余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:はつぼし たろう

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第13話 星南ちゃんこまった、こまった星南ちゃん

 朝、少し早めの時間に学園までの道のりを歩くと、初星のアイドル科生徒とすれ違ったり、追い抜かれたりすることは日常茶飯事である。早朝のランニングだ。

 

 その日も、アイドル科の生徒と思しき女の子たちが走っている姿を何度か見た。

 知った顔もなければ、特に思うところもない――だから、そのままいつものように学園に着くはずだったのだが。

 

「――えっ、速……」

 

 なんか、短距離走でもしてるのかってくらいのスピードで走る二人組に追い抜かされた。

 

「……うん? あれって……」

 

 しかも、すぐに遠ざかっていく後ろ姿の一つには見覚えがあった……。

 

 

 

 

 

 正門まであと少しだったこともあって、見覚えのある姿はまだそこにいた。

 

「星南さん、おはようございます」

「あ、せ、先輩……」

 

 レッスン着姿で腰に手を当てながら空を仰ぎ見ていた星南さんに声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。

 

「さっき、すごいスピードで走ってましたよね? 誰かと一緒だったようですけど……?」

「え、ええ、ちょっと後輩と、ね……ああぁ……」

「うわちょ、星南さん!?」

 

 と、話している途中で星南さんの膝からふっと力が抜けたので、おれは慌てて彼女の身体を支える。

 

「ご、ごめんなさい、力が抜けちゃって……」

「……まさか、あの速度でずっと走って……?」

 

 尋ねたら、星南さんは青い顔で頷いた。

 ……星南さん、身体能力は学内で指折りのはずなのだが、彼女をここまで追い込んだ存在っていったい……?

 

 いや、というかそれよりも、学園の正門前で星南さんとこんなにくっついている現状が非常によろしくないな。

 幸い周囲に人のいないタイミングだが、天下の一番星十王星南と、スーツ姿でプロデューサーだろうと一目でわかるもののよくわからん男が身体接触しているのはあらぬ醜聞が立ちかねない。

 

 ……あと、星南さんのレッスン着って物凄く薄着でしてね。

 おれのプロデューサー力だから心頭滅却することで耐えられたが、あと少しでもプロデューサー力が低かったら到底耐えられるものではなかっただろう。耐えられなかった場合というのは即座にこの場で自刃するだけなのであしからず。

 

「星南さん、とりあえず場所を移しましょう。人目の付かないところに」

「ひゃ!? な、先輩!? どうして急にそんな渋い声で囁くのよ!」

「すいません、少々気合が必要で」

 

 プロデューサーとは、かくも厳しい職業なのだ。

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 星南さんが思いの外フラフラなので、活動拠点でなく適当に中庭のベンチで腰を落ち着けることに。

 

「今の時間ならそんなに人も通らないでしょうから」

「えぇ、ありがとう……一番星がこんなんじゃ、示しが付かないものね」

「星南さん、冷えるといけないので」

 

 と、おれはスーツのジャケットを脱いで星南さんの肩にさっとかけた。

 五月に入って日中は暖かくなってきたが、朝方はまだ少し冷える。走って汗をかいただろうから、なおさら寒く感じてくるだろう。

 

「先輩、私、汗が……」

「お気になさらず。活動拠点の方に予備も置いていますし」

「……あ、ありがとう……」

 

 星南さんはジャケットの端を控えめに掴んで、少し耳を赤くしている……じゅ、純粋な心配の気持ちだったのだが、そういう反応をされると困るな……。

 

 おれは、ふぅー、と細く長く息を吐き、一切の邪念を消し去る。プロデューサー科生徒の間で代々伝わる特殊な呼吸法である。いや嘘そんなのない。あってくれ。

 

 ……そろそろ、真面目に話をしよう。

 

「隣、失礼しますね……で、星南さん? あなたをそこまで追い詰めたのは、いったい誰なんです? 誰かと一緒に走っていましたよね」

「え、えぇ、実は――」

 

 そうして星南さんが語るには、並走の相手は彼女がプロデュースしている花海佑芽さんだったらしい。先日挨拶した声の大きいあの子だ。

 

 元々一緒に走る予定があったわけではなく、今朝偶然出会ったのだとか。

 

