余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
月曜日、予定通り定期公演『初』の中間試験結果が発表された。
おれが挙げた一年生から三年生までの注目株は、ばっちり全員合格だった。
かなりギリギリのラインと見ていた倉本さんと篠澤さんも、まぁ本当にギリギリではあったのだが、見事に最終試験へと駒を進めることができたのだ。
おれの見る目もなかなかのものだな、という意味でも満足はしつつ、やはり例年に比べて合格者数が多かったことも手伝った結果だと調子に乗らないよう自戒もする。
……でもやっぱり自分の見立てが結構正確だったのが嬉しかったから、レポートとしての体裁を整えてあさり先生にでも見てもらおうと思い、その日の放課後は活動拠点で一人黙々と作業をしていた。
コンコン、と扉がノックされたのは、そんな時だった。
「失礼します」
「おや、秦谷さん?」
来訪者は、秦谷さんだった。
彼女がここに来るのは初めてのことで、まさかの来客だ。
引き戸を丁寧に閉める秦谷さんに、おれは椅子から立って歩み寄る。
「どうされましたか」
「少しお話を、と思いまして。お忙しかったでしょうか」
「いえ、大丈夫です……が、賀陽さんは、今日はいませんよ?」
「はい、わかっていますよ。りんちゃんとは、まだ直接話す時ではないので」
……つまり、話があるのはおれ、ということか。
話すのは初対面の時以来、あの時に植え付けられた恐怖……は、まぁさすがに引きずってはいないが、それでも多少身構えてしまうのは致し方ないだろう。
「では、とりあえずお茶を淹れましょうか。手短に、というつもりではないでしょう?」
「まあ、ご丁寧に。ありがたく頂戴いたします」
と、彼女は小首を傾げて、お淑やかに微笑むのだった。
☆ ☆ ☆
「……さて、まずは先日の中間試験、お疲れ様でした。それと、
「まあ、ありがとうございます」
秦谷さんは頬に手を当てて、笑顔で礼を言ってくる。
「月村さんとは、かなりの僅差でしたが……あなたにはまだ、余裕があるように見えました」
「はい。まりちゃんのように、なりふり構わず全力で走るというのはわたしのスタイルではありませんから。必要な分を必要なだけ、ゆっくりと徒歩で着実に、確実に、目指すべき頂点へ至る……それがわたしの在り方なんです」
「……なるほど、良い考えをお持ちですね」
それは、おれの信条にも通ずるところがあった。
がむしゃらな、ひたむきな努力は尊いと思う。
そしてそれを惜しみなく表現することが、多くの人を魅了することも理解できる。
しかしおれは、目標からの逆算を怠らず、必要十分な積み重ねの末に求めた結果を確実に得ることにも大きな価値があると思っているのだ。
――と、そこまで考えてみたところで、不意におれは理解した。
「そうか、秦谷さん……あなたはつまり、
「……まあ。今のやり取りだけで、わたしの何をわかった気になったのでしょう?」
秦谷さんは、口元にこそ笑みを浮かべていたが、目の方は一切笑っていなかった。
「ああ、いえ、失礼しました。その、星南さんからあなたについて少し話を聞いていまして……なんでも、授業やレッスンをしょっちゅうサボっているとか」
「それが何か?」
え、えぇ……さすがに開き直ってるとかいうレベルじゃないぞその返事……星南さんの苦労がしのばれるが、しかしそれは置いておく。
「あなたのそれは、ただの怠惰ではない。あなたは、見据えた目標に対して、歩むべき道のりとそのペース、そして自身の現在地を正確に把握している。必要な分を必要なだけ……まさにその
言ってみれば、セルフプロデュース、セルフマネジメントの延長線。
まったくもって常人には理解しがたいが、しかし彼女は結果を出している。
かつては、中等部で『SyngUp!』の一員として。
そして今回は、中間試験の結果をもってして、だ。
「無論、一歩間違えればそれはただの慢心になる。ですがまだ、あなたはそれを傲慢として貫くことができているのですから……あなたはすごい。本当に、大したものだと思います」
