四月九日。幸いにして、手元に金はあった。思った通り、誰にも邪魔はされない。
幼い子供が切符を買っても、誰も気にも留めはしない。結局、どこかおかしいのだろう。話しかければ無視をされたり真摯に聞いてくれる。当たり前のように見える反応で、しかし一風奇妙であったりする。
深夜に出歩いている子供と話して、そのまま送りもせずに詳しい質問もしないで見送る巡回警察官が居てはたまったものではない。私が目を覚ました日はいつだっただろうか、いつだっていいとしか思えない。まるで今日目覚めたように、私はいつか目覚めてこの場所にいる。昨日のことすら、まるで嘘のようにうすら寒い記憶だ。
だが、それはいい。結論が許容しかない脳内議論を続けても得られるものは何もない。今、私がするべき行動は実験だ。それももはや、私が試す側なのか、試される側なのかもはっきりしない曖昧な試み。
どこまでが私に要求されている行動で、どこまでが許されていない行動なのか、試さなくてはならない。
私は今日という日に、遠くに行こうと決断した。
後日、駅員に電車内に忘れ物があったと届け出があった。小ぶりだが、高そうな手提げ鞄。やけに軽く、入っているものも少ないようだ。魔が差した駅員は、開いていた鞄の中身をちらりと覗いた。
執拗に折り込まれたこれは・・・・・・手帳だろうか。そのページ以外は要らないとばかりに折り開かれた手帳。開かれた片側のページ、五月のカレンダーが見える。そこから目を離すと、他にも入っているものがあるようだ。
これは、札束・・・・・・?一万円の――――
「っ!」
駅員は咄嗟に辺りを見まわした。風を切る音が聞こえそうなほど首を振り回して誰もこちらを見ていないことを確認した。はやる鼓動を抑えるように、胸に手を当て必死に呼吸する。流石にこれ以上を見るのはまずいと、駅員は所定の手続きをすませて忘れ物のことをすっぱり記憶から消した。
以降、鞄も手帳も取りに来るものは誰もいない。
四月九日、何かの記念日だったのだろうか。印のような小さな何かを描いた後、消しゴムで消したような痕跡がある。この次の日に何もなければ、白紙のカレンダーの中でそれは目立つものだったかもしれない。
四月十日、手帳の開かれたページ、カレンダーの中で、その部分から先が何度も何度も塗りつぶしたように、真っ黒だった。予定で埋められているというより、もう先が無いかのような絶望感が漂っている。それを否定するかのように何度も擦ったような痕があり、それでも消えない黒々とした予定表。
もう誰の手も渡らずに、けれどひっそり確実にそこにあった、誰かの手帳。
九日が記念日だったのか、十日の擦り残しだったのか、知っている人はもういたりいなかったり。