【本編完結】転生したらヘラクレスの双子の妹でDie 作:セロ弾きのゴーシュ
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肉体を暴かれ、精神を辱められて。
半神半人というだけ、その程度では、僅かな抵抗すらできなくて。
何より神の不興を買う可能性が、抗う素振りすら封じこんだ。
痛くて、苦しくて、まるで深海に放り込まれたみたいに息ができなくて。
でも、それよりも、オレのなかには恐怖があった。
俯くばかりの顔を引き上げられて、一瞬だけ見えた瞳。
凝縮され重力すら伴うような、溢れんばかりの"愛"があった。
この行いは、目の前でオレの全てを弄ぶ存在にとって、愛情からくるものなのだと。
断絶された、決して分かり合えない価値観が、何よりも怖かった。
だから、オレにできることは、何もなかった。
降って湧いた寵愛という名の災害が、一刻も早く過ぎ去るのを待つ以外には。
何も、なかった。
その後のことだが、色々とあった。
戻らないことを心配した両親が、仰向けで呆然としてたオレを見つけてくれた。
あのまま放っておかれていたら、野生動物にでも食われていたかもしれない。
前世も今世も、親には迷惑をかけっぱなしだ。
そのときのオレは、ずいぶんと酷い姿を晒していた、らしい。
殆ど覚えちゃいないが、きっと感謝の言葉でも繰り返し呟いていたんだろう。
下手人は神だ、癇癪一つで容易く死ぬんだから。
当然のことだが、巫女になる話はご破算だ。
処女神に仕える巫女が非処女なんて筋が通らない以上、そこは仕方ない。
「…お力になれず、申し訳ありません」
謝罪する巫女長の顔を見れば、文句もない。
どうやら、向こうも過去に何かあるようで。
古代ギリシャに生きる以上、これは不可避のリスクなのだろう。
じゃあ、オレは生涯未婚の軟禁コースか。
幸か不幸か、そうはならなかった。
己の部屋で、オレは少しだけ大きくなった胎を見やる。
「にんしん、妊娠、ですか。…相手は、考えるまでもないですね」
オレは、神霊の子を孕んでいた。
今もスクスクと育っているのは半神半人すら超えた、四分の三神の子とでも言うべき存在。
空を司るゼウスと、海と地を司どるポセイドンの血を引いた、将来の大英雄と言えるだろう。
本当ならば、喜ぶべきものだ。
新しい命の誕生も、神からの寵愛も。
だが、とてもそんな気分にはなればい。
だって、胎の子からは、力強い神性の脈動を感じる。
それは間違いなく、あの日オレを蹂躙した神のもので。
「ぅ」
口を抑え、湧き上がってきた吐き気を抑える。
妊娠によるつわりか、精神的な拒否反応か。
判別すらつかない、ただ強烈な衝動が、ずっと付き纏っている。
椅子に座る体勢すら維持できず、床にうずくまる。
体を丸めて、ちっぽけな卵みたいになって。
己の無力さを刻み込まれるようなこの時間が、とても嫌いだ。
「…ハ、ぇぅ、ぐ」
それでも、子を堕ろすなんて選択肢はない。
神からの授かりものを拒むことなど赦されない、というのもある。
だけど、それだけではなかった。
(元々異物だったオレが、この子を拒絶したら。この子は、一体、誰に愛されたらいいんだよ)
収まることのない不快感が、ついに吐瀉物として現れる。
無様を晒しながら、虚空を睨めつけた。
オレは、この世界において生まれるべきではない異物。
そんな存在に、本来生まれるはずだった実子を殺されても、両親はオレを愛してくれた。
なら、オレだけは、我が子を拒絶しちゃいけない。
「…アダマンティア」
七転八倒するオレに、壁の向こうから遠慮がちに声がかけられた。
その声は、本来ならこの場にはいないはずのもの。
「に、ぃさま、」
「無理に喋らずともよい。助けが必要ならば呼べ」
兄から告げられる言葉は端的で、それでも家族への思いやりに満ちている。
修行中にオレとポセイドンとの間にあった出来事を聞き、取るものも取らずに駆けつけてくれたのだ。
だけど、そんな兄の姿すら、オレは直接見ることは叶わない。
理由は単純で、だからこそどうしようもなかった。
最初に、兄とオレが再会したときに。
汗だくで、怒りと無力感に満ちて、それでも命があることに安堵する姿を見たとき。
湧き上がった感情は嬉しさでも、安心感でも、罪悪感でもなかったのだ。
『ヒ…ッ!』
ただ、怖かった。
抑えきれず、短い悲鳴が漏れるほどに。
兄の姿は、遺伝子上の父親であるゼウスの特徴をよく引き継いでいる。
つまり、ゼウスの弟にあたるポセイドンの面影もあるということになって。
それ故にオレは、兄を本能的に恐怖してしまっていた。
あのときの兄の表情が、脳裏にこびり付いて離れない。
ただ一人の同胞に、全てを分かち合ってきたはずの半身に、只人のような恐れを向けられる。
オレだったなら到底耐えられない痛みを、必死に堪える顔。
『…すまない』
オレは、自分がとんでもないことをしてしまったと気づいた。
自分の感情を優先して、大切な家族の心を最悪の形で踏み躙った。
心臓の鼓動が止まったような錯覚すらあるのに、呼吸だけは馬鹿みたいに繰り返す体。
そのなかで、震える手を、姿を隠そうとする兄へ必死に伸ばそうとする。
捕まえたところで、起きたことは変えられないのに。
『ぁ…。ち、が』
なのに、オレは、手を伸ばし切ることさえできなかった。
恐怖が、家族への情を上回ったのだ。
