続きを待っていてくださった方々には、大変お待たせいたしました。最新話です。
久しぶりだったのもありますが、大人たちの会話が難しかったです。難産でした。温かい目で許していただけると幸いです。
前置きもほどほどにしまして、本編へどうぞ。
特務機関ネルフ。
その中にある暗闇で閉ざされた奇妙な部屋の中に、6つの光が灯った。
床から発せられた光は、部屋の中にいた6人の姿を暗闇の中に浮かび上がらせる。
厳つい顔つきの男、枝のように細身の男、豊かな口髭を持つ男、不遜な笑みを浮かべる男と様々だが、いずれも野心を秘めた瞳を覗かせる鋭い目の持ち主達であり、ただ者ではないことは容易に察せられた。
そして、部屋の闇に溶け込むような長方形の黒テーブルで2人ずつ向かい合って座る彼らに加え、ネルフの総司令官である碇ゲンドウ、対面にSFチックなバイザーを付けた白髪の老人が座る。
全ての席が埋まっていることを確認し、バイザーを付けた老人_もといキール・ローレンツが厳かに口を開いた。
「定刻だ。」
その一言を皮切りに、裏から世界を操る者達による意志決定会議が始まった。
秘密結社ゼーレ。
それは古くから存在し、陰から世界の情勢を意のままに操ってきたとされる謎の組織。
彼らはとある壮大な計画を成すために、人類補完委員会という秘密機関を隠れ蓑にし、今日もまた世界の裏側で暗躍を続けていた。
そんな彼らが、遠隔通信を用いたホログラム越しとはいえ、こうして一堂に会したのには理由がある。
それは他でもない、先日の使徒日本侵攻についての報告及び議論を行うためである。
かの謎生物にして大怪獣でもある使徒の日本侵攻は、彼らにとって今最も注目を集めている事件であった。
というのも、先日の使徒と人類の交戦は彼らの成そうとしている計画とけっして無関係ではなく、むしろ計画を成すために超えなければならない関門とも言うべき出来事だったのだ。
故に、彼らはこうして顔を突き合わせ、先日の使徒侵攻についての会議を始めた。
席の最奥_ゲンドウと対面に位置する男_キール議長が会議を進行させる。
「碇よ。
その瞬間、ゲンドウとキール議長を除く他メンバー達の視線が一斉にゲンドウへと向いた。
この時、普段通りであれば、彼らはゲンドウのネルフ運用に関して小言や皮肉を口々に言いだす場面だった。
しかし、今回は違った。
何時にもまして静かな会議室。だが、それを違和感と感じる人間はこの場にいない。
いや、正確には
その違和感の出処というのは、実は既に判明している。
最初に口火を切ったキール議長、そして他ゼーレのメンバー4人が物珍しそうに注目を向ける先。
そこには、何故か”顔半分を覆うほどのデカイ紙マスクを着けた”碇ゲンドウがいた。
ゼーレのメンバー達はいつものような威圧的な声ではなく、コソコソと噂をするような控えめな声で話し始める。
(彼は風邪でも引いたのか?)
(そんなまさか、彼はあの碇ゲンドウだぞ。我々に対して、わざわざ会議に出席してまで弱っている姿を晒すはずがない。)
(左様。マスクのせいで表情はよく見えないが、顔色自体は悪くないように見える。何かしら別の理由があるのではないかね?)
(何かしら別の理由か……もしや実の息子に、いきなり初号機に乗せられたことについて殴られでもしたか?)