……と、おれがそこまで言い切る頃には、秦谷さんはぽかんと口を開け、目を丸くしていた。
それからハッとした顔をしたかと思うと、取り繕うようにおれのことをきっと睨んでくる。
「あ、あなたという人は……りんちゃんのプロデューサーとしての自覚があるのですか?」
「はい? いや、それは、もちろんありますが」
「……十王会長や雨夜先輩、姫崎先輩との関係だって怪しいというのに……」
「いやいやいや、何も怪しくないですって」
そりゃあ星南さんたちとは浅からぬ付き合いだが、やましいことは何もない。
おれは、賀陽燐羽の担当プロデューサー。
自信を持ってそう言える。
「……もうっ、わかりました。今日は、こんな話をしに来たんじゃないんです」
こほん、と秦谷さんは気を取り直すための咳ばらいをして、本題を切り出す。
「今日は、あなたにお礼を申し上げに来たんですよ」
「お礼? 何にです」
「りんちゃんを、中間試験の場に連れてきてくださったことに」
「それは、礼には及びませんよ。ほとんど二つ返事でしたから、おれが誘わなくても彼女は会場に足を運んだと思います」
「いいえ、プロデューサーさん。わたしはもっと根本的な話をしています。りんちゃんはきっと、あなたのプロデュースがなければ、アイドルのステージを見ようとはしなかったはずですから。たとえ、今回のような、きちんとしたライブと言えないものだったとしても」
……なるほど、そういう話か。
おれが押し黙ると、秦谷さんはさらに続ける。
「レッスンの様子についても、少しだけ話を聞いています。今、あの子は何のしがらみも気にせずに、純粋にレッスンを楽しんでいる、と……彼女にとってはもうずっと、ずっと苦しいものでしかなかったはずのそれを、楽しめているんですね」
「……ええ、間違いありません」
秦谷さんは、おれの肯定に対して、心の底から安堵したような優しい笑みを零した。
「……りんちゃんが『初』の不参加を表明したときは、正直残念に思いましたが……無理に参加させていたら、きっとこうはいかなかったでしょう。ですからわたしは、本心からあなたを見直しました」
「それはどうも……むしろ、賀陽さんの方が参加する気でいたくらいだったんですがね。おれなんかの立場を気にして」
「ああ、やっぱり。りんちゃんのことだから、そうじゃないかと思いました……」
秦谷さんは胸を押さえて、心痛をこらえるように目を伏せる。
「……それにしてもあなたは、本当にご自身の進退を気にしてらっしゃらないのですね」
「ま、まぁ、そうですね……」
それから彼女はふと顔を上げると、そんなことを言ってくる。
……秦谷さんは、おれが休学していたこと、その理由が病気であることまでは調べていたはず。
しかし、こういうことを言うあたり、おれの余命のことまでは未だに知らないのだろう。
生徒会の三年生たち、それにトレーナーさんたちを含めた先生方……みんな口が堅くて助かるが、どうしたものか。
この前、花海咲季さんにはやむを得ず話してしまったが、秦谷さん相手にも……ここまで真実に近づいていて、しかも賀陽さんと縁の深い彼女に核心を誤魔化し続けるのは、今後のことを考えると不義理な気がする。
……仕方がない、か。
「……秦谷さん。あまり深刻に受け止めないでほしい、と言っても無理があるのですが……おれの事情について、お伝えしてもいいですか?」
「……それは、つまり……あなたのご病気に関すること、でしょうか」
「はい、そうなります」
おれが頷くと、秦谷さんは少し考え込んでから口を開く。
「……プロデューサーさんが、よろしいのであれば」
「では、端的に――秦谷さんが調べた通り、おれは昨年、病気で四カ月ほど休学していました……そして結局、その病気で、一年という余命を宣告されています」
はたして、秦谷さんの反応は、思った以上に劇的だった。
目を見開いて、信じられない、とばかりに手で口元を覆う。
