余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:鯖ジャム
第1話 あなたと私の終活の
チャイムが鳴った。それは、高等部の放課を知らせる合図だった。
教室からは一斉に椅子を引く音と、帰りの挨拶の声が聞こえてくる。
一番最初にドアを開けて出てきたのが、まさしくおれが待っていた人物だった。
「どうも、賀陽燐羽さん。少しお時間よろしいですか」
紫がかった黒髪をツインテールにした、気だるげな雰囲気をまとう小柄な少女――賀陽燐羽。
彼女は、突然声をかけてきたおれにさして驚いた様子もなく、じっとりとした半目でおれの顔からつま先までをざっと見ると、いかにもうんざりしたようなため息を吐いた。
「よくないわ」
案の定、返ってきたのはすげない返事。
そして彼女は無慈悲にもフイッと顔を背けて、すたすたと廊下を歩いていってしまった。
もちろん、追いかける。
「――ねぇ、ちょっと」
……で、いつ振り向いてくれるだろうかと思いながらひたすら無言で後ろを歩くことしばらく。
とっくに学園の敷地の外に出て、離れた場所にある寮の前まで来て、ついに彼女は門を超える一歩手前で折れてくれたのだった。
「どこまで付いてくるつもり? これ以上は、さすがに然るべきところへ通報するわよ」
「まさか、女子寮の敷地には入りませんよ。さすがにね。このまま置いていかれたら、まぁまた明日にするつもりでした」
「…………」
だったら最後まで無視すればよかった、いやでも明日も来るとか最悪、面倒くさい……と、賀陽さんの顔には、全部出ていた。
ともかく、何であれ立ち止まってくれたのだから、おれにとっては好都合である。
「自分、こういうものでして」
「……いらない」
「まぁまぁ、そう仰らず」
「察しはついてる。受け取らないわよ」
「まぁまぁまぁ」
「いらないったら」
「まぁまぁまぁまぁ」
「しつこい……!」
「まぁまぁまぁまぁまぁ」
と、気にしたら負けの精神を貫き通してニコニコしながら名刺を差し出し続けていると、結局彼女は渋々それを受け取ってくれた。遠慮のない盛大な舌打ちとため息のおまけ付きだったが。
「……プロデューサー科、2年……やっぱりね。スカウトでしょう」
「えぇ、その通りです。話が早い」
「いいえ、早くない。そもそも私をスカウトしようとしている時点で時間の無駄。まともにリサーチしていればわかるはずだけど?」
「それは、賀陽さんがアイドルの引退を考えているから、という話ですかね」
おれが間髪入れずにそう返せば、賀陽さんはムッとした顔をする。
「事前調査は、もちろんさせていただいていますよ。初星学園高等部アイドル科1年3組、賀陽燐羽さん。中等部時代は『SyngUp!』というユニットでNo.1に上り詰めた実力者。しかし、残念ながら『SyngUp!』は諸々のトラブルの末に喧嘩別れで解散となってしまい、賀陽さんに至ってはアイドルを引退するつもりで昨年度から既に活動を休止している……と、大まかに言えばこんなところですか」
「そこまでわかっているなら」
「――ええ、ですので」
賀陽さんの言葉を食い気味に遮って、おれは用意していたパンチラインその1を彼女にぶつける。
「スカウトはスカウトですが、おれはあなたを引き止めるつもりはないんです」
「……は? 何それ」
「つまり、こうです――
おれがズバリ言うと、賀陽さんはぽかんと口を開けて固まってしまった。
かわいい。
……いや間違えた。
「……いかがでしょう? おれの話、詳しく聞いてみる気になりましたか?」
とりあえず良い感じに興味は引けたかな、と一歩踏み込んでみれば、賀陽さんはより一層ジトリとした視線を返してくる。
「……あなたのメリットは、何?」
「というと?」
「終活……私をアイドルから引退させて、それがあなたの実績になるとは思えない。
言葉尻を濁す賀陽さん。
おれは小さく笑って、首を横に振る。
「あの人、とは
十王社長とはつまり、おれや賀陽さんが所属する〝初星学園〟の運営母体である大手芸能プロダクション、〝
100プロは初星学園のオーナーであるからして、当然初星学園に通っているアイドルやプロデューサーにとっては卒業後の進路として最有力の候補であるし、そうでなくても広いようで狭い芸能界で生きていくつもりなら、大手プロダクションもその社長も、安易に楯突いていい存在ではない。
