名も亡き少女の墓標   作:ねるねるねずみ

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第四章 自覚の芽生え (全4話)
4-1 全部この男のせいだ


 開拓村の解放、アンフォニー城攻め。そのどちらもシグルド軍は成果を挙げた。

 ハイライン戦前に懸念されていた領民の反応も上々。シグルドは侵略者として罵られるどころか、解放者として讃えられている。

 シグルド自ら巡回を行えば、子どもたちが手を振り、大人たちが彼に道を開けて跪く光景も珍しく無い。

 この混沌と落ちたアグストリアに、春を連れてくる風のようにシグルドは暖かく受け入れられていた。

 それだけエルトシャンを慕う人々が多いという表れだ。

 彼の妹姫ラケシス。その窮地を救ったのは、彼の親友のシアルフィ公子シグルドと、レンスター王子キュアン。共にエルトシャンと同じ、伝承の神器の継承者である。

 現王シャガールについて、村人たちは堂々と非難の声を上げる。

 

 ――あれはただ一国を納める王に変わらない。

 ――エルトシャン王と違い、神器の徴も持たぬくせに。

 ――父親である賢王イムカ様に手をかける親不孝者だ。

 

 井戸端で口を尖らせる。どこもかしこも、ここぞとばかりに不満を表に広げてゆく。

 

 ――エルトシャン様に嫉妬していたのさ。魔剣ミストルティンを、シャガール王はその鞘すら抜けなかったらしい。

 ――イムカ様も嘆いただろう、エルトシャン様でなく、シャガール王が御子だったことに。

 

 数日前にこんなことを口にすれば、不敬罪で捕まっていただろうに。開放感はアグストリアの民を大胆にした。

 それらは確実に、シグルドの有利に傾いてる。今や、エルトシャンの解放を求める嘆願が、シャガールの本拠であるアグスティ城へと多くぶつけられるぐらいに。

 

 しかし、これで満足してはいけない。

 

 剣を納めた兵たちに、シグルドは開拓村の復興を行うよう指示を出した。

 開拓村の多くは、盗賊の焼き討ちにより、焼け焦げた小屋の残骸が風に舞う。育っていたはずの麦畑の根は踏みにじられ、ところどころに瓦礫が転がっている。

 村人たちが安らかに眠る場所もない。石造りの狭い倉庫で身を寄せ合って、寝食を共にしていた。

 これを利用しない理由はない。シグルドの軍師役はそう思っただろう、彼に進言をした――開拓村の復興を優先すべきと。

 戦の勝利を機に、さらに盤石な民心を得ようとする策だ。それが明白であり、見え透いた意図だと誰の目にも映った。あからさまだと、眉を顰める者もいたらしい。

 けれどそれでも、シグルドは顔色ひとつ変えなかった。

 彼にとって、人を助けるのに理由は要らなかったのだ。シグルドの号令は早かった。アンフォニー城攻略の翌日には復興隊が編成されていた。

 その中には、エリン含むフィリップ隊もいた。

 数年来の顔馴染みの村人達の無事を確認し、彼女は安堵する。彼らもまた小さかった頃のエリンを覚えていてくれた。鎧姿の彼女を褒め、労ってくれた。

 穏やかな再会劇。復興は着実に進み、村には再び希望の色が差し始めていた。陰りは少しずつ薄れ、村人たちは自然に歌を口ずさむ。

 強襲の傷は消えることがない。だが、時間と共に和らいでいくことがある。新たな建物や田畑が増えるごとに人々の笑顔も増えてゆく。

 

 しかし、エリンの心は決して晴れやかではなかった。

 

 硬い表情のままで、彼女はラケシスの元へと近寄る。

 

「ラケシス様、こちらの作業――納屋の骨組みは予定よりも早めに完了しそうです。材料の搬入は明朝ですので、今日の作業は昼過ぎには終わるかと」

 

 態度を崩さず、淡々とエリンは報告を行う。それに対して、ラケシスは普段と変わらぬ様相で頷いてくれた。

 

「それは良かったわ。それなら、手が空いてる者から隣の村へと手伝いに行った方がいいわね」

 

