竹取物語   作:神在月ユウ

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その8 合い戦はむ翁

 倒れた帝に代わって前に出たのは、いつものように着物を着崩した玉です。

「次はこの玉姉さんが相手だよ」

 それに対し、フルムーン・三日月は怪訝な表情を浮かべます。

「本当にお前が戦うのか?女だからといって手加減はしないぞ」

「おや」

 玉は心外とばかりに流し目を送ります。

「こちらこそ、遠慮なんてしてあげないよ、ボウヤ」

 フルムーン・三日月は玉の雰囲気に、背筋に冷たいものを感じましたが、何を気圧されているのだと頭を振り、改めて身構えました。

 

 ゴォォォン―――――!!

 

 戦いを告げる銅鑼が鳴り、フルムーン・三日月が先の戦闘と同様に、その速度を活かして玉に向かって突っ込みます。

 

「舐められたモンだねぇ」

 

 ガン―――!!

 そこで、フルムーン・三日月の体が宙に浮きました。

 玉の脚が、高く振り上げられています。

「なっ、ばかな—――」

「さぁ、オイタの時間だよ?」

 

 ズガガガガガガガガガガガ――――――――!!

 玉の白磁の脚が高速で動き、打ち上げられた細身の腹部に幾度も幾度も足先が叩き込まれます。

「ご、ォォォォ—―――――!!」

「ホラホラホラホラホラホラホラホラ—―――!!」

 フルムーン・三日月は高速の蹴りに必死に耐え、玉は空中に打ち上げられた男の体を蹴り上げ、重力で落ちてきた体をまた蹴り上げ……、と人間(わざ)とは思えない空中コンボを決めます。

 

「た、玉さん、すげぇ……!」

「いいぞぉ、玉さぁーん!」

「やっちまえーーーっ!」

 周囲のギャラリーも、玉の猛攻に大盛り上がりで、目が釘付けになっています。

 

「おい、あれを見ろ!」

「な、あれは…!」

 そして、一部が気づきます。

 斜め上方に向かって高速の蹴りを繰り出す玉の着物の裾がすすす、と徐々に捲れていき、太ももが、白い肌がどんどん露わになっていることに。

 

「うぉぉぉぉ―――!!もう少しだぁぁぁ!!」

「み、見えそうだぁぁぁ!!」

「おい耐えろよ月からのぉ!!」

「まだくたばるなぁぁぁ!!もうちょっとなんだからなぁ!!」

 

 周囲の男たちが、玉の太ももに盛り上がり、別の意味で目が釘付けになりました。

 

 そして、着物の合わせ目から股関節のラインが見え始め、会場(一部)の興奮が最高潮に達した瞬間—――

 

 どさっと、フルムーン・三日月の体が地面に落ちました。

 立ち上がることさえ困難なほどに、ダメージを受けた結果でした。

「おい何やってんだ!もうちょっとだったのによ!」

「根性なしがぁ!」

「俺たちの夢を返せぇ!」

 そんなフルムーン・三日月には、周囲(の男たち)から罵声が浴びせかけられます。普通だったらかぐやを攫おうとする集団への憤りからなる行動と思えるかもしれませんが、これは完全に玉に対する下心によるものでした。

 

 フルムーン・三日月の元に、月の集団から数人が駆け寄り、助け起こします。

 相当なダメージが内臓に入ったのか、口と鼻から血を垂らしています。

 鼻からの出血に、もしや頭部に深刻なダメージが—――?と焦ります。

「無理に動くな、安静にしていろ」

「ぐ、ぅぅ……、と、とう…ぐぅっ」

 小さな唸り声を上げ、何かを口にしようとしているのに気づきました。

「なんだ、何を伝えたい?」

 満身創痍の戦士の口元に、そっと耳を寄せます。

 

 

「と、桃源郷が、見えた……」

 

 

 鼻血の原因それかよ。

 

 フルムーン・三日月は仲間から白い目で見られながら運ばれていきました。

 

 

 

「さぁ、次の相手はどいつだい?」

 そんなやりとりなど放っておいて、玉は次の相手を所望します。

 

「俺が相手だ」

 

 野太い声と共に、大男が前に出てきました。

 身の丈は玉の五割増しくらいでしょうか。大きな手は、両手で掴めば玉の腹囲を覆えるのではないかと思えるほどです。

 

「我が名はフルムーン・半月(はんげつ)。月一番の剛力なり」

 

 もう彼らの名前にも慣れてきました。

 それはそれとして、こいつら満ちてるんだか満ちてないんだかはっきりしろよ、と玉は思いました。

 

 ゴォォォン―――――!!

