ラインフォルトの見習い使用人   作:まぎょっぺ

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やっとこさ一章終了です、主人公設定が設定だけに閃Ⅲ内容には大分悩まされますがなんとか調整……できたらいいなと考えております。


届く為に

 駆けつけた鉄道憲兵隊によって管理人達は逮捕され、盗品も無事商人達の元へ返却された。

 予想されたことではあったが、管理人達に犯行を依頼したという人物は彼らに身元が明らかになってしまうような情報を漏らしておらず、公爵家との直接的な関与を示す証拠も挙がらなかったという。

 大市の抱える問題が根本的に解決したわけではないことは皆にとっても気がかりではあったが、鉄道憲兵隊の隊員がしばらくの間ケルディックの町に常駐することになったらしく、これまでと比べればいくらか事情は改善される見込みがあるらしい。

 事件について調書を取り終えたリィン、ラウラ、エリオットは商人達とオットー元締めに感謝の言葉を受けた後、クレア大尉と共に駅前の広場までやってきていた。

 

「その、ありがとうございました大尉。おかげさまで犯人達を逃がさずに済みました」

 

 礼を口にするリィンにクレア大尉は小さく首を振って微笑みを浮かべた。

 

「礼を言われるほどの事はしておりませんよ、あれは皆さんの功績と言って差し支えないでしょうから」

 

「え……?」

 

「私達は最後の一押しをしただけです、あのまま放っておいても領邦軍の方々は犯人達を逮捕する選択をしたでしょう、皆さんは十分に解決までの道筋を掴んでおられましたよ」

 

 確信ありげにそう断言されてしまい、つい視線を交わしたリィン達の表情に照れが浮く。

 

「そ、そうでしょうか」

 

「ええ、むしろ余計な事をしてしまったのかもしれません。こういった状況への対処も含めての特別実習、なのかもしれませんから」

 

 その言葉に自分達がこの事件へ関わろうと決めた朝の出来事を思い出すリィン達だったが。

 

「流石にそこまでは考えてないけどね」

 

 横合いから掛けられたその聞きなれた声に意識を引かれる。

 声の聞こえた駅へと繋がる道へ揃って顔を向けると昨日別れたばかりの教官、サラの歩み寄ってくる姿があった。

 

「サラ教官!」

 

「どうやら実習は片付いたみたいね、皆お疲れさま」

 

 教え子達に労いの言葉を掛けクレアへと向き直ったサラはどこか探るような目つきをしていた。

 

「まさかアンタが出張ってくるとはね、ひょっとして全部お見通しだったのかしら?」

 

「それは買い被りと言うものですよ、とある筋から情報提供は受けはしましたが。――サラさん、お久しぶりです」

 

 顔見知りであるらしく相手の勝手を知った風なサラの言葉をクレアは涼しい顔で受け流しながら挨拶を返す。

 そんな手応えの無さにサラは嘆息を交えながら何かを悟った風な反応を示す。

 

「なるほど、アンタの()()()ね。随分抜かりなく立ち回ってらっしゃること」

 

 珍しく剣呑な雰囲気を滲ませるサラに戸惑いながらもリィン達は内容が掴めない二人の会話に割って入れずにいた。

 しかし不仲というわけではないのか、気分を害した様子も無くクレアはリィン達へ向き直った。

 

「それでは皆さん、私はこれで失礼します。特科クラスⅦ組、私も応援させて頂きますね」

 

 折り目正しい敬礼を見せながらそんな言葉を残し、クレア大尉は颯爽と駅の方へ歩み去って行った。

 軍人にしては優雅さすら感じられる女性のそんな後ろ姿を見送るとエリオットがふっと息を漏らし緊張を緩める。

 

「なんだか軍人には見えないような人だったね」

 

「しかし精鋭揃いの鉄道憲兵隊の中でもあの女性の身のこなしは際立っていた、おそらく只者ではないだろうな……サラ教官のお知り合いと見受けたが?」

 

