【本編完結】転生したらヘラクレスの双子の妹でDie 作:セロ弾きのゴーシュ
執筆の励みになっております
長くなったので、後編を分けます
アルギリオスが六歳を迎える少し前に、オレはケイローン先生に入塾の相談をした。
これは急に決めたことではなく、アルギリオスが生まれたときから決めていた。
古代ギリシャで、英雄とは即ち神々の玩具だ。
そしてケイローン先生の修行を受けた者は、皆が英雄となる。
だからオレは過去に、教えを受けることを拒否した。
だが、そうではなかった。
英雄や只人という区別なく、古代ギリシャに生きる全ての人間が、神々にとっては玩具に過ぎない。
英雄という称号は、それに僅かながらも抵抗することができた力ある存在に付けられる名前だったのだ。
オレには、力がなかった。
だから神の寵愛を避けることも、傷に向き合うこともできず、家族に傷を広げて生き恥を晒している。
アルギリオスには、オレのような人生を送って欲しくはなかった。
「____母上。母上は、おれが強くなったらうれしいですか?」
そうして、六歳からケイローン先生の元で修行をすることになると告げられ、最初にアルギリオスから出た言葉。
慣れ親しんだ土地や家族から離れる不安でもなく、勝手に話を進めていた怒りでもなく、オレを喜ばせたいという純粋な善意。
たまらなくなって、幼さが多分に残るまろい頬を、壊れ物を扱うように撫でる。
アルギリオスは機嫌のいい猫みたいに顔を押し付けてきて、もっととせがんでくる。
いかんいかん、このままでは本題から逸れてしまう。
手を引っ込めて、真っ直ぐにアルギリオスを見つめる。
「私の愛しいアル。私は、貴方がヒーローであってくれたなら、とても嬉しい」
「ヒー、ロー?強くなる、ではダメなのですか?」
アルギリオスは、こてんと首を傾けさせた。
いくら聡明でも、この子はまだ六歳だ。
これだけでは、オレの真意を察することは叶わない。
口元を引き締めて、言葉を続ける。
我が子にすら偽りの仮面を被り続けるオレが残せる、偽りのない願いを。
「強いだけでは、多くの人は貴方を恐れるだけ。恐れられ、疎まれ、ただ独りだけの力は、悲しいです」
「でもヒーローは、そうではないのですね」
やっぱり、この子はとても賢い。
だからこそ、オレは話せる、伝えられる。
「ヒーローとは、力を正しく扱う者。誰かを悲しませるのではなく、自分も、誰かも安心させられる人です。私は、そう考えています」
「……それは、ただ強くなるより、すごくむずかしそうです。…おれに、できるでしょうか」
「ええ、貴方なら。賢くて優しいアルなら、きっとなれますとも」
強いだけでは、弱肉強食の世界に生きる野生の魔獣や、権能を思うがままに振るう横暴な神々と変わらない。
アルギリオスに、同じようになって欲しくはない。
この子ならば、多くの人を助け、多くの人に慕われるヒーローになれる、はずだ。
自分のトラウマも克服できないで、息子に神のようになって欲しくはないと願望を垂れ流す。
きっと今のオレは、自身が憎む神々よりも悍ましいナニカなのだろう。
…アルギリオスがヒーローになったとて、家族からも逃げ出して誤魔化しを続けるオレが、救われるわけもないのに。
こちらの内心など知る由もなく、アルギリオスは胸を力一杯に叩く。
眼はキラキラと輝いていて、未来への希望に満ちている。
「おれ、がんばります!ケイローン様のところでしゅ行して____」
そんな目が潰れそうなほどの眩さで、アルギリオスはオレに致命傷を放った。
「____
呼吸が、止まりそうになった。
次いで「違う」と反射的に叫びそうになった体を、全てを使って押さえ付ける。
最後に母親の仮面を、表情に縫い付けて固定する。
「そ、う です、か」
全力で演じろ、妥協するな。
笑顔を見せろ、悟られるな。
一瞬だって、悲しませるな。
そんなこと、初めて知った。
アルギリオスの目には、オレはそのように映っていたらしい。
嬉しくて、悔しくて、涙が出そうで、吐きそうで、魔術がなければ自害すらしかねない。
「ありがとう、ございます」
余りにも、重い称号だ。
分不相応で、とてもじゃないが背負え切れそうもない。
オレは、ヒーローになんてなれない。
それでも、最期まで貫くのがオレの役目だ。
理不尽な世界で茨の道を歩くだろう我が子に、唯一見せられるものなんだ。
