転生したらヘラクレスの双子の妹でDie 作:セロ弾きのゴーシュ
執筆の励みになっております
女神ヘラのありがた〜い神託と加護を受け取ってから、早いもので十五年。
エウリュステウスが結婚適齢期を迎えるまでの期間は、長いようで短かった。
何せ嫁ぎ先は巨大国家ミュケナイの国王、どれだけ準備してもし足りないという話。
特に花嫁であるオレにとっては、結婚式の作法を覚えるのが最も重大な仕事だ。
古代ギリシャにおいて結婚とは家同士の繋がりを示す重要な契約であり、当然結婚式には宗教的な意義と儀礼的な作法が溢れている。
それらを片っ端から頭に入れ、心から振る舞えるようにする必要があるのだ。
少しでもナメた気持ちでやってみろ、神様からのお叱りが飛んできて国がヤバい。
(…受験勉強とは比にならん緊張感、普通に吐きそう。というか朝に吐いてるんだけども)
加えて国王の妻になるということは、今までのように魔術の鍛錬に使える時間は激減する。
たとえ大筋ができていたとしても、私が目標にしているものを考えれば時間が足りるかは賭けだった。
最後の五年間なんて、睡眠時間を削り倒してたもんね。
半神半人の肉体バンザイである、前世ならとっくに墓の中だ。
その甲斐あって、術の組み上げ自体は完了し、あとは事前準備を残すのみである。
準備自体は兄が結婚してからでないと進められないため、実質今することはない。
締め切りがあると、やはり人は実力以上に頑張れるんだろう。
流れた年月から現実に目を向ければ、今は宴会の会場から王宮までの道中。
ミュケナイ中の国民が、王の結婚を盛大に祝福する場。
そして花嫁であるオレがいるのなら、その隣には当然花婿がいるわけで。
(それにしても。最後に会ったのは十何年前だから当然だけど、変わったなぁ)
チラと視線を横に向ければ、そこにはオレの友達であり夫となるエウリュステウスが、民に手を振っている。
小生意気な少年の面影は消え、確かな知性と確固たる信念を感じさせる出立ちを身につけた姿。
…というか、である。
(男子三日会わざれば、とは言うけど。エウリュステウスは十五年会わないと、キ○ヌ・○ーブスみたいなイケオジになるんだなぁ)
顔合わせしてたまげたね、雰囲気が違いすぎるもん。
私が変わらないせいで余計にそう感じるのもあるが、それにしてもである。
「どうかしたか、アダマンティア?」
「…いえ。ただ、貴方がとても立派な王になったのだなと。民たちが、こんなに心から結婚をお祝いしてるんですもの」
「私など、まだまだ未熟者だ。それに民たちが喜んでいるのは、お前がいることが大きい」
そりゃまたどうしてと首を傾げれば、エウリュステウスはオレの耳に体ごと顔を寄せてくる。
振る舞いも全然違うのに、昔の癖が覗くと妙に懐かしくなるな。
話を聞くと、こういうことなのだそうだ。
ゼウスの血を引く者は、ヘラから試練を課され平穏な生は望めない。
これは誰もが知る常識であり、例外はない。
そう思っていたにも関わらず、オレはゼウスの血を引きながら、ヘラから加護を賜っている。
最高神夫妻から寵愛を受けるオレとの結婚は、民にとって最上の吉兆、らしい。
(…要するに、幸運の置物扱いされてるわけね。オレはそんないいモノじゃないんだけどなぁ)
「なるほど、そういうことでしたか。皆さんのご期待に添えるよう、頑張らないといけませんね」
オレの言葉を聞き、僅かにエウリュステウスの笑顔にヒビが入ったように感じる。
…なんで?
「ハハハ、重く感じる必要はないさ。お前があるがままに過ごしていれば、民も自然と心から慕うようになるだろうよ」
かと思えば違和感は一瞬で溶け消え、鷹揚な王としての振る舞いが戻ってくる。
初めて会ったときは自分のことで手一杯だったのに、今はこちらを慮る余裕すらあるらしい。
思い返してみれば、双方の家族や民たちをも巻き込んだ宴会の場でも、エウリュステウスはオレを気遣い続けてきた。
祝福のために声をかけてくる者たちへの対応、酔って余計なことを言い出しかねない者へのインターセプト、八面六臂の大活躍である。
いや普通にありがたいけどね、こっちは緊張で飯の味が分かんないくらいだったし。
あ〜、別にエウリュステウスとの結婚が嫌なわけではないんだけど、ちょっと現実逃避が止まらない。
何せ、王宮に辿り着き二人の寝室に入ってしまえば、夫婦が何をするべきかなど決まっている。
オレ、同性愛のケは全くないんだけどなぁ!
