TCGで全てが決まる世界に転生した物語 作:国家公務員K
久々に歯磨きをしたら血塗れになった。現実空間では相当の時間が経過していたらしい。コレだから闇遊戯は嫌いだ。
私は洗面台から顔を上げる。
鏡に映るのはまだ20代前半に見える黒髪の男。そして端の方には白いシーツが敷かれたベッドとそれに寝そべる赤髪の青年が見えた。
「にしても、お前が居て助かったよ、リク」
色褪せた蛇口のレバーを下ろし、水を止める。私は振り返る事なく語り掛けた。
返答は最初から予測出来ているが。
「気にするな」
相も変わらず、大きな声。
この世界に産まれてから最初に出来た友人、竜崎 陸。
今では神札遊戯連合会の名誉会長だなんて地位に就いている彼だが、そんな柄では無い事を知っている。
なんせ半世紀近い付き合いがあるのだ。
——もっとも、その内の十数年は、互いに死んだものとして扱われていたのだが。
「今回の件についてだが」
私はテレビのリモコンを探しながら口を開けた。全くもってこの部屋の配置が分からない。なにせ初めて入るホテルだ。実の所、何処に強制転移されたのかも把握出来ていない。先程まで戦っていた闇遊戯の影響である。
「どうした」
このような境遇に陥っている訳であるが、リクはのんびりと寛いでいる。
別段、私も慌てている訳では無いが、かといって慣れるものでも無いと思うのだ。
「どうした、というのは、こちらのセリフだ。今回の闇組織は表沙汰になっていない筈だ。事実として民間人への被害は報告されていない。なのに、どうしてお前が現場に居たんだ?」
リモコン探しは後回しにしてリクと話す事に決めた。が、なんとも座り心地の悪いソファーだ。埃まで被っている。
「龍脈に異常が出ていた」
「成程、そういうことか」
竜崎陸。
彼の二つ名は、龍神の遣い。
八大龍王達を筆頭にありとあらゆるドラゴンからの加護をその一身に受けている世界最強の男。
だからこそ、龍脈だとかいう謎の力の源には人一倍敏感である。
リク曰く、龍脈が正常で無いと、この世の全てのドラゴンデッキ使いに悪影響が出る。ここぞという場面で欲しい神札を喚ぶ力、即ち、共鳴力に関わるらしい。
「むしろ、どうしてカンリが居た。国家転覆罪に相当するような輩ではないだろうに」
カンリ。
リクからそう呼ばれる私のフルネームは、霞ヶ関 官吏。御歳45歳、前世まで含めれば70を超える。
リクと共に世界を救った事やリクとは無関係に陰ながらこの国を2度救った事により今では内閣官房 国家安全保障局 次長の席に座っている。もっとも、今座っているのは埃まみれのソファーだが。
「いやぁ……それがな」
私は少し目を逸らしながら頬を掻く。
しどろもどろになりながら言葉を紡いでいった。
「あの……その、なんだ。そう、アレはな」
リクがじっとこちらを見る。
昔から変わらない視線だ。
普段はダラシない姿しか見せていない癖に、こういう時だけ妙に圧が強い。
「……手続きを、少し飛ばした」
「少し?」
「……かなり」
リクは深々と溜め息を吐いた。
ベッドのスプリングが軋む。
「何をやらかした」
「いや、今回は本当に仕方が無かったんだ。例の闇組織はな、お前も知っているだろうが表向きはただの地方のバニー系コンカフェだったんだが、内部資金の流れが妙でな。神札絡みの違法取引の恐れがあると公安調査庁から報告が上がっていた」
「公安調査庁というと、つまり、法務省案件か?」
因みに、公安──対闇遊戯特殊捜査課にも私達のような遊戯者は存在する。それぞれ何かしらの高位の存在からの加護を得ており、牧間君の様に国内外からの賞賛と畏怖されている者も居る。
「最初はな。だが、調べている内に呪術使用の疑いが出た」
「……宮内庁書陵部が首を突っ込んできたと。それで?」
「正式な特別執行権限を申請した」
宮内庁書陵部。
