余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます   作:鯖ジャム

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第2話 第一回終活会議!

 翌日の放課後。

 おれは、学園から活動拠点として貸与されている部屋で、賀陽さんを待っていた。

 

 授業終わりの時刻と1年3組の教室からの距離を考えるに、そろそろ着く頃だろう――と、壁掛け時計をふと見たところで、ノックの後にガラガラと扉が開かれる音がした。

 

 椅子から立ち上がりつつ振り向けば、肩から鞄を提げた、制服姿の賀陽さんがそこにいた。

 

「どうも、プロデューサー」

「賀陽さん、お疲れ様です。よく来てくださいました」

「当然でしょ、約束したんだから。……それに、昨日さんざん付き纏ってきたあなたのことだし、すっぽかしたら迎えに来るでしょう? そっちの方が困るもの」

 

 うん、まぁ、それはそう……すっぽかされたら迎えに行くというのも、迎えに行くと賀陽さんが困るというのも、両方だ。

 

 国内最大のアイドル養成校と言われる、この初星学園。

 

 私立の中高一貫校として中等部から普通科の中にアイドルコース、そして高等部からはアイドル科として独立し、アイドルの()()()を学んでいくことができる……が、それだけであれば、似たような学校は数多くある。

 

 そんな中で初星学園が特別なのは、まぁ単純に設備の充実度やネームバリューが他と一線を画しているのもあるが、中高一貫校に加えてアイドルのプロデュースを学べる専門大学――プロデューサー科が存在している点は優先的に挙げていいだろう。

 

 同じ学舎で学ぶアイドルの卵とプロデューサーの卵が一蓮托生の担当契約を結び、二人三脚で夢の舞台へと駆けてゆく――それこそが初星学園の提示している、そして多くの初星学園に通う生徒たちが思い描く理想の形だ。

 

 ……ただし、アイドル科生徒とプロデューサー科の学生の数というのは一対一の比率ではなく、プロデューサー科側の方が少ない。

 役割的にプロデューサーが複数のアイドルを担当することはあってもその逆のケースはほぼあり得ないので仕方がないのだが、それ故にプロデューサーが選ぶ側、アイドルが選ばれる側、という図式が当然に出来上がっている。

 

 畢竟、アイドル科の生徒たちにとってプロデューサー科の生徒から選ばれる、()()()()()()()こと自体がある種の〝夢〟であり、ましてやそれがつい先週入学式を終えたばかりの一年生たちともなれば、プロデューサー科の人間を一目見るだけで色めき立つものだ。

 

 そんな状況で、腐ってもプロデューサーたるおれがのこのこ一年生の教室まで迎えに行けば、それはもう大注目を浴びてしまうだろう……と、そういうわけである。

 

「――まぁ既に昨日、教室の前で堂々と待ち伏せしてしまったんですが」

「配慮が足りないわね、本当に」

「申し訳ありません」

 

 おれは、あんまり心のこもっていない謝罪の言葉を口にする。

 なぜかって、そんなことは承知の上でそれでも賀陽さんを確実に捕まえたかったからだ。

 

 それに……。

 

「ただ、賀陽さんが契約を結んだ事実は遅かれ早かれ広まるでしょう。あまりそこに拘泥しても仕方ありませんから」

「それはそうね。……フッ、どうせすぐにろくでもない噂が立つわよ? 覚悟しておくことね」

「ええ、その辺りの対策も練ってあります。ご安心ください」

「……そ、つまんないの」

 

 フン、と賀陽さんは鼻を鳴らした後、「そっちに座ればいいかしら」と聞いてきたので、おれはどうぞと促す。長机を挟んで、向かい合って座る形になった。

 

「……それにしても、改めて皮肉なものね。アイドル辞めようとしてる私が、たぶん、誰よりも早くプロデューサーと契約を結ぶなんて」

「それも遅かれ早かれですよ。今週中にでも動き出すプロデューサーも多いでしょう。ほとんど誤差のようなものですし、そもそも彼らと我々では目指すゴールがまるで違いますから」

「ええ、そうね――あなたのプロデュースプラン、あれからじっくりと読ませてもらったわ」

 

 と、賀陽さんは、唐突に本題を切り出した。

 昨日おれが手渡したクリアファイルを流れるように鞄から取り出して、机の上に滑らせる。

 

 おれは、随所にメモ書きがなされたそれに一瞬目を落としたが、すぐに賀陽さんの顔を見て尋ねた。

 