ゼーレメンバー達はまるで井戸端会議に夢中な主婦のように、100%不審者にしか見えないゲンドウのマスクの下には何が隠されているのかと様々な憶測を飛ばしていた。
まさか病気で弱っているからマスクを付けているとは誰も考えず、ほとんどの意見が「ブチ切れた息子と喧嘩したんじゃねーの?」「それで顔の怪我を隠してんじゃねーの?」というものばかりだった。若かりし頃のゲンドウの素行の悪さをある程度知っている彼ら故に、息子の方もそれなりに手が出やすいんじゃないかと勝手に想像していた。
そうして、ようやくゲンドウのおかしな格好に慣れ始めた彼らが、それをネタに突っついてみようかと口を開きかけた時、キール議長の厳格な声が会議室に響いた。
「静粛に。今は会議中だ。私語は慎むように。」
その一言で、ヒソヒソと囁いていたゼーレメンバー達は一斉に口を閉ざした。ゲンドウを舐めまわすように観察していた目線も無くなり、ゲンドウは心做しかほっとしているかのように肩から力を抜いた。
しかし、彼に気を抜いている時間は1秒たりとも存在しない。
なぜならば、今回の会議の本題は、今までの定期報告会や当初に想定していた第三使徒迎撃の結果報告とは全く異なる、想像の斜め上を行った結果について認識を擦り合わせる必要があったからだ。
そんな、彼らの全ての関心を根こそぎに奪う”例の存在”が、報告書を読み込んだ彼らの脳裏に染みついて離れないでいる。
「碇。」
「はい。」
キール議長の呼びかけにゲンドウは応える。顔の前で組んだ手の下_今回はでっかいマスクの下_で、ゲンドウはキール議長が次に口にする言葉を予想した。
そしてそれは、彼にとって面白いほどに的中していた。
「第三使徒を倒したという例の存在、アンノウンについて説明してもらおう。」
「言うと思った」とゲンドウは内心で呟いたが、顔色一つ変えずにキール議長の言葉に答えた。
「第三使徒を殲滅したアンノウンについては、現在調査中です。現時点において、詳細は判明しておりません。」
「……それだけか。」
「はい。」
しばしの沈黙の後、キール議長の言葉とバイザーの下に隠れた鋭い視線を受けつつも、ゲンドウは淡々と答えた。
すると、ゲンドウの報告に納得のいかない様子のゼーレの他メンバーたちが、閉ざしていた口を次々に開き始めた。
「使徒に匹敵するほどの戦闘能力を持ち、しかも単独でこれを制圧したと言うではないか。」
「アレは我々の想定には含まれていない。」
「左様。計画外要素としてはあまりに大き過ぎる。」
「アレを排除するにしても、君にはその手立てがあるのかね?」
「零号機は未だ起動実験すらパスしておらず、初号機も戦わずして戦闘を放棄する始末。アレの正体を突き止めるのも大事だが、ネルフとエヴァの運用に関して、一度見直しが必要なのではないかね。」
「聞けば、君はあのおもちゃを自分の息子に与えたそうではないか。」
「人、時間、そして金。いずれも無限に湧き出てくるわけではない。全てが手遅れとなる前に、早急に手を打たなければならんのだよ。」
ゼーレメンバー4人からの追及を黙して受け流していたゲンドウ。彼らが一通り喋ったところで、ゲンドウが口を開こうとする。
しかし、それを遮るように新たな追撃が彼に迫った。
「君の息子と言えば、戦闘中にアレと互いの名を呼び合っていたな。」
「左様。映像にも一部始終が記録されている。とても偶然とは思えん。」
「君はアレの正体については調査中と言ったが、本当は何か知っているのではないのかね?」
「或いは、そもそもアレは君が我々に対して秘密裏に用意していた新兵器という線もありうるな。」
ゲンドウを問い詰める4人の目つきが一気に疑念の色を濃くしていく。彼らの発する声にも、幾分か攻撃的な熱が伴い始めた。
「静粛に。」
しかし、ヒートアップしかけた彼らの攻撃をキール議長が止め、脱線しかけた会議を元の路線に戻した。
全員が口を閉ざしたのを確認し、キール議長がゲンドウに問いかける。
「碇、改めて確認する。君はアンノウンの正体について、現時点で把握している事実はない。……間違いないな?」
「間違いありません。」
ゲンドウの提出した報告書を掲げて最終確認を行うキール議長に対し、ゲンドウは相変わらず顔色一つ変えずに肯定した。
「……そうか。では、君に命ずる。」
キール議長はゲンドウの返答を受け取ると、そのまま彼に遂行すべき任務を与えた。
「ネルフの最優先事項の一つとして、当該個体の調査をこれに加える。
