余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
翌日の放課後。
おれは、学園から活動拠点として貸与されている部屋で、賀陽さんを待っていた。
授業終わりの時刻と1年3組の教室からの距離を考えるに、そろそろ着く頃だろう――と、壁掛け時計をふと見たところで、ノックの後にガラガラと扉が開かれる音がした。
椅子から立ちながら振り向けば、肩から鞄を提げた賀陽さんの姿がそこにあった。
「どうも、プロデューサー」
「賀陽さん、お疲れ様です。よく来てくださいました」
「当然でしょ、約束したんだから……それに、迎えに来られても困るもの」
そう、この部屋を案内するために今日も教室までお迎えに上がろうと思ったのだが、迷惑だからと断られてしまったのだ。
初星学園高等部のアイドル科の生徒にとって、大学課程のプロデューサー科生徒からスカウトを受けるのは一つの大きな憧れ。
同じ学舎でアイドルとプロデューサーが過ごし、契約を結んで夢の大舞台を目指す……まさにこれが国内最大のアイドル校である初星学園の特色であり、売りなのだから当然だろう。
で、ましてやそれが入学式をつい先週終えたばかりの高等部アイドル科一年生たちともなれば、プロデューサー科の人間が通りすがるだけで色めき立つ。そんなのが当たり前の状況で、一年生の教室までおれが迎えに行くというのはそれはもう大注目を浴びてしまうことだろう。
「……ま、どうせ遅かれ早かれではあるだろうけど。すぐにろくでもない噂が立つわ。あなたも覚悟しておくことね」
「その辺りの対策も練ってありますよ。ご安心ください」
「……そ、つまんないの」
ふん、と賀陽さんは鼻を鳴らした後、「そっちに座ればいいかしら」と聞いてきたので、おれはどうぞと促す。長机を挟んで、向かい合って座る形になった。
「……それにしても、改めて皮肉なものね。アイドル辞めようとしてる私が、たぶん誰よりも早くプロデューサーと契約を結ぶなんて」
「それも、遅かれ早かれですよ。今週末には動き出すプロデューサーもいるでしょう。ほとんど誤差のようなものですし、そもそも彼らと我々ではゴール地点がまるで違いますから」
「ええ、そうね――あなたのプロデュースプラン、じっくりと読ませてもらったわ」
と、賀陽さんは唐突に本題を切り出した。
昨日おれが手渡したクリアファイルを流れるように鞄から取り出して、机の上に滑らせる。
おれは、メモ書きが随所に足されたそれに一度目を落とした後、顔を上げて尋ねた。
「いかがでしたか?」
「ムカつくけど、八十点。ムカつくけどね」
「ふむ、減点二十点ですか……」
「うわ、減点の方真っ先に気にするの、勉強できるやつっぽくてウザ」
「そりゃあまぁ、初星学園のプロデューサー科に現役で受かってますので。ペーパーテストは得意ですよ」
「へぇ、現役? 珍しいわね。じゃあ、まだ二十歳にもなってないんだ」
「ええ。ちなみに早生まれなので、酒もタバコも合法になる前に死にそうです」
「……ねぇ、それ、本当にリアクションに困るんだけど。ずっとやるつもり?」
「はい。慣れてください。ついぶっ込みたくなっちゃうんです」
「最悪……」
賀陽さんは心底うんざりしたような顔をして、机に頬杖を突いた。
「ともかく、減点分というのは……細かい部分でしょうか。それとも、大きな間違いがありましたか?」
「概ね前者。あと、そもそも記述漏れがあったりね。わざとかもしれないけれど」
「なるほど。まぁ、なんにせよ擦り合わせは必要です。これはあくまで草案、叩き台に過ぎませんから」
しかし、大筋が間違っていないとなればかなり気は楽だ。
おれは再びパイプ椅子から立ち上がり、端の方に寄せてあった移動式のホワイトボードを賀陽さんに見せやすい位置に持ってきた。
「では、始めましょうか――第一回〝終活〟会議を」
☆ ☆ ☆
「さて、まず第一に、その資料にもズバリ書きましたが、アイドル賀陽燐羽はこのままでは死んでも成仏できません。いずれ化けて出ることになるでしょう」
「それ、最初の減点ね。人を悪霊みたいに……」
「ですが、こういうことでしょう。それなりに強引だったのもあるでしょうが、十王社長の引き留めに応じて内部進学をしたのもそのことがわかっていたからですね」
「
「それでも賀陽さんが本気で拒否すれば、さすがにあの方でも無理だったと思いますよ。コンプライアンス的に」
「コンプライアンス……」
キレイなことばかりではない芸能界だが、零細ブラック芸能プロダクションならいざ知らず、業界でも指折りの100プロにあっては今のご時世あんまりにもあんまりな無茶はできないだろう……と、思う。
