奇蹟のカーニバル
開 幕 だ
「なぜニヤニヤしているんだ、真白」
「それはな達也くん、青春じゃよ」
「は?」
青春といえば異能バトル。異能バトルといえば青春。
今、私の目の前でバトルが勃発しようとしていた。
そう、模擬戦である!!
達也くんVS服部うんぬんかんぬん千手観音副会長による一騎打ち!
うおおおお!!!
「Finally! A Worthy Opponent! Our battle will be legendary!」
「別に君が戦うわけではないだろう……」
なんで急に模擬戦やることになったのか、理由なんてどうでもいいんだ、重要なことじゃあない。
レディーファイッ!
「勝者、司波達也」
恐ろしく速い決着、私でなきゃ見逃しちゃうね。
「はぁ……」
「何をそんなに残念がっているんだ」
「もっとバカスカ撃ちあったり頭脳戦繰り広げるのが見たかったとです」
でもなんか、達也くんもテクいことしてたみたいだ。感想戦はそこそこ面白かった。
理学的というより工学的な発想で、私には無い視点だった。
「君はもしかして戦闘狂か?」
「いえ、実戦経験はあまりありません。ご存じかと思いますが、私は戦闘魔法師ではなく魔法研究者なので」
「なら何故そこまで模擬戦に興奮していたんだ?」
「スポーツ観戦みたいなものかしら?」
「だって、魔法ですよ? バトりたくありませんか?」
「君は一体何を言っているんだ……」
呆れる摩利先輩。
「そこまで好きなら、真白さんもやってみますか?」
七草先輩が苦笑しながら、私に提案する。いいんですか!?
というわけで、本日2回目の模擬戦が行われることになった。
カードは私VS七草先輩。
十師族の相手は十師族ということだろうか。
摩利先輩が再度審判を務める。
「ガントレット型、もしくはグローブ型ですか?」
「はい」
私がケースからCADを取りだすと、中条先輩が興味津々で観察する。先の達也くんのシルバーホーンのこともあって、デバイスオタクに熱が入ったようだ。
ケースの中から取りだしたのは、グローブ型のCAD。それもかなりごつい、金属製の物だった。
CADと言えば汎用型なら腕輪型やタブレット型、特化型なら拳銃型がポピュラーだが、グローブ型のCADも特段珍しいわけではない。
ただ、その本来の用途を考えれば、魔法研究者を自称する私が身に着けるのは少し意外に思えるかもしれない。
「ほう。もしかして近接戦闘にも心得があるのか?」
メリケンサックのようなナックル型や、手を覆うグローブ型にするメリットは、戦闘中に手から落ちないことと、CADを構えたまま拳で近接格闘に持ち込める点だ。
「いえ、インドア派なので運動とか苦手ですよ。これは趣味みたいなものです」
そう言って拳のスイッチを押すと、中指と人差し指からガラス質の長い爪が伸びた。
名付けて『ピンセット』。そう、あの『ピンセット』である。
「え、えぇ……何ですそれ?」
見た事もないトンチキな形状のCADを見て、流石の中条先輩も困惑する。
「また珍妙な……鉤爪タイプ、とでも呼ぶべきでしょうか」
「やはりそれで引っ掻いて戦うようにしか見えないんだが?」
「そんなことしたら壊れますよ。こいつは精密機器なので、戦う時は仕舞います」
スライド音と共に、爪がグローブの中に格納される。
「んーでもそうですね……。七草先輩、今からすごく舐め腐ったことを言います」
「な、何かしら」
「正直勝てる気しかしないので、ハンデを付けさせてください」
空気が凍る。
「七草の者として、そこまで言われると物申したくなるわね」
「先輩相手に大口を叩いた者だな……と言いたいところだが、互いに十師族だ。この際、学年の差というのはあまり意味がないのだろうな」
「それで、ハンデとは何なのでしょう?」
折角用意したCADだが、私はグローブをケースに仕舞うと中条先輩の方へと歩いていく。
「中条先輩」
「は、はいっ!?」
「持っててください」
「え、これ、真白さんのCADじゃ……?」
「CAD無しで戦うつもりか?」
「いえ、使いますよ。
「なら、何故預けた?」
「んー……あー……めんどくさい。始まれば分かります」
説明しても信じられないと思うし、見せた方が早い。
私は素手で、CADを持った七草先輩と向かい合う。
「お互い何かと厄介な家柄ですから、威力は絞りましょう。どんなに弱い魔法でも構いません。相手に一撃与えれば勝ち、ということにしませんか」
「おいおい、CAD無しで純粋な速度勝負に持ち込もうというのか?」
七草先輩が、ハッと何かに気付く。
「……まさか、BS能力?」
私の、『四葉真白』の固有魔法、BS能力といえば世間に知られた物だ。
それこそ、魔法師でなくとも知っている。
「真白さんがそれを望むなら、私は構いません」
恐らくこの場の誰よりも理解している七草先輩は、一分の油断も見せず、覚悟の決まった顔で提案に応じる。私は、何も持っていない片手を前に突き出した。