周知となった使徒に関する情報操作。
使徒迎撃体制の維持。
ならびに、当該個体の正体、能力、目的の究明。
判明次第、直ちに報告し、適切に対処せよ。」
「了解しました。」
キール議長の下した結論に対し、ゲンドウはただ頷き、応えた。
それを見届けた他メンバーたちも、それぞれゲンドウに対する不信を抱きながらもそれ以上の追及を止め、議論の隅に追いやられそうになっていた予算の見直しやネルフの世間への対応について意識を切り替えていく。
議題は変わり、彼らの会議は普段よりも少しだけ長引いたのだった。
人類補完委員会との会議を終えてから、およそ10分後。
無駄にだだっ広い自身の執務室に戻って来たゲンドウは、いつものポージングを崩さぬままに椅子に座っていた。その背中は心なしか、草臥れているようにも見えた。
その隣で、僅かに疲弊した様子のゲンドウを見つめる男がいた。彼の名は冬月コウゾウ。ネルフの副司令官を務める老練の男である。
彼はゼーレとゲンドウの会議には直接参加はしていなかったが、部屋の隅で話だけは聞いていた。故に、冬月はその時の光景を思い出しながら口を開いた。
「やはり老人どもも、アレの存在が気になって仕方がない様子だったな。」
「当然だろう。ヤツは間違いなく死海文書には記されていないイレギュラーだ。ゼーレのシナリオに無視できない影響をこれから与えていくに違いない。」
「私たちの計画も見直す必要がありそうだな。」
冬月の返答に対し、ゲンドウは肯定も否定もしなかった。普段ならば多少のイレギュラーに対して「問題ない」と言い切る彼だが、さすがにアレはイレギュラーが過ぎる。彼らの想定していた機材やエヴァ側のトラブル、ゼーレや日本政府などからの組織的な妨害などを想定していたが、まさか詳細不明の使徒レベルの怪物が新たに現れるとは誰が予想できただろうか。
冬月は早速先行きの怪しい未来に溜息をつかざるを得なかった。
「戦闘中のアレからは奇妙なデータが収集できたらしい。解析した波形からはATフィールドと思われる波長こそ見られたが、それと混じり合うようにして今まで見たこともない照合不能な波長を観測したと報告があった。赤城くんもヤツの解析には相当手間取っているらしい。」
つまりは先程のゼーレへの報告と同じく、「現時点では何も分かりません」ということだ。しかし、たった一つだけ、アレの謎を一気に解明できるかもしれない鍵が存在する。
「しかし、一つだけ気になることがある。老人たちも言及していたが、アレはお前の息子と面識があるような口ぶりで言葉を話していた。実際の所、何か心当たりがあるんじゃないのか?」
「…………シンジをここへ呼び寄せる際、預けていた先での様子について、諜報部に調査報告をまとめさせた。その中に、アンノウンと関係のある可能性が高い存在について報告がされていた。」
「何?それは一体誰だ?」
「詳細については今調べさせている。だが、現時点で分かっていることは、その”少女”はシンジと深い親交があったということだ。」
「少女……まさか、ゼーレから送られてきた刺客か?」
「それは無い。その少女は3年前に交通事故で死亡している。既に死んだはずの自分たちの手駒が
「……碇、それではまるで、死んだ人間があの怪物に変じてこの世に現れたような言い方ではないか?お前はあの怪物の正体が、死んだ少女が化けて出た霊だとでも言うつもりか?」
冬月の胡乱気な眼差しを受けたゲンドウだが、彼はフッと笑みを浮かべて肯定した。
「そのまさかだ。」
「馬鹿な、あり得ん。そんな非科学的な存在が本当にこの世に存在するとでも?」
「魂という概念自体、数年前まではただの空想の域を出なかった。しかし、我々人類はその無形の概念を自由に操作する技術を手に入れ、魂の存在を立証した。幽霊が存在したところで何もおかしなことはない。」
「だとしても、魂が肉体という器を持たずして存在するなど、そんな話があり得るのか。」
冬月は取り乱しこそしなかったが、予想だにしなかったアンノウンの正体の可能性に理解が追い付かずにいるようだ。しかし、ゲンドウはまるですべてを察しているかのような不敵な笑みを浮かべて言った。
「幽霊または悪霊……そういった巷で語られる霊的存在の多くは、この世に未練を残して死んだ者が現世に魂を縛られた者とされている。奴もおそらくその類だろう。」
「つまりは、彼女は
「執念……それよりももっと適切な言葉があるだろう。」
「”愛”だ。シンジに向けた執着とも言える愛。それが、アレをこの世に縛り続けている呪縛だ。」