「いかがでしたか?」

「ムカつくけど、八十点。ムカつくけどね」

「ふむ、減点二十点ですか……」

「うわ、減点の方真っ先に気にするの、勉強できるやつっぽくてウザ」

「そりゃあまぁ、初星学園のプロデューサー科に現役で受かってますので。ペーパーテストは得意ですよ」

「へぇ、現役? 珍しいわね。じゃあまだ二十歳にもなってないんだ」

「ええ。ちなみに早生まれなので、酒もタバコも合法になる前に死にそうです」

「……ねぇそれ、本当にリアクションに困るんだけど。ずっとやるつもり?」

「はい。慣れてください。ついぶっ込みたくなっちゃうんです」

「最悪……」

 

 賀陽さんは心底うんざりしたような顔をして、机に頬杖を突いた。

 おれは軽く笑い飛ばし、「ともかく」と続ける。

 

「減点分というのは、細かい部分でしょうか。それとも大きな間違いがありましたか?」

「概ね前者。あと、そもそも記述漏れがあったりね。わざとかもしれないけれど」

「なるほど。であれば問題ありませんね。どうせ擦り合わせは必要です。これはあくまで草案、叩き台に過ぎませんから」

 

 大筋が間違っていないのであればそれで十分。こちらとしてはかなり気が楽だ。

 

 おれは再びパイプ椅子から立ち上がり、端の方に寄せてあった移動式のホワイトボードを賀陽さんに見せやすい位置に持ってきた。

 

「では、始めましょうか――第一回〝終活〟会議を」

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

「さて、まず第一に、その資料にもズバリ書きましたが、〝アイドル・賀陽燐羽〟はこのままでは死んでも成仏できません。いずれ化けて出ることになるでしょう」

「それ、最初の減点ね。人を悪霊みたいに……」

「ですが、そういうことでしょう。それなりに強引だったのもあるでしょうが、十王社長の引き留めに応じて内部進学をしたのも、そのことがわかっていたからではありませんか?」

「それなりじゃなくて、結構強引だったわよ」

「でも、選択の余地は十分にあったのでは? コンプライアンスの問題がありますから、賀陽さんが本気で拒否すれば……なんの()()もなければ、進学を強制することは難しかったでしょう」

 

 キレイなことばかりではない芸能界だが、零細ブラック芸能プロダクションならいざ知らず、業界でも指折りの大手である100プロにあっては今のご時世あんまりにもあんまりな無茶はできないだろう……と、思う。

 いや、あの十王学園長の息子さんだからそんなあくどいことはしないはず、しようとしても学園長がきっと止めるはず、という気持ちが大きいだけかもしれないが。

 

「まぁなんにせよ、ここでも十王社長のことは関係ありません。重要なのは賀陽さんの考えと気持ちです。あなたは、中等部の終わりというキリのいいタイミングでさえ自分自身に引導を渡せなかった――それは結局、未練があるからでしょう」

 

 そして、その未練とは、何か。

 

「――ファン、ですよね。『SyngUp!』時代についた、あなたを〝燐羽様〟と呼び慕うファンたちの存在。それをそのまま捨て置くことができないとあなたは考えている」

「……ええ、正解」

 

 賀陽さんはため息を吐いて背もたれに寄りかかり、腕組みをした。

 

「『SyngUp!』の解散ライブは、できなかったから。あれさえきちんとやれていれば、私はとっくにアイドルをやめていたわ」

「ライブができなかったのは、炎上のせいですね。ユニット解散を巡るあなたたちの口論がSNS上に動画で流出……そして、その動画の見え方のせいで非難の矛先が向いたメンバーの一人を庇うために、賀陽さんは自ら油を被って火だるまになってみせた、と」

「何その比喩……というか、あれはそんなんじゃないから。どうせやめるから思ってること言ってやっただけで」

「はいはい、そういう照れ隠しは結構ですよ。あなたがどうしようもなく情の深い人間であることはわかりきっているので」

「ぐっ……」

 

 賀陽さんは耳を赤くしてきっと睨んでくるが可愛いだけである。

 

「とにかくそんなわけで、その大炎上の末に、あなたの元へ脅迫状が届いたそうですね。それで、『SyngUp!』の解散ライブは幻になってしまった」

「……ええ、そうよ」

「まったく、女子中学生のアイドルに脅迫文を送るなんてどういう神経してるんだか……というのは置いておいて、つまり賀陽さんは、本来であればその解散ライブをもってファンに別れを告げるつもりだったということですね」

