【本編完結】転生したらヘラクレスの双子の妹でDie   作:セロ弾きのゴーシュ

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古代ギリシャで生き抜いたのでDie

 ただ神の血を引く者など、そう珍しくもないギリシャの地で。

 そのような世界でも半神半人という存在は稀有なものであるという事実を、アルケイデスは早くから察せる程度には達観していた。

 

「あれが…噂の?」

「あぁ…、間違いねぇ」

「赤子の頃には、既に蛇を握り殺す怪力を持っていたそうだ」

 

 街へ一度赴けば、只人の畏れと恐れが入り混じった噂話が飽きるほど通り過ぎていく。

 神の血を濃く引く肉体は、雑多なソレらを一つ残らず聞き取り、欠片も失うことなく記憶していく。

 

 半神半人の出自に由来する特異性は、生まれてから当然のように備え付けられた機能。

 そのため、本来ならば"そういうもの"として早々に受け入れるものだ。

 

「…気にすることないですからね、兄さま」

 

「?私の耳に届いてはいるが、意識するほどではなかろう」

 

 しかし、男の双子の妹であるアダマンティアは、ソレがまるで己には当然でないかのように振る舞った。

 噂話が聞こえるたびに眉をひそませ、牽制し、遂に止められぬと悟ると「買い物は私だけが行きます!」と不用心なことを言い出す始末。

 

 家族が周囲に疎まれることを望ましく思わない男は、奇行に対して一度注意した。

 こちらは気にしていないし、お前が疎まれるだけだ、と。

 

 的外れな忠言は、時に火に油を注ぐもの。

 受けた当人は、怒っているようにも、呆れているようにも、悲しんでいるようにも見える表情をしていた。

 

「…兄さまは、少しだけ在り方が高潔すぎますね。もっと怒ったりとか、悔しがったりとか、そういうことをしてもよいのに」

 

「お前は、アレに怒りを覚えるのか」

 

 質問に対し、少女は首を横に振る。

 男には理解ができなかった、怒ってよいと言いながら、自分は怒っていないのだという。

 では、何のために。

 

「兄さまは、優しい人です。力は強いですけど、そんな人は他にもいますし。…生まれで恐れられるのは、少し」

 

 少女は陰口にではなく、理不尽の根源にこそ怒りを露わにしたい。

 ただ直接的な悪言など許されず、濁った言の葉しか出せない状況が歯がゆかった。

 

 一方で未だ成長途上の男は、少女の真意を正しく理解できなかった。

 神に対して人が信仰を捧げる時代、神の血を半分も引いた己を人が恐れるのは、極めて自然であったために。

 

「私の出自を知れば、畏れを向ける者がいるのは当然のこと」

 

「それは、そうかも知れませんが…」

 

「だが、その上でお前の心配りには感謝しよう」

 

 しかし男の聡明さは、眼前の家族が己を慮っているという最も重要な事実を見逃さない。

 達観していながら一般的な感性も豊かな男は、真意を知らずとも少女からの親愛には真心で応えたかった。

 

「…兄さまは、本当に高潔ですね。ずるいくらいに」

 

 何がずるいのか、理解はできない。

 ただ男は、淡い笑顔を浮かべてみせた少女を見て、これでよいと表情を緩めた。

 

 

 

 

 男が少女を真に理解したのは、十五歳のときだ。

 賢者ケイローンの下で修行を積むなか、唐突に『妹が女神ヘラの神託を受けた』という知らせが届いた。

 

 生まれの経緯から女神ヘラが兄妹を憎んでいることは、誰も口には出さないが周知の事実。

 その当神から妹への神託など、一体何があったというのか。

 

「アダマンティアッ!!」

 

 師に背中を押されて数年ぶりに男が顔を合わせた少女には、成長というには歪な箇所が幾つも見受けられた。

 自身と同じ大神の象徴に由来するだろう金の眼は、孔雀を思わせる極彩色に。

 土と木、日々の糧に由来する素朴な気配は、果実の臭気に塗りつぶされていた。

 

 話を直接聞いてみれば、経緯は全く理不尽なことだった。

 知り合った友人が偶然ミュケナイの次期国王であり、その男が結婚を望んだために、女神ヘラが妹を老いることのない永遠の少女に仕立て上げたのだという。

 

 男のなかで湧き上がった怒髪天を衝く思いが、思わずミュケナイへと向けられそうになったとき。

 本来の歴史ならば止められぬ英雄の怒りに、待ったをかける存在がいた。

 

「…兄さま」

 

 今にも呑まれそうな理性は、俯きがちにかぶりを振る少女を前に疑問を浮かばせた。

 今の世界、時代において、禁忌となる疑問が。

 

(我が怒りは、果たして正当か?)