いや、あの十王学園長の息子さんだからそんなあくどいことはしないはず、しようとしても学園長がきっと止めるはず、という気持ちが大きいだけかもしれないな。
「まぁなんにせよ、何度でも言いますが十王社長のことは関係ありません。重要なのは賀陽さんの考えと感情です。あなたは自分自身に引導を渡せなかった。未練があるからです」
そしてその未練とは、何か。
「――ファン、でしょう。『SyngUp!』時代についた、あなたを〝燐羽様〟と呼び慕うファンたちの存在。それをそのまま捨て置くことができないとあなたは考えている」
「……ええ、正解」
賀陽さんはため息を吐いて背もたれに寄りかかり、腕組みをした。
「『SyngUp!』の解散ライブは、できなかったから。あれがきちんとできていれば、私はとっくにアイドルをやめることができていたと思うわ」
「炎上の件ですね。ユニット解散を巡るあなたたちの口論がSNS上に動画で流出……そしてその動画の見え方のせいで非難の矛先が向いた元メンバーを庇うために、賀陽さんは自ら油を被って放火するような真似をした」
「何その比喩……というか、あれはそんなんじゃないから。どうせやめるから思ってること言ってやっただけで」
「うん、そういう照れ隠しは結構ですよ。あなたがどうしようもなく情の深い人間であることはわかりきっているので」
「ぐっ……」
賀陽さんは耳を赤くしてきっと睨んでくるが可愛いだけである。
「ただとにかく、その大炎上の結果、あなたの元に脅迫状が届いたそうですね。それで、『SyngUp!』の解散ライブは幻になってしまった、と」
「……ええ、そうよ」
「まったく、女子中学生のアイドルに脅迫文を送るなんてどういう神経してるんだか……というのは置いておいて、つまり賀陽さんは、本来であればその解散ライブをもってファンに別れを告げるつもりだったということですね」
「ええ。きちんとお別れの場を設けたい。それさえ叶えば……と、思っていたんだけれど」
「はい、
「……ほんっとうにムカついたわ。あなたの
トントン、と、机の上にあるプロデュースプランの原稿を賀陽さんが指先で叩く。
「パッと見た限りじゃわからなかったけれど、読めば読むほど……人の考えを見透かしてそれがいかに甘いかを突きつけるみたいに潰して回るみたいな内容で……!」
「賀陽さんの考え、見透かすことができていましたか。それは重畳です」
「うるっさいわね! おかげでこっちは……ああもう!」
くっくっくっ、とおれが笑うと、賀陽さんはギリギリと歯噛みした。
「一応、はっきりと言葉にしておきましょう」
賀陽燐羽というアイドルが最期を迎えるのは、舞台の上以外にありえない。
ファンにきちんとした別れを告げられていないことが彼女の心残りであり、彼女にとってのきちんとした別れとはその最期の姿をファンたちに晒すことだからだ。
だから、その舞台を用意すること。
おれと賀陽さんの共通認識はそこまでだった。
「一度だけでも引退ライブを開催できれば十分……などと考えていたのでしょう、賀陽さんは。だから今日までの数カ月、アイドルはもう辞めるんだからと嘯きながら隠居していた」
「…………」
「それが、甘い。レッスンの一つもせずにステージに上がって、そこで披露するライブ……あなたは、最期だからと言って、衰えた姿を見せてファンたちに諦めさせたいのですか? 賀陽燐羽というアイドルを」
一本筋は通っていると言えよう。
もう賀陽燐羽はアイドルじゃないのだ、とファンたちに見せつけて、思わせて、それを幕引きにする。
賀陽さんがそれを最善であると心の底から思うのなら、おれは尊重してもいいと思う。
けれども。
「……そうやって不服そうな顔をするのですから、そうではないのでしょう? アイドルは辞めたい、でも大切なファンたちをがっかりさせたくはない。矛盾する二つの感情の折衷案がそれだったのでしょうが、残念ながら下策です」
「……手厳しいわね」
「心が痛いです」
「そう思ってる顔じゃないわよ」
そうだろうか。本心ではあるのだが。
まぁこのお説教じみた話は必要なことだと割り切ってはいる。
「賀陽さん。もうお分かりでしょうが、おれが言いたいのは
他にも事情はあるとして、しかし賀陽さんは心持ちからして間違えている。
賀陽燐羽の最期のステージは、賀陽燐羽史上最高のものであるべきなのだ。
「まず、何よりあなた自身のために、です。みっともないライブをして、それが未練にならないと断言できますか? 未練があっては死に切れない。化けて出ることになるんです。おれ自身がその予定ですから」
