名も亡き少女の墓標   作:ねるねるねずみ

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1-2 この子は騎士か?

 見慣れた重厚な扉の前で、赤い鎧の見知らぬ騎士が立っている。癖なく整えられた金髪を持つ彼は、エリンを連れたアレクを見て怪訝な表情を浮かべた。

 

「誰だ、その子供は」

 

 低い声に、エリンは身を強張らせる。アレクとは違い、赤い鎧の男は険しいまでの敵対心を露わにする。

 それなのに、アレクの態度は変わらない。世間話をするかのように男に向かって口を開く。

 

「子供って、失礼な奴だな。こんな可愛い女の子相手にさ」

「……お前が女好きなのは知っていたが、そこまで落ちたのか?」

「おいおい。人聞き悪いことを言うなよ。この子はラケシス姫に会いに来たんだ」

「こんな夜更けにか?」

「あぁ、緊急だ。……そう睨んでやるなって、ノイッシュ。彼女が怖がるだろう」

 

 不服さを全面に押し出して、ノイッシュと呼ばれた赤い鎧の騎士はエリンを一瞥した。探るようなその眼力の強さにエリンは怯む。

 

「お前、名は?」

「……エリンと、申します」

 

 恐る恐る発したその声は、不自然なほどに硬く震えていた。

 ハイラインの人間であることは伏せること。特にノイッシュという男には。エリンはアレクにそのように強く言い聞かされていた。

 彼曰く、ノイッシュが現れたら絶対に黙っていろ。ラケシスに会いたいのなら、事情は後から話せば良い、と。

 実際に対面して悟る。ノイッシュという男はアレクと違い、堅物な性格のようだ。悪く言えば融通が通じなさそうな印象を受ける。

 ノイッシュの視線がますます険しくなる。それはエリンの名を聞いた瞬間からだ。驚くように目を見開いて、すぐさま不機嫌そうにこちらを睨んできた。

 そして、赤の騎士はエリンの装束を把握したようだ。

 

「この子は騎士か?」

 

 ノイッシュの問いかけにアレクが答えた。

 

「あぁ、そうだ。見習いだと言う」

「どこの所属だ? 見たところノディオンの者ではないようだが」

「よく分かったな。さすが、ノイッシュ。デキる男は違うなぁ」

「誤魔化すな、アレク。この娘はオイフェと大差ない年頃だろう」

 

 ノイッシュは、エリンにとって聞き慣れぬ名前を口にし、再び彼女に厳しい眼差しを送る。

 

「着ている鎧は新品同様、使い込まれている様子はない。家出娘が興味本位で騎士の真似事しているか……もしくは」

 

 ノイッシュの眼光に鋭さが増す。その光は警戒から来る敵意の色がはっきりと見てとれた。

 

「言いくるめられて敵国への間者として送り込まれたのではないのか?」

 

 それは絶対にない、とエリンが否定する前にアレクが彼女を自らの背に隠した。まるでノイッシュの追求から守るように。

 

「おいおい、強く言い過ぎだろう。この子が怯えているじゃないか」

「ならば、その髪はなんだ? 後ろめたい理由を抱え込んでいてもおかしくない」

「あのなぁ、女の子の髪が短いくらいでそんなに警戒すんなって」

「アレク。お前、本当に女だったらこんな子供相手でも構わないのか?」

「言い方! そうじゃなくて、あんまり追い詰めるなと言ってるんだ」

 

 激しく言い合う二人の間で、エリンは身じろぎもせずに立ちすくんでいた。そんな彼女に目を向けて、アレクが声を上げる。

 

「ほら見てみろ。お前を怖がって固まってるじゃないか」

「お前は現状を理解しているのか? 今はネズミ一匹でも注意を払わなければならない状態だろう!」

 

 会話に熱が籠る二人を前に、エリンは戸惑い狼狽えるしかない。何か発言しようかと口を開けば、アレクが流し目でそれを制する。自分に任せとけ――そういうことだろうか。

 しかし、対抗するノイッシュは引く様子を見せない。当然であろう、女子供といえど不審な人物を要人に近付けさせるわけにはいかない。騎士としての勤めを彼は果たしているだけなのだ。