そして、そんな十王社長が、わざわざ直接声をかけてまで留め置いている――引退させないように何かしらの画策をしている相手が、この賀陽燐羽というアイドルなのだ。
おれは、もちろんそんな事情を承知している。
深く承知の上で、こんなことを言っている。
「まずおれは、賀陽さん自身の意思が何より尊重されるべきだと考えています。ですので、十王社長の意向は知った上で、知ったこっちゃありません。そして、おれ自身は実績どうこうがまったく関係ないので、特に問題もありません」
「……実績が関係ない? 野心がないってわけ?」
「的は外していませんが、正鵠を射てもいませんね」
これはパンチラインその2なのですが、なんて言いながら、おれは指を一本立ててみせた。
「――実はおれ、ちょっとした病気で余命宣告を受けていまして。昨年末の時点で、あと一年くらいだと言われています」
「……は?」
また、賀陽さんはあんぐりと口を開けて固まってしまった。
相変わらずかわいい……じゃなくて、まぁ、そりゃそうなるだろう。
「ですので、どうせ十王社長の厄介にはなりません。というか、なれません。ね、問題ないでしょう?」
「いや……いやちょっと、ちょっと待って頂戴……急に何を言ってるの……?」
「ええ、急に重い話をして申し訳ありません。ですが、隠したままではおれが十王社長の意向を無視できる理由を説明できませんし、何より不誠実だと思いましたので」
「…………」
困惑、混乱、驚き……それから、僅かな哀れみ。
こちらをじっと見つめる賀陽さんの瞳に渦巻いていたものだ。
だいたい想定内の反応に、おれは苦笑してさらに続ける。
おれが眉を上げてそう答えると、賀陽さんは思わずといったように小さく笑った。
「……わかった。あの人のことがあなたにとって関係ないのは、納得した――それで、質問の答えは?」
「メリットですか?」
「ええ」
ふむ、とおれは顎に手を当てて考える。
「……メリット、というと難しいですね。前提として、おれはおれの残された時間で、アイドルのプロデュースというものをやり遂げたい。初星のプロデューサー科に入ったくらいですからね。しかし、病気のことを考えると、今の三年生の子の卒業すら見届けられない可能性が高い。その点、賀陽さんの引退までという短期的なプロデュースであれば、おれでも最後まで責任をもってやり遂げられるはず……つまり」
「つまり、都合がよかったってことね」
「……いや、まぁ、言い方はだいぶ悪いですが……そうなります」
うん、本当に悪い。悪すぎるな。
賀陽さんは逆に面白そうにしているが、おれにしてみれば冷や汗ものだ。
「ですので、はい、メリットと言えば賀陽さんのプロデュースをすること自体がそれにあたります」
「取り繕ったわね。別にいいのよ? 都合のいい女扱いでも」
「勘弁してください……」
おれは息を長く吐いて、手に持っていたカバンからクリアファイルを取り出し、賀陽さんに手渡す。
「これは?」
「プロデュースプランを簡単にまとめたものです。おれの推測を前提に立案しています。賀陽さんには、それを見て判断していただければと」
事前の調査は入念におこなったから、賀陽さんの思い描いているものから大きく外れてはいないだろうという自信がある。
万が一見当外れであれば、おれの能力がそこまでということだ。
「……本気なのね」
賀陽さんが資料に視線を落としながら呟いたので、おれは「はい」と言って頷く。
「もう一度だけ、言っておきます。あなたの理想の幕引きに必要ならば、是非ともおれを利用してください。不要であるなら、遠慮なく断ってください。まぁそれなりに食い下がるつもりではいますが、余計な同情はいりません」
「返事はいつまでに?」
「急かしたくはありませんが、なるべく早くいただけると助かります。何せ時間がないもので」
「その冗談、さすがに笑いづらいんだけど……いいわ、ざっと読んだだけで十分。返事は今、ここでする」
賀陽さんは、そう言いながらにっこりと笑って、手を差し出してきた。
「あなたの都合のいい女になってあげる。だからあなたも、私の都合のいい男になりなさい。私のアイドル人生の終活を手伝って――プロデューサー」
「――はい、喜んで」
おれは、賀陽さんの手を握る。
学マス2周年おめでとう!
H.I.F編読んでから投稿したほうが無難だけど知らーん!