TCGで全てが決まる世界に転生した物語 作:国家公務員K
末子が初めて神札遊戯連合会本部に足を運んでから三週間が経過した。
これまでオモチャ扱いをし、一切の興味が無かった神札遊戯であったが、ココ最近はずっとハマりっぱなしである。
今日も今日とて、学校帰りに電車に乗って連合会本部まで足を運んだ末子は、師匠呼びを強要するチャレンジャー級遊戯者・蛇皮銅剣の指導のもと、最下級のアイアンリーグで小学生相手にボロ負けを続けている。
そんな最中、末子のスマートフォンから唐突に着信音が鳴り響いた。
末子には友人がほぼ居らず、母親は放任主義な為、基本的に電話を受けるという事がない。
末子が訝しそうに電話に出ると、渋い男の声が聞こえた。
「我が国において七五三という古くから伝わる風習がある」
唐突に掛けてきたのは牧間修司。
しかも、ビデオ通話であった。
つい先程まで俺様と言っていた顔と口とガラの悪い師匠・銅剣は部屋の隅で縮こまっている。
「その呼称は明治時代に広まったものであり、それ以前での呼び名は祝児詣であったとされるが、いずれにせよ、子供が居る家庭においては、我が子の成長を盛大に祝う一大イベントである」
「ちょっと、いきなりなによ」
末子に対する挨拶すら抜かし、淡々と要件らしき前提知識を伝える牧間。
「いけ好かない宮内庁の面々に尋ねれば、髪置の儀や袴着の儀、帯解の儀について事細かく嫌味を混じえながら御高説頂けるであろうが、今回の件における本題は其方ではない」
牧間はタメを作った後に、今回の要件を告げた。
───『七つ前は神の内』。
「医療技術の発展により乳幼児の死亡率が激減した現代においても、神札遊戯の存在が世界の根幹にある以上、この言葉の重みが消える事は無い。
神札遊戯という外交カードを有している我が国において、七歳までの児童に対する神札適性検査は憲法に記された国民に対する当然の義務である。
実際に全国の児童に対して適性検査を行うのは国から業務委託を受けた神札連合会であるが、一大国家事業である事には変わりない」
「そのへんはどうでもいいのよ。それよりも適性検査って───」
適性検査というワードに末子は聞き覚えがあった。つい最近、師匠である銅剣から聞かされ、そして、受診したものであったからだ。
「この30年間……つまり、俺が産まれて以降における満七歳児の受検率は、霞ヶ関さんの努力もあって毎年ほぼ100%に達している。
本来であれば、児童個々の固有の資質の早期に発見に繋がっているハズだ。
そう、そのハズなんだが……」
神札適性検査。
神札との相互共鳴が認められ、神札遊戯に際して正常に神域が展開される能力の有無を示すものだ。
この個人に由来し、且つ、半永久的に能力は変化しないとされている。
つまり、神札から愛されない者は一生涯、その寵愛を受ける事は無い。
その割合は全人口の15%。末子の母親も此方のカテゴリーに分類される。
コレは余談になるが、勿論、近代憲法を戴く法治国家において、憲法第14条である法の下の平等や基本的人権がしっかりと保証されている。
その為、適性の有無のみならず、顕現の可否等で、表立った差別はタブー視されており、神札適性検査も個人の尊厳と基本的人権に配慮した最適な教育・福祉環境を提供するための公的指標として運用されている。
「それはこの前の事件のせい……なんでしょ。七歳の頃に受けた検査では適性無しだったのは覚えているわ」
末子からの問い掛けに牧間はしかめ面をしながら答える。
「あくまでソレは連合会の見解でしかない。公的な回答は控えるが、個人的には妄信するのは良くないだろう。違う要因の可能性もある」
「ハッ、一民間施設の意見は封じるってのに答えはしないか。如何にも御役所様だな」
「アア?あくまで恩赦の立場を忘れるなよ、銅剣」
煙をまくような牧間の回答に対して、銅剣は嘲るように噛み付いた。
が、睨まれた途端、即座に尻尾を巻いて部屋の隅への退散する。
その光景を見ながら、末子は二人の間に昔なにかがあったことを察した。
「官吏さんが言ってんだよ。その当時には存在していなかった神札が今になって深層から解禁されたんじゃねぇのか?って」
「ハーン、なるほどね。で、ウチの親分は闇遊戯が起因しているんじゃねぇかと。上層部の意見が対立してる訳だな。そりゃ俺様達は口を噤むしかねぇ訳だ」
牧間と銅剣が揃ってため息を吐く。
どうやらお互いに苦労している立場のようだ。仲が良いのか悪いのか、末子には判別が付かなかった。
*****
「いや、リク。だーかーらー、絶対に新パックがリリースされただけだって。闇遊戯はブラフ」
地下での過酷なレッスンを終えたスネグーラチカは、何故か様子を見に来た連合会名誉会長である竜崎陸と、そのツレとして紹介された霞ヶ関官吏と共にエレベーターに乗って地上階へと戻って来た。
扉が開いた瞬間、賑やかな子供たちの声が耳に飛び込んでくる。吹き抜けから差し込む太陽光も中々に眩しかった。
背後から感じる圧倒的な加護の力に戦慄しているスネグーラチカは現実逃避をするべく、連合会本部の一角に目を向けた。
そこは初心者のためのフリープレイ対戦スペース。
天井から『はじめての神札遊戯!体験ノススメ』というポップな横断幕が下がり、床には大きな初心者マークのシートが敷かれている。
「───ちょっと! なんで私のカードが勝手に墓地に行くのよ! 意味が分からないわ!」
唐突に響いたのは、聞き覚えのある、傲慢だけどどこか可愛らしい声。
スネグーラチカがハッとしてそちらを向くと、白と淡い水色の服を着た同級生・穂刈末子が、小さな男の子を相手に、額に青筋を立てて卓を叩いていた。
末子の手元には、連合会から支給さればかりの、傷一つないピカピカのデッキケース。
「あ、あの、おねぇさん……それはボクのカードの効果で『破壊』されたからで……」
「破壊!? 私がせっかく整えつつあった盤面を破壊するなんて100年早いわよ! もう、銅剣師匠。私はどうすればいいの!? 早く次の手順を教えなさい!」
スタッフを示す赤い腕輪を嵌めた……アレはチャレンジャー!?