「わぷっ。母上?」
だから、お前を抱き寄せて、表情を見せないようにするのを、許してほしい。
逃げ続けただけの卑怯者が、出来もしない意地を張る無様が、決して見破られないように。
「………愛しています、アルギリオス」
☆
アルギリオスがケイローン先生の元へ旅立っても、オレの日常は変わらない。
日々必要な糧を取り、魔術を研鑽し、来る運命の日に備える。
今のオレはそれだけのために生きているようなものだから、変わりようがない。
因みに、精神安定の魔術はかけっぱなしだ。
一度外してみたのだが、自分に宿るゼウスの神性にすら身体が拒否反応を示したので、すぐにかけ直した。
治療もせず、元凶の神性を放つ息子と生活し続けていたのだから、考えてみれば当然である。
…いや、正確には違う。
多分、オレはもう、自分自身が受け入れられない。
神霊なんて関係なく、アダマンティアという存在そのものを、魂が拒絶している。
(自分が嫌いすぎて狂死しそうになるとか、ギャグにもならない。…でもいっそ、誰かが嗤ってくれた方が、気は楽になるかもな)
もう、生きたいのか死にたいのかすら、自分のなかで分からなくなって。
家事や鍛錬以外の殆どを曖昧な意識で過ごすようになった頃、変化が起きた。
変化の理由は、エウリュステウスの手紙。
いつもの美しさは崩れ、変なところに力の入った歪な文字が紡ぐ内容は、いつかは来ると思っていたものだ。
「『今のミュケナイを、是非お前に見てほしい』…ですか」
アイツにとって、これは一大決心なのだろう。
何せ"賢王になる"という目標を掲げて別れたのだ、並大抵の覚悟ではない。
正直に言うなら、外に出るのは怖い。
動物、植物、人、雨粒一つに至るまで、神かもしれないという物質で溢れているから。
家族ですら、オレたち兄妹が生まれた経緯を考えれば安心できない。
「…でも、見なければ、ですね。」
だが、エウリュステウスの望みなら、叶えてやりたい、叶えなきゃいけない。
オレが、どうしようもないくらい人生を変えてしまった人だから。
何より、オレの唯一の友達だから。
生きている限りは、その道を支えなければ。
覚悟を決めて、了承の手紙を送る。
そこからの展開は、オレが若干引くくらいだった。
「はやーい…」
手紙を届けて数日もしない内に、迎えの馬車を寄越すのはやりすぎだろ。
もうそばに待機してるだろ、それは。
しかも外から見られないように魔術的な遮断もしっかりされてるし、怖いよ。
他国の要人レベルだろう厳重さと素早さで運ばれて、更にまさかの宮殿直行コースである。
いいのかよ、一応オレの父親はミュケナイから追放された身なんだが?
なんて考えは、大声をあげて駆け寄ってくる懐かしい顔に塗り潰される。
「久しいな、アダマンティア!!」
人払いは済ませたのか、とか。
女と個人的にあって大丈夫なのか、とか。
もう二十五歳なのに変わってないぞ、とか。
色々言いたいことはある、はずなのに。
エウリュステウスの顔を見たら、全部吹き飛んでしまって。
強制的に平静へと戻る精神が、今だけは煩わしくて。
「…ふふ。一国の王だとは、とても思えませんね?」
「仕方あるまい!王としての威厳は、我が国の繁栄ぶりを以て示すとしよう!」
そこからは変装の魔術を使って、ミュケナイの観光ツアーだ。
ガイドはまさかの国王本人、豪華さの方向性が素っ頓狂なツアーだわ。
宮殿にほど近い修練場で、兵士たちの模擬試合を観戦したり。
「皆さん、とても強いですねぇ。何より、士気が高いのが見て分かります」
「そうだろう。たとえ魔物が群れを成そうと、たちどころに鎮圧してみせるとも」
「でしたら、兄さまも呼びましょう!ミュケナイの皆さんと兄さまの模擬戦、きっと双方よい鍛錬になります」
「…それは、勘弁してやってくれ。自慢の兵たちも、流石に命は惜しかろうよ」
国一番だと自慢する市場で、色んなものを物色したり。
「すごい人だかり…!田舎住みには、歩くだけで埋もれてしまいそうです」
「手を掴め、アダマンティア。あのときの森でのお前のように、今度は私がお前を案内するしよう」
「おぉ。魔獣に襲われて半泣きになっていた男の子が、こんなに成長して…。母は誇らしいです」
「あの時の醜態は、忘れてくれると助かるのだがな。下手なモノマネもやめい!」
最近完成したという歌劇場で、劇を鑑賞したりもした。