 窮するエリンの耳にキィ……と遠慮がちに扉が開く音が聞こえた。音の出所を探ろうと、アレクの背から反射的にエリンは身を乗り出す。

 軍議室へと繋がる扉が開かれている。そこから現れたのは、青年へと成長しつつある少年だった。年頃はエリンと同じくらいだろうか。顔立ちに少年の面影を残しつつも、青藍色の目には強い意志を宿している。その責任感溢れる眼差しは、年齢以上の落ち着きを感じさせた。

 彼の装束は、アレクたちのようなシアルフィのものではなかった。鮮やか青色の装束には鎧を纏わずに、淡い水色のマントを身につけている。アグスティの造りではない、エリンの知らない他国の物だ。

 アレクが少年に声をかける。

 

「フィンじゃないか。どうした?」

「いえ、外が騒がしいから様子を見てくるようにとキュアン様に命じられて──」

 

 少年時代特有の高さが失われつつある声であった。フィンと呼ばれた彼がエリンを見る。

 一瞬、驚いたように目を見開く。すぐに表情を整えたが、そのわずかな揺らぎをエリンは確かに捉えていた。

 彼を戸惑わせたのは、自分よりも年下の少女が騎士鎧を着てそこに立っていたという事実なのだろう。彼の眼はエリンの短い髪よりも、鎧に注目している。

 エリンの視線に気づいたのか、フィンは焦るように目を逸らした。思考を読まれたことへの不覚と、感情を表に出してしまった恥ずかしさ。そんな己の未熟さを誤魔化すように彼は口を開く。

 

「どなたですか?」

 

 動揺を声に表さぬよう努めている様子だ。エリンに対する警戒よりも、自らの失態を挽回しようとしているように見える。ノイッシュの追求よりも声に厳しさがない。

 だが、エリンは体を強張らせる。やはり、初対面の相手に声を聴かせるのは、彼女にとってひどく緊張することだった。

 声を震わせないよう、努めて落ち着いて言葉を発した。

 

「騎士見習いの、エリンと申します。ラケシス様にお目通しを……お願いに参りました」

 

 ハイラインの人間であることは伏せろ――アレクの助言に今も従う。現在、ハイラインとノディオンは開戦前夜なのだ。

 今ここで素性を明かすのは得策ではない。拝謁が叶い、ラケシスがエリンの潔白を示したその時に、初めて打ち明ければいい。それが、アレクの立てた策だった。

 けれど、そんな甘い見通しで良いのだろうか。エリンの疑念が脳裏で、ざわめいていた。

 たとえノディオン城に無事潜入出来たとしてもだ。そんなにあっさりと姫君の元へと通してもらえるのだろうか。

 アレクの思惑とは裏腹に、事情聴取なりでエリンは拘束されるのではないのか。

 顔見知りであってもノディオンの騎士たちは、ハイライン城に属する人間を警戒するに違いない。

 結果的に杞憂であったが、アレクがエリンを騙した可能性もあった。適当に言いくるめてエリンを城内で捕縛する。彼ぐらいの大人なら思いつく作戦だろう。……疑ったことを申し訳なく思うほどにアレクはエリンを助けてくれたが。

 城外では高揚感が先立っていた。だが、城内を進むうちに、冷静さを次第に取り戻した。戦においては、たとえ顔見知りであっても容赦はされない──義父の教えを、エリンは危うく忘れかけていたのだった。

 緊張から鼓動が体から漏れ出そうになるエリンに対し、フィンの反応は訝しむものだった。

 

「エリン……?」

「はい」

 

 名を呼ばれ、返事をする。が、フィンは慌てて目を泳がせた。どうやら呼び止めるための発声ではなかったらしい。

 そういえば、さっきからエリンが名乗るたびに不思議そうな顔をされる。これは一体どういうことだろうか。

 アーダンに至っては、分かりやすいほどに目を丸くさせて驚いていた。シアルフィ兵たちも首を傾げて顔を見合わせる。

 理由が分からずに、エリンの不安は増すばかりだ。

 彼女が唇を固く結んでいると、フィンが咳払いをした。

 