王族に相応しく、しかし華美になりすぎない程度に飾られた空間。
花婿の母親によって導かれた場所は、どう言い繕っても夫婦の寝室。
…来ちゃったかぁ、ついに来ちゃったかぁ。
内心で喧しく騒いでも、作法を染み付かせた体は勝手に動くもの。
二人だけのベッドの上で向かい合い、オレはずっと頭に被っていたヴェールを外す。
静寂が満ちる部屋に、息を呑むエウリュステウスの声がやけに大きく響いた。
「何か言っていただけると、私としてはありがたいのですけど」
「!すまない!…少し、見惚れてしまった」
そうでしょうとも、血統が違いますよ血統が。
小麦色の髪に、凛とした騎士を思わせる美貌…死ぬまで変わらない、少女としての完成形である肉体。
オレ自身でも美少女だと思うのだ、男からすればより一層だろう。
オレはずっとフードを被って生きてきたから、顔を見たことがある人間は稀だ。
それが杞憂でなかったことは、反応から見ても明らかだった。
顔を出したまま過ごしていたら、普通に一般的ギリシャ美少女エンド(神様に見初められ襲われる)だったなコレ。
…だというのに、またしてもエウリュステウスの表情にヒビが入った…ように感じる。
あのあのあの、本当の本当に、ヘラは本人に確認とったんですよね?
オレを女として好いてるって情報がガセだったら、こっちがかなり自意識過剰なイタい奴になるよ!?
「…本当に、申し訳ありません。エウリュステウス」
「なぜお前が謝るのだ。少なくとも、私には覚えがない」
それとも、やはり初恋は所詮初恋というやつだろうか。
神によって道を定められたのは、オレもエウリュステウスも同じこと。
本当に結ばれたい者が他にできたとしても、オレを娶ることだけは避けられない。
「私と出会ったせいで、貴方は結ばれる人を選ぶ可能性すら掴めなかった、のでしょう?」
見た目だけは絶世の美少女だけど、中身はとんでもないハズレだからなぁ。
オレがエウリュステウスだったら、こんな内心煩いのを知ったら引くかもしれん。
ヘラの加護を得た人間を正妻にした以上、不倫とかもバレたらヤバいだろうし。
ワンチャンお妾さんとかも許されないだろうし、色々ハードモードすぎるね。
ホント、厄介なのに出会ったもんだよオレの友達は。
「それに、貴方は生まれてからずっと、私たち兄妹と神々との因縁の被害者ですもの」
その上、コイツはオレたち兄妹と神霊連中との確執に巻き込まれ続けたというアンラッキー野郎だ。
友達とは思いつつ、そういった複雑な感情があっても、なんなら殺したいほど恨まれていてもおかしくはない。
…ヤバい、想像しただけで泣きそう。
ただ、オレの想像もまた、真実とは異なったようで。
オレの言葉を受けて、先ほどまでの王としての顔が、エウリュステウスから剥がれ落ちる。
そこにあったのは、怒りでも、恨みでもなかった。
「…そうではない、そうではないのだ。謝らなければならないのは、僕の方だ。…僕の方なんだよ、アダマンティア」
後悔、罪悪感、自責。
エウリュステウスの顔を彩るのは、そんな暗く澱んだもの。
これらをひた隠し賢王として振る舞うのに、どれだけの精神力を必要とするだろう。
…なんで、お前がそんな顔するんだ、本当にお前は何も悪くないのに。
どうして、神々やオレへの怒りも、理不尽への絶望すらなく、全て自分が悪いと責めてるんだ。
「僕の親友は、キミだ。初恋も、愛しているのも、キミだ。他に好いた女なんて、考えたこともないんだ」
「エウリュステウス…?」
「でも、あのときの僕には、自信がなかった。キミの隣に立って、キミに相応しい男として胸を張れるなんて、欠片も思えなかったんだ」
オレにとってのエウリュステウスと同じように、エウリュステウスもオレにずいぶんと重い感情を向けていて。
買い被りだよ、とはとても口を挟めない。
なぜって、その気持ちが痛いほどに分かってしまうから。
オレ自身も、未来の賢王となる友達に頼られるような存在でいたくて、ずいぶんと見栄を張ってきたんだから。
お互いにそうであったなんて、考えもしなかっただけで。
「だから、約束を果たそうとした。歴史に永遠に残るような賢王になって…そうすれば、迎えに行こうと。…キミとは、対等でいたいから」
「…」
「見てほしかったんだ、豊かなミュケナイを。優れた家臣を、洗練された兵士たちを、何より民の笑顔を!…それだけなんだ、本当に、それだけだったはずなんだ……」
「なのに…」と言葉を続けようとして、エウリュステウスは言葉に詰まる。
そこから先は、オレ自身も知ること。
彼の願いを、過程の意義を無視して結果だけ叶えた存在がいてしまった。
彼自身の言葉が引き金となって、だ。
もう、そこにいたのは、神の目にすら留まる偉大な王としてのエウリュステウスではなかった。
上位者の都合によって転がり込んでしまったものに苦しむ、一人の男だけがいた。
あのとき、初めてオレたちが親友となったときのように。
面影などないと思っていたのに、これ以上ないくらいにオレのなかで重なってしまった。
そうなってしまったのなら、もう我慢ができなかった。
同性愛とか、前世とか、そんなのものは砂粒くらいに些細なことになった。
「エウリュステウス、顔を上げてください」
「…でも、」
「でももだってもありません。私を愛しているのなら、私を見てください」
卑怯な物言いだ、卑劣な言い回しだ、悪女のやり口だ。
とてもじゃないが、賢王の隣に侍る妻のやることじゃないってことだけは分かる。
うるせぇ知ったことか、目の前でオレに惚れた奴が苦しんどるんじゃ!