 

 男と女が出会い互いに情を深めたのならば、そのなかで恋情が生じることは不自然ではない。

 生じた恋情が叶うように祈ることも、全くおかしいことではない。

 そも少女が友誼を結んだ男が、下衆な考えを持つような輩とも思えない。

 では、なにがこのような事態を起こしたのか。

 

 そこまで思い至ったとき、少女の堪えるような面持ちの意味を男は理解した。

 そして、今の己がすべきことも。

 

(…アダマンティア。お前が抱いていた思いとは、神々へ向けた怒りだったのだな)

 

「…不在の間、多くの試練があったのだな。私はお前を誇りに思う。よくぞその全てを乗り越えた」

 

 細心の注意を払いながら抱きしめれば、男は自身の身体が震えていることをようやく自覚した。

 加えてこのような情動がありながら、常に他者を気遣っていた少女への驚嘆の念も浮かぶ。

 

(兄として妹であるお前を守り、慈しんできたつもりだった。…だが、守られていたのは)

 

「…せっかく帰ってきたんです。色々と話をしませんか、兄さま?」

 

 今もまた少女は男の想いを汲み取り、癒すために行動し続けているのだ。

 最も理不尽を感じ、最も後悔を抱き、最も泣き叫ぶ権利を持つのは、少女自身だというのに。

 

 男は気遣いを受け取り、互いの報告に花を咲かせながら、己の未熟さを恥じる。

 そして今度こそは真に少女を守り、慈しむことが叶う兄となることを誓った。

 

 …それはそれとして、エウリュステウスという男とは、一度話をせねばなるまいと、男は複雑な感情を滾らせる。

 少女を託すに値するのかと、まるで父親のような文言を巡らせながら。

 

 

 

 

 以降の生は、男が想像していたよりもずっと平和で、穏やかとすら言えるものだった。

 

 少女は現状を嘆くことなく常に未来を見据え、ミュケナイにおいて賢母にして慈母と称えられるほどに。

 夫である王もまた賢王と神にすら認められ、夫婦でよく国を治めた。

 多くの子に恵まれ、ミュケナイは今後数十年は安泰であろうと国内外で囁かれている。

 

 男もまた、メガラという最愛の妻と巡り合い、愛すべき三人の子を持つ父となった。

 妻と少女も仲睦まじく、男と義弟も互いを本当の兄弟のように慕いあった。

 

 環境は変わり、境遇が変わり、守るべき者が多く増えた。

 それでも、男の誓いには一片の曇りもなく、胸のなかで轟々と燃え盛っている。

 

 

 

 

 

 

 男は、長い夢から覚めたかのように目を覚ました。

 意識は朦朧としており、身体は上手く動かず、しかし不快感だけはない。

 

 まるで、長年怒りを向けていた存在に、ようやく一矢報いたかのような感覚。

 

 そうだ、と男は思い出した。

 妻と子どもたちと共に、朝から森へ散策に出かけていた、はずだ。

 その道中において、珍しく立ちくらみのようなものを感じた瞬間、目の前に現れた者に目を見開いた。

 

 神の気配を己以上に纏った、神としか言えない敵対者。

 

 敵は、己が相対した者のなかで最も手強いことは間違いなかった。

 主神ゼウスの雷霆に似た雷を操り、女神ヘラの香気を身に宿した規格外。

 たとえ賢者ケイローンであったとしても、敵対すれば無事では済むまい、と確信できるほどの。

 

 だが、何かがおかしい。

 

 己が戦わねば、次は妻と子が狙われるのではないかと奮起した。

 何より女神ヘラからの試練であるならば、己が倒れれば次に狙われるのは誰になるのかと想像し、男は限界を超えてみせた。

 そう、答えは分かりきっているのだから。

 

 敵であるならば、最後のアレはなんだ。

 

 もはや万全の百分の一も動かない肉体を引きずり、地を駆けた。

 神雷自体を避けることは叶わぬと、心眼を以て敵対者の癖を読んだ。

 そして、どうなったのだったか。

 

 なぜ、己の胸を貫かれ、敵は安堵した?