「……おれが賀陽さんの引退をプロデュースするのは、おれ自身の限りある時間の中でやり遂げられることを探した結果……同時に、星南さんたちから手を引いたのもその逆の理由で、彼女たちのこれからのアイドル人生どころか、初星学園からの卒業すら見届けられない可能性が高いからなんです」
おれは、彼女が動揺するのを心苦しく思いながらも、努めて淡々と話した。
しばらく黙り込んだ秦谷さんは、やがて絞り出すような声で、おずおずと尋ねてくる。
「……りんちゃん、は……そのことを、知っているんですか……?」
「はい。スカウトの時点で、おれの思惑はすべて打ち明けています。彼女とはその上で、お互いに都合良くやろう、と」
「……それは、まさか、りんちゃんの同情を誘って?」
「その打算も含めて、包み隠さずお伝えしています」
「――っ!」
おれの言葉に、秦谷さんは勢いよく立ち上がって、机に両手を叩きつけた。
「あの子が義理堅くて、本当は情の深い子だってこと、わかっていたんですよね!? あなたはそんな、燐羽の内側の深いところに入り込むだけ入り込んでからいなくなろうなんて、アイドルから引退さえさせてしまえばそれでいい、それで終わりだと思っているのですか!?」
必死な剣幕で彼女が言ったことは、あまりにも鋭い指摘だった。
誰も、おれに遠慮して言わなかったこと。
おれが、おれの境遇を盾にして、誰にも言わせなかったこと。
……だが、賀陽さんのことを第一に考えれば、言われてもまったく致し方ないことだった。
「……それを言われると、弱いです。一応言い訳はあります。おれのような、あらゆるしがらみを一切無視できる人間が手を差し伸べなければ、賀陽さんは自分の置かれた状況をどうしようもなかった」
「そんなのっ……!」
と、秦谷さんはさらに語気を強めて続けようとしたが、途中で切って俯いた。
「……申し訳、ありません……あなたがりんちゃんに手を差し伸べてくださったこと、りんちゃんの心を一時的にでも救ってくださっていること、本当に……本当に、感謝していたんです。ですが、それが最後にりんちゃんの心を傷つけるなら、わたしは……」
「…………」
……しばしの沈黙の後、ほんの少しだけ秦谷さんが顔を上げる。
垂れた前髪が陰を落とした彼女の表情は、憔悴しきっているように見えた。
「……重ね重ね、申し訳ありません。この件については一度、持ち帰って、気持ちの整理をさせてください。わたしは、あなたよりもりんちゃんのことがずっと大切ですが、あなたのことを蔑ろにしたいわけでもないんです。りんちゃんのため、ということを抜きにしても……わたし自身だって、何も思わずにはいられませんから」
「……こちらこそ、申し訳ない。こんなことを、こんなタイミングで打ち明けてしまって」
「いいえ、それは構いません。むしろ、これ以上後になって知らされていたらと思うと……過去に戻ることはできませんから、今が、最良でした」
はぁ、と秦谷さんは息を吐いて、ストンと椅子に腰を下ろした。
「今日は、本当に……あなたと親睦を深めるくらいのつもりで訪ねたのですが」
「……まぁ、腹を割って話した、という点で関係が深まったと言えなくも……?」
「本気で仰っていますか?」
「……なんでもないです。撤回します」
「そうしてください。さもないと、怒ります」
「撤回します」
念のため二度撤回した。秦谷さんを怒らせるなんて恐ろしくてしょうがない……いや、つい先ほど怒らせてしまったばかりだけども。
☆ ☆ ☆
すっかり冷めたお茶を飲む小休止を挟んで、改めて秦谷さんが呟いた。
「せっかくレッスンをサボって来たというのに、どっと疲れてしまいました」
「あ、サボって来たんですね……」
「はい。今頃十王会長が探しているでしょう。最近、わたしのお昼寝スポットがどんどん特定されていっているので、逃げるのが大変です……りんちゃんがいない時は、ここに来てもいいですか? レッスンも付きっ切りというわけではないのですよね」
「えぇ……いやまぁ、それはそうですが……」
秦谷さん的に、それはいいのか……ほんの一分前まで結構致命的な衝突が発生してた気がするんだけども。
というか、秦谷さんを匿うのってほぼ星南さんに対する裏切りでは?
