TCGで全てが決まる世界に転生した物語   作:国家公務員K

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第二話

 

『——みぃつけた♡』

 

その瞬間だった。

 

リクの表情から、笑みが消えた。

紅龍ヨウゴウセキが、低く唸る。

まるで恐怖しているかのように。

 

私は眉を顰めた。

 

「……おい」

 

返答は無い。

リクの目線はヒビが入った窓ガラスに釘付けだ。

 

ドンドンとガラスを叩き付ける音が止む。いつの間にか、アレだけあった黒い手形は消え去っていた。

 

ただぽつりと、女の顔が浮かび上がる。能面のように真っ白で不気味な顔。

 

眼球は無い。空洞。

いや、凝縮された闇。

口元だけが嬉しそうに笑っていた。

 

『ひどいなぁ♡せっかく会いに来てあげたのに』

 

リクが、掠れた声を漏らす。

 

「……クソが」

 

その一言だけで全て伝わる。

私は、無意識に懐にある神札へ手を伸ばしていた。

指先が、少し震えている。

 

女が笑う。

 

『安心したぁ♡ちゃんと、

二人とも生きてたんだね♡』

 

一拍の静寂。

私は重く息を吐いた。

 

「思い出したぞ、三十年振りか」

 

『うん♡』

 

相変わらず、気色悪い声だ。

リクが髪を掻き上げた。

相当苛立っているのだろう。

 

「……なんで今更出てきやがった」

 

『だってぇ、あなた達、

全然こっち来てくれないんだもん♡』

 

そこで、女が笑みを深くする。

 

『だから、迎えに来た』

 

空気が凍る。

普段であれば何かしらの案を提言しているプブリカヌス。そんな彼女ですら沈黙している。

 

「黒壇の魔女」

 

思考を高速で巡らせながら、私は口を開く。何が目的は分からない。

一先ずの時間稼ぎだ。

 

『そうそう♡その呼び方懐かしいねぇ』

 

 

刹那。

──ピシッと響く不協和音。

窓ガラスの亀裂が一斉に広がった。

 

と同時に、気味の悪い圧が跡形も無く消え去る。

ただ、砕けた窓から吹き込む夜風だけが妙に冷たかった。

 

 

『また遊びましょ、ボウヤたち♡』

 

その言葉を残して黒檀の魔女は忽然と姿を消した。

 

 

 

 

***

 

神札遊戯における世界ランキング。

その頂点たる存在はチャンピオンと呼ばれる12人の存在。

竜崎陸を筆頭とした彼等は神話の領域の存在である。

 

そんなチャンピオンになれなかった上位トップ13から100位までの英雄達。

彼等にはソブリンという尊称が与えられ、自身より格上が存在しない国においては、我が物顔で頂点に君臨していた。

 

当然だが、神札に選ばれし者は単なる上位者ではない。

国家を護り、企業を従え、時には宗教にすら影響を及ぼす、文字通り、神に選ばれた超越者達の領域。

 

我が国においても、長年ソブリンに君臨した一人の英雄が居た。

 

名は穂刈陶斗。

 

表舞台に立つ時は必ずと言って良い程、水色──本人曰く、『勿忘草色』を基調とした爽やかな装いで自身を演出する男。

 

誰にでも柔らかな笑みを向け、

軽薄にすら見える距離感で人と接する一方。

 

いざ神札遊戯となれば、

緻密極まる計算と冷徹な判断で盤面を支配する、ミッドレンジ型遊戯者の頂点の一角。

 

 

その強さは絶対。

その美貌は熱狂。

その在り方は、一つの時代そのものだった。

 

そして彼は、

『英雄色を好む』を体現したかのような好色家でもあった。

 

とはいえ、彼が手を伸ばす女性達もまた、

ソブリン、あるいはその下位領域たる『チャレンジャー』に属する世界級の遊戯者ばかり。

 

強い加護持ちは、強い加護持ちへ惹かれる。

それは世界の摂理であった。

まぁ上の方に行き過ぎると少し話は変わるのだが。

 

 

兎も角、そんな男が、たった一度だけ。

全くもって神札に愛されなかった女と一夜を共にした事がある。

 

当然、世界はそれを赦さなかった。

 

穂刈陶斗に愛された女達はその女を蛇蝎の如く憎み、

神札に選ばれなかった大多数の人間達は嫉妬と憎悪をぶつけ続けた。

 

身の程知らず。

勘違い女。

運だけのゴミ。

 

ありとあらゆる悪意が一人の女へ向けられた。

 

 

だが、その女はそんな程度で壊れるような人間ではなかった。

 

 

図太く。

図々しく。

傲慢で。

大胆。

そしてもって、圧倒的なる美貌と打算的な愛嬌。

 

 

だからこそ、世界中の女達が欲しがった男を、

たった一夜とはいえ独占出来たのだろう。

 

 

そして、その女から生まれた娘にとって、

世界とは生まれながらに拒絶してくるものだった。

 

 

名は、穂刈未子。

 

 

今日、中学生となった少女。

 

これまでの十三年間、彼女は絶えず嫉妬され、

陰口を叩かれ、孤立し続けてきた。

 

だが、幸いなことに未子は世界を憎まなかった。

嫌いにもならなかった。

寧ろ、面白がっていた。憐れんでいた。優越に浸っていた。

 

何故なら、己の母親があまりにも堂々としていたからだ。

 

 

「ブスに嫌われるなんて、

 美人の勲章じゃない?」

 

 

そんな言葉を真顔で言い放つ女に育てられた結果、

未子もまた妙に完成された人格をしていた。

 

 

父親譲りの勿忘草色の艶やかな髪。

母親譲りの人形じみた整った顔立ち。

年齢離れした圧倒的な発育。

 

