竹取物語   作:神在月ユウ

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その10 かぐや昇りぬ

 血塗れで倒れる翁へ駆け寄る玉とかぐやは、その惨状に絶句しました。

 翁の肩から脇腹にかけた裂傷からは、どくどくと止め処なく血が滲み、地面に広がっていきます。まるで、大地にその命が吸われているように思えました。

「翁っ、しっかりして!」

 玉は必死に傷口を押さえますが、それで止血ができるわけもなく、ただ呻く翁の声を聞くことしかできませんでした。

 かぐやはその惨状を見た後で、実の父であるフルムーン・新月を睨みつけました。

「なんでこんなことを!ここまでしなくても……!」

「勝負を仕掛けてきたのは向こうだ。それに手加減できるほどの相手でもなかった」

 フルムーン・新月は翁の実力を認めるようなことを言い、聞こえていたのか翁はほんの少しだけ口角を上げたようにも見えました。

「駄目だ。手の施しようがない……!」

 玉の言葉に、見る見る血色が悪くなっている翁を見ながら、かぐやは思い出したように実の父へ向かって詰め寄りました。

 

「かの秘薬をください。あれならば、この深手でもお父様を助けることができます」

 

 その言葉に、「本当かい!?」と玉が反応します。

 かぐやは玉に振り返って首肯します。

「月の秘薬ならば、その力があるはずです」

「ならん」

 しかし、フルムーン・新月は首を縦には振りませんでした。

「あれは秘されているからこその秘薬だ。それを、地上人のために使うだと?」

「わたしは月へ帰ります!だから、秘薬を—――」

「交渉になっていないな。こちらが勝ったのだ。お前を連れ戻すことができるのだぞ」

「違います!このまま帰るのならば『連れ戻された』ことになりますが、わたしは『自分の意志で帰る』と言っているのです!」

「それこそ詭弁—――」

 

「よいではありませんか」

 

 父娘(おやこ)の間に入ってきたのは、フルムーン・満子—――かぐやの実母でした。

「この子が自分で帰ってくるというのです。ならば、少量の秘薬程度よいではありませんか」

「いやしかし—――」

「何かご不満でも?」

「………………いや、そこまで言うのなら……」

 どうやらこのご家庭は奥様の方が強いらしいです。翁相手でも見せなかった怯み方でした。

 フルムーン・満子は「よろしい」と小さな壺を取り出すと、中に入っている粉末を翁の傷口にかけました。

 翁の体から煙が立ち上がっていき、みるみるうちに傷が塞がっていきます。

 フルムーン・満子が説明します。

「今は傷口が塞がっただけです。動けるようになるには数日を要するでしょう」

 

「か、ぐや……」

 

 翁から、弱弱しいながらも声が発せられました。

 フルムーン・満子は「驚異的な体力と精神力ですわね」と感嘆しました。

「力…、足りぬ父で、あった……」

「そんなことありません!そんなことは—――!」

 懺悔の言葉を口にした翁に、かぐやは目に涙を溜めながら発言を否定します。

「出会いは、殺される、なんて思ったところから始まりましたが、お父様はいつもわたしを気にかけ、わたしの幸せを願い、共に暮らしていただいたのです。今も、こうしてその身を賭してわたしを守ろうとしているではないですか。ですから—――」

 

「かぐやは、お父様と、タマ姐さんと暮らしたこの三月(みつき)、本当に幸せでした」

 

 かぐやの頬から涙が一筋落ち、雫が地面に吸われました。

 

「わたくし、かぐやは、月へ帰ります」

 

 涙の軌跡を両頬に描きながら、満面の笑みを翁に向けて、かぐやは告げました。

 

 

            *  *  *

 

 

 月日は流れ、季節が一巡しようという頃—――

 翁は床に臥せっていました。

 最近は竹取にも行けず、一日のほとんどを横になって過ごしていました。

「今日は、暖かいな……」

「そうだねぇ、気持ちのいい日和だ」

 翁が呟くと、すぐ隣の縁側に座る玉が穏やかな声で同意します。

 