「始めっ!」
合図と共に私は―――ネットワークのキャッシュから魔法式をアクティベートした。
光に包まれた私の手に、グローブ型CADが出現する。そこからきっかり0.1秒後。
私がCADを用いて発動した魔法は、七草先輩の体を後ろへ押した。
「きゃっ!?」
まさか先手を取られるとは思っていなかったのだろう。七草先輩はよろめいて体勢を崩し、尻餅をついた。
うーん、十師族でもコンマ1秒の壁は越えられないのか。
魔法師の限界って軍事的機密情報だから、一般に公開されてるのって参考にならないんだよね。兵器のスペックを正直に申告する国なんていない。実は十師族レベルなら……と思ったけど、流石にこんな所で手の内は明かさないか。
「しょ、勝者、四葉真白……?」
自分の判定に自信が持てないのか、摩利先輩が尻すぼみに宣言した。
できれば負けたかった。というのは嘘だけど、負けるくらい張り合いのある戦いをしたかった。
でもこれ以上手加減すると実技の成績と矛盾するんよ。
「いつの間にCADを……移動魔法でしょうか?」
「でも、真白さんのCADなら私がまだ持ってますよ。ほら!」
市原先輩が、中条先輩が抱えるケースを開けて中に『ピンセット』があることを確認した。
「CADが二つ……? 隠し持っていたのか?」
「いえ、真白さんの手は前に出していましたし……懐から取り出した瞬間は見えませんでした」
他でもない相対していた七草先輩が、何かに気付いたかのように青い顔で否定する。
「すると……どういうことだ?」
そこで、達也くんが口を開いた。
「今のが、物質生成魔法か」
見れば、達也くんは深雪ちゃんを背に庇っていて、その手にはCADが握られていた。
「お、お兄様……?」
「達也くん……?」
「いえ、すみません。起動式の展開が余りにも速くてびっくりしたもので。つい反射的にCADに手が伸びてしまいました」
構えたCADを、ゆっくりと下げる。
深雪と七草先輩の困惑の目に、達也くんはこの場の皆に深々と謝罪した。
「達也は体術に精通しているのだったな……そういうこともあるだろう。私もちょっと体が動きかけた」
あ、殺気に反応するとかそういう奴? すげー、リアルにいるんだそういう人達。
ともかく摩利先輩の擁護のおかげで、その場は収まった。
「それで達也くん。貴方もやはり、今のは物質生成魔法だと思うのね?」
物質生成魔法。
それは私の、四葉真白の代名詞だ。
「つまり、魔法でCADを生成したと?」
「それじゃあ中に収められていた起動式や感応石ごとってことになりませんか!?」
「物質生成魔法は複雑なものや大きなものは生成できないと聞いていますが……」
七草先輩は、私がCADを持たないハンデを申し出た時点で物質生成魔法を使ってくると確信していた。
だが、まさかCADを生成するとは思っていなかったと見える。
「いえ、大きさに関しては国が買い取っている金塊を生成できる時点で可能でしょう。……彼女になら」
「その通りです。流石に公開している起動式そのまんまだとできませんけどね」
一部の、最も基礎的な物質生成魔法は起動式まで公開している。
だがそれは、大仰な実験室を用意して素粒子の軌道や分布を制御したり、対生成を行うことで、常温下で核融合等によるエネルギー発生を伴わずに任意の原子一つを生成する魔法である。
元素ごとに工程や必要な材料・条件が異なるので現行の計算機技術では不可能なほどの演算が必要なところを、多様な単体元素(重すぎる元素や放射性同位体とかは除く)の作成に対応した起動式群を公開した点が評価されてる。プログラミング言語でいうところのライブラリみたいな感じかな。
「つまり、今のは非公開の魔法ということか?」
「んー。起動式を公開していないだけで、魔法そのものは発表済みです」
公開しているやつと、私が使っていると公言している『物質生成魔法』は、大きく異なる部分がある。
私専用の方は、全て対生成を介した物質生成魔法。その理由は、大規模一括生成のために構造情報の上書きを用いるため。
まず第一工程として、対消滅やら未元物質やら振動魔法やらで光、つまりエネルギーを確保する。
次に構造情報をエネルギーに直接転写することで、二光子対生成を行う。この時、達也くんの『再成』のようにエイドスを直接上書きする。この方法では、通常の対生成と異なり反物質を生成することなくエネルギーを100%物質に変換できる。
通常であれば『それ自身でないエイドス』で改変されると復元力が働いて戻ってしまうが、この方法で復元力は起こらない。何故ならこれは、変更後のエイドスという金型を作ってやって、通常の分布制御などで光子を衝突させ対生成を起こしているに過ぎないからだ。魔法で熱を起こして物質を変形させた場合、魔法が終了しても元の形には戻らないのと同じ原理である。『物質生成魔法』だけでなく『物質変換魔法』も同じ原理で、一度対消滅で完全にエネルギーに戻してから対生成を行っている……という説明で通している。