そう言い切ったゲンドウの言葉を聞いて、冬月は第三使徒戦の記録映像を脳裏に思い浮かべた。そして映像で見たリカのシンジを気遣う様子と、ゲンドウの語った理論とを噛み合わせ、不本意ながらも妙に納得してしまった。
「なるほど、お前がそう言うのならそうなのだろう。ユイ君にもう一度会うために、この世界を巻き込もうとしているお前が言うならな。」
冬月は「またとんでもない奴が増えたってことか」と内心頭を抱えつつ、自分たちの計画を見直すために自分の執務室へ向かうために部屋の出口へと歩き出した。
そして、ふと思い出した様子でゲンドウへと振り返った。
「ということは、お前のその
「………………。」
冬月の指摘を受け、先程まで饒舌だったゲンドウの口は石のように固く閉ざされた。デカいマスクで隠れているせいで分からないが、その白い布の下には、ちょうど顎の割れ目でつるつるの顎ともっさりと残っている髭が左右分かれているという奇妙なスタイルになっていた。
言わずもがな、祈本リカが病院でゲンドウに振りかけた呪いが発動した結果である。
「いっそのこと、全て剃ってしまえばいいんじゃないのか?」
「…………出来たらそうしている。」
「?……何かできない理由でもあるのか?」
「…………残った髭を剃ろうとしたら、毎回剃刀が突然粉々に砕け散る。そのせいで髭を剃ることができない。」
「………………ご愁傷様。」
冬月は「くわばらくわばら」と呟きながらゲンドウの執務室を後にした。その背中をゲンドウは恨めし気に睨んでいたが……安心するといい、碇ゲンドウ。
今後、リカはゲンドウのすぐ傍に立つ怪しい老人___すなわち冬月の姿も目撃した瞬間に『シンジが酷い目に遭うことになった元凶その2』とカウントすることになる。
よって、いつの日か彼にも「しょうもないけど死んだほうがマシな恥をかく呪い」をかけられることになるというわけだ。
そんな未来など露ほども知らない二人であったが、とりあえず確かなのは、ゲンドウはここしばらくの間、デカいマスクで左右非対称の髭面を隠し続ける生活を送らなければならないということだった。
一方その頃___
『ハックション!!』
「大丈夫、リカちゃん?」
『ずずっ……うん、大丈夫。きっと誰かが私の噂をしているんだ。』
「リカちゃんの噂?僕以外にはリカちゃんの姿が見えないし、ミサトさんも声しか聞こえないんだから、噂する人なんていないと思うけど……。」
『やっぱり見えなくても、美少女としてのオーラってやつは隠しきれないものなんだね〜!』
「美少女としての、オーラ?」
『ちょっと、なんでそこに疑問符つくの?』
不服そうなリカは、シンジの視界に割り込んでジト目で彼を睨みつけた。
ぷく〜っと頬を膨らませるリカに割り込まれ、シンジは顔を青ざめさせて途端に慌て出した。
「ちょ、ちょっとリカちゃん!これじゃ前が見えないよ!」
『別にいいじゃん。
そう言ってリカが視線をよこした先には、市街地の中心でボーッと立ち尽くす第三使徒サキエルの姿があった。
しかしリカの言う通り、サキエルにはシンジ達を襲う様子はおろか、その場から動く様子も見受けられない。
それもそのはずだ。シンジとリカの乗る初号機が対面しているのは3Dモデルで再現された偽物のサキエルであり、シンジ達の乗る初号機も手足はおろか装甲すら無い機械丸出しの実験機が初号機とリンクしているに過ぎない。そして、ダミーの初号機の立つ市街地も全てスクリーンに映されたただの映像でしかないからだ。
その時、2人の搭乗しているエントリープラグ内に通信ウィンドウが開き、赤城博士の咎める声が響いた。
【シンジ君、今は訓練中よ。お喋りはやめて、訓練に集中しなさい。】
「は、はい。すみません……。」
【
『は?そっちに指図される言われはないんですけど?』
(いや、あるでしょ普通に……。)
何故か逆ギレして通信ウィンドウ越しに赤城博士を煽るリカに、シンジは心の中でそう突っ込んだが、決して口出しはしなかった。触らぬ神に祟りなしというやつである。
さて、本来ならばシンジがリカの言っていることを通訳しない限り、今のようなリカの言動が赤城博士及びその他の人間に伝わることはない。故に、リカがとんでもない問題発言をした場合でも、シンジが無言を貫けばそれが他者に知られることはないのだ。
ではそもそも、なぜ赤城博士は見えもしないし声も聞こえないはずのリカの存在について知っていて、さらに邪魔をしていたリカに注意をできたのか?