「かぐやが帰って、もう一年になるのか……」

「そうだね。早いもんだ」

「儂も、もうそろそろお迎えか……」

「馬鹿言ってんじゃないよ」

 玉は澄んだ青空を見上げながら答えます。

「翁がそんな簡単に逝くもんか。太刀だって打ち直してもらったし、こんな翁、翁らしくないよ」

 しかし、玉の声にはいつもの気楽さは感じられず、どこか恐れを抱いているように震えていました。

 

「ひとつ、頼みたいことがある」

 

 翁は玉の方を見ずに、天井を見上げながら言いました。

「かぐやのことを、語り継いではくれまいか」

 その声は玉の知る遠雷のような声ではなく、細く弱いものでした。

「あの子が、ここにいたことを、語ってほしいのだ」

「それは……」

 それは、まるで遺言のように思えてなりませんでした。

「それは、うん。いいよ。いいんじゃないかな」

 だから、玉は青空を見上げたまま、翁の気持ちに応えました。

 

「ただ、ありのままに、語る…、というのも、避けたい」

 翁は考えながら、言葉を紡ぎます。

「まず、、儂のことは、しがない、ただの老人、にでも……しておいてくれ」

「うん、秘剣の使い手で熊を素手で倒しちゃう人にはしないよ」

 

「それと、帝は……、もう少し、帝……らしくしてくれ」

「……うん、そうするよ」

 かなり曖昧な表現でしたが、玉は何となく察しました。

 

「かぐやが要求した、貢物についても、苦労して……手に入れに行く、としてくれ」

「そうだね、いろんな人に依頼して、旅に出たことにするよ」

 玉は傲岸不遜で無茶苦茶な帝の姿を思い出し、頭の中から追い出しました。

 

「月から来た…者たち…も、あまり変には、書かんで…くれ」

「……そうだね。フルムーンなんちゃらは記憶と記録から消し去るよ」

 特にかぐやが不憫でならないからね、と玉はクスリと笑いました。

 

「それ、と…………」

「今度は何だい?」

「…………………」

 

 どんな言いにくいことを口にするのかと、冗談半分に笑いながら、翁へと振り返ります。

 そこには、これまで見たことのない、翁の安らかな寝顔がありました。

「翁……?」

 かける声に、何も返っては来ませんでした。

「…………」

 

 玉は縁側から翁の元へ歩み寄りました。

「いろいろ、あったよね」

 玉は何も言わなくなった翁に向けて、ひとりで話しかけます。

「宮中に巣くう(あやかし)として追われたわたしを、翁は助けてくれたよね。深手を負って、死にそうだったバケモノを、翁は何も言わず手を差し伸べてくれた」

 玉は翁と初めて会った時のことを思い出しながら語り続けます。

「あのとき、太刀を佩いた翁の姿を見て、『ああ、ここで殺されるか』って覚悟したんだよ。そしたら、あんたはこともあろうに尾の分かれた狐(わたし)を抱きかかえて自分の家まで連れ帰ったときた」

 にわか雨の中、衰弱しきった自分を抱えた老爺(ろうや)の温もりを、玉は昨日のことのように思い出します。

「憶えてる?なんで助けたのかって聞いた時のこと。『どんな命であれ、生きたいと(こいねが)うこと、死にたくないと藻掻(もが)くことは当然だ。目の前に助けられる命があるのなら、自分にその(すべ)があるのならば、ただそれを行うのみだ』って。よく憶えてるよ」

 玉はその時のことを思い出し、胸が熱くなるのを感じました。

「だから、わたしは誓ったんだ。翁の為に生きて、翁の願いを叶えるために、この命を使うんだって。だからさ―――」

 

「語り継ぐよ。何十年、何百年でも。

 翁と、かぐやの物語を。竹取の翁の、物語を」

 

 そして、最後に悲しげに、愁いを浮かべて眼下の翁に心の中で告げます。

 

(せめて、物語の中では、夫婦(めおと)にさせてください)

 

 竹の中から現れた少女は老夫婦の下で育てられた。

 改変ついでにそういう話にしてしまおう。

 

 これが、玉から翁に対する最後のわがままとなりました。

 

 

        * * *

 

 

 竹取物語。

 現存する日本最古の物語。

 作者も、成立年も不明の、

 

 翁と家出少女の、物語。

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