言葉を濁したのは、私自身もこれにはまだ裏があると思っているからだ。おおよそ検討はついてるんだけど、結論を出すのは今やってる研究次第かな。
なお、一部の魔法研究者達は私の『エイドス金型仮説』に懐疑的である。エイドスによる復元力が本当に回避されているのかというのは勿論、この方法には他に3つの大きな疑義が存在するからだ。
一つ目は、物質の元となるエネルギー。
振動魔法などで光にエネルギーを付加すれば解決……と思いきや、物質量規模の物体を生成しようとするととんでもないエネルギーが必要になり、まず魔法力が足りない。
素材として相当質量を用意する『物質変換魔法』の方は、この問題は無いんだけど。
二つ目は、対生成を起こすための光分布と軌道制御。
変換前後のペアの位置が少しでも違えば異なる変数を代入する必要があり、人間技とは思えないほどの演算能力、多変数制御を要求する。それを実環境の激しい外乱下で臨機応変に、かつその時々で創りたいものに合わせて物質量単位の数の変数を調整するなんてのは神の芸当だ。私がその辺でホイホイ使えてるのはおかしい、というごもっともな指摘が入っている。
三つ目は、生成したい物質の設計図であるエイドスをどう作るか。
達也くんの『再成』は過去のエイドスをコピーして現在に上書きすればいいけど、『創造』魔法は無からエイドスを作る必要がある。物質量単位での構造情報の演算は、砂粒一つ一つを吟味して配置し、地球規模のボクセルアートを作り上げるようなものだ。
そのためには膨大な演算能力は勿論、大規模な物体のエイドスというものがどういうものか経験的に知っていなければならない。つまりエイドスを直接読み取れる『精霊の眼』がなければ、大規模『創造』魔法は不可能である。
この3つは、だいたい未元物質が関わっているから説明のしようがない。御母様からの圧力がね……。
だからまあ、公開できない理由とか原理とかは、色々建前を使って誤魔化すしかない。
「別に私が使ってる起動式を公開したくないというわけではありませんよ。ただ、起動式そのものには意味が無いんですよね」
「というと?」
「起動式に組み込まれる現在の各素粒子の座標や物理状態に対応した変数を、魔法師がその場で考えて代入してあげないといけないので、公開しても意味がないんです」
変数を減らせば魔法師の負担は減るが、その分格納すべき定数が増えて起動式は大きくなる。
「参考までに、人間一人を素粒子レベルで物理状態を記述すると、余裕で
「く、くえ?」
中条先輩が愛らしく小首を傾げる。
「10の30乗です」
達也くんが補足した。
仮に実験室環境で何もかも定数化できたとしても、今度は起動式を読み込む負担が増えるし、現実的ではない。そもそもそんなバカでかい起動式を収めるためのCADが存在しない。
「え、じゃあ真白さんはどうやってそんなことを?」
「よく使うものなら、私の場合はここに全部入ってるので」
ピンセットの爪で頭をつつく。
「その、10の何とか乗規模のデータが、か?」
「……」
全員固まった。
ここまでの小難しい理屈に比べて遥かに明快なだけに、やっていることの異質さが際立つ。
「ありえないでしょう……」
流石に黙っていられなくなったのか、静観していた服部何某副会長が、ぼそりと呟いた。
「私の魔法技能に常識は通用しません」
「魔法技能とかいう範疇か、これが……?」
「まあそういうわけで、私以外には使えないんです。正真正銘固有魔法ですね」
「どうやってそんなことを、と聞きたいが、マナー違反以前に聞いても意味がないか」
「ええ。BS能力なので、才能としか」
これがあるから、私以外の魔法研究者達は構造情報の上書きを伴わない、最も基礎的な物質生成魔法を発展させる方向性に舵を切っている。物質量レベルの大規模一括生成を非現実的だとして、少しずつ金原子を生成して結晶核に順次結合していく手法が活発に議論されている。今のところはまだ数十数百がやっとだが。
「真白さん。貴女の実力がよく分かりました。校内で貴女の身を心配する必要は、あまりないかもしれませんね」
「ああ。『四葉』という色眼鏡で見ることが失礼に当たるくらいに、君の個人の才覚は常軌を逸している」
「私も最初はちょっと怖かったですけど……家柄で真白さんを見ることは、今後はしません!」
中条先輩からケースを返して貰う。
と、ここまで口元に手を当てて驚いているだけだった深雪さんが、私へ言葉を掛ける。
「私も、真白さんがここまで凄い人だとは思いませんでした。お友達になれて光栄です」
「やめてよ。深雪ちゃんにかしこまられると、いよいよ距離の近い友達がいなくなるから……」
「ふふ。私はいつもこうですよ」
まあ、友達といっても従妹なんだけどね。
それと、深雪ちゃん?
達也くんの