転生したらヘラクレスの双子の妹でDie 作:セロ弾きのゴーシュ
これを見ている皆んなは、目が覚めた瞬間に死を覚悟したことはあるだろうか?
何を言ってるんだと言われるかもしれないが、オレにはある。
それはいつの出来事かというと、実は今だ。
だって、「俺に噛まれたら死ぬぜ!」と言わんばかりに毒々しい色をした蛇が、目の前に迫ってきてるんだもん。
「シャアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ダァあああああああああああああ(死ぬぅうううううううう)!?」
本能的に叫んだ声は、自分の声とは思えぬ赤ちゃんの声。
そんなことが気にならないくらいの瀬戸際で、起きて数秒で盛大に漏らした。
精神が成人故の羞恥とかなく、死の瀬戸際だと漏れるものなんだと初めて知ったのが今だ。
だがオレの人生は、こんなところでは終わらなかった。
これが幸福なのかは分からないが、とにかく終わらなかった。
「だぁあ!」
「ほえ(だれ)!?」
なぜなら、いつの間にか隣にいた同じ歳くらいの赤ちゃんが、そいつを握り潰したからだ。
飛び散る血飛沫、無邪気そうに笑う赤ちゃん、呆然とした間抜けヅラを晒すオレ。
非現実的な光景の中で、自分が置かれた絶望的な状況を理解した。
(ヘラクレスですやん…古代ギリシャですやん…)
オレが転生したのは、古代ギリシャ。
やらかした後は星座にしてチャラ!でお馴染み、男に厳しく女にはもっと厳しい修羅場世界。
しかも神話最大の英雄、ヘラクレスの身内らしい。
☆
「アダマンティア。お兄ちゃんを呼んできてくれない?もうお昼よ〜って」
「わかったわ母さま!多分、いつもの森よね。すぐ帰ってくる!」
母親からの声に元気に返事をする、フードから溢れた美しい小麦色の髪を揺らす少女。
…そう、オレです。
女の子っぽい喋り方は気にしないで欲しい、女として何年も過ごせば外面くらいはこうなるんだ。
アレから数年、生まれた世界に一頻り絶望したものだが、今のところは平穏そのものだ。
母親は時折父親に申し訳なさそうにしてるし、父親は時折兄とオレに複雑な目を向けていることはあるが。
理由は単純、兄とオレが生まれたことで、自分の子が死んでしまったからだ。
元々父アムピトリュオンと母アルクメネは結婚の約束をしており、その仲の良さは相当なもの。
なんせ母はゼウスの誘いを断るくらいには愛していたのだが、そこで諦めないのがギリシャの神。
戦で留守にしていた父に化けて訪れ、精巧な擬装を見抜けなかった母はゼウスと交わってしまった。
そのとき本来なら兄だけを身篭るのだろうが、オレを同時に身籠った影響で本当の二人の子が死んでしまった、らしい。
そりゃオレたちに向ける感情は複雑だよね、という話である。
なんで胸糞なNTRモノの竿役を主神がやってるの?おかしいよ古代ギリシャ。
考えても仕方ない神々への愚痴を頭のなかで回していると、目的地についていた。
森を抜けた先にある、広場のような空き地。
巨大な何かが暴れたような痕跡が残る広場の中央には、竪琴を持った二人の男が竪琴を弾いている。
二人のうち、オレを見て精悍な顔つきを笑顔に変えた美少年が、件の兄だ。
「____おぉ、アダマンティアか!いつも悪いな!」
「…苦手な竪琴の途中だからって、露骨に機嫌をよくするのは如何かと思いますよ?アルケイデス兄さま」
「そ、そんなことはないぞ、妹よ。これはだな…」
往生際の悪い言い訳を続ける姿は、どう見ても年相応。
ここだけ見ると、とても未来の大英雄には見えない。
けど周囲に残ってるクレーター、全部兄が殴った痕らしいんだよなぁ。
…半径十数メートルはある痕を、前世だったら幼稚園児くらいの子どもがなんでつけられるの?
「まぁ、いいです。お昼を食べに戻ってください。リノス様も一緒にどうです?」
「よろしいのですか?家族の団欒にお邪魔してしまって」
「えぇ、もちろん。いつも兄さまに根気強く竪琴を教えてくださっていますし」
「妹よ。何度も言うが、私は別に竪琴が苦手なわけではないんだぞ?」
「流石にあの出来事があったのに、苦手じゃないは通らないと思いますよ」
あの出来事とは、兄が一度リノスさんを殺しかけたことだ。
どうにも竪琴の覚えが悪すぎて、堪忍袋の尾が切れたリノスさんが兄を殴ったらしい。
それに激怒した兄は、リノスさんに竪琴で殴りかかった。
地面にクレーターを残す怪力で、だ。
「わたしが兄さまを拘束しなければ、ほんっとうに危なかったんですからね!兄さまは人より力が強いんですから」
転生者特典かゼウスの血が成せる技か、オレには魔術に対する才能があった。
バレたら面倒くさいことになると独学にも関わらず、まだ幼いとはいえ兄を拘束できる程度には。
前世の知識バンザイ、転生者バンザイである。
過ぎた才能は死亡フラグとかは言わないでほしい、現実とか見せないでいいから、マジで。
というか、兄は自分の怪力を自覚した上で振る舞ってほしい。
オルフェウスと並び称賛される音楽の名手であり、ミューズの子であるリノスさんを殺っちゃったら、どんなことが起きるのか予想がつかない。
兄がどうこうなることはなくとも、身内のオレが危ないんじゃい!
