余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
チャイムが鳴った。それは、高等部の放課を知らせる合図だった。
教室からは一斉に椅子を引く音と、帰りの挨拶の声が聞こえてくる。
一番最初にドアを開けて出てきたのが、まさしくおれが待っていた人物だった。
「どうも、賀陽燐羽さん。少しお時間よろしいですか」
ツインテールで、気だるげな雰囲気をまとった小柄な少女。
彼女はさして驚いた様子もなく、じっとりとした半目でおれの顔からつま先までをざっと見て、いかにもうんざりとしたようなため息を吐いた。
「よくないわ」
案の定、返ってきたのはすげない返事。
そして彼女は無慈悲にもフイッと顔を背けて、すたすたと廊下を歩いていってしまう。
もちろん、追いかける。
「――ねぇ、ちょっと」
――で、いったいいつ振り向いてくれるだろうかとひたすら無言で後ろを歩いていたら、結局学園外の寮の前まで来てしまったわけだが、彼女は門を超える一歩手前でついに折れた。
「どこまで付いてくるつもり? これ以上は、さすがに然るべきところへ通報するわよ」
「ええ、そうですね、さすがに。まさか女子寮の敷地には入りませんよ。ここで置いていかれたら、まぁまた明日ですね」
「…………」
だったら最後まで無視すればよかった、いやでも明日も来るとか最悪、面倒くさい……と、賀陽燐羽さんの顔には、全部出ていた。
ともかく、何であれ立ち止まってくれたのだから、おれにとっては好都合である。
「自分、こういうものでして」
「……いらない」
「まぁまぁ、そう仰らず」
「察しはついてる。受け取らないわよ」
「まぁまぁまぁ」
「いらないったら」
「まぁまぁまぁまぁ」
「しつこい……!」
「まぁまぁまぁまぁまぁ」
……と、気にしたら負けの精神を貫き通してニコニコしながら名刺を差し出し続けていると、結局彼女は根負けして、渋々それを受け取った。遠慮のない盛大な舌打ちとため息のおまけ付きで。
「……プロデューサー科、二年……やっぱりね。スカウトでしょう」
「えぇ、その通りです。話が早い」
「いいえ、早くない。そもそも私をスカウトしようとしている時点で時間の無駄。まともにリサーチしていればわかるはずだけど?」
「それは、賀陽さんがアイドルの引退を考えているから、という話ですかね」
おれが間髪入れずにそう返せば、賀陽さんはむっとした顔をする。
「事前調査はもちろんさせていただいていますよ。初星学園高等部アイドル科1年3組、賀陽燐羽さん。中等部時代は『SyngUp!』というユニットの一員としてNo.1に上り詰めた実力者。しかしユニットは諸々のトラブルの末に喧嘩別れで解散、そして賀陽さんに至ってはアイドルを引退するつもりで昨年度から既に活動を休止している……と、大まかに言えばこんなところですか」
「そこまでわかっているなら……」
「ええ、ですので、スカウトはスカウトですが、おれはあなたを引き止めるつもりはないんです」
「……は? 何それ」
「――
おれがズバリ言うと、賀陽さんはぽかんと口を開けて固まってしまった。
かわいい。
……いや間違えた。
「……いかがでしょう? おれの話、詳しく聞いてみる気になりましたか?」
とりあえず良い感じに興味は引けたかな、と一歩踏み込んでみれば、賀陽さんはより一層ジトリとした視線を返してくる。
「……あなたのメリットは、何?」
「というと?」
「終活……私をアイドルから引退させて、それがあなたの実績になるとは思えない……
言葉尻を濁す賀陽さん。
おれは小さく笑って、首を横に振る。
「あの人というと
十王社長は、おれや賀陽さんが所属する初星学園の、直属の大手芸能プロダクションである〝100プロ〟の社長である。ついでに言えば、初星学園の十王邦夫学園長の息子さんだ。
直属ということは、当然初星のアイドルやプロデューサーにとって卒業後の進路先として最有力候補であるし、そうでなくても狭い芸能界で生きていくのであれば安易に楯突いていい存在ではない。
が、それでも、だ。