 エリンらが現在滞在しているのは、アンフォニー城側から一番遠い村だ。普通なら逆なのだが、村は城から遠ざかるほど盗賊被害が少なかった。

 これこそが、マクベスが城近くで盗賊を飼いならしていた証拠である。

 それに加えて、レヴィンとシルヴィアの活躍もある。彼らは滞在していたのは、アンフォニー城から一番遠い村。つまり、エリンたちの現在地だ。

 被害の少なさゆえに少人数だが、力仕事に自信のある副隊長を始め、屈強な兵たちが揃えられている。精鋭ゆえにラケシスの守護も容易いだろう。無事な建物も多いことから、シグルド軍は彼女をこの村に配置した。

 ラケシスの提案を、エリンは快く了承した。

 

「はい。では、派遣する人員は――」

「いや、それは待った方がいいな」

 

 低くざらついた声が、エリンの言葉を遮った。たちまち彼女の眉間に皺がよる。あからさまな敵意を込めて、声の主をエリンは睨みつける。

 そこにいたのは三十を目前にしたような男だった。彼は気怠げな足取りで、二人の少女へと近寄ってくる。

 年齢相応の顔つきは、若さよりも場数の多さが滲んでいた。それは彼の装備からも溢れ出ている。

 アグストリア製と思しき青の鎧は、騎士の制式ではない。だが、擦れや剥げが物語る通り、戦の中で鍛えられたものだ。そしてそれでも、鎧の継ぎ目一つ無駄がない。質の高さを知る者なら、見ればすぐに気づくだろう。

 腰には幅の広い刃物。鋼で作られた剣の重みなど、感じさせない足取りだ。

 日焼けした肌と金髪。だらしないという印象ではないが、気を配って整えている様子もない。用心深く、それでいて己の格を計算して見せつけるような、そんな空気を彼はまとっていた。

 

「復旧に区切りが付いたとはいえ、兵を分散し過ぎない方がいいだろう」

 

 オリーブ色の瞳は光の加減で青みが浮かぶ。不思議な混じりを宿して、男はエリンでなくラケシスを見つめる。どこか大人の色気すら感じられるその視線を、エリンは嫌悪した。

 ラケシスは意に介さず、男の言葉に聞き入る。

 

「安全が確保されたとは断言出来ないからな。アンフォニー城の兵崩れが野党に成り下がった可能性もある」

 

 これで男の言い分が検討違いなら、エリンは堂々と噛み付けるのに。正論と思えてしまうからタチが悪い。

 

「村人だけでなく、姫さんの警護もあるからな。こちらの人数は減らさない方がいい」

「うん……確かに、ベオウルフの言う通りね」

 

 目を輝かせ、ベオウルフを支持するラケシス。両手を胸元で組んだ仕草は、まるで憧れの人を前にした少女のようだ。

 彼女の頬に薔薇色の赤らみを確認してしまい、エリンは思わず反発の声を上げた。

 

「シグルド様から人手が不足するようなら連絡しろと指示がありました! それぞれの部隊で協力し合うよう言われたはず!」

 

 意識せずとも言葉に棘が生まれる。己の内に沸々と湧き上がる、この男に対する拒絶感。醜い負の感情を、ラケシスには気付かれぬようエリンは心がけている。だが、どうしても我慢ができない。

 己の感情を声に乗せるのは苦手なのだが、今はそれを臆すことはなかった。

 ただ、そのせいで声が上擦ってしまった。敬愛なる姫君の前での失態に、エリンは頬を赤くさせる。

 そんなエリンの未熟さが面白いのか、ベオウルフと呼ばれた男はからかうように笑う。

 

「それは要請があればの話だろう。確かに救い手は多い方がいい。仕事も早く終わる。だがな、別の部隊にだって計画がある」

 

 余裕のある大人の振る舞い。今のエリンにはその全てが鼻につく。

 

「話し合って決めた手順に、無理矢理、人を差し込めばまた一から練り直しだ。余計に手間がかかる。ありがた迷惑ってやつだ。……それに」

 

 低い声を、ことさら小さくさせてベオウルフは続けた。

 

「村人の監視も必要だからな」

 