 管理人達を連行する最中にも全く隙を見せなかった憲兵隊隊員達の練度を目の当たりにしたリィン達だったがその中において隊長という身分を差し引いてもクレアの存在感は際立っていた。

 そんな彼女と見知ったやりとりを見せた自身達の教官へラウラが問い掛けるとサラは隠す、というより説明を面倒がるように言葉をぼかす。

 

「ま、色々あってね、それよりそろそろお暇する時間――あら、ラウラはその腕、大丈夫なの?」

 

「痛みはもうほとんどありませんし、教会の教区長殿に湿布薬を処方してもらいましたので問題は有りません」

 

 ラウラの左手首に巻かれた包帯に気づき尋ねたサラだったが、本当に支障なさそうな彼女の様子に安堵する様子を見せる。

 

「そう、ラウラがそんな怪我するなんて、どうやら結構なトラブルに出くわしたみたいじゃない」

 

「教官はその可能性も見越していたように見えましたが……?」

 

 前日、サラがケルディックを去る間際に見せた意味深な言動を思い出しラウラはつい窺うような目で彼女を見てしまう。

 

「さっきの大尉さんじゃあるまいし、そこまで予想はしてないわよ。それより姿が見えないけどアリサとルドルフはどうしたの――?」

 

 言及した瞬間に皆が気落ちするような素振りを見せたことで大した心配をしていないようだったサラも僅かに表情を曇らせる。

 

「まさか――」

 

「いえ、ルドルフも遭遇した魔獣との戦闘で怪我をしてしまったんですが、大事には至っていないそうです。まだ教会で診てもらっていて、アリサに付き添ってもらっています」

 

 ラウラの診療後、最も重傷だったルドルフだけはクレア大尉らに事情を説明し聴取から外れ治療を受けることになっていた。

 リィンがこの場に二人が居ない理由を説明したことでサラも再び安堵の息を漏らす。

 

「まったく驚かせるわね、揃って変な顔するから何かあったかと思ったじゃない」

 

「すみません……そういえば、二人までどうしたの?」

 

 ルドルフが負傷する遠因となってしまったのではないかと気にしていたエリオットはリィンらまで気を落とすような姿を見せていたことに疑問を発する。

 

「うん……? ああ……ルドルフから私の身分を利用したことについて謝られてしまったのを思い出してしまってな」

 

 教会での別れ際、領邦軍とのやり取りに貴族としての身分、光の剣匠の娘であることを無断で利用したことを気にかけていたらしいルドルフからラウラは謝罪されてしまっていたのだった。

 

「気にする必要はないと言ったが……むしろあの場では私の方から名乗って出るべきだったな」

 

 胸に手を当て、気を改めるようにラウラは言葉を重ねる。

 

「みだりに権利を振りかざすものではないと戒めてきたつもりだったが、それを振るう場所を見失ってしまうようでは本末転倒だな。

 剣もただ飾っておくだけでは錆びつくというもの、帝国貴族の末席に名を連ねる者としての自覚を改めねばなるまい」

 

 リィンとのやり取りだけでなく今回の実習で得た経験はラウラに貴族としての自分の立場についても意識の変化をもたらしていた。

 そんな彼女の姿にリィンもまた思うところがあったらしく、しばらく閉じた瞼を開いた彼の瞳には決意の色が浮かんでいた。

 

「俺も……いい加減はっきりさせておかなくちゃならないことがあるな。皆揃ったら伝えたいことがある、聞いてもらってもいいか?」

 

 真剣な面持ちでそう告げるリィンに瞠目しながらも、すぐにラウラとエリオットはしっかりと頷いてその意思を受け取る。

 そんな三人の様子を見守っていたサラの表情には柔らかな笑みが零れていた。

 

「ふふ、どうやら皆良い経験が出来たみたいじゃない、これはB班と違ってレポートにも期待できそうね」

 

「そういえばサラ教官はパルムに行ってきたんですよね」

 

「ガイウス達の方は大丈夫だったんですか?」

 

 リィンとエリオットが問い掛けるとサラは腕を組みながら苦い顔になり、その反応だけで生徒達はおおよその状況を理解してしまう。

 

