代の城郭にも匹敵する規模を誇っていた。
「……先生」
「何だい?」
「帰りませんか?」
「奇遇だね。私も少しだけそう思った」
二人が真顔で相談する一方で、カーリーだけは楽しそうに笑っていた。
「大丈夫だ! まだ襲ってきておらん!」
「安心材料になってません!」
エリリーが即座に突っ込むと同時に、さらに奥の通路から冷気を伴った風が吹き抜けた。遠く離れた遺跡の深部から、低く長い唸り声のような音が響く。
まるで山脈そのものが呼吸したかのような重低音とともに、周囲の温度が一段階下がった。
石壁へ張り付いていた霜が瞬く間に広がり、通路の床までもが白く凍り付いていく、エルドラゴンは笑みを消した、エリリーも無意識に杖を握り締める。しかしカーリーだけは一人その音の、声の意味を理解していた。
「……害さぬのなら良い、か」
「えっと、それは?」
「龍の声がウチにそう伝えて来た」
「ほう、ならコチラの意思も伝えられ無いかい?」
「どう言えば良い?」
「勿論、害すつもりは無いと。」
「分かった」
『ウチの名はカーリー・ブラッドソード!!汝の望み聞き届けた、我らは貴殿を害すつもりは無い!!』
カーリーの声が通路の奥へ響いた直後だった。
都市全体を満たしていた冷気が、まるでこちらの言葉へ耳を傾けるかのように一瞬だけ静まる。風の流れが止まり、凍り付いた空気が張り詰める中、遥か彼方から再び低い唸り声が響いた。
先ほどよりも近い。 いや、近付いたのではない。こちらへ意識を向けたのだとエリリーは直感した。
「うむ、プルイーナ殿に許可は貰えた大丈夫だろう」
「プルイーナ?氷柩龍プルイーナですか?」
「エリリー君は知ってるのかい?」
「えっと確か全身が透き通った氷の鱗に覆われた龍で、伝説ではその歩みは豊穣の大地を凍土へと変え凍てつく吐息は暗雲を呼ぶという、そんな龍種の一つです」
「なる程そんな龍が此処に居を構えていた訳か」
実際、周囲の光景は既に常識の範疇を超えていた。都市全体を覆うほどの広大な空間が凍結し、数千年稼働し続けていた防衛機構すら機能不全へ陥っている。もしこれが一体の生物による影響だというなら、それはもはや災害そのものだった。
「恐らく、此処は広くて住み易いのだろうな」
「そんなもの、何ですかね」
エリリーは半ば呆れたように呟いたが、カーリーは真面目な顔で頷いた。
「少なくともウチならそうするぞ。雨風は防げるし、敵も少ない。しかも勝手に動く守りまで付いている」
「確かに防犯性能だけは異常ですね」
エルドラゴンも苦笑しながら周囲を見回した。侵入してから遭遇した数々の罠や防衛機構を思い返せば、ここが住処として優秀だという意見を完全には否定できない。
そうして三人は再び歩き始めた。
進むにつれて冷気はさらに濃くなり、通路の壁面だけでなく天井や床までも厚い氷に覆われ始める。巨大な柱には透明な氷柱が幾重にも垂れ下がり、その内部へ閉じ込められた気泡が淡い光を反射していた。
やがて一行は巨大な広場らしき場所へ辿り着く。山の中をくり貫き天井を作り上げ、幾つかの半径数十メートルの天窓にて太陽の光を取り込んでいる。それは普通の大きさの人間が作るとなると気の遠くなるような年月を要するだろうと想像出来た。
本来なら都市の中枢へ続く交通路だったのだろう。しかし今やその景色は完全に変貌していた。
広場全体が氷河のような厚い氷に覆われている、凍結した噴水、氷漬けになった巨大な石像、半ば埋没した古代の建築物。それらが青白い輝きを放ちながら静かに眠っていた。
「これは……」
エリリーは思わず言葉を失った都市そのものが凍っている。単なる低温環境ではない。まるで数千年を掛けて都市全体が一つの巨大な氷塊へ変えられたかのような光景だった。
「予想以上ですね。ここまで来ると環境変化というより一種の魔力領域です」
「領域?」
「傷痕、瘡蓋やとも形容されるんですが。ある種の指向性を持った魔力が空間や土地に馴染むと、空間や土地そのものの魔力的な性質が変化、侵食される事が有るんです。」
「ほお、そんなことが」
「恐らくカルフォースも長時間一つの場所で聖火をだし続ければ似たようなことが起きますよ」
「そうなのか」
「しかし、大した年数をかけずに此処まで出来るのは龍種位なものでしょうね」
そんな説明をしながら、エリリーは凍り付いた都市を見渡した。その時、遥か前方で氷が軋むような音が響く。
ゴゴゴ、と。
地鳴りにも似た重低音が広場全体を震わせるとともに、凍り付いていた空気が僅かに揺らいだ。カーリーだけが嬉しそうに顔を上げる。
「うむ」
「どうしました?」
「どうやらプルイーナ殿も少し興味を持ったらしい」
その言葉と同時に、広場の奥深く、一際大きな建物の入り口と思しき場所で巨大な影がゆっくりと身じろぎした。
氷が軋む音は次第に大きくなっていった。まるで山そのものが身を起こそうとしているかのような重低音が広場全体へ響き渡り、それとともに周囲の冷気がさらに濃さを増していく。エリリーは思わず息を呑んだ。
吐き出した白い息が一瞬で凍り付きそうなほどの寒気だったが、不思議と恐怖だけではない感情も胸の奥で膨らんでいた。研究者としての好奇心である。
巨大な建物の入口付近を覆っていた氷塊が音を立てて崩れ落ちる。その奥から現れた影は、最初こそ建築物の一部かと思われた。しかし影がゆっくりと動き、長大な首が持ち上がった瞬間、それが生き物であることを誰もが理解した。
陽光を受けた鱗は透き通る氷そのものだった。青白い光を内側へ宿した結晶質の鱗が幾重にも重なり合い、その身体を覆っている。
巨大な翼は半ば折り畳まれているにもかかわらず周囲の建物より大きく、僅かに動くだけで凍てつく風が広場を吹き抜けた。
「……大きいな」
「そうですね。私も資料で読んだことはありましたけど、実物は想像以上です」
対照的にカーリーだけは嬉しそうだった。
「うむ! 立派な龍だな!」
その言葉に応じるように、氷柩龍プルイーナは静かに瞳を細めた。すると広場へ満ちていた冷気が僅かに揺らぎ、三人の頭の内側へ直接響くような声が流れ込んでくる。
『久しいな、陽光の神剣を持つ者は。しかもこの気配は……まさか新たに芽吹くとはな』
低く、それでいて澄み切った声だった、カーリーは驚く様子もなく頷く。
「うむ! 久しいかは分からぬが、会えて嬉しいぞ!」
あまりにも自然な返答だったため、エリリーは思わず隣のエルドラゴンと顔を見合わせた。どうやら交渉役は完全にカーリーへ任せるしかないらしい。
そんな二人を余所に、古代都市を氷で覆い尽くした龍は静かに首を傾けると、まるで興味深い存在でも見つけたかのように三人を見下ろしていた。