「あのときは、確かにずいぶんとお前には世話をかけた。だが今は力の使い方にも熟達した故に、あのような粗相は起こさんとも」
前に来たときより倍以上に増えた周囲のクレーターを見ると、全然安心できんが?
疑いの目を向けるオレと、必死に弁解をする兄。
そのやりとりがツボにハマったのか、リノスさんは笑いを溢す。
「ふふ。怪力無双と称えられるアルケイデス様も、妹君の前ではかたなしですね」
「先生、揶揄わないでいただきたい!こうなったアダマンティアは、私より余程手強いのです!」
鬼嫁ならぬ鬼妹みたいに言うじゃん、聞こえてるよ兄上。
誰が兄より手強いじゃ、こちとら古代ギリシャで生き抜くために必死なだけなんだが?
…ただ兄は感情的になりやすい欠点はあるが、同時に真面目な人だ。
実際に心から反省しているのだろう、そうでなければ殺されかけたリノスさんが指導を続けてくれないだろうし。
今も良好な師弟関係を築けているのは、兄が人格的にも英雄であることの証左だ。
加えて激情家な一面も、父親の血を引いていると思えば納得できなくはない。
いや別に納得はできんわ、被害がすごいから。
少なくとも私が一緒にいる間は、ゼウスみたいに被害者を出さないように見張っておかないとアカンですわ。
「…反省はしているみたいですし、リノス様の前ですし。お説教はこれくらいにして、家に帰りましょうか」
「!そうだな!」
こんな風にご飯に目を輝かせるところも、やっぱり年相応なんだよなぁ。
口に出したら拗ねるだろうけど、将来的に絶世の美丈夫になるだけあって今の兄はかなり可愛い。
リノスさんに母とオレが作る料理の美味さを力説しながらついてくるとか、ちょっとあざとすぎんか?
ギリシャ神話最大、いや世界でも有数の大英雄になる兄には、余計なことかもしれない。
だけどこういう身近な面を見ると、守りたいなぁとか思っちゃうのが人の性。
こんな可愛らしい子が、生涯女神ヘラにつき纏われるとか、あんまりにも気の毒すぎるし。
「…そういえば。アダマンティア様は、どうして外套で顔を隠していらっしゃるのですか?」
兄と談笑していたリアスさんが、こちらを見つめながら質問してきた。
やっぱり気になっちゃうよねぇ、でも大っぴらに言えるような理由でもないんだコレが。
適当に誤魔化すのが早いかなぁ。
「これですか?あまり人様にお見せするような顔でもございませんし…」
「嘘でも無用な卑下は感心できんな、アダマンティア。母に似て将来は美しくなると、常々言っているではないか」
「もう!に、兄さまったらいつもこうなんです。気になさらないでくださいね」
兄からの横槍を、照れ隠しのフリをしながら必死に遮る。
だまらっしゃい!いやホント黙ってください、お願いします!
「…本当に二人は仲睦まじいのですね。師匠として、弟子がありのままで過ごせる同胞がいるのは喜ばしいことです」
オレたちの仲の良さの方に意識が流れてくれたらしい、助かった!
リノスさん自身は人格者なんだが、楽士に美人だと認識されたら普通に困るんだよなぁ。
何せ、詩にでもされて神に目をつけられたら終わりだ。
目下最大の脅威はヘラだが、ギリシャ神話で美少女ってのはソレだけで厄ネタなんだ。
男神は(性的に)襲ってくる、女神は(嫉妬で)襲ってくるでいいことがない。
…美しさは罪と言うが、罰が超次元過ぎないかね?
このことに関しては、兄の自覚がまだ薄いのもよくない。
まだ自分の誕生の経緯を知らないから仕方なくはあるが、こっちはヒヤヒヤものである。
美人と褒められること自体は嬉しいが、素直に喜びきれないのが鬱陶しくなるわ。
(兄の心配をする前に、オレが花にでもされないよう注意しなきゃなぁ)
因みに"花にされる"ってのは比喩でも何でもなく、物理的に花にされた奴がいるんだよね。
…やっぱり転生した時点で詰んでるんじゃないか?
・アダマンティア
主人公
生まれる際、兄に流れるはずの魔術の才が全て移ったバグ
魔術師界のヘラクレスになれる才能を持っている