 ここではない、別の村の話だ。

 盗賊討伐が完了すると、シグルドは彼らを埋葬するようにと兵に命じた。どんな相手であろうと、死すれば誰もが平等であると。

 その判断を批判する者もいた。盗賊に家族を奪われた者たちだ。憎悪に身を震わせて、報復させろと訴えてくる。

 危うく暴動になりかけた。報告を受けたシグルドが即座に馬を駆らせて仲裁に入る。懇々と説得を続け、ようやく村人は矛を収めてくれたのだ。

 しかし、怨みは消えていない。

 別の村では、盗賊の墓を掘り起こそうとする者も存在していた。すぐに止められたが、彼らは涙を流して墓山を蹴り飛ばしたという。

 

「ここの連中だって、盗賊の被害に遭った。……身内を失った怨みは、そう簡単に消え去るものじゃない」

 

 そこでようやく、ベオウルフはエリンを見た。相変わらずふてぶてしい笑みを浮かべて。

 

「分かったかい、嬢ちゃん?」

 

 瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

 一瞬にして、視界が赤く染まる気がした。湧き上がった怒気が、思考を飲み込む。

 侮られたと判断したのだ。正論も何も知ったことか、ここで言い返せねばエリンの誇りに傷が付く。

 そう思い込み、彼女が口を開く前にラケシスがエリンに顔を向けた。

 

「ベオウルフがいてくれて助かったわね、エリン」

 

 同意を求めるような、ラケシスの軽やかな声音。

 たちまちエリンの勢いが削がれてゆく。彼女は渋々と、そうですねとしか言えなくなる。

 呟くように絞り出した声には覇気がない。まっすぐなラケシスの視線から目を逸らすしかなかった。

 

「まぁ、嬢ちゃんの言い分も分かる。少しでも早めに復興を終わらせようと考えるのは悪くない」

 

 ベオウルフの言葉の裏側に、優越感をエリンは感じ取ってしまう。指先を震わせるのを我慢するのに必死だ。

 そんなエリンの心情を察しているのか……相変わらずベオウルフは余裕のある調子で言葉を繋げる。

 

「一応は、休戦中だ。だからと言って油断は出来ない。隙を見つければ、あの強欲王はすぐにでも行動を起こすだろうな」

 

 強欲王――名を言われなくとも分かる。シャガールのことだ。領民たちが付けた彼の新しいあだ名である。

 ラケシスの兄エルトシャンが投獄されるに至った経緯。

 シャガールは、無謀にもグランベル王国に宣戦布告を上げたのだ。その理由は、シグルドによって制圧されたヴェルダン王国の存在だった。これを良しと思わず、彼は諸国に命じたのだ。

 

 ――アグストリア一丸となり、グランベルを討つべし。

 

 それに反発したのが、エルトシャンである。彼はこのお触れを取り下げるようにシャガールを説得に向かい、そのまま反逆者と称され牢に入れられた。

 こういった経緯から、領民らは欲に取り憑かれた暴虐の王――強欲王とシャガールを呼んだのだ。

 シャガールという人物を知れば、ベオウルフの懸念を否定出来ない。血の繋がりのある父王ですら、自らの欲のために暗殺したと言われる男だ。

 復興支援にシグルドは兵を集中させていると知れれば、シャガールはすぐにでも開戦の口火を切るだろう。戦の準備を万全に終え、正々堂々ではなく強襲にすら走る可能性もある。

 侵略者を討つという名目で。

 

「そうなった場合、シグルド様側が不利になる。派遣された兵を招集するのにも時間がかかるからな」

 

 ベオウルフの意見には、熟練の経験で裏打ちされた説得力があった。

 賞賛の眼差しを送るラケシスの目は、曇りない夏空のように輝いている。柔らかな頬はほんのり赤らみ、吐息に熱がこもっていた。

 エリンが敬愛する人は、胡散臭い男を信頼しきっている。それを彼女は苦々しい思いで眺めることしかできない。だって、その場所は自分が収まるはずだったのに。

 

 ――全部この男のせいだ。

 

 八つ当たりめいた感情を目線に込めて、エリンは二人を睨むように見つめた。

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