「うーん……まあ予想通りというか、やらかしてくれちゃってるわねあの二人が。ま、その話はあとあと、そろそろトリスタに帰るわよ、準備しなさい」

 

 あの二人、というのが誰と誰の事を指し示しているのかは聞くまでも無く、B班の面々を心配しながらも三人はアリサ達を迎えに行くべく七耀教会へ足を向ける。

 

「――」

 

 その瞬間、リィンとラウラが意味ありげな視線を交わしていたのをサラは見逃しておらず、二人が抱いていたもう一つの気がかりに勘付きながらも彼女はそれを口には出さずに後ろから見守るように教え子達の後へとついていった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは私は失礼するよ。……この部屋はしばらく使ってくれて構わないからゆっくりしていきなさい」

 

「ありがとうございます教区長様、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 診療用の部屋を後にするケルディック七耀教会のジルベル教区長を頭を下げ見送ったアリサは扉が閉められると僅かな間立ちつくしていたが、やがて室内の寝台に腰掛けたルドルフへと振り向く。

 

「申し訳ありませんアリサ、お付き合い頂いてしまって」

 

「…………」

 

 返事を返すことなく黙って隣へと座ったアリサの沈痛な面持ちに言葉を継げずルドルフもそれきり口を閉ざしてしまう。

 暫しの間沈黙が続き、それを破ったアリサの声音は微かに震えていた。

 

「……いつからなの、って聞くまでも無いわよね。うちに来たときから、なんでしょう()()

 

「ええ、その通りです」

 

 打ち身と裂傷の激しかった上半身を診てもらったルドルフからは消毒液と薬――そして鉄の匂いが漂っていた。

 身に着けた黒い袖無しのインナーから覗く彼の肩から先は黒鋼の色に覆われ、それが手甲の類でないことは容易く見て取れる。

 腕を模して造られた金属製の導力器、それが彼の本来あるべき人の生身を代替している存在だった。

 服に隠れているが両の脚、大腿の半ばから先も同様、欠損した四肢を人工物によって補った、ルドルフがアリサにすら隠していた姿。

 

「導力義肢――実現していたのね」

 

「まだ課題も多いですが、セイランド社からの技術供与が受けられたことで、実用性は向上しています」

 

 未だ試験段階にあると思っていたその機構が目の前で本物の四肢と変わらないまでの精度を発揮していることに、レミフェリア公国に拠点を持つ大陸でも随一の医療機器メーカーの名を出されたことでアリサも納得を示す。

 かの企業とラインフォルトの技術を以てするならばこの発達ぶりも頷けない話ではなかった。

 それと今彼女の目の前にある問題はまた別の話ではあったが。

 

「ルディ……その、どうしてあなたは……」

 

「アリサ……」

 

 言いづらそうに苦悩しながら口元をまごつかせるアリサの姿を黙って見ていられるルドルフではなく、彼が全てを打ち明ける決心をするのにそう時間はかからなかった。

 

「どうしてこの両腕と両足を失ったのかについては覚えておりません、僕にはレミフェリアの病院でベッドの上にいたときからの記憶しかありませんでしたから」

 

 ハッと目を瞠り、聞き入るアリサにルドルフは淡々と自身が記憶する最も過去の出来事を語り始めていた。

 六年前、ある事件に巻き込まれたというルドルフは四肢を失う重傷を負いながら奇跡的に命を取り留め、彼を保護した組織の計らいで医療大国であるレミフェリアに搬送されたという。

 彼の容態において外傷だけにとどまらなかった深刻な問題が浮き彫りになったのはそれからのことだった。

 

「お医者様や看護師の方がとても熱心に励まして下さったことを覚えています、ですが当時の僕はそれに対して本当に何も、感じていませんでした」

 