 

 男は、全身の震えを噛み砕き、組み伏せた敵対者の姿を認めようとする。

 ただ下を向く、それだけの行為が、今までに受けたどのような難行よりも難しい。

 理由を聡明な男は半ば察していたが、聡明であるが故に理解を拒んでいた。

 それでも、見なければならないと、その先には____

 

「に、、さ…ま」

 

 己と同じ、主神に由来する金の眼と目が合った。

 十五のときより賜った女神の加護により、もはや見ることができないと思っていたものが。

 だが、それこそが、今の彼女がどれだけ絶望的な状況にいるかを示す。

 どんなに鈍い頭でも、もはや理解を止めることは能わない。

 

 神の加護を失ったアダマンティアの心臓を、アルケイデスは己の手で握り潰していた。

 

 妻子のために戦った誇りある夫など、ここにはいなかった。

 最愛の妹のために戦った頼りになる兄など、ここにはいなかった。

 狂乱した末に、守らねばならぬと誓った無二の同胞を仇のように殺した、一人の愚物がいるだけだった。

 

「…にぃ さ、ま は、わる、くない」

 

「____ッ!待っていろ、すぐ医者を____!!」

 

 駆け出そうとする男の腕を、少女は決死の力で掴む。

 その力は男を留めるには余りにも非力だったが、心はそうではなかった。

 

 男は悟っていた、未だに認めたくはなかっただけで。

 たとえ狂気に侵され、理性などない獣となり果てた上であったとしても。

 敵を殺したか否かを見定められないほど、男は戦士として劣ってはいない。

 

「もぅ、に い さ まは、、、く るわ ない」

 

「…お前は。私が、狂気に侵されることを、知って」

 

「ご め、、、ほ、、ん…とは、だれも、、し、な。せ。、あ、い、、つ、もり、で」

 

 守るなど、慈しむなど、一体どの口で言っていたのか。

 アダマンティアが、魔術の修練を誰にも言いたがらなかったのは、なんのためか。

 過保護とも言えるまでに男の家を訪れ、頻繁に様子を見ていたのは、なんのためか。

 

 全てが、その全てが、この日に備えてなのかと。

 

「えぅ、、りす て、、うすを、、。たよ、、て  くだ。さ、、。い」

 

「な、にを」

 

「だ、い、、じょ。m、ぶ。、、あn、。の、。ひと。。、なら」

 

 男が開けた大穴から、命の証が流れていく。

 少女に与えられた時は、もはや幾許も残されていない。

 下手人の名、怨嗟と憎悪、敵討ちを望む呪い、いくらでも少女には発する言葉があった。

 

 だが、少女はただ微笑んだ。

 この終わりが、まるで自身のなかで最上級のものであるかのように。

 

「わ、。。たし、しあ、。。わせ、、で」

 

 実際、少女にとって幸せではあったのだろう。

 古代ギリシャという異郷に半神半人として生まれ落ち、いつ死ぬのかと怯えての終わりではない。

 家族の悲劇を防ぐために戦い、勝利してみせたと、胸を張る終わりなのだろう。

 

 そんなことを知らぬ者が、この終わりをどう受け止めるか。

 少女の考えでは、まるで足りないというだけで。

 

「あ、。。り  が。、と」

 

 男の腕から、少女の手が落ちる。

 金の眼は、もはや光なく暗雲のような薄暗さのみを残した。

 主神の子であることを示す肌に走る雷霆は、一筋たりとも兆しはない。

 

 男は、ただ少女の亡骸を見つめていた。

 家に張られた結界が消え、二人を探しに跡地に踏み入った妻に見つけられるまで、ずっと。

 叫ぶことも、悲しむことも、嘆くことも、そんな権利などないのだと。

 

 男は、ただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 これより遙かな後の時代、アメリカの一都市にて行われた聖杯戦争において。

 復讐者となった弓兵たる英霊は、こう語った。

 

『我が復讐の鏃が向く先は、二つ』

 

『一つは、神々などという愚物ども』

 

『もう一つは、真の英雄を己が手で葬った、神に成り下がりし愚者の首だ』




・アダマンティア
兄を止め、可愛い義妹と子を守ることができた
後のことは、夫であり友になら任せられると考えている
ただ、自分の死で悲しませることだけはとても申し訳ない
我が子のその先を見れないのも残念だが、概ね悔いはない

今回で、アダマンティアの生涯とお話自体は終了です
簡単な彼らのその後、及び英霊化したステータス等は次回

アンケートについても、お答えいただけると幸いです
番外編として執筆する内容の参考にさせていただきます

モチベーションになりますので、感想等お待ちしています

次に書くお話として、どちらがいいかお答えください

  • 女神ヘラのお節介がない世界線 ※鬱注意
  • 娘目線から見た生前エウリュステウス夫妻
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