「おれは、それを踏まえても賀陽さん自身の意思が尊重されるべきだと思いますし、おれ自身も実績どうこうは関係ないので、何も問題ありません」
「……実績が関係ない? 野心がないってわけ?」
「的を外してはいませんが、正鵠を射てはいませんね」
これは、パンチラインその2なのですが――と、言いながらおれは指を一本立ててみせた。
「実はおれ、ちょっとした病で余命宣告を受けていまして。昨年末の時点で、あと一年くらいだと言われています」
「……は?」
また、賀陽さんはあんぐりと口を開けて固まってしまった。
相変わらずかわいい……じゃなくて、まぁ、そりゃそうなるだろう。
「ですので、どうせ十王社長の厄介にはなりません。ね、問題ないでしょう?」
「いや……ちょっと……ちょっと待ってちょうだい……急に何を言ってるの……?」
「ええ、急に重い話をして申し訳ありません。ですが、隠したままではおれが十王社長の意向を無視できる理由を説明できませんし、何より不誠実だと思いましたので」
「…………」
困惑、混乱、驚き……それから、僅かな哀れみ。
こちらをじっと見つめる賀陽さんの瞳に渦巻いていたものだ。
「一応先に言っておきますと、同情を誘うつもりはちょっとしかありません」
「……ちょっとはあるのね」
「まったくない、なんて言う方がいやらしいと思いませんか? まぁ、おれのスカウトを受けるかどうかの判断の材料にまでは逆にしてほしくないですが、じっくり考えてもらうきっかけになればという打算はありますね」
「バカ正直ね」
「ええ、正直は美徳だと思っています」
ふっ、と賀陽さんが小さく笑った。
「わかった、あの人のことがあなたにとって関係ないのは納得したわ。それで、質問の答えは?」
「メリットですか?」
「ええ」
「……メリット、というと難しいですね。前提として、おれはおれの残された時間で、アイドルのプロデュースをやり遂げたい。ですが、病のことを考えると、三年生の子の卒業すら見届けられない可能性が高い。その点、賀陽さんの引退までという短期的なプロデュースであれば、おれでも最後まで責任をもってやり遂げられるはず……つまり」
「つまり、都合がよかったってことね」
「……いや、まぁ、言い方はだいぶ悪いですが……そうなります」
うん、本当に悪い。悪すぎるな。
賀陽さんは逆に面白そうにしているが、おれにしてみれば冷や汗ものだ。
「ですので、はい、メリットと言えば賀陽さんのプロデュースをすること自体がそれにあたります」
「取り繕ったわね。別にいいのよ? 都合のいい女扱いでも」
「勘弁してください……」
おれは息を長く吐いて、手に持っていたカバンからクリアファイルを取り出し、賀陽さんに手渡す。
「これは?」
「プロデュースプランを簡単にまとめたものです。おれの推測を前提に立案しています。賀陽さんには、それを見て判断していただければと」
事前の調査は入念におこなったから、賀陽さんの思い描いているものから大きく外れてはいないだろうという自信がある。
ただ、万が一見当外れであれば、おれの能力がそこまでということ。
「……本気なのね」
賀陽さんが資料に視線を落としながら呟いたので、おれは「はい」と頷く。
「もう一度だけ、言っておきます。あなたの理想の幕引きに必要であれば、是非ともおれを利用してください。不要であるなら遠慮なく断ってください。まぁそれなりに食い下がるつもりではいますが、余計な同情はいりません」
「返事はいつまでに?」
「急かしたくはありませんが、なるべく早くいただけると助かります。何せ時間がないもので」
「その冗談、さすがに笑いづらいんだけど……いいわ、ざっと読んだだけで十分。返事は今、ここでする」
賀陽さんは、そう言いながらにっこりと笑って、手を差し出してきた。
「あなたの都合のいい女になってあげる。だからあなたも、私の都合のいい男になりなさい。私のアイドル人生の終活を手伝って――プロデューサー」
「――はい、喜んで」
おれは、賀陽さんの手を握った。
学マス2周年おめでとう!
H.I.F編読んでから投稿したほうが無難だけど知らーん!