 

 開戦の銅鑼の音が鳴り、玉は先ほどとは打って変わってフルムーン・半月に向けて駆け出します。

(格闘技は体重差で決まる。捕まったら終わりだ……)

 玉は冷静に、巨漢の正面から横に跳び、死角から得意の足技を繰り出しました。

 ダン!と痛々しい打撃音。

 爪先が、フルムーン・半月の膝裏を捉えました。

 ガクン、と地に膝をつき、巨体の顔が目線の高さまで落ちてくるのを確認し、

「そらそらそらそら—―――――――――!!」

 フルムーン・三日月の時に見せた高速蹴りが披露されます。

 目にも止まらぬ速さの蹴りが、フルムーン・半月の顔面や胸部に無数に叩きつけられます。周囲の観衆の中にはあまりに痛々しい光景に、思わず目を背ける者もいるほどです。

 ですが—――

 

「ぬるいな」

 

 巨大な手が、高速で迫る脚を払いのけ、玉はくるりと反転して着地します。

 フルムーン・半月の様子を見てみますが、顔や胴が汚れているだけで、ダメージが通っていなさそうに見えます。

 

「今度はこちらの番だ」

 巨体が、その大きさに見合わない速度で迫り、右腕が振るわれます。

 

 ドゴォン!!

 

 玉は咄嗟に跳び退りますが、先ほどまで立っていた地面が抉れていました。

 まともに喰らったらひとたまりもないでしょう。

 次々と巨体から繰り出される大槌の如き剛腕に、玉は徐々に追い詰められていきます。

「こうなったら—――」

 玉は何かを決意し、様子を一変させます。

 

 その様子を見た翁はすっと目を細めました。

 

 玉の瞳孔が縦に長くなり、唇から覗く犬歯はより大きく—――

 

「それまで!!」

 

 遠雷のような、怒号にも聞こえる大音声(だいおんじょう)が響き渡り、場が静まり返りました。

 周囲の群衆は静まり返り、巨体のフルムーン・半月は動きを止め、玉はぶすっとした表情を見せます。

 声の主である翁は静止した場を見やりながら続けます。

「この勝負、玉の負けだ」

「翁~、わたしはまだこれから—――」

 当の玉は不機嫌な様子を隠そうともせずに不満を漏らしますが、

「これ以上はいい」

 翁は有無を言わせませんでした。

「お前は十分やってくれた。あとは儂に任せろ」

 翁は玉の前までやってくると、その腕を引いて広場端まで連れ出します。

「お前は()()()()でいろ」

「でも、あいつくらいなら本気出せば—――」

 

「玉、お前はまだ儂の傍にいろ。人のままな」

 

 翁は広場の端まで玉を連れてくると、玉の頭を軽く撫でてから、中央へ一人で歩いていきます。

「わかったよ……」

 玉は借りてきた猫のように、どこかもじもじしながらも大人しく翁に従いました。

 

 

「待たせたな」

 

 翁はフルムーン・半月を見上げながら、静かに言いました。

「そちらの事情を詮索する気はない。降参されたならば儲けものなのでな」

 

 素っ気ないやりとりの末、両者が対峙します。

 

 ゴォォォン―――――!!

 

 銅鑼が鳴り、勝負が始まります。

 フルムーン・半月は翁に駆け寄りますが、翁は動きません。

 ついに、翁は巨体に捕まってしまいます。

 フルムーン・半月はその太い腕で翁を抱擁するように包み、ベアハッグ。

 翁は動きを封じられ、翁のそれよりも太い両腕で強く締め上げられます。

「ああ、翁が!?」

「なんで避けなかったんだ、翁!?」

 そんな翁の様子に、周囲がざわつきます。

 

「やっとフルムーン・月子を渡す気になり、自ら負けに来たか」

 月から来たかぐやの父は、無抵抗の翁を見て呟きました。

 

「なにやってんだい、翁……!」

 玉は焦りを隠そうともせずに、翁の意図がわからず手に汗を握ります。

 

 フルムーン・半月は拘束の力を徐々に強め、万力のように翁を締め上げます。

「どうだ、骨が折れる前に降参しては」

 

「ぬるいな」

 

 対して、翁から出たのは、先ほどフルムーン・半月が玉に対して告げたのと同じ言葉でした。

「帝のわがままに付き合わされて戦ったオロチに比べれば、実にぬるい」

 翁は密着状態で右掌をフルムーン・半月の鳩尾(みぞおち)にあてました。

 

「〝徹〟!」

 

「っぐぅ—――」

 フルムーン・半月は短く唸ると、翁を手放し、よろめき、(くずお)れました。

 泡を吹いて気を失っています。

 

「いくら強靭な肉体とて、臓に直接衝撃を受けては立っていられまい」

 

 翁は月から来た男—――かぐやの実父へと視線を向けます。

 

「さぁ、大将戦だ。雌雄を決するぞ」

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