その答えは、赤城博士の後方で訓練の様子を見守っていた”彼女”からの情報提供が原因だった。
「はぁ……これでもう邪魔しないでくれたらいいのだけど……”ミサト”、あなたからリカちゃんに言ってもらうことはできないの?」
ここ数日間、エントリープラグ内でシンジとお喋りしてばかりのリカと同じやり取りを何度もしていた赤城博士は、疲れた様子で眉間を指で揉みほぐしながら、背後を振り返って親友のミサトにそう尋ねた。
そう、リカの存在を教えたのはシンジでなく、他でもない葛城ミサトである。
と言うのも、NERVの作戦指揮官である彼女には作戦に有用な情報やエヴァパイロットとなったシンジの様子について、上司であるゲンドウに報告する義務があった。故に、アンノウンの正体であるリカのことを報告することについて、”あの日”の翌日に彼女はリカとシンジに相談を持ちかけたのだが___
『別にいいよ、喋っても。だけど全部はダメ。だって、そんなにすぐに私の正体が分かっちゃったらつまんないじゃん?だから〜、あの髭面にはそれとなーくぼかしといてくれると嬉しいなぁ?』
そんな感じで静かに圧をかけられたため、ミサトはとりあえずこの世で最も頼れる存在にしてNERVの頭脳である赤城博士にリカのことについて話した。そして、その分析結果がゲンドウに伝えられたという構図になっているのである。これにより「シンジを引き取るまでしたのに
とは言え、その進捗は今朝方にゲンドウに提出された報告書の通りではあるのだが……。
話を戻そう。
赤城博士の言葉を受けたミサトは、両手を持ち上げて「お手上げ」を表現して見せた。
「無理よ。あの子はシンジ君の言うことしか聞かないもの。」
「そのシンジ君を引き取ったのはあなたでしよ?」
「使徒をボコボコにできる守護霊のおまけ付きなんて分かるわけないじゃない。あの子は私達が制御できるような存在じゃないわ。それこそ、リカちゃんの正体について決定的な情報が得られない限りは……。」
「貴女から聞いた情報を参考に第三使徒迎撃戦のデータを分析してみたけれど、あまりにサンプルが不足しているわ。祈本リカが使徒と分類できる存在なのか、或いは全くの別物なのか、そもそも現代の科学力で測れる現象なのか……彼女のことについて知るには、もっと多くのデータと時間が必要ね。」
二人がそんな風に話をしている時だった。不意に、オペレーター達の向き合う機械からけたたましいアラートの音が響き渡った。
NERV本部に響くような使徒襲来を告げる警報ではない。シンジ及び初号機の訓練のシミュレーションプログラムに不測の事態が生じた事を告げる警報だった。
「一体何が起きたの?」
「射撃訓練用シミュレーションプログラムに何者かの介入を検知!映像出ます!」
赤城博士の言葉に真っ先に答えた伊吹マヤがプログラムを操作し、初号機が訓練中のシミュレーション映像を上部のモニターに表示した。
ミサトと赤城博士の視線がモニターに集中する。そして、映し出された映像に二人は唖然としてしまった。
時間は数秒前に遡る。
リカが隣に退いたことで視界が開けたシンジは、中断していた射撃訓練を再開した。
しかし、おもちゃの銃を握ったことがないのに、本物の銃を扱うなんて無茶にも程がある。しかも自分の手で持つのではなく、同期している感覚が約半分未満のエヴァの手で持つのだから、その感覚に慣れるのにも時間を要する。
故に、シンジは途切れた集中力を掻き集めて「目標をセンターに入れて、スイッチ……目標をセンターに入れて___」と呪文のように言葉を繰り返しながら初号機(ダミー)の持つライフルの引き金を引いた。