末子を指さしながらゲラゲラ笑う男。スネグーラチカには見覚えがあった。過去に大敗を喫した遊戯者だ。
そんなバケモノ相手に初歩的なルールを必死に聞きながら、末子は小学生相手のカジュアルマッチで「うわー!」と本気で一喜一憂し、大騒ぎしている。
お世辞にも自身の神札のコンボを使いこなしているとは言えない、泥臭すぎる初心者そのものの姿だった。
しかし、遠くそれを見つめるスネグーラチカの青い瞳には、全く違う景色が映っていた。
みるみるうちに、感動の涙が大きな粒となって溢れそうになる。
(末子ちゃん……カードの持ち方も、ルールも全然知らないのに……)
スネグーラチカの脳内で、クソデカ純真勘違いのギヤが限界突破して回転する。
自分のために。自分が孤独な立場にならないように、わざわざプライドを捨てて、初心者マークの会場で恥をかきながらも、私のいる世界へ必死に手を伸ばしてくれているんだ──。
「末子ちゃん……っ」
スネグーラチカは薄っぺらい胸の前でピタッと両手をくっつけ、祈るように拳を握りしめた。
「がんばれ……がんばれ、末子ちゃん……! 負けないでデス……!」
遠くから必死にエールを送るスネグーラチカ。
その健気な姿の少し後ろには、本来なら同じ空間に揃うはずのない、この国の神札遊戯の歴史そのものである大人たちがずらりと並んでいた。
「……ぷっ、ハハハハ! なんだあいつ、デッキが完成されてないのにもう遊戯始めてるのかよ。それでボロ負けして銅剣に泣きついてやがるぞ! 最高に面白いじゃねぇか!」
仁王立ちをし、豪快に笑っているのは、連合会名誉会長である赤髪の男──竜崎陸。
「あー、アレが噂の子か。私は実物を見るのはじめてなんだが、予想以上に酷いな。おいおい、コレのどこに才能があるんだ?リク」
その隣で、仕立ての良いスーツを着た黒髪の男──霞ヶ関官吏が、いつの間にか横に移動していた蛇皮銅剣から受け取った資料を苦虫を噛み潰したような顔で眺める。
「適性15%からの覚醒者。穂刈くんの血筋とはいえ、母親がアイアン未満か。半端者だなぁ」
「お堅いねぇ、官吏の旦那。あっしが言うのもアレですが、あの跳ねっ返りのお嬢ちゃんには間違いなく才能ありますぜ」
生来の巨体に加え、鍛え上げられた筋肉はストライプの黒スーツをパツパツにしている。顔の凶悪さや声の大きさは目を引くものである。
しかし、彼等の前では霞んで見えた。
特に顕現の練習をしている為、加護の力に人一倍敏感になっているスネグーラチカにとって、ホンモノのバケモノ2人の存在感は桁違いなのだ。
「ふーん。まぁ、蛇皮くんが育てるからには多少はマシにはなるだろうけど、私が想定している領域には届かないでしょう」
大人達の話が始まると、スネグーラチカは隙を見て、場を離れた。
足早に初心者ブースへ駆け付け、末子の一挙手一投足に一喜一憂する。
その時、官吏は手に持っていたモニターで面白い数値を見た。スネグーラチカの共鳴率が、極めて安定的かつ幸福な波形を描いて微振動していたのだ。
「……なるほどね」
官吏は陸の肩に手を乗せ、画面を見るように指し示す。
「スネグーラチカちゃんはお前タイプだったんだな」
「だろ?」
リクがニカッと悪ガキのように笑う。
官吏にとっては、もう見飽きた表情であったが、やはりそれでもほんの少しだけ苛立ちを覚える。
「カードの適性や共鳴率が何パーセントだろうが関係ねぇんだよ。あの二人の間は、ルールなんかじゃ縛れねぇ。なぁ、カンリ。俺達はこの光景をもう散々見てきただろ?」
「嗚呼、だな。蛇皮くん、後は頼みましたよ」
大人たちがそれぞれの思惑と過去の因縁を背負って見守る中──。
少し離れた初心者ブースでは、末子が奇跡的に耐久コンボを炸裂させ、
「見たか有象無象! これが私の実力よ!」
と小学生相手にドヤ顔で勝ち鬨を上げていた。末子、初めての勝利である。
「すごいです、末子ちゃん! 天才デス!」
自分のことのように飛び跳ねて喜ぶスネグーラチカの純真な愛の視線を受けながら、穂刈末子の、勘違いと愛憎にまみれた『神札遊戯』の戦いは、こうして賑やかに幕を開けるのだった。
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