 医師達を困惑させたのはルドルフが自分の置かれた境遇を辛いとすら感じなくなってしまっていたことが大きい。

 悲嘆に暮れるわけでもなく、年端も行かない子供がただ現状を受け入れてしまっている異常性。

 感情というものは人が生きる上で重要なエネルギーでもある、手足と共にそれを失い日々を寝たきりで過ごすルドルフの衰弱ぶりは明らかで手の施しようがない日々が続いていた。

 

「そんな時でした、イリーナ会長、そしてシャロンさんに出会ったのは」

 

 当時からラインフォルトとセイランド社の技術提携は構想されていたらしく、その一環として医療の先端技術臨床の場である大学病院へ会長らは視察に訪れていた。

 感情を呼び起こす切っ掛けにでもなればと、外の景色を見せるため看護師によって車椅子に乗せられていたルドルフは偶然にも廊下で二人と遭遇し、そこで目を合わせてしまったイリーナに付き従う女性の碧い瞳、それに初めてルドルフの胸の内は揺さぶられることになる。

 その女性は手足の無いルドルフを目にしながら憐れむでもなく、ただ見返していた。

 まるで少年の姿が悲惨なものでもなんでもないかのように、メイドである筈の彼女がどうしてそんな目をすることができるのか、純粋に興味が湧きおこる。

 無意識に手を伸ばそうとし――そこで初めてルドルフは呆然と、自分が必要なものを失っていることに気づくのだった。

 その行動に戸惑う看護師の前でイリーナは動じることもなく、案内をしていた職員にルドルフの事を尋ねる。

 彼がその病院に移された経歴を聞き終えるとそんな主人と視線を交わしたメイドの女性、シャロンは何も語らずただ招くように掌を見せた手を伸ばした。

 目を疑うかのようにルドルフは瞬きし、変わらず手を差し伸べるシャロンの姿を凝視すると、再び無い腕を伸ばそうとしもがきはじめた。

 車椅子から転げ落ち、痛みに震えながらも、今持てる唯一の衝動に突き動かされるように。

 ほんの僅かな距離を死にもの狂いでようやく埋めた先に立っていたシャロンはいつの間にかスカートが床に触れるのも厭わず膝をつき、ルドルフの途切れた腕をその掌に迎えてくれていた。

 不様にもがく様を称えるように見上げた先で彼女が浮かべていた淑やかな微笑みは今でもルドルフの記憶に鮮明に焼き付いている。

 手を差し伸べる、結果としてたったそれだけの行為でルドルフは失った四肢への渇望を甦えらせてしまい、初めて涙を流し嗚咽するのだった。

 そんな少年の姿がイリーナとシャロンに何を思わせたのか、翌年試験段階に入った導力義肢のテスト要員としての誘いを持ち掛けられたルドルフは一も二も無くその提案を呑む。

 

「リハビリと日常生活が送れるまでの義肢の慣熟には適合手術から二年程かかったでしょうか、そこから先は以前にもお話しした通りです」

 

 ただ死に行こうとしていた自分に再び手足、そして生きる道標をもたらしてくれたイリーナ、シャロンに対する思いは未だ感情の全てを取り戻していないルドルフの中にあってもはっきりと意思づけられている。

 試験運用が進んだことで自由に動けるようになった余暇をラインフォルトに尽くすために費やそうと思い至らせるには十分すぎるほどに。

 

「そう、色々納得したわウチに来たばかりのあなたが妙に危なっかしかったのもそのせいね」

 

「あの頃のことは……申し訳ありません、まだ調整が不完全だった時期になりますね。実のところ導力義肢は実用化にはまだ程遠い段階でして」

 

「……? あなたを見てるともう十分な仕上がりに見えるけど」

 

 実家のペントハウスや寮での仕事ぶりから彼の動きが生身の人間と遜色ないものであることは一目瞭然だったが、アリサの疑問にルドルフは首を振ってみせる。

 

「体の反応だけを拾った動作では未だ精度が不十分のようです。僕が装着しているものは特別仕様――戦術オーブメントのように僕個人と同期し、細かな動作制御を行っています」

 

 その説明にアリサが思い出すのはオリエンテーリングでルドルフが語った導力杖についての情報、そしてその夜に彼から明かされた体質のことだった。

 