この時、リカが黙っていられた時間は5秒にも満たなかった。
『暇。ちょー暇なんですけど。』
「目標をセンターに入れて、スイッチ……」
『ここ最近
「目標をセンターに入れて、スイッチ……」
『訓練なんて言うくらいなんだから、もっと動きとか取り入れたらいいのに。これじゃあただの射的じゃん。』
「目標をセンターに入れて、スイッチ……目標を___」
『……せや、イイこと思いついた!』
まるで天才的発想を得たかのように顔を輝かせながら、リカはそう言ってポンっと手を打った。
突如、エントリープラグ内からリカの姿が消滅した。だが、それを唯一視認できるシンジは訓練に集中していて気づいていない。
そして、赤城博士達の制御室が異変を察知したのと同時に、シンジはようやくリカの暴走に気づいた。
撃ち倒されては何度も起き上がるサキエルの3Dモデル。しかし、シンジが今しがたソレを撃破した次に現れたのはサキエルではなかった。
『ばあ〜〜〜〜!!』
「目標をセンターに……って、リカちゃん!?」
なんと、サキエルの代わりに現れたのは特級過呪怨霊としての姿を解放したリカであった。
リカは起き上がろうとしていたサキエルの3Dモデルを両手でコネコネと丸めると、初号機に向けて構えた。
『次はリカと遊ぼォ〜〜〜!!』
次の瞬間、初号機に向かって投げられるサキエルだったモノの豪速球。
シンジは慌ててエヴァを操作し、反射的に体を屈めてその殺人級の豪速球から身を躱した。
「あっ……ぶなかった。ちょっとリカちゃん!いきなり何するのさ!?それと、どうやって映像の中に入ったの!?」
『さぁ?よくわかんないィ。ヒューとやってヒョイっみたいな感じ?』
「それじゃ何もわかんないよ!?」
『細かいコトは気にしな〜い!それよりも~、リカとあ〜そ〜ぼ〜〜!!』
リカはそう言うと、再び現れようとしていたサキエルをまたボールに変え、初号機に向かって投げつけた。
たまらずソレを回避したシンジだったが、連続して投げてきたサキエルボールを避けられず、顔面に直撃して尻もちを着いてしまった。
ボールが当たったのを見てリカは楽しそうに手を叩いて喜んだ。
『ワ〜イ!リカ、1ポイントゲット〜!!』
「いたた……この、やったなリカちゃん!!」
次の瞬間、シンジが反撃に出た。
手に持っていたライフルを構え、リカに照準を向けて引き金を引く。
壁のように迫る弾幕がリカを襲う。だが、リカはまるで風の中を舞う木の葉のようにシンジの銃撃を躱し、大きな口からべーっと舌を出して煽り出した。
『そんなんじゃリカには当たらないよォ!』
「それなら、これならどう!?」
シンジはリカの挑発を受けると引き金を引きっぱなしにして弾丸を大量放出した。しかし、それすらもリカは軽々と躱し、その上あっという間に距離を詰めて初号機の背後へと回り込んだ。
『ハイ、膝カックン〜。』
「うわっ!?」
突然バランスを崩されて仰向けに倒れた初号機。未だ動きの鈍い初号機は手をつくこと叶わず膝を付くと、そのままあの初戦闘の夜のように顔面から地面に激突した。
「痛い!?」
『2ポイント目ゲットォ!ホラホラ、そんなんじゃリカに勝てないよォ!』
「っ!」
その瞬間、シンジの脳内に溢れた、(ちゃんと)存在する記憶。
___小学生だった頃の夏休み。
___近所の公園で、持ってきた水風船を二人で投げ合って、キャッキャウフフとじゃれ合っていた、宝物の時間。
___そして、いつの間にか勝敗を賭けたガチバトルへと発展し、リカにずぶ濡れにさせられた敗北の記憶。
「懐かしいな。あの日も確か、今日みたいによく晴れた日だったよね。」
次の瞬間、シンジの動きが変わった。
