竹取物語   作:神在月ユウ

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その9 翁戦き猛る

 周囲の群衆はなぜ翁が玉の戦いを止めたのか、なぜ巨躯の男がいきなり倒れたのかさっぱり理解できませんでしたが、翁と天から降りてきた男との決戦を前に、嘗てない盛り上がりを見せていました。

 

「いけぇー、翁ぁ!」

「勝ってくれよ、翁ぁ!」

 

 翁は声援には応えず、ただ沈黙を以って対戦相手の男を見据えます。

「フルムーン・三日月とフルムーン・半月を下すとは、素直に称賛しよう」

 月から来た男—――かぐやの実父は翁に、次いで少し離れた場所にいる玉に視線を向け、戦いぶりに称賛を送ります。

「だが、それもここまでだ」

 男の放つ威圧感に、しかし翁は視線を外しません。

 

 男は感心しながら、提案をしてきます。

「貴様、剣士なのだろう。身のこなしでわかる。武器を持て」

 男は青龍刀のような形の剣を、どこからともなく取り出します。

 

「翁!」

 玉が翁の愛刀を投げて寄こします。

 ほぼ水平に投擲されましたが、翁は視線を動かすことなく腕を振りながら受け取り、太刀を()きます。

「後悔せぬことだな」

 翁の視線が一層鋭くなりました。

 

 

 一陣の突風が吹き抜け、しかし以降、風が凪ぎます。

 ただならぬ緊張感が、場を支配していました。

「まだ、名乗っていなかったな」

 男が青龍刀を構えました。

 

「我が名は—――」

 

 周囲の人々は「この流れは満月か」「満月だな」「ああ、間違いなく満月だ」と、先程までの緊張感はどこへやら、こそこそ話し始めました。

 

 

「我が名は、フルムーン・新月。月の国の王なり」

 

 

「「「「「な、なんだってーーーーー!?」」」」」

 

 

 周囲の人々は驚きました。

 もちろん、驚いたのは男が「月の王」と名乗ったことではなく、名前が「満月」ではなかったことにです。

 そんな中、玉はひとり、「もう月が出てるんだか出てないんだかはっきりしろよ」と思っていました。

 

 そんな空気など気にすることなく、フルムーン・新月は尋ねます。

「して、名は?」

 対して、翁は体を低く、太刀を抜き放ちながら口を開きます。

「名は捨てた、今はただの『翁』に過ぎん」

「いいだろう」

 フルムーン・新月は翁の無作法に気を悪くした様子はありませんでした。

「この一戦に、我が娘、フルムーン・月子を賭ける」

 

 

 ゴォォォン―――――!!

 

 

 そして、銅鑼の音が、最後の勝負の開始を告げました。

 

 一言で表すならば、それは剣の舞と呼ぶに相応しいものでした。

 フルムーン・新月は流れるような動作で翁に近づき、青龍刀を縦一閃。

 対する翁は半身で躱すと、反撃とばかりに下から上に太刀を振り上げます。

 それを、フルムーン・新月は翁同様半身になって、更に背を逸らしながら斬撃を躱します。

 例えるならば、フルムーン・新月は雄大な大河の如く流麗で力強い動きで。

 翁は驟雨(しゅうう)の中の迅雷(じんらい)のような、緩やかな動きの間に鋭い斬撃を織り交ぜる。

 これまでにない剣舞を前に、盛り上がっていた観客たちは、いつの間にか固唾を飲んで見守っていました。

 互いに得物で攻撃を受けようとはしません。

 基本は回避し、動きを止めることなく攻撃と回避の繰り返し。

 しかも紙一重で避けるものだから、見ている方はハラハラして呼吸すら忘れそうです。

「あの翁と剣で渡り合うなんて……」

「なかなかやる」

 玉が驚嘆の声を上げると、先ほど無様を晒した帝がいつの間にか隣に立っていました。あんな体たらくでよく顔出せたな、と玉は思いました。

(ヤツ)は疾風の如く駆け、迅雷の如く攻める、一子相伝の秘剣の使い手だ。宮中どころか、日ノ本で勝てる者はそうはいまい。それを相手に互角とは、なかなかに楽しませてくれる相手らしいな」