「つまりその義肢は――あなたみたいな人にしか扱えないってことなのね」

 

「はい、流石お嬢様です――っ」

 

 察しの良いアリサについ名前で呼ぶことを忘れてしまったルドルフは鋭い眼差しで見られている事に気づき息を詰める。

 しかし彼女がそんな目を向けた理由は呼び方を戻してしまったことなどではなかった。

 

「戦術オーブメントはあくまで導力魔法の術式展開を代行しているだけ、魔法を行使しているのが使用者であることには変わりないわ」

 

「――」

 

 アリサが告げた内容は導力魔法が扱う個人によって威力に差が出てしまう理由でもあり、一般的にも知られている事実である、

 彼女が何を言わんとしているのか、すぐに察してしまったルドルフは表情を取り繕う余裕を失くしてしまう。

 

「少なからず使用者には負担がかかる。そんなものをいつも使っておいて、あなたに負担は無いの?」

 

「……動作制御にかかる負担はごく僅かで下位のアーツほどもありません。日常に支障が出る恐れはないでしょう」

 

「――っとぼけないで!」

 

 抑えつけていたものが弾けてしまったように、アリサはルドルフへ迫りながら叫ぶ。

 

「悔しいけど、私はラインフォルトの娘よ。導力器に関する知識はそれなりに学んできたわ。

 あなたの腕と脚に()()()()()()()()()はそんな容易いものじゃないでしょう!?」

 

 教区長からの治療後、ルドルフは四肢の機構にまで損傷が至っていないかを確かめるために外装を解除し内部を確認している。

 そしてルドルフの傍から離れようとせずその場面に立ち会ったアリサは彼の手足に組み込まれているのが義肢としての機構のみではないことを見抜いていた。

 感応式制御について伏せておくべきだったと考えるも既に遅く、語るに落ちたルドルフにもはや言い逃れは出来ない。

 

「どうして、そこまでするのよ……いくら恩があるっていっても、今のお母様がただの善意で人助けをするような人じゃないって、わかるでしょ……」

 

「はい」

 

 それはアリサが嘆き、敬っているルドルフも事実として認識していることだった。

 アリサの母イリーナは徹底的な現実主義者、損得勘定を抜きにして彼女が動くことは無いだろうとルドルフですら思う。

 導力義肢の共同開発にしてもセイランド社からの供与される技術がラインフォルトに利する価値を見出したから着手したのだろうと予測するのに疑いは無い。

 決してルドルフの境遇を憐れんで救いの手を差し伸べたわけではないだろう。

 しかし一つだけ、ルドルフにはアリサに伝えておかなければならないことがあった。

 

「アリサ、まず申し上げさせて頂きますが、僕の手脚にこの機構を組み込むことは会長から強要されたわけでも、依頼されたわけでもありません」

 

「……え?」

 

 それは揺るぎない事実、イリーナ・ラインフォルトという女性はルドルフに導力義肢の試験運用を任せたものの、決して無理強いはしなかった。

 むしろ一定の段階までテストを終えた段階で契約を続行するかは自由にされている、彼女は人の意思を捻じ曲げるような真似はしていない。

 

「何か少しでも自分が協力できることはないかと技術者の方々に相談して回った折に、シュミット博士が僕個人の試験協力を認めて下さったんです」

 

 知る人ぞ知るその人物の名にアリサの瞳が見開かれる。

 三高弟と呼ばれる導力器開発の祖、エプスタイン博士の三人の弟子の一人にしてエレボニア帝国における導力工学の第一人者。

 その卓越した開発力は帝国の導力技術の発展に大きく寄与し、ルーレ工科大学の学長を務めるその人物はラインフォルト社にも多大な恩恵をもたらしている。

 一方でその人格は何より己の知的好奇心を満たすことを是とし、技術開発の為ならば周囲を驚かせるような試みに出ることも珍しくは無く、そんな人物からするならルドルフは格好のテスト要員であったろう。