応える応えないに限らず、ここで助けなかったら男が廃るじゃろが!
のろのろと、まるで己が大罪を裁かれるときを待つ罪人のように。
こちらを向いたエウリュステウスの顔に両手を添え、オレは自分から顔を近づけた。
そして。
「んっ…」
「!!???!!」
月明かりが互いを照らすなか、オレたちの影が完全に重なりあった。
小鳥が啄むような、そんな小説のなかで飽きるほど使い古された表現が似合うものだった。
やってみたら、ぶっつけ本番でも案外できるもんだ…やるもんだねオレも。
しかし顔がいいなコイツ、前世だったら絶対に嫉妬してるぞ。
まつ毛なっが、瞳キレイ、なんかいい匂いもするが?
そんな奴がオレなんかの行動で目を白黒させているのは、なんだか可笑しくなってしまう。
「っなな、なななな。いきなり何を……!?」
「____愛しています、エウリュステウス。これは、嘘なんかじゃありません」
混乱の極みにいたであろうエウリュステウスは、もう完全に言葉を失い、出来のすこぶるいい石膏像のように固まってしまう。
どうやら、オレから愛の言葉が出てくるだなんて、億に一つだって考えていなかったようだ。
…それはそれで自己評価が低すぎないか?
確かにオレは、エウリュステウスを男としては愛せない。
何処までいってもオレは異性愛者で、好きとか嫌いとかの問題ですらない。
生まれついての性質としての問題だ、どうしようもない。
でも友達としては、これ以上がないくらいに愛している。
家族以外の誰もがオレを恐れるなかで、正体を知った上で堂々と頼ってくれる、どうしようもなく鈍いところを。
半神半人を前に『対等になりたい』と臆面もなく話し、そのために人生を賭けてしまえる、心配になるくらい実直なところも。
誰もが賢王と讃えるお前が、私だけにみせる人間らしい愚かさが、狂おしいくらいに愛おしい。
それでいい、それがいいんだ。
「別れた日にも言いましたね。過去と現在は変えられなくても」
「未来は、変えられる、か?」
「はい、よくできました。…私は、貴方と同じ未来を見てみたいんです」
自信なんて、一つもないけど。
きっとこれから先だって、覚悟なんてできないんだろうけど。
お前のためなら、オレは偉大な王の妻だってやれるだろう。
…それはそれとして、国王の妻をやるというのなら、まず今日しなければならないことがある。
ある意味、王の配偶者として最も重要な役割だ。
結局はそこに帰ってくるのである、覚悟を決めろオレ…もうやりきるしかないんだよ!
「エウリュステウス。私にここまで言わせたのです、貴方も覚悟はできているのでしょう?」
「…勿論。ここで妻に恥をかかせるような男なら、賢王になるなど無知蒙昧の戯言になるな」
エウリュステウスの方はバッチリその気らしい、元気なことで何よりである。
『今日の雰囲気的に、そんな気分になれなくて…』とかほざかれたら、暗示魔術で無理やりやらせるところだったぜ。
さてさて、元男として、色々と頑張ってやるか____
「…あら?」
オレは、いつの間にか寝室の天井を見つめる体勢になっていた。
僅かな混乱、それが収まる前に視界いっぱいにエウリュステウスの顔が映る。
そこまできて初めて、オレは押し倒されたことを認識した。
嘘だろ、オレ一応半神半人よ?
そんな奴を一瞬で押し倒すとか、どんな鍛え方したんだよ。
…オレが教えたんだった、現代スポーツ医学に基づいた筋トレ教えてるわ。
でもこんなことのために、オレは教えたつもりないが!?
「ええとぉ…?」
「____だが、覚悟を問うのは私も同じだ。…惚れた女にここまでされて昂ぶった男が、どんなに恐ろしい存在か。お前は一度知るべきだ、そうだろう?」
あのー、怒ってらっしゃいます?
あ、違う、滅茶苦茶嬉しいから、加減ができないってことね。
確かに男目線で思い返すと、かなり大胆なことしてるなオレ。
…オレ、死んだんじゃないか?
・エウリュステウス(魔改造)
賢王になるという言葉を胸に、研鑽を続けた漢
主人公の影響で、思考が若干現代寄りになっている
本家が正気を失った状態のため、好きに書くとこうなった
・アダマンティア
半神半人らしく、種類を問わず愛が重い
恋愛的には愛していないが、抱かれると普通に気持ちいい
恋愛的には愛していないが、子どもも産めるし可愛がれる
それは普通に惚れてるのでは?とか言ってはいけない
モチベーションになりますので、感想等お待ちしています