十数年間積み上げてきた繋がりが、たった一度、たった数十分の出来事に塗り潰されたことを、骨の髄まで理解させられた瞬間だった。
それ以来、兄はオレの前に姿を晒さないようになった。
最早己の存在こそが、トラウマを刺激するものだと定めてしまったから。
拒絶された傷を治すことすら、後回しにして。
…兄の決断を否定できない自分が、本当に情けない。
どちらもが傷つけ合う関係から踏み出せない弱さが、何よりも悔しい。
「ごめん、なさぃ。」
口をついて出た謝罪の言葉は、一体誰に届けたいものなんだろうか。
掻きむしった胸元から、涙みたいに血が一筋流れた。
☆
しばらく経って、オレは独り暮らしを始めた。
本来古代ギリシャの女性では考えられないことだが、色々と例外がある。
何せオレの法的な保護者は、一応は父親からポセイドンに移っている状態なのだから。
こんな手段は正直に言えば取りたくなかったが、もう耐えられそうもなかった。
申し訳なさそうにする両親の顔を見続けるのも、謝罪すらできないままの兄の気配を感じ続けるのも。
要は逃げたということで、本当にどうしようもない。
出産も、結局は一人で最後までやった。
他人の目がなくなって、魔術を使いたい放題になったからな。
きっと産婆なんかの手を借りてやるよりも、よっぽど安全だったろうさ。
「あぅ、ぁあ!」
大変だったのは、その後だ。
一日かけてやっと対面した我が子は、胎のなかにいたときよりも強くポセイドンの神性を感じてしまう。
数ヶ月経っても、ポセイドンに叩き付けられた本能的な恐怖は拭えていなかった。
反射的にえずきそうになる体を、理性と魔術で無理矢理留める。
この世に生まれ落ちて最初に聞く声が、恐怖を孕んだものなんて認められない。
意地になって作った笑顔と祝福の言葉が届いたかは、二人だけの空間では確かめようがなかったが。
「生まれてきてくれて、ありがとうございます…アルギリオス」
それからは、ワンオペ子育ての始まりである。
半神半人を超えた神の子であるアルギリオスは、幼少期の兄と負けず劣らず力が強い。
癇癪一つで殺されかねないと、一瞬だって油断できない戦場だ。
幸運なのは、アルギリオスがとても賢い子だったこと。
自分の力が容易く母親を殺し得ることを早々に理解してくれたし、一度叱れば「何がダメか」まで考えてくれる。
正直言って、この聡明さがなければとっくにオレは殺されていただろうな。
「まきをきりおわったら、つぎはなにをしたらいい?」
「ありがとうございます、アル。でしたら、次は洗濯物を一緒に干しましょうか」
「ならぼくは、ふくもってくる」
今も、嫌な顔一つせず積極的に家の手伝いをしてくれる。
世の中の五歳児とくれば、某春日部の超人のように遊びたい盛りだろうに。
いや、既に自分の境遇が特殊であることに気づき、逆に気遣われているのかも。
その証拠に、オレは今まであの子に父親について聞かれたことがない。
それくらいいい子なのだ、親の欲目抜きに。
だが、そうすると少し不味いこともある。
オレは自分の口元に触れ、いつも通りの微笑を浮かべていることを確かめながら独りごちる。
「…もしかすると、コレも見抜かれているかもしれませんね。」
コレというのは、オレが自身にかけている魔術のことだ。
内心の動揺を強制的に抑えつけ、表情から恐怖が出ないよう固定する、というもの
情けない話だが、数年経ってもポセイドンへのトラウマは全く克服できず、むしろ悪化している。
この魔術を使わなければ、きっとオレは息子相手に必死に赦しを乞う醜態を晒すことになるだろう。
親として子を真っ当に愛するために、今のオレには精神安定が欠かせなかった。
…これなら大丈夫と兄に会いに行ったときには、スゴい悲しそうな顔をされてしまったが。
魔術の心得なんて知識しかないはずなのに、鋭いもんだ。
「ははうえ、ははうえ!」
物干し棒を用意しながら物思いに耽っていると、息子の弾んだ声に現実へと引き戻された。
その手には洗濯物ではなく、一枚の手紙が握られている。
相変わらずアイツは返事が早いな、本当に仕事大丈夫なのか?
「ははうえ、おてがみ!いつものひとから!」
「あら、いつも早いですねぇ」
「よんでていいよ!ぼく、ふくもってくる!」
口を挟ませることなく、家に引っ込んでしまった。
仕方ないので、言われた通りに手紙を読み始める。
手紙の差出人は、予想通りエウリュステウスからだ。
中身はいつも通り、ミュケナイの様子や近況を記したもの。
そんないつも通りが嬉しくて、思わず頬が緩む。
(事情を手紙に書いてからも付き合いを変えずにいてくれたし、オレには勿体ない友達だよなぁ)
このときだけは、何も知らなかったあの頃に戻れたようで。
ぬるま湯のような、薄氷の上を歩くような日常を、手放すことがないように。
オレは、悲鳴をあげ続ける精神を、魔術を以てより深く封じ込めた。
◯アダマンティア
現代的に言うなら、向精神薬を服用し続けている状態
兄にも頼れなくなったため、精神的には常に崖っぷち
◯アルケイデス
妹に拒絶され、その原因を作った神に怒り心頭
◯エウリュステウス
事情を手紙で伝えられ、密かに脳を破壊された
◯アルギリオス
四分の三神の子、血筋的にはほぼ神
手紙の差出人は知らないが、母親が嬉しそうなので好き
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