アイギル大陸の語り草   作:?がらくた

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僻地の名店主アウディファックスと武具の愉快な物語

その店の立地は最悪だった。街道からは外れ、年中湿った霧が立ち込める森の窪地。だが、ここには「自らの魂と完全に一致する至高の武具」を求める客が絶えない。店内に入れば店主アウディファックスが冒険者や傭兵について、軽く質問を投げかけて馴染む武具を売るというのが、アイギル大陸の荒くれ者の間ではもっぱらの噂だ……

 

私は一人、カウンターの奥で乾燥させた「夢見茸(トラウム・ピルツ)」の欠片を口に含んだ。微量の幻覚作用のあるキノコで舌で転がすと口内がピリピリと痺れ、喉の奥が微かに熱くなる。咀嚼すると数分もすれば、世界を隔てる膜が一枚剥がれ、空気が妙に鮮明に輝き出す。心臓の鼓動が、ゆっくりと、それでいて確かな力強さを持って打ち鳴らされた。

 

(また、聞こえてきたな……)

 

耳の奥で、金属同士が擦れ合うような「声」が響き始める。それは整理を待つ中古武具たちの、気ままな元持ち主の品評会(レビュー)だ。

 

「おい、見たかよ。俺の前の持ち主の死に様を。ドラゴン相手に錆びた盾一枚で突っ込みやがった。無謀というより、もはや頭のネジが外れてたぜ」

 

棚の端に置かれた、ひどく凹んだ円盾がカラカラと笑う。その隣で、柄の革が擦り切れた長剣が、どこか誇らしげに身震いした。

 

「俺の主はマシだったぞ。クランをケチって宿にも泊まらず、俺を枕にして野宿三昧だ。だが、最後の一撃だけは見事だった。群れで襲いかかってきた豚鼻のオークどもの心臓を貫く瞬間の、あの完璧な筋肉の弛緩……忘れられねえな」

 

私は静かに、錆落としの布を動かす。

剣の身を撫でる指先に、かつての持ち主が流したであろう汗の塩分や、握りしめた瞬間の手のひらの熱が、幻覚のように伝わってくる。

 

(無茶をするものだ。パン一個を惜しむ者が、命を懸けて深淵の魔物に挑む。理屈じゃない。ただ、生きていた証を刻みたかっただけなのか)

 

脳内で過去の戦場の情景が鮮明に甦る。焼けるような煙の匂い、肌を刺す鉄錆の冷たさ、死の間際に振り絞られる絶叫。それらが夢見茸の作用で増幅され、私の網膜に鮮やかな色彩となって焼き付く。そんな他愛もない会話の中で最も武具たちの注目を集めたのは、勇者ツヴィーリヒトに使われていたという鋼の剣だ。

……たった3日だけで他の武器に乗り換えられたらしいが。

 

「俺を完璧に扱ったツヴィーリヒトはそれはそれは鬼神のように強かったぜ……日と闇を同時に操る、薄闇の英雄が育ったのはこの俺のおかげと……」

 

その鋼の剣が話し始めると周囲はすぐに

 

「あー……その話はもう何十回も聞いたから」

「それよりツヴィーリヒトは、ぷにゅぷにゅが大好きだって聞いたぜ?! なぁ、どうなんだよ!」

 

問われると

 

「ああ、確かにツヴィーリヒトは宿屋に泊まる度にぷにゅぷにゅしたがったな。付き合いの長い魔法使いミーナとのぷにゅぷにゅが一番激しかった。逆にセクシーな踊り子のフレディスには、控えめなぷにゅぷにゅだったな。 

だが引き締まった体つきが道着の上からでもわかる、女武闘家シュティラが加入した日にゃ、もうぷにゅぷにゅしたい欲望を隠しきれずに、夜独りでシュティラの名前を叫びながら自分で慰めてたぞ……」

 

アイギル大陸でその名を知らぬ者はいない勇者の意外な一面に、私は思わず吹き出した。

 

「店主、そんなに笑うなよ。あんたが一番、この狂気を見て楽しんでるんだろ?」

 

不意に、研ぎかけの短剣が皮肉げに囁いた。

私の指先が、ぴたりと止まる。

確かに、私の唇は無意識に吊り上がっていた。

 

「……否定はしないさ。お前たちが語る物語は、どんな極上の酒よりも酔わせてくれる」

 

喉の奥が震え、掠れた声が漏れる。

この世の底辺で、差別され、泥を舐め、それでも空を、あるいは深淵を目指した愚か者たちの記憶。彼らが残した唯一の遺産である「武具」の声を聞くたび、私は自分の血液が熱く、ドロドロと煮えたぎるのを感じる。

 

外では、三原神の象徴である太陽が沈み、深淵王ヴァニタスの支配する夜が始まろうとしていた。

冷え冷えとした夜気が隙間風となって店内に流れ込み、私の火照った肌を不快に撫でる。だが、手の中にある鋼の熱だけは、消えることがない。

 

私は再び茸の欠片を噛み砕き、静かに、そして深く笑った。

明日もまた、新たな「英雄」の、あるいは「大馬鹿者」の断末魔を携えて、誰かがこの森の窪地を訪れるだろう。その声を肴にするために、私は今日もこの場所で、鋼のレビューに耳を澄ませる。

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