銃を抱いた姿勢で背を低くし、高層ビルの陰に隠れながらリカへと急接近する。
リカもまたサキエルボールを構えて迎え撃とうとするが、初号機が持つのは玩具ではなく本物のアサルトライフル(通称:パレットガン)である。一度振りかぶる動作が必要なリカよりも、指で引き金を引くだけでいい初号機の方が一手早い。
故に、建物の影から銃口だけを伸ばした初号機の不意打ちが、リカに初めてのダメージを与えた。
『ウギャッ!?やったなぁ~シンジィ~!!』
「まだまだ!!」
サキエルボールを山ほど抱えてシンジに投げつけるリカ。
背の高い建物を上手く使い、攻撃を防ぎながらチクチクと銃撃するシンジ。
片や苛烈に、片や慎重にと互いの戦法は真逆のようであったが、展開された戦況は遊びという範疇を逸脱していった。
やがて1分も経たないうちに、3Dで再現された第三新東京市がリカと初号機によってめちゃくちゃに破壊される光景がスクリーンに映っていた。
その映像を見ていた赤城博士、ミサト、並びにNERVオペレーター一同は、リカとシンジが訓練を忘れて大怪獣バトルを始めたのを見て呆れるしかなかった。
「……マヤ、彼女をシステムから追い出すことはできるかしら?」
「…………ダメです。プログラムが完全に壊れてしまっています。」
伊吹マヤはそう言って、砂嵐の耐えない手元のパネルを赤城博士に見せた。
試しに彼女も操作しようとしてみたが、そもそもプログラム自体が呪いに侵されてしまって復旧困難な状態になっていた。呪いのビデオすら作ったことのない機械音痴のリカが好き勝手に呪ってしまったが故の結果であった。
赤城博士はゆっくりとパネルから顔を上げた。彼女はここ数日間、データの分析、シンジの初号機操縦実験&訓練、処理すべき書類の整理などなどと多忙な状況であった。特にあらゆる情報が不足しているリカのデータ分析によって疲労が重なっており、そして今回、めでたく初号機操縦実験&訓練にも”特級問題児”祈本リカが介入してきてしまった。
「…………もう、好きになさい。」
「ドンマイ、リツコ。」
顔に濃いクマと疲労を浮かべた赤城博士は、ついに匙を投げたのであった。
なお、この日のリカとのポイント合戦によって、シンジのエヴァの操縦スキルは飛躍的に向上したのだそうな。
そのためか、リカの赤城博士を煽る言葉はマシンガンのごとく苛烈になったのだった(※本人には一切聞こえていない)。
『しゃあ!私の勝ちぃ!!さ~て、
「その言い方からして、前にも何かシンジ君にお願いしたことがあるの?」
「ミ、ミサトさん!?それはっ___」
『え~?それ聞いちゃう?仕方ないなぁ。前回は水遊び(ガチ)対決で私が勝って、その結婚指輪をシンジにあげたの~!つまり、前回の優勝トロフィーはシンジってわけ!』
「想像してたのより斜め上を行くプロポーズだった……。最近のカップルって、そんなアグレッシブな感じなの?」
「リカちゃんだけじゃないですかね。(そっと目を逸らす)」
次回【男は勇気と根性!】
『ん~、じゃあとりあえず候補として、”シンジに近寄ってくる
「おじいちゃんの肩叩き券みたいなノリで物騒なこと言わないでよ!?ダメだからね!?」
(シンジ君、頑張ってね……。)
読んでいただきありがとうございました。
お気づきの方もいるかもですが、前回の次回予告と共にタイトルを変更しました。結局こうなっちゃいました。いつか綻びが生まれるって分かってたのにね。
ソレに懲りずにまた次回予告してるんですから、救いようがないですね。なので温かい目で見守ってあげてください。(すみませんでした)
次回もどうぞよろしくお願いいたします。