表向きは皇室関係の文書や資料などの管理と編修する部署であるが、その実、平安時代からの神札遊戯に関わる国内全ての記録を保有する異質な場所。
因みに、神札遊戯における国内大会での実況には一部の層からは人気がある。独自の目線が面白いとの事だ。
「却下されたか」
「三時間後に審査会議を開く、だそうだ」
「あー……」
リクは片手で顔を覆った。
私の気持ちを汲み取ってくれただろうか。
国家というものは巨大であるが故に、どうしても遅い。
手続きを踏むというのは、責任の所在を明確化する為の儀式でもある。
だが。
「待っていたら間に合わない。そう思った」
「だから単独潜入したのか」
いや、と大袈裟に首を振る。
そして、胸を張って言った。
「国家安全保障局次長権限による緊急危機対応措置だ」
「便利な言い換えをするな」
勿論、即座に突っ込まれてしまう。
コレがただの一般人相手ならば言いくるめられるものを。
「違法ではない」
「合法ギリギリを違法じゃない扱いするの、お前の悪い癖だぞ」
反論出来ない。
実際、かなり危なかった。
というより、普通に失敗した。
潜入先地下で発見したのは、儀式用に改造された決闘場だった。
中央には黒い神札。
周囲には倒れた遊戯者達。
そして——。
『——あらぁ、国家の犬が、一人で来るとはね♡』
あの瞬間、嫌な予感はしていた。
相手がバニーガール姿のムキムキマッチョおじさんだったから?
否、見るからに闇に染まった神札を手にしていたから。
にも拘らず。
「私は挑発に乗った」
「乗るな」
「……闇神札が目に映ったんだ。となれば、あの場で逃がす訳にもいかなかった。まぁ後はお前も知っての通りだ」
私が闇遊戯への参加に承認する直前、倒れていた遊戯者の中から一人だけムクリと起き上がった者が居た。その人物こそが目の前でゲラゲラ笑っている世界王者リク。
「目と目が合ったな」
だとか、ほざいて私の横にならび、共闘して撃破したという流れである。
「で、結局。今回の報告書はどうするんだ?」
「あー……」
私は視線を逸らした。
そもそも闇遊戯に参加してからどの程度経過しているのか、正確な時間を把握していない。
今までの経験上、下手したら半年程の遅れが生じている気がする。
「今から提出予定だ」
「いや、俺は内容を聞いているんだが」
「うむ。闇神札関連の危険案件として、少し盛っておこうと思う」
手頃な言い訳要素が目の前に居るのだ。使わない手はない。
「何を」
流石に勘付いたのか、リクが怯えるような目で私を見る。
咳払いを一つ。そして、満面の笑みで答えた。
「単独潜入ではなく、龍神の遣いによる共同制圧作戦という形にする予定だ」
沈黙。
リクがゆっくりとこちらを見る。
「待て」
「安心しろ。お前の名前は伏せておく」
「そこじゃない。そもそも、実質的に伏せきれていないぞソレは」
私は口角をしっかりと上げながら無視して続ける。
「功績配分もちゃんと調整した」
そう返した瞬間だった。
──ピシッ。
部屋の窓ガラスに、細い亀裂が走った。
我々の加護も反射的に起動したのだろう。リクの頭上には巨大な紅色の龍がとぐろを巻いて周囲を威圧している。
そして、私の横には愛すべき女神プブリカヌスが整った顔に険しい表情を浮かべながら顕現する。
「「……は?」」
私達は眉を顰める。
次の瞬間。
窓一面に、
黒い手形が浮かび上がった。
まるで、
外側から何百人もの人間が張り付いているように。
そして。
ガラス越しに、聞き覚えがある女の声が響く。
『——みぃつけた♡』
リクが、ベッドの上でゆっくりと起き上がった。
その表情からは笑みが消えていた。
【閲覧後の皆さまへ】
1 本作品を閲覧した際は、「お気に入り」及び「評価付与」を行う。
2 必要に応じて、「推薦」又は「感想」の投稿を行う。
3 継続して閲覧する場合は、閲覧箇所を記録するため、「しおり」を設定する。
上記の行動を推奨する。