「ええ。きちんとお別れの場を設けたい。それさえ叶えば……と、思ってた()()

「はい、()()ですね。激甘です」

「……ほんっとうにムカついたわ。あなたの、()()

 

 トントントン、と、机の上にあるプロデュースプランの原稿を、賀陽さんが苛立たし気に指先で叩く。

 

「パッと見じゃわからなかったけれど、読めば読むほど……人の考えを見透かしてそれがいかに甘いかを突きつけるみたいに潰して回るような内容……!」

「賀陽さんの考え、見透かすことができていましたか。それは重畳です」

「うるっさいわね! おかげでこっちは……ああもう!」

 

 くっくっくっ、とおれが笑ってみせると、賀陽さんはギリギリと歯噛みした。

 

「一応、はっきりと言葉にしておきましょう」

 

 賀陽燐羽というアイドルが最期を迎えるのは、舞台の上以外にありえない。

 

 ファンにきちんとした別れを告げられていないことが彼女の未練、心残りであり、彼女にとっての『きちんとした別れ』とは、その最期の姿をファンたちに晒すことだからだ。

 

 だから、その舞台を用意すること。

 おれと賀陽さんの共通認識は、そこまでだった。

 

「一度だけ。どんな形でも引退ライブをやれれば十分……などと考えていたのでしょう、賀陽さんは。だから今日までの数カ月、アイドルはもう辞めるんだからと嘯きながら無為に日々を過ごしていた」

「…………」

「それが、()()。レッスンの一つもせずにステージに上がって、そこで披露するライブ……あなたは、最期だからと言って、衰えた姿を見せてファンたちを落胆させたかったのですか? ファンに無様な姿を見せて、賀陽燐羽というアイドルを諦めさせたかったのですか?」

 

 一本筋は通っていると言えよう。

 もう賀陽燐羽はアイドルじゃないのだ、とファンたちに見せつけて、思わせて、それを幕引きにする。

 賀陽さんがそれを最善であると心の底から思っているのなら、そんな選択だっておれは尊重してもいいと思う。

 

 しかし、だ。

 

「――そうやって不服そうな顔をしているんですから、そうではないのでしょう? アイドルはもうやりたくない、でも大切なファンたちをがっかりさせたくはない。矛盾する二つの思い。その折衷案のつもりだったのでしょうが、残念ながら下策です」

「……手厳しいわね」

「心が痛いです」

「そう思ってる顔じゃないわよ」

 

 そうだろうか。本心ではあるのだが。

 まぁ、この説教じみた話は必要なことだと割り切ってはいるからな。

 

「賀陽さん。お分かりのこととは思いますが、結局おれが言いたいのは()()()()()()ということです」

 

 他にも様々事情はあるとして、しかし賀陽さんは心持ちを間違えている。

 

 アイドル・賀陽燐羽の最期のステージは、アイドル・賀陽燐羽史上最高のものであるべきなのだ。

 

「それは、まず何よりもあなた自身のために、です。みっともないライブをして、それ自体がまた未練にならないと断言できますか? 未練があっては死に切れない。化けて出ることになるんです。おれ自身が、その予定ですから」

「…………」

「それともう一つは、もちろんファンのためです。そもそも賀陽さんは、自分のファンに対して大きな思い違いをしています」

「……思い違い?」

「それは、きちんとお別れをすれば、そこで終わりだなどと考えているところです」

 

 おれがそう言うと、賀陽さんはピクリと眉を上げる。

 

「たとえばおれは、来年の今頃にはもうあの世に行っている可能性が十分に高いわけですが、これから数ヶ月賀陽さんと過ごしてそこそこ仲良くなったとして、おれが死んだらおれのことは綺麗さっぱり忘れてくださいね、なんて言われたらどうです? はいわかりました忘れます、とはならないと思います」

 

 それこそ、情の深い賀陽さんであれば……というのは、あまりにもずるい言い草だが。

 

 まったく、心が痛い。

 

「おれもね、散々同じようなことを考えましたよ。でもたぶん、そう簡単には忘れてもらえないんです。きれいさっぱりぜんぶ忘れて、ただ笑っていてほしいなんて、死に行く側のエゴでしかないんです。死に行く人間にそれを決める権利は一切ないんです」

 