そしてそれら全てを当然のように受け入れる、

絶対的な自己肯定感。

 

傲慢。

自意識過剰。

平然と他人を格下扱い出来る傍若無人さ。

 

その一方で、

己より上位と認めた存在には、

露骨なまでの愛嬌を振り撒く。

 

同年代の誰よりも、『女』として完成されていた。

 

今日も普段と変わらず、未子は堂々とした足取りで

己が入学する中学校へ向かっていく。

桜吹雪はさながら、末子を美しいものへと昇華させていた。

 

 

 

 

 

クラス分けの掲示板前。

人混みの中で未子の周囲だけ妙に空間が空いていた。

 

男子はちらちら見る。

女子は露骨に視線を逸らす。

 

未子にとっては、いつもの事だった。

別段、気にも留めない。

 

その時だった。

誰かと肩がぶつかる。

 

 

「あうっ……!」

 

小さな声と共に銀髪の少女が尻餅をついた。

未子は眉を顰める。

 

 

「ちょっと!前見なさいよ」

 

 

すると少女は未子の顔を見上げたまま、

ぽかんと口を開いた。

 

 

「……わぁ」

 

「は?」

 

「すっごく綺麗……デス」

 

 

周囲は一瞬静まり返る。

だが少女は気付いていない。

 

 

「髪、勿忘草みたいデス」

 

 

未子が僅かに目を見開いた。

その表現を父親以外から言われた事が無かったからだ。

 

 

「アンタ、名前は?」

「スネグーラチカ!」

 

満面の笑み。

 

打算も。

嫉妬も。

恐怖も無い。

 

だから未子は、

少しだけ困惑した。

 

この女。

 

自分を、穂刈陶斗の娘として見ていない。

そもそも知らないのかもしれない。

 

ただ綺麗な女の子として見ている。

しかも、だ。

その綺麗な女の子に対して、嫉妬も僻みも無い。

気が引けてもいない。

完全なる対等。フラットな目線で未子自身を綺麗だと評価している。

 

だからこそ、未子は人生で初めてまた会いたいと思った。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

スネグーラチカと一緒に帰る約束をしていた未子だったが、

約束の時間を過ぎても待ち合わせ場所には現れなかった。

 

 

「……遅い」

 

 

苛立ちながら呟いた瞬間だった。

 

鞄の奥。

 

父親の形見──母親からはそう聞かされた神札の一枚が淡く光を放つ。

実の所、母親が一晩の記念にと、デッキの中から一枚奪っていっただけだが。

 

 

未子は目を細めた。

神札には『清涼飲料水』の五文字。

その神札から放たれる一筋の光が指し示す方へと歩き出した。

 

辿り着いたのは、人気の無い校舎裏。

そこで未子はソレを見た。

 

ポツリと立ち尽くす黒い影。

影の周囲に蠢く沢山の手形。

悍ましい気配がした。

 

その影を一見すると人の形をしている。否、スネグーラチカが影の中へ飲み込まれつつあったのだ。

 

 

「未子っ……!」

 

目を充血させ、必死に助けを求める声。伸ばそうとした手は影に押さえ付けられ、折れてはいけない方向へと捻じ曲げられつつある。

 

 

未子は即座に駆け出す。

 

 

「返しなさいよ!」

 

 

スネグーラチカの甲高い悲鳴に影が笑う。

腹の底へと響く濁った低い声だった。

未子も必死に近寄ろうとするが、周囲を蠢く手形の影に行く手を阻まれる。

 

 

その刹那。

 

──バンッ!!

 

爆発音と共に眩い閃光が末子の視界を埋め尽くす。

薄ら目で確認出来たのは、影の一部が放射状に弾け飛ぶ姿。

 

 

 

『──な』

 

 

影が声を発する間も無く、未子の前へと割って入ったのはスーツ姿の一人の男。片手には展開状態の神札が、そして、もう片方には銀色の光を放つ大型拳銃が握られていた。気怠そうに硝煙を吹き飛ばしながら影を見て一言。

 

 

「……はぁ、この程度か。霞ヶ関さんの読み通りとはいえ、俺じゃあ過剰戦力過ぎるでしょう。またイージー案件か」

 

 

未子が目を見開く。

その男を知っていたからだ。

 

 

ニュース。

新聞。

神札連盟広報。

違法神札摘発特番。

 

その全てに時折姿を見せるあまりにも有名な男。

 

公安闇遊戯対策1課、課長。

牧間 修司。

 

 

国内チャレンジャー級遊戯者の中の最強。

ソブリンに最も近い男。

そして、国内最恐の実戦派。

 

 

『牧間ァ……!!』

 

 

薄気味悪い影の声が、初めて動揺を帯びる。

更に放たれるプレッシャーが増加する。

にも関わらず、牧間は面倒臭そうに頭を掻いた。

 

 

「この件、既に上同士で話着いてるんだろ。連合会の遊戯者で良かったじゃないか。はぁ、始末書が面倒なんだよなぁ……」

 

 

その瞬間。

 

──ガガガガガッ!!

 

校庭。

屋上。

校門。

 

無数の杭が撃ち込まれる。

 

展開される封鎖結界。

 

遅れて闇遊戯対策課の職員達が雪崩れ込む。

 

 

『牧間ァァ!この領域で捕まえた気か──』

 

「捕獲する必要なんてねぇよ」

 

 

次の瞬間、牧間が手に挟んでいた神札を展開する。

 

 

───顕現

 

巨大な黒鉄の処刑武者。

漏れ出す殺気。

振るう刃からは斬撃が具現化して影を刻み続ける。

 

 

牧間は低く告げた。

 

「さて、仕事だ」

 

「対象確認、闇遊戯災害認定」

 

「──執行開始」

 

 

 

この瞬間、影と牧間のデッキが同時に展開された。

 




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