「…………」
「それともう一つは、もちろんファンのためです。そもそも賀陽さんは、自分のファンに対して大きな思い違いをしています」
「……思い違い?」
「それは、きちんとお別れをすれば、そこで終わりだと考えているところです」
おれがそう言うと、賀陽さんはピクリと眉を上げる。
「たとえばおれは、来年の今頃にはもうあの世に行っている可能性が十分に高いわけですが、これから数ヶ月賀陽さんと過ごしてそこそこ仲良くなったとして、おれが死んだらおれのことは綺麗さっぱり忘れてくださいね、なんて言われたらどうです? はいわかりました忘れます、とはならないと思います」
それこそ、情の深い賀陽さんであれば……というのは、あまりにもずるいが。
まったく、心が痛い。
「おれもね、散々同じようなことを考えました。でもたぶん、そう簡単には忘れてもらえないんです。忘れて、ただ笑っていてほしいなんて、死に行く側のエゴでしかないんです。死に行く人間にそれを決める権利は一切ないんです」
我ながら、冗談でなく持ち出すには、本当に重すぎる話だ。
しかし、おれと彼女の置かれた状況は、あまりにも符合しすぎている。
賀陽さんはおれから顔をそらし、じっと床を見つめている。
いや、きっと見つめているのは自分の内心と、そこに浮かぶファンたちの姿だろう。
「……散々好き勝手言ったついでに、あえて踏み込まなかった部分も勝手に考慮させてもらいます。つまり、
賀陽さんが、苦しそうな表情を浮かべておれを見る。
「輝けるだけ、って……あなた、それ……」
「プロデュースプラン、最後の部分はわざと具体的に書きませんでした。つまり、賀陽さんの最期のステージをどこに据えるか」
賀陽さんの目が見開かれる。
まさか、という表情。
――たぶん、そのまさかである。
「夏の〝H.I.F〟にしましょう」
「ばっっっっっっっっっっかじゃないのっ!?」
賀陽さんが勢い良く立ち上がって、彼女の座っていたパイプ椅子がどんがらがっしゃーんと盛大に吹き飛んだ。
「〝H.I.F〟!? 無理に決まってるでしょ!? あなた〝H.I.F〟がなんなのかわかって言ってるの!?」
「もちろんです。〝
「だから! そんな場所に、引退する気のアイドルが出場できるわけないでしょう!?」
「いえ、正攻法で普通に出場はできると思いますよ? 引退を決めているアイドルが出場してはいけない、なんて規定はありませんし。まぁ、仮に文句をつけられてもおれがなんとかします」
「なっ、ばっ……いや、そうでなくても、私に……それまで、私にアイドルを続けろっていうの? そんな話、昨日は……」
「あ、それも賀陽さんの大きな思い違いの一つですね。あなたは、そもそもまだアイドルでしょう? 最後の舞台に立ってないんですから――」
――と、不意に賀陽さんの手がばっと伸びてきて、胸ぐらをつかまれる。
思いのほか強い力で引っ張られ、おれは前のめりにさせられた。
「あなた……私を騙して、アイドルを続けさせる気じゃないでしょうね?」
射殺さんばかりの視線が突き刺さる。
人を殺せる目つきだ。
おれは、肩をすくめた。
「むしろ、賀陽さんにアイドルを続けられたら困ります。おれ、余命一年なんですから、どう足掻いたって最後まで面倒見れないんですよ? 化けて出ないといけなくなるじゃないですか」
やはり、病院で診断書でも貰ってきて見せた方がいいだろうか。
「……ああそうだ、いっそプロデュース契約の条項に盛り込みましょうか? ある程度なら個別に自由な契約条件を取り決めることもできるので、まぁ、なんとか受理してもらえるように……」
「……いいわ。そんな面倒なことをしなくても」
しばらく睨みつけられた後、賀陽さんはぱっと手を放した。
しかし、彼女はなおも鋭い視線をおれに寄越しながら、言った。
「書面なんてなくていい。ただ、今ここで、私と約束しなさい。私がアイドルを辞めることを決して邪魔しないと」
「……昨日、あなたの終活を手伝うと約束したはずなんですけどね……まぁいいです。それで賀陽さんが安心するなら、何度でも約束しますよ。おれは絶対に賀陽さんの邪魔をしません」
「私はね、約束を破る奴がこの世で一番嫌いなの。破ったら……」
「……破ったら?」
「殺すから」
……わざわざ殺さなくても勝手に死にますよー……とは、流石に言わないでおいた。
賀陽さんが、本気の目をしていたからだ。
「わかりました。なら、賀陽さんの手を汚させないためにも、おれはおれで必ずアイドル賀陽燐羽を葬ることを誓いましょう」
……かくして、おれたちの第一回〝終活〟会議は物騒極まりない約束を交わして終了したのだった。