 雄弁な帝ですが、ここまで翁を持ち上げるとは意外でした。

「なに、やっぱり翁って昔宮仕えだったの?」

「元近衛大将だ」

「へぇ~、—――ってえぇぇぇっ!?」

 玉は素っ頓狂な声を上げて驚きました。

 近衛大将とは、宮中の警護を司る近衛府の長官のことです。

「腕が立ったのでな。役職と権限をつけて、(オレ)の護衛として世界中を回ったのだ」

 普通は現場に連れまわすような役職ではありませんが、帝曰く「上の許可がどうこう」とうるさく言うから「ならば許可を出せる役職につけてやる。何?官位がないと駄目だ?だったら正三位をくれてやる」と官位をさらっとあげたそうです。どれくらいの位かというと、三十あるうちの上から五番目です。投げ売りしすぎです。

 

「なるほど、ただのご老体ではない、と」

 その会話に入ってきたのは、かぐやの実母であるフルムーン・満子です。ずっと会話に入る機会を窺っていました。

「ですが、我が夫であるフルムーン・新月も、月に伝わる最高の剣術、満月剣の使い手です。遅れを取らないのは当然と言えます」

 玉は素直に「かっこ悪い名前だな」と思いましたが、口にするとお隣のご婦人から何倍にもなって言葉が返ってきそうだったので、なんとか喉元までで抑えました。

 

 

 翁とフルムーン・新月の剣戟は、時間と共に苛烈を極めていきます。

 翁の横薙ぎからの大上段振り下ろしを後退と回転で躱し、その回転の勢いを利用した踏み込みと回転斬撃を、老体とは思えぬ体捌き—――上体逸らし(スウェー)で回避。それどころか、逸らした勢いそのままに右足で蹴り上げ、フルムーン・新月の青龍刀を上方に弾きました。

 翁は体勢を瞬時に整え、

「秘剣壱—――〝(うつろ)〟……!」

 青龍刀を蹴り上げたことで生まれたがら空きの胴体へと鋭い一閃を奔らせます。

 

 しかし—――

 

「満月剣—――フルムーン斬り!」

 

 フルムーン・新月は蹴り上げられたはずの青龍刀を、人外の動きで振り下ろしました。

 金属同士がぶつかり合う、耳障りな高音がしたかと思うと、両者はすでに距離を取り、しかしすぐに互いの剣戟を繰り出し合います。

 

「秘剣弐—――〝(かすみ)〟……!」

「満月剣—――フルムーン(ざん)!」

 

 残像のせいか三振りに見える斬撃と、それを正面から迎撃する剛の一撃。

 

「秘剣参—――〝(おぼろ)〟……!」

「満月剣—――ハイパーフルムーン斬り!」

 

 間合いの外から迫る突きと、何やら光を纏った斬撃が激突。

 

 このような応酬が何度も続き、

 

「秘剣|(はち)—――〝(むくろ)〟……!」

「満月剣—――モリモリフルムーン斬り!」

 

 八度の衝突を迎えた頃、

 

「もうやめて!!」

 

 かぐやが二人の激突の場に向けて、言い放ちました。

 かぐやは翁とフルムーン・新月の戦いを見続け、もう耐えられなくなってしまいました。

 なぜこんなに戦うのか。

 なぜ、こんな—――

 

「もうそんな恥ずかしい技を何度も叫ばないで!」

 

 なぜ、こんなかっこ悪くて恥ずかしい技の名前を真顔で叫び続けられるのかと、かぐやは赤面しながら主張したのでした。

 

「っ―――!」

 

 翁はかぐやの発言にショックを受けて、一瞬ですが動きを止めてしまいました。

 対するフルムーン・新月は、一切の迷いも見せずに翁に刃を向けていました。

 

 かぐやは自分の不用意な発言に後悔しました。

 自分のせいで、翁は大きな隙を晒してしまったのです。

 後悔の中で思いました。

 

 (お父様)、恥ずかしいのはあなたの方ではないのです。

 

 月の男(お父様)、恥ずかしいのはあんたの方だ。自覚しろ。

 

 

 そんなかぐやの思いとは裏腹に、勝負が着こうとしていました。

「満月剣—――メガマックスフルムーン斬り!」

 隙を突かれ、翁は慌てて太刀を構えますが、青龍刀によって半ばで太刀が折れ、

 

「さらばだ」

 

 フルムーン・新月の振り下ろす刃が、翁を袈裟に切り裂きました。

 

「がふっ—――」

 翁の両膝がガクンと折れて地面につき、遅れて血の飛沫が舞いました。

 せめて仰向けにと、翁は前のめりになりそうな体を後ろに傾け、倒れました。

 

「「「「「翁ぁぁぁーーーーーーー!!」」」」」

 

 翁を知る者たちの叫びが、広場に響き渡りました。

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