いや、秦谷さんに無理にレッスンをさせるのはどうなのか、という論点もありはするが……。
おれが返事をできずにいると、秦谷さんはこれ見よがしにため息をつく。
「……はぁ……やはり……りんちゃんを傷つける悪いプロデューサーは、排除するしか……」
「えっちょっ、ちょちょちょちょっと待ってください、そういうこと言うんですか? いやあの、全面的におれが悪いのは認めますけども……!」
「でしたら、ね?」
「……わ、わかりました。ただ、さすがに部屋の鍵は貸せませんからね。おれがいるときであれば、構いません……ただ、星南さんが来ることも、十分にあり得ますからね?」
「まあ、ありがとうございます。十王会長に見つかってしまったら、その時はその時です」
その時って、おれもすげぇ怒られそうなんですが。いっそ秦谷さんより怒られるだろ。めちゃくちゃ損だ……。
「……あと、賀陽さんも結構ふらっと現れることがありますからね」
「そこは、細心の注意を払います。あの子とはまだ、直接話すべき時ではありませんから……ところでプロデューサーさん、一つ確認させていただいてよろしいですか?」
「はい? なんでしょうか」
「あなたは、りんちゃんの『初』の参加を見送らせましたが、彼女を最後の引退ライブまで一度も表舞台に立たせないつもりなのでしょうか」
「……いえ、そんなことはありません。無論賀陽さん自身の希望次第で、そこまで大々的な場を考えてはいませんが、最高の引退ライブを行うために肩慣らしは必要だと思っています」
「それなら、結構です」
秦谷さんは、おれの返事に満足そうに頷く……もしかして、とおれはふと思った。
「……秦谷さんは、月村さんとは少し違った形で、賀陽さんに自分の姿を見せつけようとしているのでしょうか?」
「まあ、プロデューサーさん。わたしは確かに申し上げたはずですよ――同じ高さにまで上がってきてくれれば、わたしたちを視界に入れざるを得ない、と。わたしの発した一言一句まで、覚えていてもらわなくては困ります」
「す、すいません……」
そんな、おれはテープレコーダーじゃないんだから無茶言わんで欲しいが……。
「まりちゃんとは、確かに少しだけ。あの子は、客席にいるりんちゃんに自分を見上げさせることが目標で、わたしはりんちゃんと舞台の上で相対して、上下関係をわからせることが目的ですから」
……なるほど、そういうことか。
であれば、賀陽さんが不参加であっても関係のない月村さんが直接殴り込んで来ずに伝言だけで済ませてくれたことも、秦谷さんが先ほど不参加を残念に思ったと言っていたことも、両方筋が通る。
おれがそうして納得していると、秦谷さんは少し躊躇いがちに聞いてきた。
「……プロデューサーさんは、わたしやまりちゃんの邪魔をする気は、ないのでしょうか」
「賀陽さんの引退を阻止しようとしているから、ですかね。それなら、方々に言っているのですが、おれは賀陽さんの意思を尊重します。どんな意思であっても、です」
「あなたは……それでいいのですか。あなたにとって、都合が良くなくなることもあるでしょう」
「ええ、それも含めてのことです。賀陽さんと、決して彼女の邪魔をしないと
賀陽さんが、何より約束を重んじる人であることを、秦谷さんが知らないはずもない。
片やおれがそれを守る人間だという信用はないかもしれないが、傍証くらいにはなるだろう。
秦谷さんはしばし考え込むような素振りを見せた後、「……わかりました」と頷いてくれた。
「あなたの覚悟は伝わりました。それでも、りんちゃんのことを思えば、複雑な気持ちですが……と、また同じ話になってしまいますので、今はやめておきます。ただ……今更あなたをりんちゃんから引き離したところで、あの子のためにはならない。それは、理解しているつもりです」
「ええ、十分です」
秦谷さんは、後で気持ちの整理をするとは言いつつも、おれの話を冷静に受け止めてくれているように思えた。
もちろん、余計な心労を与えてしまったことには変わりないが……それこそ彼女の言ったように、もっと後になって伝えた方がひどいことになっていたかもしれない。今が最善だった、と思うしかないだろう。
「……ともかく、ひとまずは『初』に集中したいと思います。これでわたしが調子を崩すようなことがあれば、あなたの気が咎めるでしょうから」
「はい、その点は、本当に申し訳なく……」
「――ですので、そのためにも、この場所は存分に有効活用させていただきますね?」
「……は、はい」
……既に承諾したとはいえ、さらに念を押すように言質を取られてしまった。
しかし、この流れで断れるはずもない。
おれは、秦谷さんの悪魔じみた清楚な笑みを目の当たりにして、結局顔を引き攣らせるしかないのだった。
なんか週2だと物足りない気がするので学マSaturday(土曜日)にも投稿したいと思います。
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