「民たちの日々の楽しみとして、お前の手紙を参考に建設したものだ。本当ならば、お前を最初の観客として呼びたかったのだがな」
「いえいえ、その気持ちだけで嬉しいです。…それと、一ついいですか?」
「なんだ?」
「劇の中に、貴方を題材にしたものがあると聞きまして。しかも、明らかに私をモデルにしたキャラクターがいるとか…」
「黙秘だ」
「ですが、一番人気の演目なのでしょう?少しくらい内容を教えてくださっても…」
「絶対に喋らん。何があろうとも答えん」
十数年の月日が過ぎても、変わらないものはあって。
それが、何よりも嬉しい。
魔術を用いない心からの笑みが、自然と溢れるくらいには。
落ちていく夕日が、都市全体を茜色に染め上げる。
人々の営みを、世界全てが祝福しているみたいに見える。
感嘆のため息が漏れるオレに、エウリュステウスは嬉しげだ。
「どうであった?ミュケナイの様は」
ツアーの最後なのだろう、その表情には達成感が浮かんでいる。
ただ楽しんでいただけなのだが、オレも勝手に嬉しくなってしまう。
「えぇ、素晴らしいものでした。ここに生きる人たちは、きっと幸福ですね」
エウリュステウスが、自信を持って招待するだけのことはある。
歌劇場とか、時代を数世紀は先取りしてるだろうという完成度である。
歴史に永遠に残るような王となれとは言ったが、ここまでは想定外だ。
何より、皆の笑顔がいい。
役割でも、義務ではなく、日々の中で自然と浮かべるもの。
オレが、とうの昔に失ったもの。
「エウリュステウス、貴方は真の賢王です。友として、誇りに思います」
「そうか!そうかぁ…!」
エウリュステウスは、嬉しさを噛み締めるように笑う。
背は伸びて、精悍な顔つきになっても、その姿は森で見たときのまま。
…国も、王も、目を細めてしまうほどに輝いている。
「な、なぁ、アダマンティア。もし、お前さえいいのなら____」
「故に、賢王であり友である貴方に、お願いがあります」
だからこそ、オレはそっちには行けないよ、エウリュステウス。
分かってる、何を言おうとしてるかなんて。
お前は優しいから、オレみたいな存在にすら、手を差し伸べようとするんだろ?
それだけは、ダメだ。
お前も、お前が治める国も、素晴らしいからこそ振り払う。
オレみたいな厄病女が、穢していい場所じゃないよ、ここは。
「私の息子が、アルギリオスが、数年ほどで帰ってきます。賢者ケイローンの教えを受けた、自慢の子です」
「あ、あぁ、勿論知っている。気高くも優しい、素晴らしい少年だともな」
「その子を、ミュケナイに登用して欲しいのです」
でも、せめて、アルギリオスだけは。
あの子の道だけは、オレは開きたいから。
そのためなら、オレは友達の情けすら利用する外道になる。
エウリュステウスの右手を取り、縋りつかんばかりに懇願する。
対等でいたいと願った相手に、媚びるような真似をする己への失望を、今だけは隠して。
「ミュケナイでなら、何より貴方の下でなら、あの子は一層輝けます!どうか、お願いしますっ…!」
エウリュステウスは、どんな顔をしているのか。
今更なのに、上を向けない、目を見れない。
こんなことをしておいて、まだ友達でいたいと思ってしまっている。
どれくらい、そうしていたか。
オレの頭に硬く、それでいて泣きたくなるくらい優しい感触が染み渡る。
「____分かった。お前の子は、私が責任をもって王として導こう」
その目は、賢王になると宣言した時と同じ。
オレにとって、神などよりずっと信じられるよすが。
____ああ、安心した。
きっとお前なら、大丈夫だ。
オレなんかよりも、ずっと、ずっと上手く、アルギリオスを立派な大人にしてくれる。
思わず、エウリュステウスを嬉しさのままに抱きしめる。
いきなりの暴挙に戸惑うエウリュステウスを置き去りに、オレはひたすらに感謝の言葉を繰り返していた。
◯エウリュステウス
アルギリオスの主君として、生涯賢王を貫き通す
歴史に永遠に輝く、神に認められた賢王として
◯アルギリオス
自身の伯父と並び立つ、最強の英雄として成長する
母に愛された記憶は、英雄の道筋を支える一番の柱
母の愛、その真実を知るのは死後英霊となってから
アルケイデスとの顛末は、次話になります
モチベーションになりますので、感想等お待ちしています