「確認して参ります。ここでお待ちください」

 

 声を上擦らせたままでフィンは、一礼して扉を閉ざす。そう時間も経たぬ内に、再び扉は開かれる。

 彼の頬にはまだ少し火照りによる赤らみが残っていた。

 

「お入りください。許可をいただきました」

 

 

 フィンの言葉に、アレクが軽く目を見張り、ノイッシュもわずかに眉を動かした。

 これまで警戒心を隠そうともしなかったノイッシュは、この即断に初めて動揺と困惑を面に滲ませた。反論の声を上げなかったのは騎士としての矜持からか。彼は扉の前に佇み、フィンに促されて中へと足を進めるエリンとアレクを見送った。

 

  ◆ ◆ ◆

 

 ノディオン城へエリンは何度か訪れたことはあるが、ここへ入室したのは初めてだった。──軍議室。

 まず目を引いたのは、部屋の中央に設置された巨大な円卓。その上にはアグストリアの地図が広げられ、いくつもの軍駒が戦況を示すように配置されている。

 部屋の照明は煌々と灯り、隅々まで光が届いていた。その明るさにより円卓を囲む人々の姿がくっきりと浮かび上がる。誰一人として椅子に腰掛けてはいない。その立ち姿は、今にも戦地へ赴かんとする武人そのものだった。

 見慣れぬ大人たちに交じり、フィンとは年恰好も雰囲気も異なる見知らぬ少年もいた。

 部屋の最奥、三人の騎士が並び立つ。その顔立ちは、まるで同じ一つの絵を三枚並べたように似通っていた。

 彼らの中央には、守護されるかのように、ひとりの少女が凛と佇んでいた。

 それは──。

 

「ああ、エリン! あなたが無事で良かったわ」

 

 鈴のような声を上げながら、ラケシスが再会を喜んでくれた。

 ラケシスが身にまとっているのは普段のような煌びやかなドレスでなく、機能性を重視した純白の肩鎧だ。騎士のような全身鎧ではない。鎧の下には、気品漂う紅の衣装。それを覆うように向日葵色のマントを纏っている。

 彼女の金糸のように輝く髪が、戦装束の上でなお一層の華やかさを放つ。その麗しさは、鎧をまとってなお損なわれることなく、むしろ気高さを際立たせていた。

 ラケシスの円卓の席は部屋の最奥──すなわち上座にあたる場所だった。エリンとそう変わらない年頃の少女がこの城の責任者としてその場に立っている。

 重圧に耐え、戦準備を整えているラケシスを見て、エリンは堪らなく悔しさを覚えた。彼女をこのような戦いの場に出させることとなった、ハイラインの王達を恨む。

 怒りを抑えて、エリンはその場に跪く。入室の許可は得たが、信用は得られていない。例えラケシスが気を許していても他の者達は違うだろう。

 現に三人の騎士はラケシスを庇うように彼女の前へと立ち位置を変えていた。絶対にあり得ないと断言出来るが、エリンが強襲してもすぐに対処出来る態勢だ。彼らに不信を抱かせてしまったことが、悔しいよりも悲しい。だが、落ち込んでいる場合ではない。

 拳が緊張から小刻みに震える。針の筵のような空間で、うまく喋れるだろうか。

 不安で口籠もりそうになるのを、どうにか抑え込む。ここまで来たのだ。もう引くわけにはいかない。

 首を垂れたままの体勢で、エリンは口を開く。

 

「伝達もなく、このような夜分に突然お伺いしてしまい、申し訳ございません。入室をお許しいただき、ありがとうございます」

 

 エリンには見えなかったが、ラケシスはこの時わずかに寂しさを相貌に浮かべていた。だが、すぐにその色を消す。城主代理として振る舞おうと、努めて表情を整えたのだろう。

 エリンは言葉を続ける。

 

「義父の命により、ラケシス様のお力となるべく参りました」

「……フィリップが?」

「はい。義父に此度の戦、お前はラケシス様のお力になるようにと私に勧められました」

「それは本当か?」

 

 男の声が二人の会話を遮った。低く抑えたその声音には、あからさまな猜疑が滲んでいた。

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