「あの子と一緒にランニングするのは、もう三度目なんだけど……信じられる? いつも、いつもあのスピードなのよ……?」

「……ラストスパートだったわけではなく?」

「いいえ、あれで、ずっと……」

「か、怪物……」

 

 実際に生で見たことはないが、マラソンの世界大会とかああいうスピード感なのかもしれない……そう思わせるくらいの速度だった。

 

「しかも、しかもよ? 最初に走った時なんて、学園に戻ってきた直後にダンスのレッスンをしようなんて言い出して……あああ……!」

「せ、星南さん……」

 

 星南さんは両手で顔を覆って、「あぁ……」とか「うぅ……」とかいう声を漏らしている。

 かわいそうに、完全にトラウマを植え付けられてる……。

 

「う、佑芽さんって、そんなにすごかったんですね……いや、お姉さんが主席だから姉妹揃って優秀ってことか……」

「……先輩、咲季とも面識があるのね。ただ、彼女が主席だからその妹も、というのは少し違うと思うわ」

「え、違うんですか?」

「ええ、だって佑芽は補欠合格で入学したんだもの」

「えぇ……」

 

 補欠って、もはやギリギリ受かってなかったってことかい。

 え、星南さんがこんなになるほどの身体能力なのに補欠とか……が、学力試験が、ってこと……?

 

「あの子は、なんて言ったらいいのかしら……運動能力は信じられないレベルだし、総合的には飲み込みも悪くないのだけれど、成長曲線が極端というか……最初の最初がとんでもなく不器用なのよね」

「つまり、身体能力の割に実技試験があまりよくなかった、と」

「あ、いえ、学力の方もちょっと……」

 

 あっはい。

 

「……それにしても、そんな子をプロジェクト……なんでしたっけ?」

「『超新星(スーパーノヴァ)』よ」

「プロジェクト『それ』に相応しいと見込んだ、というわけですよね」

「『超新星(スーパーノヴァ)』よ」

「……わかりましたって、『超新星(スーパーノヴァ)』ですね……ともかくアイドルとして、今の時点ではどうなんですか?」

「…………」

 

 星南さんは、物凄く微妙な顔で黙り込んだ。

 ……おーい。

 

「星南さん、あなたねぇ……」

「だ、だって! あんなにすごい身体能力を持っているのよ!? あそこまで歌や踊りが不器用だとは思わないじゃない!!」

「まーた数値だけ見て……あぁ、それで言うと秦谷さんも。直接話した限りではアイドルとしてのあれこれはわかりませんでしたが、賀陽さんに聞いたら何やら一癖も二癖もありそうですけど」

「あ、あぁ……美鈴……美鈴もね……あの子もすっごく才能があって、えぇ、そもそも『SyngUp!』のメンバーから誰か一人と考えていたから、賀陽さんはもちろん月村さんも既に担当が付いていたからというのもあるけれど、彼女が一番素行がよさそうだなって思って……」

「……実際は、どうです?」

「あの子は……不良よ……!」

 

 不良かぁ……。

 

「授業もレッスンも堂々とサボって、いつもどこかでお昼寝しているのよ……本当に、なんとかレッスン室に連れ込んでもほんの一瞬目を離した隙にいなくなって……」

「……おれが会った時も、たぶん授業の時間だったんですよね」

「まさか、担当アイドルが授業に出ない、レッスンに出ないで先生方から苦言を呈されることになるなんて思ってもみなかったわ。私、先生にそんなことで叱られたの初めてよ……」

 

 か、かわいそうに……いやしかし、な。

 

「星南さん……まぁ、見込み違いということはないんでしょうがね、それがまさにあなたの()()()のツケですよ」

「……()()()()()数値に頼りすぎるな、よね。ええ、ええ、今ようやく身に染みているわ……」

 

 星南さんは、アイドルを一目見るだけで瞬時にその才能を数値化して認識する特殊能力を持っている。

 いや、なんなら本人は実際に数字が浮かんで見えるとまで言っているのだが、彼女の視界を実際に共有できるわけではないので真偽のほどはわからない。

 ただ、間違いないのは、その数値というのがかなり正確なものであるということで、少なくとも非常に鋭い観察眼を持っていると評していい。

 

 そしてそれは彼女がプロデューサーを志す上で非常に強力な武器ではあるが、一方でその数字に囚われすぎてしまうきらいがある。

 