 我ながら、冗談でなく持ち出すには本当に重すぎる話だ。

 しかし、おれと彼女の置かれた状況は、あまりにも符合しすぎている。

 

 賀陽さんはおれから目をそらし、じっと床を見つめている。

 ……いや、きっと見つめているのは自分の心と、そこに浮かぶファンたちの姿だろう。

 

「……散々好き勝手言ったついでに、あえて踏み込まなかった部分も勝手に考慮させてもらいます。つまり、()()()()とは言いません。でも、()()()()()()()()()()()()()から死にませんか」

 

 賀陽さんが、苦しそうな表情を浮かべておれを見る。

 

「輝けるだけ、って……」

「……プロデュースプラン。最後の部分はわざと具体的に書きませんでした。つまり、賀陽さんの最期のステージをどこに据えるか」

 

 賀陽さんの目が見開かれる。

 まさか、という表情。

 

 ――たぶん、そのまさかである。

 

 

 

 

 

「夏の〝H.I.F〟にしましょう」

「ばっっっっっっっっっっかじゃないのっ!?」

 

 

 

 

 

 賀陽さんが勢い良く立ち上がって、彼女の座っていたパイプ椅子がどんがらがっしゃーんと盛大に後方へ吹き飛んだ。

 

「〝H.I.F〟!? 無理に決まってるでしょ!? あなた〝H.I.F〟がなんなのかわかって言ってるの!?」

「もちろんです。〝Hatsuboshi Idol Festival(初星アイドルフェスティバル)〟……夏と冬に開催される、初星学園一のアイドルたる〝一番星(プリマステラ)〟を決める大イベントです」

「だから! そんな場所に、引退する気のアイドルが出場できるわけないでしょう!?」

「いえ、普通に出場できると思いますよ? 引退予定のアイドルが出場してはいけない、なんて規定はありませんし、仮に文句をつけられてもおれがなんとかします」

「なっ、ばっ……いえ、そうでなくても、私に……それまで、私にアイドルを続けろっていうの? そんな話、昨日は……」

「あ、それも賀陽さんの大きな思い違いの一つですね。あなたは、そもそもまだアイドルでしょう? 最期の舞台に立ってないんですから――」

 

 ――と、言い終えるかどうかのところで不意に賀陽さんの手がバッと伸びてきて、胸ぐらを掴まれる。

 

 思いのほか強い力で引っ張られて前のめりにさせられたおれは、テーブルに手を突いた。

 

「あなた……私を騙して、アイドルを続けさせる気じゃないでしょうね?」

 

 眼前には、賀陽さんの端正な顔――人を殺せる鋭い目つき。

 射殺さんばかりの視線が突き刺さるが、おれは軽く受け流して肩をすくめた。

 

「むしろ、賀陽さんにアイドルを続けられたら困ります。おれ、余命一年なんですから、どう足掻いたって最後まで面倒見れないんですよ? 化けて出ないといけなくなるじゃないですか」

 

 病院で診断書でも貰ってきて見せた方がいいだろうか。

 

「……ああそうだ、いっそプロデュース契約の条項に盛り込みましょうか? あなたを必ず引退させる、と。個別に自由な契約条件を取り決めることもできるので、まぁ前代未聞でしょうが、なんとか受理してもらえるように……」

「……いいわ。そんな面倒なことをしなくても」

 

 しばらく睨みつけられた後、賀陽さんは不意に手を放してくれる。

 しかし、彼女はなおも鋭利な視線をおれに寄越しながら、言った。

 

「書面なんてなくていい。ただ、今ここで、私と約束しなさい。私がアイドルを辞めることを決して邪魔しないと」

「……昨日、あなたの終活を手伝うと約束したはずなんですけどね……まぁいいです。それで賀陽さんが安心するなら、何度でも約束しますよ。おれは絶対に賀陽さんの邪魔をしません」

「私はね、約束を破る奴がこの世で一番嫌いなの。破ったら……」

「……破ったら?」

「殺すわ」

 

 ……わざわざ殺さなくても勝手に死にますよー……とは、流石に言わないでおいた。

 賀陽さんが、本気の目をしていたからだ。

 

「わかりました。なら、賀陽さんの手を汚させないためにも、おれはおれで必ずアイドル賀陽燐羽を葬ることを誓いましょう」

 

 ……かくして、おれたちの第一回終活会議は物騒極まりない約束を交わして終了したのだった。

 




 
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