 再び食って掛かろうとしたアリサだったがかつてないほど真っ直ぐに、柔和な表情をつくることもせず見つめてくるルドルフ、以前にも目にした胸の内をさらけ出そうとする彼の表情に開きかけた口を閉ざしてしてしまう。

 

「アリサにご心配をかけてしまったことはお詫びします、ですが僕はどうしても――手を伸ばしたかったんです」

 

「手を……って、何を」

 

「ラインフォルトで学べば学ぶほど、会長やシャロンさんの底知れなさは深まっていくばかりでした。

 ですが僕は――あの方々のことを知りたい、この手を、届かせたい」

 

 果たして本当に届くかどうか、もしかするなら自分の器では一生をかけたとしても届かないのかもしれない。

 それでもルドルフの胸にはあの日生まれ、生きる切っ掛けとなった衝動が深く根差していた。

 この人達の元へ、届きたいと。

 

「ですから、僕は手を伸ばすことを止めたくありません。たとえ歪な形であったとしても、それが僕の生きる理由ですから」

 

 恩を返すというのが目的であるならそれはもっと深い、ルドルフ自身の存在理由。

 憧憬ともまた異なる、一度は生きる気力を失った少年を突き動かした何よりも強い欲求だった。

 理解に苦しむことであるが故に並大抵のことでは彼が気変わりを起こすことはないだろうと悟ったアリサは入学式の日の夜のように、何も言えなくなってしまいそうだった。

 しかし――

 

「……あなたの気持ちは分かったわ」

 

 アリサにもまた彼に対して言わなければならないことがあった。

 

「確かにちょっとやそっと頑張った程度であの人達に届かないのも分かる、でも――あなたは自分のことを見直すべきよ」

 

「……僕の、ことを?」

 

 何を言っているのか分からないとばかりの反応を示すルドルフに、アリサは柳眉を吊り上げ手を振り上げた。

 その動きにリィンが頬をはたかれたときのことを思い出し、彼女に怒りを買っていてもおかしくはないと思い込んでいたルドルフは歯を食いしばりそれを受け止めようとする。

 だがそんな予想に反して、振るわれたアリサの手はルドルフの顔を横切り首へとかかり、少年の体を抱き寄せていた。

 顔が隣り合い表情を覗き見ることができなくなったが、触れ合った少女の体が微かに震えていることに気づきルドルフは身を固める。

 

「……怖かったわ」

 

「――アリサ?」

 

「あなたが私を庇って、死んじゃうんじゃないかってぐらい跳ね飛ばされて、怖かったのよ」

 

 アリサの口から零れ出る、逃すことができたことに安堵するばかりで思いもしなかった彼女の心情がルドルフを瞠目させる。

 

「あなたが無茶をして傷付けば、周りの皆がこんな思いをするのよ。そんな事を繰り返して得られた成果なんて、私は認めたくない。

 今日私はあなたに助けられたわ、でも……そんな体だからって無茶ばかりしないで、お願いよ」

 

 触れ合った少女の体から感じるぬくもりと、耳元で囁かれる胸の内へ溶け込んでいくような優しい声音。

 否応なくルドルフは悟らされてしまう、自分の身ならどうなっても構わないという思い込みが自分さえ良ければいいと、彼女達の気持ちをないがしろにしてしまっていたこと。

 母が子へ、姉が弟へ向けるようなその気持ち、自分は彼女に慈しまれていたのだということを。

 

 ――――っ。

 

 同時にルドルフは脳裏を何かの面影がよぎると同時、視界を揺らすほどの頭痛に見舞われる。

 思わず苦悶の声を漏らしてしまいそうなそれが何故生じたのか、理解すらもできない。

 それよりもルドルフには今この場で口にしておきたい言葉があった。

 

「……申し訳ありませんでした、アリサ。……それと、ありがとうございます」

 

「……うん、私も、助けてくれてありがとう、ルディ」

 

 支えるべき存在と思っていた少女から思い知らされた自分の未熟さ。

 この日ようやくルドルフはⅦ組という存在を仲間として意識することが出来たのかもしれなかった。

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