 ……以前は特に、他でもない自分自身について数字でばかり考えるものだから、それで散々すったもんだあったのだが……プロデューサーという立場になって、やっとその危うさを身を以て感じてくれたようだ。まぁ、本当に今更かい、ともちょっぴり思ってしまうが。

 

 それにしても、案の定星南さんは秦谷さんを制御できていなさそうだ。

 秦谷さんが賀陽さんの引退を阻止しようと動く、それを星南さんの方からどうにかしてもらうというのは今のところ難しいだろうな……いずれ、別の機会に話をしてもいいが。

 

「それと、もう一人……倉本さん、でしたか? 失礼ながら彼女は、おれでもわかるくらいに数値上で優れている様子がありませんでしたが、よくスカウトしましたね」

 

 秦谷さんの件は置いておいて、篠澤さんと一緒にふらふらになっていたあの子……まず間違いなく身体能力は低いとして、おれならあの愛嬌ある雰囲気を評価はするが、それこそアイドルを能力値で見がちな星南さんが選ぶタイプではないような気がしていた。

 

「千奈のことは、実は学園長から頼まれたの。詳しい事情は聞かされていないのだけれど……あの子には、私と同じだけの才能がある、と」

「ほう、学園長がそこまで仰りますか」

「あとは、先輩も『倉本グループ』は知っているわよね? あの大財閥の」

「はぁ、それはもちろん……え、まさか」

「ええ、そこのご令嬢なのよ。十王家もお付き合いがあるし、お爺様同士で個人的に仲もよろしいようだから……」

「な、なるほど……」

 

 そうか、倉本、倉本グループか……そういう家柄、平たく言って()()()であるということも、アイドルにとっては十分武器になり得るからな。歌やダンスは最低限習得しなければならないが、なかなか面白いプロデュースになりそうだ。

 

「……ねぇ先輩、こんな、私の近況報告みたいな話ばかりでいいのかしら? その、他に大事な話があると思うのだけれど」

「ん? いいんじゃないですか? しばらく話していなかったですし、普通に星南さんがどうしてるのか気になっていたので……そう言えばあともう一人、誰かスカウトする予定があると言ってましたよね」

「あ、えぇ、その子は……まだ、承諾してもらえていないの」

「へぇ、星南さんからのスカウトを断るなんて」

 

 肝が据わっているのか何なのか、普通の子なら舞い上がってしまうくらいだと思うのだが。

 

 星南さんは、なんとも苦々しい表情を浮かべる。

 

「断る……というより、いつも逃げられていて……」

「逃げ……いやあの、どんなスカウトを……?」

「普通にしてるわよ。私のモノになりなさい、って」

「…………」

 

 ちょっと、誤解を招く言い方だな?

 

「あと、その子は少し経済的に困っているようだから、援助を申し出たり……」

「援助ってどういう?」

「もちろんお金を渡そうとしたわ」

「もちろんお金を渡そうとしちゃったんですか?」

 

 えっ現ナマ? 現ナマ手渡ししようとしたの?

 

「ついこの前、もう教室には来ないで下さいと怒られてしまったわ……」

「え、しかも教室でやったんですか? マジかよ……ヤバ……」

「そ、そんなに引かないでちょうだい! 良かれと思ってやったのよ!」

 

 善意100%とかなおさらタチが悪いじゃん……同情せざるを得ない。

 

「ちなみに、その子はどちら様なんです?」

「一年一組、藤田ことねという子よ! 彼女の秘めたるアイドルパワーと言ったら、もう、本当にすごいんだから!」

 

 ふーむ、星南さんがそこまで言うほどとなると気になる……一年一組って確か月村さん、あと花海咲季さんが同じクラスだな。

 

「……しかし、もう五月ですよ? スカウト手こずるにしても、さすがにそろそろ決めないと藤田さんもかわいそうだ」

「ことねが、かわいそう?」

「ええ、教室で現ナマ渡そうとしたんでしょう? 星南さんが目を付けているのは周囲からもバレバレで、他のプロデューサーがスカウトを委縮していてもおかしくないです」

「なっ、でっでも! 私がプロデューサーとして活動することには、ちゃんと制約があるわ! プロデューサー科の生徒と競合したら、私が譲ると……」

「ええ、ですが、今の時点で藤田さんは他にスカウトを受けていないのではないですか? そういう可能性もある、という話です」

 

