アイの瞳は、君だけを映さない   作:can'tPayPay

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第2章:愛の仮面と、剥き出しの執心 第3話:檻の中の二人

「社長、来月からのB小町の現場、基本的には全部俺が同行します。アイの精神的なケアも含めて、その方が効率的だと判断しました」

深夜の事務所。栞が提出した新たなスケジュールと人員配置の書類を見て、斉藤社長は煙草を咥えたまま、ふうと煙を吐き出した。

「お前がそこまで言うなら構わねぇが……。栞、アイに変な風に振り回されてるわけじゃねぇだろうな? あいつは、人を惹きつける『嘘』の天才だ。プロとして一線は引いておけよ」

「分かっています。彼女は我が社のトップタレントですから」

淡々と答える栞の背後、応接用のソファから、ひょっこりと二つの星が覗いた。

大きめのパーカーに身を包んだアイが、クッションを抱きしめたまま、満足げに目を細めている。

「社長、栞くんは私の『専属』だもん。心配しなくても、私、栞くんの言うことなら何でも聞くよ?」

(……嘘。聞くわけないじゃん。私が、栞くんに言うことを聞かせるんだから)

アイは心の中でそう毒づきながら、社長が部屋を出ていくのを笑顔で見送った。

パタン、とドアが閉まり、ついに二人きりになる。

「アイ。約束通り、現場の同行は増やす。だからもう、あんな風に怯えるな」

「うん! ありがと、栞くん!」

アイはソファから飛び起きると、書類を整理している栞の背中に、ノーモーションで抱きついた。

彼の背中の温もり、洗剤の匂い、そして自分に向けられる呆れたような溜息。そのすべてが、アイの乾いた心に染み渡っていく。

「離れなさい。まだやることがある」

「やーだ。さっき社長も言ってたでしょ? 精神的なケアが必要なの。今、私のココロは、栞くんで満たされないと壊れちゃう仕様になってまーす」

アイは栞の首筋に顔を埋め、わざとらしく熱い吐息を吹きかけた。

栞の身体が、微かに強張る。その僅かな反応すら、アイにとっては至高の快感だった。

(もっと、私を見て。私に困らされて。私なしじゃ、仕事も手につかなくなっちゃえばいいのに)

アイは彼を自分に依存させたいと強く願う。

けれど、背中に回した自分の手が、微かに震えていることに気づいていた。

彼が現場にいない数時間、自分の世界は完全に停止していた。歌っていても、踊っていても、ファンに「愛してる」と微笑みかけていても、頭の片隅では常に「栞くんは今、何をしてるの?」「誰と話してるの?」ということばかりが渦巻いていた。

相手を自分の檻に閉じ込めているつもりで、その檻の鍵を彼に預け、自ら進んで閉じこもっているのは、自分の方だ。

「ねぇ、栞くん」

「なんだ」

「……もしもね。もしもの話だよ?」

アイは栞の肩に顎を乗せ、彼の横顔をじっと見つめた。その瞳の星は、いつになく真剣で、どこか物悲しい光を帯びている。

「私が、明日急にアイドルをやめちゃうって言ったら、どうする?」

「……急にそんなことを言われても困るな。違約金やスケジュールの調整で、俺は徹夜することになる」

「あはは、現実的すぎる! そういうことじゃなくて!」

アイは彼の脇腹を軽く小突いた。

「私がアイドルじゃなくなって、ただの『空っぽの女の子』に戻っても……栞くんは、私の隣にいてくれる?」

静寂が、深夜の事務所を支配する。

アイは自分の心臓の音が、うるさいほどに脈打つのを感じていた。

もし彼が「それは仕事だから無理だ」と言ったら、自分はどうなってしまうだろう。アイドルとしての星野アイしか愛せないと言われたら、きっと自分は本当に、中身のない偶像として死んでしまう。

栞は、キーボードを叩く手を止めた。

そして、ゆっくりと振り返り、至近距離でアイの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「……忘れたのか? 君を空っぽのまま認めて、ここに引っ張ってきたのは俺だ」

「あ……」

「君がアイドルだろうが、そうでなかろうが、俺のやることは変わらない。君が空っぽなら、俺の時間をいくらでも分けてやる。だから、そんなくだらない仮定の話をしてないで、明日のドーム公演の最終確認をするぞ」

栞の手が、アイの頭を乱暴に、けれど包み込むように撫でる。

その瞬間、アイの目から、ぽろりと一筋の涙が零れ落ちた。

嬉しくて、愛おしくて、そして——あまりの重さに、胸が締め付けられる。

(やっぱり、溺れてるのは私だ。……もう、この人なしじゃ、息もできない)

「……うん。確認、しよっ。でも、私の隣に座ってやってね?」

アイは涙を拭い、これまでで一番、可愛らしくて、そして執念に満ちた「本物の笑顔」を咲かせた。

嘘を武器にのし上がってきた究極のアイドル。

だが、彼女の心は今、たった一人の事務員の腕の中で、完全に囚われていた。この歪で、甘やかで、逃げ場のない共依存の終わりがどこにあるのか、二人はまだ知らない。

第3章の予告:『双子の秘密と、永遠の契約』

物語は、アイの人生の最大の転換期——「妊娠と出産」へと突入する。

アイドル生命の危機。その裏で、アイは双子の父親ではなく、事務員である栞に「私の全てになって」と、さらなる狂気の依存を見せる。

秘密を共有する二人だけの、閉ざされた生活が始まる。

 

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