 星南さんが目を付けている以上、他のプロデューサーとて興味くらいは持つだろう。

 それでもなお他のプロデューサーが動いていないのは、調べた上でスカウトに値しない、さもなければ星南さんを差し置いてスカウトするほどではないと見ている可能性もあるが……。

 

「とにかく、無理だと判断するのであれば、彼女のためにも早々に手を引くべきでしょうね。そうでないなら、スカウトの仕方を考え直した方がいい」

「……ことねのために……でも、私は……どうしても彼女を、育てたい。自分の手で……」

 

 ……ふむ。

 そこまでの執念があるのなら、少し助け舟を出してもいいか。

 

「少し、おれの方で話をしてみましょうか」

「え? でも、それは……」

「代わりにスカウトする、なんて話ではもちろんありませんよ。ただ、どうしてスカウトから逃げるのかとか、事情を聴いてみるくらいのことはできると思います。……もしかすると、彼女と縁がないことが決定的になってしまうかもしれませんが」

「先輩……時間は、大丈夫なの? 忙しいんじゃ」

「大丈夫です――あぁ、ちょうどお話しておこうと思ったのですが、賀陽さんは『初』に参加しないと意思を固めました。ですので、近々で忙しくなる予定もなくなりました」

 

 賀陽さんは、ただでさえ手がかからないしな。ちょっとばかし後輩プロデューサーの手伝いをするくらいの余裕はある。

 

 ……ふと見ると、星南さんが苦々しい表情を浮かべていた。

 

「……あの、先輩、『初』の件だけれど……私は」

「そんなのわかっていますよ。あのやり口はちょっと、星南さんがかかわってるにしては悪意が滲みすぎですからね。あなたならむしろ、事前に知っていれば止める側に立ってくれたでしょう」

「っ、もう、なんでもお見通しね」

 

 星南さんはほっとしたような、しかし申し訳なさそうな顔をした。

 

「そう、私も寝耳に水だったわ……あんな、露骨に先輩たちを狙うような決定。すぐに学園長に抗議したのだけれど、決定は覆らなかったわ」

「まぁ、表向きの理由は妥当なものでしたからね。ただ、結局おれも賀陽さんもペナルティは怖くないですからね」

「そもそも、不参加を認めてもらえるのかしら」

「認めてもらえなかった場合、二人でバックレますので」

「……まぁ、そのくらいしてしまえばいいと思うわ」

 

 おや意外。真面目な星南さんには諫められるかと思ったが……それよりも、お父様のやり口に納得いってないのかね。

 

「そう遠くないうちに、十王社長と直接話すことになるような気がするんですよね。星南さん、タイミングが合ったら同席してもらえませんか? さすがに気が重いというか……」

「ええ、構わないわ。私も一言言ってやりたいもの、あの冷血漢に」

「れ、冷血漢……おうちでは会わないんですか?」

「あの人忙しいからほとんど家に帰ってこないのよ。前に言わなかったかしら?」

「聞いたかもしれません。さもありなん、ですが……まぁ、ともかく別に事を構えるつもりはないので、穏便に……」

「それは、約束しかねるわね」

 

 ……星南さん呼ぶのやめようかな。目の前で親子喧嘩を繰り広げられたら、そっちの方がしんどいかもしれない。

 

 十王社長と話すのは、まぁまだ確定していないけれども億劫ではある。が、答え合わせをしたいなーともちょっと思っている。

 

 今回の『初』に関する一件の意図、おれの予想がどの程度合っているのか……ひとまず言えることとしては、たぶん十王社長にとってはちょっとした小手調べだったんじゃないかと思っているのだが、はたして。

 

「……えーっと、話が逸れましたね。とにかく時間は作れるので、おれの方で一度藤田さんに話を聞いてみますよ。少し下調べもしたいので、二、三日中に。星南さんはそれまで接見禁止です」

「接見禁止って、そんなストーカーみたいに!」

「すいません、言い過ぎましたね」

 

 まぁ、いくらなんでも付きまといレベルのことはしていないか。失敬失敬。

 

 ともあれ、そういうことになった。

 





既にお察しいただいているかと思いますが、なんとしてでも全員登場させるつもりでいます。全員書きたい喋らせたいんです。
あくまで燐羽が中心ではあるので登場頻度に差は出てしまいますが、未来への布石ということでここは一つよろしくお願いします。
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